開会式 1
西方方面に駆り出されていた遠征軍の撤退が完了し、西方同盟との休戦協定も結ぶ事ができた。ヴェルムンティア王国はようやく内政の安定政策に専念できる状態を作ることができた。
何よりも西方遠征の第二の目的であるバルトゥール海一帯を支配することができたのだ。
バルテゥール海沿岸属領地の復興が進めば、大陸一の経済圏を確立できるだろう。
ヴェルムンティア王国は一先ずの目的を達成した事で、西方遠征の一時中断を決定したのだ。
そのおかげか、首都ヴァイレルは普段以上に活気が出始めていた。
街の大通りはいつもと違った騒がしさに包まれる。
通りの端には露店は一切なく、代わりに街の住民たちでごった返していた。通りの中央には騎士達が煌びやかな甲冑に身を包み、行列をなして行進していく。
甲冑の胸当てや、手に装備された盾、また、従者たちが掲げる旗には、貴族達の家紋が描かれていた。
ドラゴンや植物、剣にハート、様々な象形を組み合わせた複雑な家紋が、見る人々の目を引いている。
高々と掲げられた旗を指さして、子ども達は喜び、笑みを浮かべていた。
群衆は思い思いに歓声を彼らに浴びせる。
行進する騎士達の反応もまたそれぞれだ。
貴族である領主を先頭に腕自慢の騎士を従え、大勢の従者も引き連れて行進する。それは彼らが如何に力を蓄えているかを国民のみならず、王に見せるためでもある。これだけの兵士を有事の際は、すぐにでも供出するという意味合いもあるのだ。
銀の甲冑に身を包んだ騎士達は馬にまたがって、目抜き通りを連なって一直線に闘技場へと向かっていた。その光景を見た見物人達は、目を輝かせて彼らを歓声で出迎えていた。
列を成す騎士達の後ろに従卒の兵士達が続き、更にはその後ろに西方の珍しい動物や妖魔が、檻に入れられて荷馬車の上で晒者にされていた。見物人達はそれを見て更に歓声をあげていた。
そうして、近衛騎士や王国諸侯の一団が過ぎると、次にまたヴェルムンティア王国以外の騎士達や諸侯が現れる。いわゆる属領地に所属している貴族と騎士達だ。
漆黒の鎧に身を包んだ騎士を筆頭に、その後ろに銀甲冑の騎士達がドラゴンの紋章の入った赤い国旗を羽ばたかせながら続いていた。
見物人達はそれを見てまた、歓声をあげていた。
「セーファス。まさか、我らがヴェルムンティア王国の首都に歓声で受け入れられるとは思わなかったな」
ヴァイザーをあげた金髪の騎士が、前を歩く黒甲冑の騎士を見据えて隣の騎士に話しかけていた。
「ライル殿、我らが王がご決断された事が、間違いではなかった事の証でしょう」
鼻の下に髭を蓄えた青年の騎士は、同じように前を歩く黒い騎士を見据える。
「ディルニア公国万歳!」
「漆黒の旋風だああ!!」
「エドワルド公爵殿下! 万歳!」
観衆達は思い思いに歓声を彼らに浴びせていた。
それを意に介さず先頭を歩く漆黒の騎士、ディルニア公国の公王エドワルドは、前をまっすぐ見据えたまま馬を歩かせていた。
「エドワルド公爵殿下だ! 黒公爵万歳!」
群衆の中からその声が聞こえ出し、エドワルドの後ろを行く部下達は誇らしげに胸を張る。ディルニア公国の公爵エドワルドは、その声を聞いても前をまっすぐ見据えたまま馬を歩かせていた。
ディルニア公国は元々ヴェルムンティア王国と敵対していた王国だった。そして、このエドワルド黒公爵はかつては西方同盟の主戦力を成す筆頭国の国王でもあった。だが、彼はヴェルムンティア王国との戦に勝機がないとみるや、即座に自分の首と交換に、民と国の安全を保証させることをトルア国王に直訴しに赴いた。
トルアはそれに感銘を受けてエドワルドに忠誠を誓わせて、王国の中でも最高の爵位、公爵の爵位を与えて準独立国としてディルニアの存続を認めた。そして、ディルニア王国はディルニア公国として独立を守り、西方騎士の一団と海軍を率いて隣国のポラーニ王国を攻め立てた。
