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公爵からの挑戦 1

 ヴェルムンティア王国の首都ヴァイレル。

 国王の住まうヴァイレル城が小高い丘の上に建てられ、城からは城下町を一望できる。

 王城の周囲に城下町が広がっており、王城のすぐ傍には貴族たちが住む区画が設けられ、また、更にその外には一般市民の住む区画が広がっている。大まかに三つの区画に別け隔てられており、区域ごとに内城壁がめぐらされていた。


 王城から遠い区画の平民区には多くの人々往来していた。

 整備された目抜通りでは馬車が行き交い、側道には多くの露店が立ち並ぶ。大勢の一般人に加え、行商人や街大工、細工職人、宝石商、宗教関係者、魔術師、騎士や貴族、はては探検者、傭兵等々、普段王都では見られない人も溢れかえっている。

 交易都市ガリアールの闘技会が開かれた日よりも、王都ヴァイレルは更に大きな賑わいを見せる。


 街の通りには至る所に警備の兵士が佇み、物々しい空気を感じるがそれも致し方ない。それでも犯罪が後をたつことはない。

 人混みはスリや置き引き等の軽犯罪の宝庫だ。また、少し入り組んだ路地に入れば、強姦、強盗、恐喝が起きており、治安の悪化を招いている。パッと見た警備兵は暇そうに見えるが、治安維持のため、見た目以上に動いているのが実態だ。


「あー、ちきしょう……。ルショスクに行ってる間に、なんだよ。この人混みはー」


 王城から証人としての発言を終えたアストールは、息抜きに城下に来ていた。だが、城下の人の多さにげんなりして、肩を落とす。


「仕方ないよー。トルア陛下の即位20周年式典だし」


 メアリーが横でさらりというと、アストールは更に大きく嘆息していた。


「仕方ないか……。って言えるかよ!」


 アストールはすぐに息を吹き返し、怒りを露にしていた。

 ルショスクからの長旅を終えたかと思うと、今度はトルアとの謁見である。それが済んだかと思うと、レイナード家の証人喚問で証言をさせられた。


 証言を阻止するために、レイナード家の刺客まで来て一騒動ある始末。無論、エメリナの優秀な護衛によって誅殺は阻止され、それをダシにレイナード家を散々なまでに揺さぶったのは言うまでもない。

 何より、ルショスク以来、落ち着いた日々を過ごしたことがない。


 だからこそ、今日こそはと、ゆったりした一日を過ごすために、街に出てきたのだが……。


「だぁー! 人多過ぎー! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だー!」


 だだを捏ねるように、アストールは悶えていた。しかし、人混みが無くならないのは、彼女(かれ)自身もわかっている。メアリーは呆れた視線でアストールを見つめていると、彼女(かれ)は嘆息して、気分を変えていた。


「はぁ……。こんな事してても、仕方ないか……」

「そうそう!落ち込んだって人が居なくなるわけじゃないし!」


 メアリーの言葉にアストールも笑みを浮かべる。

 久々に二人で過ごせる時間がとても新鮮であり、また、アストールの心に癒しを与えていた。

 普段ここまで二人きりになる事が滅多となく、女となってからは仲間も増えて一層と二人になる時間が減っていたのだ。


 メアリーの屈託のない笑顔は、時にアストールにとって脅威となる事もある。だが、今日の笑顔は着せ替えの喜びを表すものではなく、純粋に二人の時間を楽しもうとしているものだ。

 だからこそ、アストールは背伸びしていっていた。


「よーし、今日は劇場でもいくかー!」


「あら、アストールらしくないチョイスね!」


「俺だってたまには文学に触れるくらいはするさ」


「今日は邪魔者もいないからね! アストールとならどこでもいいよ!」


 メアリーもまたアストールとの時間を満喫出来ることに胸を踊らせた。

 ジュナルは休暇と体の休養も兼ねて王立図書館に入り浸り、魔術の本を読み漁っているという。エメリナは王都の旧友に会いにいき、レニは神殿よりお呼びがかかって不在、コズバーンは品定めをすると言って街中に消えていた。


