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似て非なる合わせ鏡 1

「それにしても、本当に活気があるのだな」


 フランチェスカは道行く人々を物珍しそうに見ながら通りを歩いていた。

 恰好は相変わらずの服装で、腰にはサーベルを下げている。お付の若い騎士が同行していて、彼は周囲の警戒を怠らずに神経を尖らせていた。


「そうですね」


 同意するアストールはメアリーを引き連れてその横を歩いていた。

 勿論、メアリーの機嫌はすこぶる悪く、アストールに対してそっぽを向けたままだ。

 城下の中でも大衆浴場周りは比較的治安が良く、王立騎士、近衛騎士も警備に出ている。常駐する兵士以外にも警察組織となる自警隊があり、彼らのお陰で市内の表通りを市民は安心して歩けるのだ、


「あ、こらあ! 泥棒! このクソガキが待てええ!」


 一行が歩いていると、前方から男の叫び声が聞こえてくる。

 ふと目を向ければ、露店から野菜を胸一杯に抱えた少年が、アストール達に向かって走ってきていた。

 露店の店員らしき男も、棒を振りかぶって追いかけていた。


「狼藉とはすぐにでも捕まえなければ!」


 若き騎士が走り出そうとする。それよりも早くにフランチェスカが手を前に出して騎士の動きを封じる。


「待て、ギリアム。ここは私達の出る幕ではない」


 即座に判断を下したフランチェスカに、今一納得のいかないギリアムは歯噛みする。

 近くには自警隊員や王立騎士が巡回しているのだ。ここで不用意に手出しすると、一貴族が彼らの仕事を奪っていると、変な妬みを買いかねないのだ。


(良くわかってるな。とは言え、騎士としてあれを見逃す訳にもいかねえからなあ)


 アストールはそう思いつつも、まだ動こうとはしなかった。後ろの店員は太っていたためか、追いつけないと判断すると、諦めて店の方へと戻っていく。悲しげな背中をみたアストールは、その店員に少しだけ同情していた。


 少年はそんなアストールのの横を通り過ぎ、横の細い路地に入っていった。あえてそれを見過ごした後に、彼女かれは声を上げていた。


「お~い! 自警隊! 自警隊はいないか! コソ泥がここの路地に入って行ったぞ!」


 アストールの透き通る声に対して、すぐに紺色の外套を纏い、腰に剣を差した自警隊員が二人集まっていた。


「コソ泥? どこにいたんですか?」

「ここの路地を野菜を持った少年が逃げて行った!」


 アストールが細路地を指さすと、自警隊の二人は頷いて見せる。


「そうか! わかった。あとは我々に任せてください」


 二人の自警隊は細路地の方へと駆け込んでいく。尤も、既に少年の姿はなく、どこに行ったかなど見当もつかないだろう。泥棒と言えどまだ十を数えるほどの少年だ。

 何らかの事情で親を失った孤児だろう。


「捕まえにはいかないのだな?」


 フラチェスカはアルトールに聞くと、彼女かれは静かに答えていた。


「悪事を働くといえど、ああしか生きる道がない子どもだからな……」


 捕まった後に待っている生活は決して楽なものではない。アジトの自白を強要され、アジトが見つかれば騎士隊は、あえて裏社会に情報をリークして人攫いを送り込む。そうなれば、そこにいる子どもたちは奴隷商に売り飛ばされるか、変態趣味の貴族に売り渡されるという末路を辿っている。運が良くて貴族の荘園の農奴であろう。


 モルフィアと呼ばれる言わば賊集団が、行き場のない孤児たちを集めて犯罪集団に仕立て上げているのが、この都市の孤児の実態なのだ。孤児は幾らでもいるので、すぐにトカゲの尻尾切りよろしく、足の着いた少年ギャング達は奴隷商に売られていくのが実際の仕組みだ。


「そうか」

「後の事を考えると捕まえる気にもなれなくてな……。実際捕まえた所で、何も変わらない」


 アストールは遠い目をして、路地を駆けて行く自警隊員の後姿を見つめる。

 現状を変えようにも自分一人の力では何も変えられない。

 何よりモルフィアと裏で繋がっている有力貴族もいる。彼らがいる限りは、少年ギャング達がいなくなることはない。どうしようもない現実を前に、アストールは溜息をついていた。


