開会式 2
ヴァイレル一の大きさを誇るロスティアヌ大闘技場。
古くは古代魔法帝国時代に建てられたもので、その観客収容人数は5万人を収容できるほどの大きさを誇っていた。現在でもその収容人数に変わりはなく、何か大きな祭典が行われる度に、この大闘技場は使用されている。
楕円形のスタジアムとして今なお、その雄姿は健在だ。アーチ式の出入り口がいくつも連なっている外壁は、帝国時代の最新技術コンクリート製であり、その巨大さは今なお魔法帝国の威光を示している。
首都ヴァイレルの城と共にこの街を示す巨大なシンボルマークだ。
だが、この闘技場を建築する技術は生憎だが、今の時代に残されていない。修復して使う事は出来るが、これと同規模の闘技場を作ろうにもその技術は今や失われてロストテクノロジーとなっている。
この闘技場はヴァイレルの市民街と呼ばれる、首都中心にある王の居城から大分外に作られている。だが、新しく広がった市民街から比べれば、まだまだこの闘技場のある位置は中心地と言ってもいい。
その闘技場の中心のには先ほど街の中を行進をしてきた諸侯と騎士たちが整然と並んでいた。
闘技場の北側の座席には上座が設けられており、そこには王族が椅子に座って諸侯を見下ろしている。
平民が貴族を見下ろす形の座席の形になっており、この時ばかりは諸侯たちも群衆に見下ろされることを甘んじて受け入れていた。
上座の玉座に座っていたトルアは、立ち上がって歩みだす。
上座の下に控えていた宮廷魔術師が、短く風属性の魔法を詠唱して闘技場全域に王の声が届くように魔術を発動していた。トルアはそれを静かに確認してから、声を上げていた。
「闘志諸君、よくぞこの地に馳せ参じてくれた。遠方より長い道のりを進んできた者達も多くいる。それだけに私は諸君らの忠誠心に、心打たれている次第だ」
トルアは大仰に両手を上げてさらに続けていた。
「この度、私の国王即位20周年という節目に、西方の遠征が一先ずの決着を見た事、大変うれしく思う。これも諸君らの働きあったからこそと言える。しかし、その為に生じた闘志諸君の犠牲もまた、小さいとは決して言えない。そこで今日これより七日間、犠牲となった全ての闘志を弔う武闘大会を開催する!」
国王の声に対して諸侯たちは、大きく一声を上げていた。
「散っていった闘志を弔う大会で、普段より研鑽してきたその腕を存分に振るうのだ! それによって散っていった闘志たちも必ず報われるだろう!」
国王が力強く言うと諸侯たちは一斉に剣を抜刀して、空に掲げる。そして、会場を震わせる大きな雄たけびを上げていた。
その国王の後姿を、一人息子のハラルドは足を組んだまま、肘をついて見つめていた。
金髪のストレートのロン毛に加えて、そこから除く整った顔立ちには、髭一本生えていない。その細身な出立と整った顔立ちだけを見れば、騎士の中でも一際美しく映るだろう。見た目だけならかなりの美男子ではあるが、今回の闘技会そのものが気に食わないのか、退屈そうな表情を浮かべていた。
(この様な同胞の血で贖われた大会など……)
本音を言う訳にもいかないハラルドは、奥歯を歯噛みして拳を握りしめる。
この西方遠征に向けていた戦力を、そのまま南の異教徒であるイムラハ諸国に向けていれば、海洋国のヴィトニア帝国も滅ぶことはなかった。
ヴィトニア帝国は魔法帝国の流れを直接汲んでいた最後の帝国だ。それをこの父親はむざむざと見殺しにしたのだ。ハラルドとしては、異教徒の征伐が第一目標であり、西方の遠征はむしろ反対の立場だった。
(今の西方同盟には、どんなに異教徒征伐を解いても聴く耳を持つまいな……)
だからこそ、ハラルドは半ば自棄になっている面もあった。
目を細めて騎士達の精悍な顔を見ていく。どの騎士達も真剣な眼差しで国王トルアを見つめている。
その中で一際目立つ存在に、ハラルドの目は留まっていた。
プラチナブロンドの長髪が背中まで伸びており、青く澄んだ瞳はじっと一点を見据えている。
稀有なまでの鼻筋は通り、小さな唇がきゅっと結ばれて凛とした表情は、正に美女というにふさわしい。それでいて体は攻撃的なほどいいくびれを持ったボディラインをしている。
(ほほう……。あのようないい女が騎士……。あの噂の騎士代行か……)
宮廷内でもいい意味の噂でもちきりになるほど、エスティナの話題にはかけない。当然、ハラルドの耳にもその噂と言う物が入ってくる。既に国王にも謁見を許されるほどの手柄を立て続けているという。
ハラルドは舞踏会にすら出席することを拒否しており、エスティナを見る機会がなかった。だからこそ、彼女の活躍を聞く限りでは、男の様な容姿を想像していた。
だが、実際にはその真逆、むしろ宮廷内にも中々いない絶世の美少女であった。
