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新たな特訓 2

 白銀の甲冑を身にまとった二人の騎士が、馬に跨って相対している。

 二人の距離は大分開いていて、その中央には旗を持った一人の男性がいた。

 男性は大きく旗を掲げたのち、振り下ろす。同時に相対した騎士は蹴りを入れて、馬をかけらせていた。段々と近付いていく。その間に相手の左胸に対して木製のランスの穂先を向けていく。

 そして、互いのランスが鎧を捕えて、穂先から真ん中までが一気に砕け散っていた。

 衝撃で二人の騎士はよろめくも、そのままお互いにすれ違って駆け抜けていく。


「いやー、やっぱり迫力あるねー」


 完全武装した重騎兵の一騎打ちを闘技場内の端で見ていたアストールは、他人事のように呟いていた。


「アストール、あなたもやるんでしょ?」


 メアリーが心配そうに言うと、彼女かれは頷いていた。


「もちろんさ。これからフランチェスカが指導してくれるから!」


 アストールは笑顔で横にいるフランチェスカの肩をぐっと抱き寄せる。彼女は小さく嘆息していた。


「あなた、本当にやる気あるの?」

「当たり前よ!」


 アストールはそう言うと、指を鳴らしていた。同時に闘技場の入口より、エメリナに手綱を引かれた白馬が出て来ていた。白馬の上にはアストールの銀色の甲冑一式が括りつけられている。


「今回、いつも使ってる甲冑に馬上槍試合ジョスト用の胸当ても購入したんだから!」


 自信満々に言うアストールに対して、フランチェスカは再び小さく嘆息する。


「装備が一端でも、貴方がどれだけの腕か分からない……。とりあえず、練習しましょうか」


 フランチェスカの言葉を皮切りに、アストールはメアリーを引き連れてエメリナの元へとかけていた。

 馬の前までくると三人で武具を下ろしていく。意気揚々と防具一式を持って、更衣室の方へと向かって歩いていた。更衣室には男性騎士達がいて、三人が入った瞬間にマッチョの壁が出来上がる。


「おいおい、ここは女の来るところじゃない」

「お茶でも持ってきてくれたのか?」

「ジョストは女がするもんじゃないぞ」

「鎧を着けたっら、動けなくなるんじゃないか」


 などと口々にゲラゲラと笑いながら、アストール達を蔑む。


「ほっといてくれないかしら? 私は着替えたいの!」


 アストールはマッチョの壁を迂回して、即座に個室へと直行していた。

 まず最初にギャンベンソンという布地の鎧を着こむ。そして、その上からプレートアーマーを着用していく。喉を守るためのゴルケットや肘を守るコーター、手首を守るガントレット、脇を守るペサギューや胸部を守るキュイラス、その上に更に厚めの胸部プレートが取り付けられる。左胸を中心に防御が集中しているのは、ジョストならではと言えるだろう。


 それ以外にも下半身もキュレットやチェンメイルスカートなどで防御を固めていく。

 流石にジョスト用と言うだけあって、かなりの重装備になっている。

 最期はキルト状の布ヘルムを被り、その上から甲冑用の兜をかぶっていた。

 全てを着用し終えたアストールは、バイザーを上げて一言だけ呟く。


「う、重……」


 男の体であったとしても、全く同じことを呟いていただろう。ただ、感じられる重さについては、重いことには変わりないが、だからと言って完全に動けなくなるかというほどでもない。それでもかなり動作は鈍くなっていた。何しろ、普通の甲冑フルプレートアーマーに比べて、ジョスト用の甲冑は二倍の重量があるのだ。


「あー、これ一人で馬に乗れるかわかんないわ……」


 自然と出た言葉にアストールは、ふと考える。この言葉を聞かれていれば、先ほどの騎士達の笑い者になるのは間違いない。

 だが……。


「やっぱり、重すぎ!」


 敢えて聞こえるように声を出していた。そして、即座に個室より出ていく。

 男性騎士達よりも一回り小柄な甲冑の騎士が、大柄の騎士達の間を歩いて出ていく。

 それを騎士達は嘲笑していた。


(精々笑っているがいいさ。その笑い種にした相手に倒されるんだからな!)


 アストールは内心で毒づきつつ、更衣室より出ていた。

 闘技場に出れば既に馬に乗るための台が用意されていて、エメリナが馬をその前まで連れてくる。

 アストールはぎこちない動きで馬にまたがっていく。

 手綱を握ってそのまま馬の腹を脹脛ふくらはぎで挟んで馬を歩かせていた。鎧を着たままの手綱さばきには慣れてはいないが、バイザーを上げたままであれば、視界もあって操作にさほど支障はない。