「行こう。こんなものに関わったって仕方ない」


 アストールが歩き出し、フランチェスカは呟いていた。


「王都も見た目ほど華やかではないという事か……」


 一行はそれから暫く歩き続け、大通りが交差する十字路にやってきていた。十字路中央には噴水が設置されており、その周りを子どもたちが走り回っている。噴水前で仲睦まじく手を繋いで話をする男女、大道芸を披露する旅芸人に、弦楽器の音色に合わせて物語を語る吟遊詩人、簡易的な舞台で人形劇をする劇団と、庶民の娯楽で溢れている。


 馬車はそれらの娯楽を邪魔しないようにと、申し訳程度に用意された十字路の端にある道を通らされていた。普段ならここまで大勢の人が十字路に集まることはないが、国王の即位祭という事もあって十字路は特別に憩いの場所として利用されていた。


「すごい活気だな」

「まあ、お祭り前だし、こんなものでしょ」


 フランチェスカが故郷との活気の差に唖然として呟き、アストールはそれに当然と言わんばかりに息巻いていた。


「さあ、ここはまだ入り口にも立ってないんだから! さあ、お風呂お風呂!」


 アストールはフランチェスカの手を引いて、一直線に目的の大衆浴場へと向かっていた。

 円柱状の天井が丸い建物がいくつも複合的に建ち並び、入り口となる建物は石壁と煉瓦屋根で造られていて、玄関口には石の柱が何本も建ち並んで突き出た屋根を支えていた。


 その下を大勢の人が行きかっていた。

 その様は古代魔法帝国時代の情景すら感じさせる。

 大衆浴場は昼間でも人が途切れる事はなく、入り口を大勢の男女が行きかっている。

 魔法によって沸かされた地下水のお湯が流れでる浴場、その歴史は魔法帝国時代にまで遡るという。


 大衆浴場の歴史は脈々と魔法帝国時代より受け継がれており、浴場を管理しているのは大概が魔術師である。炎の精霊サラマンドルによってお湯を沸かして、浴場に回している。召喚魔法を持続させるために、純度の高い魔晶石が必要であり、浴場の維持費の半分がこの魔晶石の購入費になるという。

 だが、大勢の人が浴場に入れば、充分な費用は賄えている。

 ワンコインという手軽さで入れるのも、王都の市民が浴場で体を洗うという習慣があるからこそだ。


「さあ、ここでお金を払って」


 アストールは浴場の入り口にあるエントランスの受付前まで来ていた。

 受付では女性が笑顔で対応をしており、老若男女の客人全てからお金を受け取っていた。


「あ、それと貴重品と武器を預けなきゃね」


 アストールはそう言うと、チップを店員に渡して、お金の入った袋と武器を手渡していた。

 チップを受け取った店員は、番号の書かれた木の札をアストールに手渡す。木の札には通し紐がついていて、アストールはその紐を手首に結び付けていた。


「さあ、フランチェスカさんも!」


 隣にいたフランチェスカも促されるままにチップを渡して、武器と貴重品を預けていた。

 ギリアムはその横で立ってはいるものの、浴場に入ることなく立ち尽くしていた。

 アストールは不思議そうに彼に聞いていた。


「あれ? ギリアムさんは入らないの?」


 護衛で付いてきていたギリアムは苦笑して答える。


「私はあくまでもフランチェスカ様の護衛ですので、ここでお待ちさせていただきます」


 ギリアムはそう言うと広いエントランス口のベンチの方へと歩いて行った。


「さあ、行こう!」


 フランチェスカは目を輝かせてアストールの手を引っ張る。そこでアストールは複雑な心境になった。


(んーなんだ。この気持ちは……。妙な罪悪感を感じるな……)


 幾ら体が女になっているからと言って、心まで完全に女になった訳ではない。時間が経っているとはいえ、何の抵抗もなくお風呂に入れるわけではない。


 何せ、後ろには……。


「アストール? 私も一緒に行くけど? 大丈夫よね?」


 怒りとも不安ともとれぬ微妙な表情をしたメアリーが、そう問いかけてくる。

 実際の所、メアリーからすれば、アストールは意識している異性と同じだ。幾ら姿が変わったからと言って、想い人の前で服を脱ぐのには恥じらいさえ感じる。

 だが、それ以上にアストールが女風呂で好き勝手をしないかが、不安でたまらなかった。


「……え、ああ、うん。大丈夫……」


 アストールもまたその気持ちは一緒だった。

 今やメアリーは彼女かれにとって、最良な心の拠り所となっている存在だ。

 従者であり、良きパートナーであり、何よりも……。


(ッダア! 俺は一体何を考えてんだ!? メアリーは従者! 俺は別に好きとかじゃねえはずだ!)


