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ルショスクに灯る希望

 ルショスク外城門の外には、近衛騎士達が隊列を組み、その最後尾にベルナルドを乗せた馬車がある。更にその後ろにはベルナルドに最後まで忠誠を誓っていた傭兵達が縄に繋がれて数珠つなぎとなって行軍を強いられていた。


 隊列はゆっくりと進みだして、王都ヴァイレルへと向かっていく。

 そんな彼らを見送るゲオルギーの前に、アストール達一行が現れる。


「これはこれは、エスティナ様……」


「ごきげんよう。ゲオルギー様」


 アストールはそう言うと、跨っていた馬から降りて軽く一礼して見せる。


「今回は色々と助けていただき、本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げるゲオルギーを前に、アストールは狼狽していた。


「あ、そ、そんな。次期領主が一近衛騎士に、頭を下げないでください!」

 アストールの言葉を聞いたゲオルギーは、顔を上げていた。


「しかし、貴方は実際このルショスクを救ってくれた立役者だ……」


「……これも任務を果たしたまでです」


 謙遜するアストールを前に、ゲオルギーはその両手を持って彼女かれに詰め寄る。


「人攫い事件を解決し、上級妖魔を倒し、黒魔術師も成敗し、このルショスクを狙いに来た賊も征伐した。ここにおられる間に、あなたは勲章を二つは貰えるほどの功績を残しておいでだ」


 一目見ただけではこの小柄な少女が、すべての事を成し遂げたとは誰も信じないだろう。だが、実際に事件を解決した張本人であるのだ。


「そこまで、褒められても、私は困ります……」


 アストールは顔を反らして、両手を振りほどく。


「それは申し訳ない。しかし、この事はしっかりと陛下のお耳にお入れいたします」


 その言葉を聞いた瞬間に、アストールは慌てていた。


「そ、それは困ります!」


 アストールの言葉を聞いたゲオルギーは、あっけらかんとした表情で首をかしげる。


「なぜです?」


(なぜも何も、そんなことしたら、余計な役職を着けられるだろうが!)


 アストールは内心そう毒づきながらも、上品に引きつった笑みを浮かべて答える。


「私は女です。ただでさえ肩身が狭いのに、そんな事をされると、余計に他の騎士から顰蹙ひんしゅくをかうことになります」


 実際には顰蹙ひんしゅくを買おうが、ねたまれようが、アストールは全く気にしない。それよりも気にしているのは、功績を立てすぎる事で新しく役職を着けられて、今よりも自由がなくなることだ。

 そうなれば、いよいよゴルバルナを見つける事が出来なくなる。


「そうですか……。しかし、一つだけでもいいので、陛下にはご報告をさせてください」


 ゲオルギーは引き下がらずにに言うと、アストールも苦笑して答えていた。


「わかりました。では、黒魔術師を討伐した事をご報告ください。上級妖魔は探検者のリュードが倒したと言う風にしてしまった方がご都合がよろしいのでは?」


 アストールの提案に対して、ゲオルギーは頷いて見せていた。

 実際に上級妖魔を倒したのはリュードであるし、その雇い主は紛れもないゲオルギー本人だ。

 そうしてしまった方が、アストールも当初の任務通りの事を国王に報告できて都合がいい。


「確かにそうですね」


「でしょ! 後はお好きなようにご報告をよろしくお願いします」


 ゲオルギーはその言葉を聞いて、笑顔を見せていた。


「つかぬことをお聞きしますが、残った傭兵と兵器はどうなさるのですか?」


 アストールに唐突に聞かれたゲオルギーは、少しだけ黙り込んだ後答える。


「要らない物は売って処分しますし、傭兵は金で雇われる者、今回狼藉を働いていない傭兵は全て我が領地で雇い入れます。ちょうど兵士がほしくてね……。兵を領地で集める手間も省けて丁度いいんです」


 ゲオルギーの言葉を聞いて、アストールは一人納得する。

 ルショスクは今回の事件でかなりの正規兵と騎士を失っている。その人的損害は甚大であり、この傭兵達を雇入れたとしても、以前の戦力まで回復させているとは言い難い。

 何よりもアストールは知っている。

 ゲオルギーが傭兵を使う本来の意味合いを……。


(その傭兵隊を使って、魔鉱石のある洞窟の妖魔退治をするわけか……)


 魔鉱石が採掘される場所には、決まって強大な妖魔や、大量の妖魔がその魔力を求めて住み着いている。そんな状態では鉱夫達も仕事などできない。だからこその傭兵達だ。

 傭兵達には金を惜しまず与えて、鉱脈内の妖魔を掃討してもらう。金の為なら命を投げ出す傭兵だからこそ、勇敢に妖魔達を掃討してくれるだろう。

 必要以上に領民を兵士に徴用して犠牲を出さずに済む上に、ある程度傭兵の数も減らすことができて、コストも削減できる。抜け目のないゲオルギーの計画に対して、アストールは思う。