意表を突かれたハラルドは、ついついエスティナに目を奪われていた。
(いい女だ。あれで武勇も秀でているとなると、手元に置いておきたくなるな)
ハラルドは卑下な笑みを浮かべて、アストールを見据えていた。
(力づくでも手元に置くか? いや、今はトルアがそれを許さぬか)
英雄クラスの活躍をしつつあるアストールを、ハラルドが手元に置く事ができる可能性は低い。
全ての権限を持っているのはあくまでも国王であるトルアのみ、流石のハラルドもこれだけの有名人を侍従にすることはできない。ハラルドは再びぐっと拳を握りしめる。
(とはいえ、あそこまでの美人とは聞いていない……)
オーガキラーとまで呼ばれている女性が、まさかあのような華奢な体をしているとは誰も想像はしていなかった。何よりも彼女の話題は美貌よりも、その功績の大きさに目が向きがちである。
だからこそ、噂は彼女の見た目の事をあまり鑑みないものとなっていたのだ。
「……諸君、今回の祭りは無礼講である! 身分も階級も関係はない。己が磨いてきた技量の最も高い者こそが、今回のトーナメントの優勝者となろう。勝者にはそれ相応の賞与も用意している。存分に大会を盛り上げてくれ!」
トルアの演説が終わると同時に。騎士たちは再び一斉に雄たけびを上げていた。
彼は満足そうに騎士たちを見渡すと、そのまま玉座の方へと戻っていく。
トルアの玉座の横に座るハラルドは、父親が座るのを確認すると一声かけていた。
「父上、今回は気が変わった。私も直接この大会に出させていただきたい」
ハラルドの予期せぬ言葉に、トルアは目を白黒させて隣に座る彼を見据えていた。
「急にどうした?」
「ふふ。なに、大会を盛り上げるための余興になると考えたまで。私が出れば。この大会も大いに盛り上がりましょう」
ハラルドは不敵な笑みを浮かべる。その言葉の真意が今一つかめず、トルアは訝しんでいた。
西方遠征の司令官に任命しようとすれば、それを断固として拒否をした。その理由を聞けば同じ宗教を信仰する西方を攻め立てる行為には、一切加担しないと断言したのだ。それどころか、南から北上してきているマルスン帝国を討伐するためには、西方諸国の協力が必要不可欠ですぐさま西方との和睦を進めるべきだと具申してくるほどだった。
それ程までにハラルドは西方遠征を忌み嫌っていた。
はずなのだが、その遠征を祭る行事に顔を出し、しいては自らがその祭事にさえ参加すると言っているのだ。怪しまない方がおかしいだろう。
「父上、私もヴェルムンティア王家の一王族であります。皆を労うくらいの務めは果たしましょう」
「そこまで言うのであれば……。好きにするがいい」
トルアもそれ以上は深くは追及しなかった。何かしらの思惑があることは百も承知、だが、折角の晴れ舞台だ。王太子のハラルドに花を持たせて、周囲からの評価を変えさせるのも、王としての務めである。
「は、ありがたき幸せ。それでは早速その準備に取り掛かります」
ハラルドはそう言うと、侍従を呼び寄せて侍従に耳打ちで話を進めていく。
トルアはそんな息子を見た後、静かに騎士達に目を向けていた。
西方での苦労はよくよく聞いている。
占領地にいる職にあぶれた傭兵や敗残兵の賊化、それに多くの正規雇用の傭兵と正規兵が対応して治安回復に努めている。
一方で地方都市や領主諸侯の反乱を炙り出し、事前にその反乱を治める奸計を諮ったりと、西方司令官の負担は日に日に増大している。だが、そのお陰もあり、属領地の経営は徐々に右肩上がりになっており、軌道に乗り始めているという。
また、ハーヴェル海の海賊化した私掠船の討伐は、ディルニア公国海軍と王国海軍の連合艦隊が執り行っている。未だに混乱は収まっておらず、海域内の航路整備の調整などに追われており、まだまだ、ここからが大王国の統治の始まりと言って良い。
西方の統治は一筋縄でいかないのが現状だ。だからこそ、ディルニアの黒貴公子のエドワルドは、王国にとってとても心強い協力者であるのだ。トルアが腹心にしてもいいと思う位に、今のエドワルドは王国から信頼されている。
だからこそ、この闘技会にも招かれたのだ。
勿論、それだけでなく、大会が終わればトルアはエドワルドと商業用航海路の策定会談を行う予定だ。
むしろエドワルドはその為に、ここに招かれたと言ってもいいほどだ。
トルアは騎士達を見据えた後、静かに胸に仕舞っていた想いを呟く。
「大いなる王国の騎士達よ。これまでよく戦ってくれた……」
その後もスムーズに開会式は進み、その日は予選トーナメントの組み合わせ表の発表が行われて終了となる予定だ。もちろんその中には、アストールの出場する馬上槍試合の組み合わせ表もある。
その発表が公布された時に、大きな反響を呼ぶことになるとは、誰も知る由もなかった。