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国を覆う黒い影

ヴェルムンティア王国の現国王の即位より20年が経つ年、西方遠征に区切りがつき、遠征軍の退却と駐留軍の編成が急務で行われている。第12代国王トルア・ベルムンティア、齢55歳となり、若かりし頃に呼ばれた獅子王の名は也を顰めていた。かつて野望と野心でぎらついていた瞳に宿るのは、次期国王の継承権を有する第一王子のハラルド・ヴェルムンティアに対する不安であった。


(ハラルドめ……。王子としての自覚ないままに育ちおって……)


 今日もハラルドは私室にて悪友たちと共に、酒池肉林の宴を催しているという。

 けして国王の教育が悪いわけではなかった。武の才も近衛騎士にも劣らない資質を持ち、政治に関しても全く関心がないわけではない。ただ、トルアとハラルドでは政治に関する考えは真っ向から対立していた。


 トルアは先代の始めた西方遠征を利用して、バルトゥール海の交易掌握を目論み、内海のバルトゥール海沿岸国全てを征服、または服属させた。表向きの西方統一という目的は達成できなかったが、その収穫は大きい。


 ディルニア公国を含む内海の沿岸国を服属させて、海洋交易権を独占することによって得られる利益は大きい。バルトゥール海に諸外国の交易船が入る場合は、多くの通行税を取ることで属領地の復興財源ともなっている。


 それ以外にもこれまで高い関税のかかったありとあらゆる特産品を、属領地化することで関税を撤廃した値段で流通させることに成功した。また、国内と属領地の物の流入がスムーズになり、経済も潤い始めている。属領地のある地域では、属領地化前よりも潤う地域すらあると言う。


 西方地域の統一という大きな夢は破れるも、これだけの国益をもたらすことが出来たのだ。

 トルアはその行いに誇りを持っている。

 西方の強大な国々を破り、多くの国を属領とした。


 これに対して真っ向から異を唱えているのが王子のハラルドなのだ。

 ハラルドは同じ宗教を信奉する西方諸国を味方に、南方の異教徒のイムラハ諸国征伐を目論んでいたのだ。古代魔法帝国からの直系国家であるヴィトニア帝国を滅ぼしたイムラハ諸国の脅威は過ぎ去っていない。ヴェルムンティア王国にとって、陸続きの隣国であったヴィトニア帝国はイムラハ諸国からの脅威の防波堤であったのだ。


 だが、ヴィトニア帝国の末期にはその役割を果たすだけの戦力を有しておらず、イムラハ諸国一の帝国、マルスン帝国が進軍した際には、速やかにヴェルムンティア王国はヴィトニア帝国領に進軍した。

 表向きは援軍ではあったが、裏を返せばヴィトニアの首都が落ちた場合に備えて、マルスン帝国の進軍を阻むための進駐軍である。

 援軍到着前にヴィトニア帝国はあっさりと降伏して、2000年を越える歴史に幕を下ろした。

 ハラルドはその時の王国の対処が気に入らず、それを契機に父親のトルアとの関係は冷めきっていた。


 なぜ、由緒あるヴィトニア帝国を助けなかったのか。

 理由は簡単、西方遠征で戦っている上に、本腰を上げてマルスンと戦争できるほど、このヴェルムンティア王国は強大な国力を有していない。

 最悪の二正面戦略は取りたくなかった。


 ハラルドは異教徒よりも同教の諸国を攻め落とすことに自棄になっている国王が嫌いで仕方がないのだ。彼の当初の野望としては異教徒狩りと聖地奪回のために、ヴィトニア帝国復興を目論んでいた。だが、現実問題として、西方同盟がヴェルムンティア王国に異教徒征伐の援軍を出してくれる可能性は極めて低い。


 自分の目論見が叶わないと見込んだハラルドは、今や王子としての自覚はなく、自暴自棄になって毎日を非生産的な宴で自分を癒している。

 トルアはそんな状況を憂いているのだ。


 彼の悩みはそれ以外にも尽きない。


 大国となった今、各属領地で反乱の噂が後を尽きないのだ。

 それを煽っているのが、レイナード家なのだから手を付けようがない。


 西方遠征で物資の補給や物流で、レイナード家は相当に商売で利益を上げていた。だが、その遠征が終了するということは、レイナード家の収入がそれだけ減るという事。それでも、属領地に火種を撒けば、軍もまた進軍しなければならず、それらの兵站確保の輸送任務等で、自分たちの仕事も増えて食い扶持を確保できるのだ。