(つくづく食えない男だぜ)


「そうですか……。それはルショスクにとって、大きな利益になりましたね」


「はは、そうでもないさ。これからが大変なんですよ」


 ルショスクは今回の黒魔術師と傭兵の襲撃でかなりの被害を被った。その被害のせいで、ゲオルギーが本来計画していた復興計画は遅れをとったといわざるおえない。


「そうですか……」


「ええ。しかし、今回はあなたが居たからこそ、我々はここままでやれた。この恩は絶対に忘れません」


 ゲオルギーはアストールに対して手を差し出していた。

 彼女かれもその手を握り返していた。

 握手が交わされたのち、アストールは笑顔を浮かべていた。


「それでは私たちはそろそろ向かいます」


「道中お気をつけて」


 アストールはゲオルギーと言葉を交わすと、再び馬に飛び乗っていた。

 アストールを筆頭に、メアリー、エメリナ、ジュナルと続き、最後に荷馬車が通り過ぎていく。その荷馬車には巨漢の男と神官が乗っている。一行は騎士隊の最後尾について歩き出していた。

 時期をずらして行軍することもできたが、結局、今回の事件の証言をしろと言う団長命令が下り、帰還を共にせざるを得なかった。

 ジュナルの体調も回復してきていたので丁度良かったが、彼としてはもう少し孤児たちの面倒を見ていたいと言う気持ちもあった。だからこそ、後ろ髪引かれる面持ちで、ジュナルは行軍していた。 


「あ、そういえば、リュード達は?」


 思い出したかのように言うエメリナに、アストールは嘆息していた。


「ああ……。リュードはもう少しここに残って黒魔術師の事を調べるってさ」


 それが彼らの本来の目的なのだから、当然と言えば当然だ。

 心のどこかで、もしかすれば、また一緒についてくるのではと、不安に思っていた。

 そんなアストールの心配は杞憂に終わっていた。


「なんかさみしそうだね?」


 エメリナはアストールを茶化すように、彼女かれの顔を覗き込んでいた。


「ば、馬鹿! そんなわけないだろう! あんな奴いない方が気が楽でいいに決まっている!」


 茶化されるとアストールは慌てて否定していた。

 それが如何にもな反応で、エメリナはケラケラと笑いだす。


「いやー、本当は好きなんでしょ?」


 エメリナは続けて本心をズバズバと問いかけて来ていた。

 実際、アストールは男でありながら、戦闘に関しては心惹かれる部分がないわけではない。だが、それはあくまでも戦闘に関してであり、異性いや、同性としてはなんら魅力的には見えているわけではない。


「なわけねーだろ! あんな男に惚れるわけがない!」


 きっぱりと答えるアストールに、エメリナは少しだけ落胆する。


「あらら、違ったのねー」


 エメリナは詰まらなそうにして馬の歩く速度を遅めて、アストールの横から去っていく。代わりに安堵した表情のメアリーが現れていた。


「ちょっと、不安になったよ」


 メアリーに顔を向けたアストールは聞き返す。


「何が?」


「エメリナの質問に、本当はリュードに惚れ始めてんじゃないのかな? ってね」


 メアリーの勘はある意味では当たっている。戦闘に関しては、元来自分の取っていたスタイルと似通っていて、羨ましく思う所はあったのだ。何よりリュードの剣の腕は本物だ。だからこそ、ある程度の実力を認めてはいる。しかし、それがきっかけで少しずつ、自分の中で気持ちがグラついていることに、アストールは気づいていない。


「そんなわけない。あいつは男だし、俺も……」


 男だ。と言いかけて口を噤んでいた。

 本当は堂々と口にしたいが、ここでは誰が話を聞いているかは分からない。

 こういう状況が、余計にアストールの鬱憤をたまらせていた。


「大丈夫、アストールはアストールのままだよ」


 メアリーは屈託のない笑みを浮かべていた。それにアストールもまた安堵して自然と笑顔を浮かべる。


「ああ、そうだな。ありがとう」


 今回の事件で、二人の間にあった信頼関係は、知らない内に深まっていた。

 アストールは改めてメアリーを愛おしく思う気持ちがあることを確認する。


(まだだ! まだ俺は男だ! 絶対にゴルバを捕まえて戻ってやる!)


 決意を改めたアストールは、ルショスクを背にして王都ヴァイレルの帰途を急ぐのだった……。


長かったルショスク編もこれでようやく終わりです。

ここまで長々とおつきあいいただきありがとうございます。

まだまだ続きを書いて行きますので、今後ともよろしくお願いします。


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