その活躍は西方のみならず、王国の中央にまで届いていた。
だからこそ、彼らはこの即位記念式典にも招待されていた。
「皮肉だな。昨日の敵は今日の友とも言うが、あそこまで相容れぬと思っていた相手に歓待されるとは……」
エドワルドの後ろを行く騎士、セーファスが観衆に手を振りながら笑顔で答えていた。
彼らとしては複雑な心境である。
当初から勝ちの見えない戦いではあったが、確実に負けが見えた時にヴェルムンティア王国に取り込まれていた。そして、隣国のポラーニ王国と戦う事になったのだ。
「しかし、この戦いも我らにとって悪い話ではなかった。長年領有権を主張していた南部イルネント問題も一気に片付けられたからな」
ライルもまた周囲に手を振りながら観衆達に答えてみせる。
ポラーニ王国とは元々国境沿いの商業都市コリンゲンの領有権を争って、幾度となく戦果を交えていたのだ。それを西方同盟に対しての牽制攻撃と称して、コリンゲンを含むイルネント地方一帯に攻め込んで占領し、領有権を確立したのだ。その後もポラーニ王国に対して連戦連勝を重ねてポラーニの西部地域をディルニア公国は支配した。
「確かにな。元々ヴェルムンティア王国に対抗するために、ポラーニとは一時的に和議を結んでいたにすぎぬしな。一度ヴェルムンティア側に付けば、奴らはいつもの敵と変わらぬ」
セーファスはそう言って納得していた。西方同盟からしてもディルニア公国が寝返って攻めてくることなど、想定などしていなかった。北部のポラーニ王国はかなりの陸軍勢力を誇る国家だが、エドワルド黒公爵の最強の騎馬部隊を前に敗走を余儀なくされた。
西方同盟が北部の足並みを乱したため、王国軍は南部での攻勢を仕掛けて大幅な前線の押し出しに成功した。だが、それ以降は西方同盟の焦土作戦によって、攻勢は一転して息を顰めることになった。その最中にハサン・タイからの国交交渉を呼びかけられた。流石のヴェルムンティア王国も二正面作戦は無理と見て、西方征伐を切り上げざる負えなくなったのだ。結局は西方同盟との休戦協定を結ぶことでしか、この征伐を終わらせる方法はなかったのだ。
「にしても、休戦条約だったからいいものの、もし、講和条約なら、西方同盟は内部から崩壊するだろうに」
ライルの言うことは完全に的を射ていた。
西方同盟は元々ヴェルムンティア王国に対抗するために、争いの絶えなかったエルベリア地方の国々が結んだ同盟だ。講和条約はエルベリア地方と王国の国境線の確定を意味し、西方同盟の大義は失われ、西方同盟の利害一致はなくなる。そうなった時、エルベリア地方では再び戦乱の世に戻るのが目に見えていた。ヴェルムンティア王国の西方征伐はエルベリア地方から争いをなくし、一時的な仮初めの平和な時をもたらしたのだ。
「皮肉なものだ。争いの絶えないエルベリアを平和にしているのが、この争いの元凶のヴェルムンティア王国なんだからな」
セーファスは笑みを浮かべながらぼそりと呟く。
「二人ともあまり無駄な口を叩くな」
黒い甲冑に身を包んだエドワルド公爵が、二人を宥めるようにして言い聞かせる。
それ以降二人は口を開くことはなかった。
(それにしても、トルア陛下の即位と西方での勝利を祝って、10年ぶりに開かれる武術大会か。楽しみで仕方がない)
不敵な笑みを浮かべてこの後に控える武闘大会に胸を躍らせる。
エスティナ・アストールが噂通りの実力を持っているならば、彼の頭を悩ませている事も解決してくれるかもしれない。
(できるならば、私の所まで勝ち上がってきて貰いたいものだが……。1勝でもしてくれればいい方か)
エドワルドは勝手に彼女の実力を推測して、笑みを浮かべる。
(いや、噂通りの実力なら、必ず私の元に勝ち上がってくるはずだ……)
行進しながらエドワルドは、群衆に目をやることなく進んでいく。
その眼には既に別の何かが映っているが、それを知る者は誰一人としていないのだった。