 ルショスクでは色々と有りすぎたので、全員に休暇を与え、自らも休暇を満喫するつもりだ。

 いつも自分でも行かない場所をチョイスしたのも、従者たちが絶対に自分を見つけには来ないだろうと目星をつけての事だ。何よりも今公演している劇は……。


「今回の劇は騎士キルアス・ヴェルムンティアの聖史劇だしな」

「そうなの?」

「ああ、俺の一番好きな劇さ」


 アストールはそう言って昔の事を思い出す。

 父親に連れられてきた初めての演劇、初代国王が建国するまでの紆余曲折の叙事詩を、わかりやすく演劇にしたものだ。これに憧れて騎士を志そうと思った。

 自分もいつかは国王に使える近衛騎士となって、王国に仇をなす敵を退治するのだと。

 だが、父親の死によって、人生は大きく変わっていた。

 嫌な思い出を思い出したことに、ふっと表情を暗くする。


「アストール?」

「ん? ああ、何でもない! いこうぜ」


 その一瞬の表情の陰りに気付いたメアリーは心配そうに見つめていた。 

 アストールはメアリーを気遣って、すぐに気持ちを切り替えて劇場へと歩みだす。

 せっかくとれた久々の休暇なのだから、せめて、今日ぐらいは二人の時間を楽しもう。

 そう思ったアストールはメアリーの手を取っていた。


 だが、神はアストールに対して、そう易々と至福の時を与えはしなかった。


「あの、貴方が噂のエスティナ・アストール様でしょうか?」


 二人の前に突如現れた一人の線の細い金髪男性。

 明らかに貴族関係の整った身なりをしている。


(うげ、マジかよ! 嫌な予感しかしない)


 アストールは男性を見て即座に顔をひきつらせる。

 声をかけられた事、即ち、高貴なお貴族様の依頼があると言うことに違いない。だが、アストールはこの貴重な休暇を無駄にしたくはなかった。


「あら、誰かしら、それ?おほほほ、(わたくし)は今忙しいの、それでは」


 アストールは白々しく言ってのけると、貴族らしく両手を腰まで上げて軽く一礼をして見せた。それな彼女(かれ)を見てメアリーは苦笑する。


(絶対、その嘘ばれてるから……)


 アストールは踵を返して立ち去ろうとする。メアリーも慌てて頭を下げてそれに続く。


「あ、ちょっと! 待って! 君の兄の行方を知る重要な人物の情報を持ってきたんだ!」


 アストールはそれを聞いた瞬間に足を止めていた。

 それ即ち、ゴルバルナに関係する情報と見て間違いはない。

 ゆっくりと振り向いたアストールは男に向き直っていた。


「あなたさ。人に名前を聞く前に、自分から名乗れって言われなかったの?」


 急な態度の変わりように、メアリーは軽くため息をついて、男性はたじろいでいた。

 アストールの言葉に線の細い男性は、はっと気づいてすぐに名乗り上げていた。


「遅れて申し訳ありません。ライル・バレトと申します。ディルニア公国のエドワルド公爵殿下にお仕えしております。よければ、殿下のお控えなさっている所までお越し頂けないでしょうか?」


 ライルの突然の申し出に対して、アストールは少しだけ逡巡する。

 彼の言う事が本当であれば、あの噂の黒公爵と対談することになるだろう。だが、それは言うなれば、大きな事件に巻き込まれる可能性もはらんでいるという事。ルショスクから帰ってきてから、ルショスク襲撃事件の証人としての証言をしていたため、今までまともな休暇すらなかった。


 だが、体を元に戻せるかもしれない有力な情報を貰えるかもしれないのだ。

 そう思うと、アストールの返事は既に決まっていた。


「……分かった。貴方の申し出、お受けいたします」


 アストールの返事にライルは笑みを浮かべていた。


「それは良かった。力ずくになるかと思ってましたよ」


 ライルは腰の剣をポンポンと叩いてみせる。大人しそうな顔をして、さらりと危険なことを言ってのけるその態度にアストールは思う。


(こいつ、何かできる感じだな)


 敵か味方か分からない態度に、二人は少しだけ警戒感を強めていた。


「では、私に着いてきてください」


 ライルは二人にそう促すと、背を向けて歩き出していた。

 二人もまた、ライルの後に続いていた。



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