「でも、バイザーをさげて全力疾走ギャロップするのは怖いな……」


 馬上での槍試合は、顔を保護するためにもバイザーは必ず降ろしておかなければならない。

 だが、同時に必然的に視界は悪くなる。

 その上で全力疾走ギャロップするとなると、かなり不安になることがある。

 視界の確保ができず、相手の攻撃も見切りにくい、何よりも馬を真っすぐに走らせて相手にランスを向けるのさえ難しい。


「さて、やるか!」


 アストールはバイザーを下ろす。同時にどこからともなく、真横に銀色の甲冑に身を包んだ騎士が、馬を巧み操りながら華麗に現れる。


「ジョストをする準備はできたみたいだな!」


 真横に来た騎士はアストールに声をかけ、その声を聞いて初めてそれがフランチェスカであることに気付いた。


「あ、ああ。それよりも、いつも君はこんな重い甲冑を着て、大会に出ていたのか?」


 アストールが素朴な疑問を問うと、嘴のように尖がったバイザーを手で上げて、フランチェスカが顔をアストールに向けていた。


「ジョストをするんだ。あたりまえだ。欲を言えば、このバイザーの隙間を埋める物も欲しいくらいだ」


 フランチェスカは苦笑して答えていた。


「またまた、そんなことしたら、前が見えなくなるでしょ?」


 アストールがそう言うと、フランチェスカは笑みを消していた。


「バイザーがあっても結構危ない。木製ランスも魔法で脆くなっていて、先にはソケットもついているけど、砕けた破片がバイザーの隙間から顔に刺さって死んだ貴族もいる」


 深刻な顔付のフランチェスカを見て、アストールは少しだけ心配そうに見つめる。


「何か良くない思い出でも?」

「いや、気にしなくて良い。それよりも、最初はその実力を見せてもらうわ」

「待ってました! じゃあ、何をすればいい?」

「とりあえず、あの輪っかを狙って槍を操ってもらおうかしら?」


 フランチェスカがそう言って指をさしていた。その先にはハンマーとペグを持ったフランチェスカの従者が立っている。

 彼は闘技場の砂地にペグを突き刺すと、地面にハンマーで輪っかのついたペグを打ち込んでいく。


「あれは?」

「ペギングと言ってね。ランスの繊細な扱いの練習だ」


 輪っかの大きさは大体人の頭より大きいくらいの大きさで、人の腰程度の高さにペグの輪っかがくる。


「ランスの先をあのペグの輪っかにかけて、ペグを引き抜いてくれればいい」


 アストールはバイザーを下ろしたまま笑みを浮かべていた。

 標的としては十分な大きさで、狙いを澄ませれば充分にランスを輪っかに通す自信はある。


「おっけえ! やるわ。ランスを!」


 アストールが叫ぶとメアリーが鉄製のランスを持ってくる。そして、アストールの右側にやってきて彼女かれにランスを差し出していた。


「大丈夫?」


 メアリーが心配そうに聞くと、アストールは右手で差し出されたランスを受け取っていた。


「ああ、少し重いけどいけるさ」


 アストールはそう言って鎧の胴部分の掛金に、ランスの柄の後部をひっかける。腕と掛金の二つ、これで重量のあるランスを支えるのだ。


「なら、いいけど。本当に気を付けてね」


 アストールは少しだけ頷いて見せると、即座に馬をかけらせていた。

 見る見るうちにペグの方へと馬は近づいていく。馬上からすれば右側にペグが来るようになり、アストールは狙いを定めてその輪っかにランスの穂先を向けていた。

 だが……。

 アストールが思うほどそのペグをすぐにとることはなかった。

 激しく上下に揺れる馬上で、重い甲冑を着てランスを操作することの難しさは尋常ではない。

 片腕で手綱を握りしめて、落とされぬように両足でしっかりと蔵を挟み、右手でランスを操作する。

 どれか一つタイミングがずれれば、ランスの先は輪っかをかすめる事さえない。


 ペグの輪っかが目の前まで来た時に、槍をペグに向けるもその時には既に、ペグが自分の真横を通り過ぎていた。馬の走る速度も計算に入れて、ランスの切っ先を目標に向けなければならない。

 アストールのランスの先はペグの遥か上を通過していた。


 アストールは馬のスピードを落としてから、バイザーを上げていた。馬首を真後ろに向けさせると、無情にも地表に突き刺さったままのペグがあった。


(この体だと予想以上に難しいな……)


 男であった時の事を思い出して、アストールは改めてこの体が女性であることを実感する。

 力があったあの頃なら、もっと華麗に素早くランスを動かせたはずだった。だが、今の体ではその動作全てがうまくいかなった。


 馬をギャロップさせれば鞍の上で態勢を維持するのがやっとであり、更に上下する悪い視界の中で小さな目標にランスを向けさせる。最悪なのは非力な腕力だ。思っていた以上に甲冑とランスの重さで動きが鈍っていたのだ。


