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開会式 3


 メアリーとアストールは、控室にて静かに溜息を吐いていた。

 闘技場の控室には、今回は女性が出場するという事もあって、女性に限っては個人控室が用意されている。二人が息を吐いていたのは、他でもない二戦目に自分の相手となるべき選手の事だった。

 扉が勢いよく開かれ、二人は入口へと顔を向ける。

 そこには息を切らせたエメリナが立っていた。随分と慌てた様子で、肩で息をしている。


「アストール! あのトーナメント表見たの!?」


 エメリナが大きな声で聴いてくる。


「当たり前でしょ……。だからこうやって気を落としてるわけでさ」


 アストールはさも当然と言わんばかりに、静かに答えていた。


「なんで、シード選手にハラルド王太子がいるのかねえ」


 メアリーは大きく溜息を吐いていた。

 宮廷内や王城内での悪評高きハラルド王太子。

 日中より美男美女を集めて酒池肉林の宴を催したり、闘技大会に自ら出場して相手選手を完膚なきまでに痛めつけ、騎士団を引き連れて自らが最前線で妖魔狩りを行ったりと、その素行の粗暴さが目立っている。ここニ、三年での行いの悪さは度が過ぎていた。

 尚且つ西方遠征や内政の事には一切関心がないとまで言われている。

 そんな武闘派ダメ王太子が、この西方遠征を祭る大会に自ら出場しようというのだ。


「……絶対に何かあるよな」


 アストールは意気消沈のまま、静かに呟いていた。

 一戦目の相手は名も聞いたことがないような若い騎士であり、戦って腕を見せつけるには格好の相手と言えるだろう。だが、その勝ち進んだ後が問題なのだ。

 次の相手はシード選手であり、その相手こそがハラルド王太子なのだ。


「なんで、王族相手に槍を向けなきゃならいわけよ?」


 アストールは今大会でエドワルドと戦うまで勝ち続けるつもりでいたのだが、二戦目の相手が王族となるとそうはいかない。如何に愚鈍な男であろうと、次期国王であるのだ。

 そんな相手をこの試合で、何らかの事故で負傷させたものなら、自分自身の命すら危うい。


「なんで、こんな事になったんだろうね」


 アストールは自身に降りかかった新たな試練を呪う。

 そんな中に、更なる来訪者が訪れていた。


「ほほう、ここがあの噂の女騎士殿の控室か」


 美声が部屋内に響き渡り、三人が入り口に顔を向ける。そこには絶対に現れるはずのない男性が立っていた。


「ハ、ハラルド王太子殿下!」


 アストールは慌てて跪いて、頭を下げていた。メアリーとエメリナもそれに倣っていた。


かしこまらずともよい」


 ハラルドがそう言うとアストールはゆっくりと顔を上げていた。

 普段公の場に滅多に出てこないのだが、その面は美男子と言うに相応しく、一度見れば忘れる事はない。国王の即位祭という事もあって王族のいる壇上に彼は座っていた。

 だが、そんな美男子のハラルドの眼には、獲物を狩りに来た獣の光がともっている。


「ほほう。噂に聞いていたより、遥かに美しい……。そして、女性従者までいるのか」


 ハラルドはにやついて、アストールを見据える。その視線に悪寒を覚えて、彼女らは鳥肌を立てていた。


「一体何用で、この様な所に?」

「少し君と話をしたくてね」


 ハラルドは控室に入ると、従者に扉を閉めさせるように首を振っていた。

 硬く閉ざされた扉、狭い控室に王族一人と、小娘3人という異様な光景が出来上がる。

 ハラルドは歩みだすと、控室の机前にある椅子を引き出して座る。


「エスティナよ……。なぜ騎士代行になった?」


 ハラルドはアストールに聞くと、彼女かれは緊張した面持ちで答えていた。


「は、兄の行方が知れなくなり、探すために騎士代行になりました」

「ふむ、そうか。それで兄とやらは見つけられそうなのか?」


 ハラルドの問い掛けに対して、アストールは奥歯をぎゅっと噛みしめる。


「いえ、一向に手掛かりすらつかめぬ次第です……」


 悔しさを露わにするアストールを見て、ハラルドは同情するような表情を見せる。


「そうか、それは苦労も沢山あろう。どうだ、私が力を貸してやってもよいぞ?」


 ハラルドの言葉を聞いたアストールは、怪訝な表情を浮かべていた。

 いきなり入ってきた王太子が、たかだか一騎士代行の自分に手をかけるなど話が出来すぎている。