 国内以外にも問題は山積みだ。南方のイムラハ諸国、特に国境を接しているマルスン帝国は大軍を準備しているという話も商人伝いに入っており、実際に間者からも大軍準備の動きを確認したと報告が上がっている。数は10万を超えるともいわれており、それだけの大軍が南方より大挙すれば、とてもではないが現状のヴェルムンティア王国に止めるすべはない。


 東部では山脈を迂回する形で、ハサン・タイが国境侵入を繰り返していて、その都度東部の武人達が対応している。小規模な侵入を繰り返し、その傍らで国交を結ぶように使節もくるという異常事態だ。

 20万近い兵を持つハサン・タイが直接的に侵入をしてくれば、これまた、蛮族の侵入を止める方法はない。頭を悩ませるトルアは、玉座にて大きくため息をついていた。


(内憂外患とはこのことか……)


 悩ましい姿を見せる王だが、偉業を達成したのもまた事実だ。 


 トルアは国民より愛されており、国王を称える即位20周年を記念した式典が、近々開かれることとなっていた。その影でルショスクの事件が裁かれているのを、多くの民は知らない。


 国王にもこの式典が開かれることは都合が良かった。事件の当事者であるレイナード家がどれだけ大きな影響力を持っているかを、あのルショスクの事件で露呈させたのだ。


 下手をすれば、国王の権威を失墜させかねない事件だ。それを式典でひた隠しにでき、尚且つ、レイナード家を召還するよりよい口実ともなる。裏ではレイナード家の責任を追求して、その影響力すら削れる一石二鳥だ。反乱の扇動もこれを契機に、少なくなるのは間違いない。


 式典の開会の儀は、レイナード家の最終尋問の終了した今日より2週間後に、1日かけて行われる。次の日に全国及び属領地より集まった有力貴族と騎士達による入場行進が行われる。また、西方遠征の成功を祝う式典が催され、その後、7日に渡り、戦地で散っていった騎士や兵を悼む武道大会が開催される予定だ。


 この祝祭のために、全国、全属領地からの代表がこの王都ヴァイレルへとやってきていた。


 トルアは依然として悩まし気に、前を向いたまま考え込む。


(ノーラが男であれば、どれほど助かったことか……)


 世間ではお転婆武人姫と兪やされてはいるが、実の所、彼女の潜在的な能力を一番に見抜いているのは父親であるトルアであった。武の才に恵まれていて、多少悪戯が過ぎる所もあるが、普段の会話の中では政治や外交に対して、かなり現実的な話ができるのだ。

 だが、ヴェルムンティア王国の王位継承権は男子のみと、王室典範に記されている。

 女のノーラに継承権はないのだ。


(我が血を濃く継いだのは、ノーラであったか……)


 再び玉座にて深々と嘆息するトルアの元に、ルードリヒ国務次官が足早に現れる。

 慇懃に礼をしてみせると、報告を上げていく。


「陛下、此度の祝祭を祝い、ヴェルムンティア王家の偉業を称える石像が各諸侯より届いております」


 ヴェルムンティア家が王位についてから、おおよそ300年が経つのだ。

 その間に歴史に名を遺す武人としての王や、その王を助けた側近達の偉人伝はいまだ各地方で語り継がれている。だからこそ、彼らを称えるために、諸侯が石像を寄贈していた。


「ふむ。そうか……。また、諸侯の名を名簿にリストに載せておけ」


 逆を返せば、これらの石像を献上するということは、それだけ王家に忠義を誓っている証だ。トルアは自分に味方をする諸侯をけして反故にはしない。特権までは与えずとも、それなりの見返りは用意している。


「は、御意に……。して、石像はどこにお飾りになられますか?」


 ルードリヒの問いかけに対して、トルアは気怠そうに答える。


「どこでもよい。配置はそなたに一任しよう」


 ルードリヒは国王からの言葉を聞くと、一礼してその場を立ち去っていく。

 その後姿を見送ったトルアは、深々とため息を吐いていた。


(この国を誰に任せたものか……。悩みは尽きぬな)


 トルアを称える式典は、彼の悩みをけして解決はしてくれない。

 それでも彼の気持ちを少しでも紛らわすことはできるだろう。

 式典の開催まであと14日となろうとしていた。




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