 そうこう思っているうちに、フランチェスカが馬を駆けらせていた。

 嘶きを上げた馬は、前足を持ち上げていた。ウィリーをしたかと思うと、早々に全力で走り出す。

 それを見るだけでも、彼女の技量がかなりのものであるというのはすぐわかる。


 ギャロップする馬上より少しだけ身を乗り出して、ランスの先をペグの輪っかに向けていた。

 その素早く華麗な動きには、他の騎士達も目を見張る。

 フランチェスカはいとも簡単に、ペグの輪っかにランスの切っ先を通していた。

 同時にペグは勢いよく地面から抜けていた。

 彼女はすぐに馬を宥めつつ、スピードを緩めていく。

 そして、立ち止まっていたアストールの目の前まで来ていた。


「お見事……」


 アストールは一連の無駄のない動きを見せつけられて、ぐぅのねもでないほどに黙り込む。


「落ち込むことはない。甲冑を着てランスを持ち、馬を全力疾走ギャロップさせただけでも凄い」


 フランチェスカはアストールの目の前まで来ると、バイザーを上げてアストールを見ていた。

 少しだけ息を乱しているが、その顔に疲れの色は見えない。


「そうかな?」

「ああ、少し練習すれば、すぐにそれなりの戦いはできるようになるだろう」


 フランチェスカからのお墨付きを貰って、アストールは少しだけ機嫌を取り戻していた。


「よし、もう一回やってみるか!」


 アストールはそういうと、再び前を見据える。既にフランチェスカの従者がペグ打ちを終わらせていて、彼女かれはバイザーを下ろすと即座に馬を全力で走らせていた。

 二回目の挑戦でもアストールは中々ペグを上手く引き抜くことはかなわなかった。

 その後も何度も挑戦するも、中々に上達はできなかった。

 何度か輪っかをかすめたりするものの、引き抜くことまではかなわない。

 その内に息も上がってきて、体中の穴という穴から汗が湧き出していた。

 フルプレートアーマーは風通しがいいものではない。なにせ、衝撃吸収材の役割を果たすギャンベンソンを着こんでいるのだ。分厚い布の鎧は防寒着と言っても過言ではない。

 夏を過ぎたとはいえ、日が照ればいまだに汗ばむ季節だ。長時間の行動には向いてはいない。


「今日はここまでで! また、明日、同じように特訓をしよう!」


 フランチェスカの一言でアストールは、小さくため息を吐いていた。

 彼女かれはすでに自分の体が、限界に近付いてきていたのを感じていた。そのタイミングを見ることができたのは、やはり同じ女のフランチェスカだからこそだろう。

 アストールは馬を駆けらせてフランチェスカの横まで来る。

 そして、バイザーを上げて彼女と顔を合わせていた。


「今日はありがとう。助かったよ」


 アストールがお礼を述べると、フランチェスカはバイザーを上げて笑みを浮かべていた。


「気にしなくていい。それよりもこれが終わったら、ヴァイレルの名物と言われる大衆浴場にでもつれていってくれないか?」


 フランチェスカからの急な願い入れに、アストールは一瞬だけ逡巡する。


(え……。ちょっと待て、これっていきなりお風呂であんなことや……って今の俺は女じゃねえかあああ)


 一人アストールは下衆な事を想像してすぐに落胆する。とはいえ、どっちにしろアストールとしては、願ってもなかった一大イベントであることに変わりない。

 体の汗は流せる上に、女性の裸を見放題なのだ。

 アストールはそこまで考えて返事をする。


「あ、ああ。それは構わない」


 アストールがそう言ったときに、後ろでメアリーがじっとりとした視線を浴びせていることに気付く。

 今の提案を受け入れようとしたアストールの下心がすぐにわかったのだ。


「けど、貴族の娘が行く様な場所ではないかもしれないよ?」

「どういうこと?」

「んーと、基本的に大衆浴場は平民しか入ってないからね」


 実際に大衆浴場に行くのは、王都の庶民の憩いの場である。自宅に風呂がある貴族はそもそも行く必要がないのだ。とはいえ、物好きな貴族も中にはいて、あえて大衆のいる浴場に行って庶民と交流を深める者もいる。かつてのアストールも実をいえば後者であり、大衆浴場で色々な人と話をして交流していた。

 何よりもこういう場所に行けば、貴族の噂もすぐに広められる。

 そういうはかりごとにも使えるのだから、大衆浴場とは本当に便利なものだ。

 アストールはふと昔の事を思い出していた。


「そうか。なら、尚更行ってみたいものだ」

「ええ!? 本当に行くの?」


 フランチェスカの返答を聞いて、アストールは狼狽する。

 身分の差の事を言っておけば引き下がると思ったのだが、フランチェスカの関心は他にあった。


「王都の庶民がどれほど豊かな暮らしをしているか、この目で見られるいい機会ではないか」

「え、いや、でも」

「ほら、汗を流したのだ。お風呂でその汗を流すのも、また気持ちの良い事であろう」

「ああ、確かに、そうだけど……」

「なら、行こうではないか」


 半ば強引に話を進めていくフランチェスカのペースに乗せられ、アストールは静かに返事をするのだった。


「わかった。行こう」


 その言葉を聞いたフランチェスカは自然と笑みを浮かべていた。

 アストールもまた笑みを浮かべて返す。

 その後ろには鬼の形相のメアリーがいるのは、言うまでもなかった。



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