「疑うのも仕方ないか。実際、私は君を手に入れるために、ここに来たのだからな」

「な、何!?」


 笑顔のハラルドを前にアストールの表情が一変する。


「どうだ? 私の従者にならないか? 越権行為も許すし、お前の兄探しも全力で支援してやってもいい。私のめいがない時は自由に行動するという条件付きだ」


 アストールはハラルドの申し出を聞いてなお、疑いの気持ちは晴れなかった。

 彼の視線は明らかに女性を品定めするものだ。

 確かに王族を後ろ盾に行動できるのは、利益も大きい。だが、それ以上にその見返りを差し出せと言われているようで、アストールはハラルドを今一信用できなかった。


「私の様な一介の下っ端騎士、ましてや正式な騎士ですらない騎士代行の私に、そのような申し出、身に余りすぎます。とても私のような身分が受けていいような申し出ではございません」


 アストールは最大限に謙遜して、頭を下げて断ろうとする。

 ハラルドはその言葉を聞いても、なお、表情一つ変えることなかった。


「ふむ。やはりそうか」

「やはり?」

「君がそこまで意固地になるというならば仕方ない」


 ハラルドはそんなアストールの態度を見て、再び笑顔でさらりと言ってのけた。


「君に拒否権があるとでも思っているのかい? これは王太子からの命令だよ」


 アストールはハラルドの言葉を聞いて唖然と口を開けていた。

 これは明らかな王族特権の濫用と言う奴だ。さすがのアストールもそれには応じざる負えない。

 絶望の表情を浮かべそうになる彼女かれを前にして、ハラルドは笑顔を崩さずに続けていた。


「とはいえ、これでは一方的すぎるだろう」


 大仰に言って見せると、ハラルドはアストールに対して指を立てて見せる。


「君もあのトーナメント表は見たであろう?」


 ハラルドの言葉を聞いて、アストールはゆっくりと頷いていた。


「君にもチャンスぐらいは与えてやらなければな。君が一度勝ち抜き、私との戦いに勝利すれば、この話はなかった事にしよう」


 ハラルドは笑顔のまま語り掛ける。アストールは恐る恐る言葉を振り絞りながら、ハラルドに問いかけていた。


「もし、それまでに私が負けたら……」

「その時は無条件で私の従者となる」


 アストールはその一方的すぎる条件を前に、言葉を返せないでいた。

 幾ら国王の愚息とはいえ、王太子に当たる男だ。

 果たして全力で彼に立ち向かっていいものか。勝利ができる出来ない以前に、王族に槍を向ける事自体がはばかられることだ。何よりもノーラに武術の楽しみを教え込んだのは、このハラルド王太子なのだ。


 日頃の行いは決して良いものではないが、武術の才に関してはそこらの騎士よりも秀でている。

 腐っても騎士の国の王族だけあって、その実力はアストールもよく知っている。


(分が悪すぎるな……。とは言え、こいつに勝たなきゃ、エドワルドと戦うことは出来ない……)


 最早、アストールに選択肢などなかった。


「分かりました。必ずや殿下に勝ってみせ、この実力を見せて差し上げます」


 アストールが真っ直ぐに見据えてくるのを、ハラルドは逆に目を点にしてみていた。

 かと思うと大きく高笑いをしていた。


「全く、君は面白い! 益々気に入った! そこまで言うならば、私の元に槍を突き立てに来い! 私が力尽くでお前をねじ伏せて見せるさ!」


 ハラルドの笑みは狂気を帯びたものへと変貌し、その言葉の真の意味を理解したアルトールは悪寒を感じた。ハラルドは笑みを浮かべながら、扉の方へと向かっていた。

 部屋からハラルドが消え去ると、アストール達は再び溜息を吐いていた。


「全く持って、散々な日よね……」


 エメリナは落ち込みを隠し切れず、項垂れている。


「こなったら、とことんするしかないよ! 私はアストールを信じてるから!」


 落ち込むエメリナとは対照的に、メアリーは力強くアストールの手を握っていた。


「そうだな。もう勝って前に進むしか道はない」


(それが元の体に戻るためにも必要なら、王族だろうと何だろうと、倒して前に進むしかない)


 アストールはぎゅっと拳を握りしめて、改めて自分の体を取り戻すために勝利を誓っていた。



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