 妙なドキドキが胸の鼓動を早めていく。まるで結婚初夜の恋人と肌を合わせるかのような恥じらいが、急にアストールを襲っていたのだ。

 二人の間に流れる妙な空気を察したフランチェスカが、怪訝な表情で聞いてくる。


「どうした? 二人とも今更何を躊躇っている?」


 ズカズカと真意を突こうとするフランチェスカに、アストールも流石に真実を言う訳にもいかず、すぐに足を踏み出していた。


「な、なんでもない! ほら、メアリー行くぞ!」


 アストールは何の気なしに彼女の手を引いて女風呂へと向かっていく。

 手を引かれたメアリーは遂に黙り込んで、下をうつむいていた。


(こんな形なんて、こんな形なんて……)


「ごめん、やっぱり、無理。外で待つ! アストール楽しんでおいで!」


 メアリーは最後の羞恥心を捨てきれず、アストールの手を振りほどいてその場を逃げるように去っていく。その姿を見たアストールはなぜかほっと溜息をついていた。


「どうしたのだ? 女同士でなにも恥ずかしがる事などないのに……」


 フランチェスカは不思議そうにメアリーの後姿を見ながらつぶやいた。


「あ、ああ。まあ、女なら誰にでもあるでしょ。あんまり人に体を晒したくない時ってのが」


 アストールはそう言って話を誤魔化していた。フランチェスカもその言葉に何かを察したのか、頷いて見せていた。


「なるほど、そう言う事か。なら、仕方ないか」


 ホッと溜息を吐いたのも束の間、女風呂の入口へとついていた。入り口前には木の棚に多くのタオルが畳んでおかれている。そして、その反対にはタオルの返却用の大きな木箱が置かれていた。

 二人はタオルを二つ取ると、そのまま更衣室へと足を踏み入れていく。


(お、おれは遂に女の楽園へと足を踏み入れるのか!)


 アストールは高鳴る胸の鼓動を感じつつ、更衣室に足を踏み入れる。

 そこに広がった光景に、アストールは言葉を失った。


「おう、こ、これが女の更衣室……」


 更衣室に入れば、ボックス状の棚の前で、女性達が着替えを行っている。脱衣に着衣、見放題と言った所だろう。だが、アストールはふと自分もその一員であることに気づいて、急に興奮が……。


(覚めるわけねえだろおおお)


 早まる鼓動とは裏腹に、他人の更衣を不自然に見まいとしてしまう態度、明らかに入った後で不審者極まりないぎこちない動きをしていた。


(平静を保て……。平静を保つんだ! 俺は女、俺は女、俺は女……。いや、女じゃないけど、女だ!)


 などと頭の中は既に混乱状態とかしている。


「どうした? 脱がないのか?」


 フランチェスカに声をかけられて、アストールは気が付くと何時の間にか棚の前まで来ていた。

 当のフランチェスカは既に脱衣していて、タオルで体を隠している。

 服を着ている時はあまり分からなかったが、意外と攻撃的でグラマーなスタイルの持ち主である。

 胸の前でタオルを持って隠してはいるものの、隠れ切らないほどの大きさの乳房が見えていた。


「何か?」


 フランチェスカのスタイルに見とれていると、彼女もその視線が何かおかしい事に気づいて聞き返す。


「な、なんでもない! す、すぐに脱ぐ!」


 アストールはそう言って徐に服を脱ぎだしていた。彼女かれが素の姿になるまでに時間はかからず、あっという間にそのスラリとした肢体を見せる。

 アストールはその体を隠すようにタオルを体にまいていた。


「さ、さあ! いざ、行かん! 極楽の園へ!」


 意味の解らない事を口走りながら、アストールはそのまま浴場の方へと向かうのだった……。


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