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ルショスク攻城戦 5


 さほど破壊はされなかった城下には、再び人々の姿が戻ってきていた。

 傭兵達と住民達が共同で、戦死した死体を片付ける。少し前のルショスクでは絶対にありえない光景だ。そんな中、両手を縄で縛られた男が馬車で運ばれていく。


 男の名はベルナルド・レイナード。


 今回のルショスクでの戦いを引き起こした張本人であり、攻撃の正当性を失った敗北者だ。

 彼の前には見張りの為にエメリナがついていた。馬車の外では、アストール達が馬に乗って周囲を警戒している。残党こそ居ないものの、恨みを持った住人たちがベルナルドに襲い掛かり暴徒となる可能性があるのだ。だからこその護衛任務だ。


 幸い捕まえてからこの馬車を襲撃しようと言う住民や傭兵はいなかった。

 それもそのはず、後ろには近衛騎士達がついているのだ。

 何事もなくルショスク本城の正門を潜り抜けていく。


「ふ、皮肉なものだな。勝利を確信していたのに、気が付けば、勝者としてではなく、敗者としてここを潜ることになるとは……」


 譫言うわごとを呟くように言うベルナルドは、虚空を見つめていた。

 ベルナルドはルショスク本城の前までくると、その体にまかれた縄を解かれていた。

 手にまかれていた縄も解かれた彼の姿は、正に敗軍の将そのものだ。


 鎖帷子チェーンメイルを体に身に着けているだけで、他の武器防具は装備していない。


 馬車を下りたベルナルドの顔に曇りや迷いは消えていた。

 そのままアストールとウェイン、数名の護衛騎士と共にゲオルギーの待っている謁見の間に向かった。


 扉を開けた瞬間に、ゲオルギーが長机の向こう側に据わっているのが見える。

 ベルナルドを見ても一切表情を変えない。そう、こうなることを予め知っていたかのような態度だ。

 ゲオルギーは静かにベルナルドに着席を促していた。


「私はお前に負けた……。煮るなり焼くなりするがいいさ」


 ベルナルドの態度を見て、ゲオルギーは少しだけ憤る。レイナード家という豪族のボンボンというイメージが強かったため、ここまで潔く負けを認めるとは思っていなかったのだ。


「私とて一領の次期領主だ。辺境領だからと言って、そく打ち首などと言う蛮行は起こさない。貴方の身の安全は保障する」


 ゲオルギーはそう言うと、後ろにいる護衛や、入り口付近のアストール達に目をやって言う。


「私はこのベルナルド殿と二人きりで話をしたい。すまないが、皆の者、席をはずしてはくれないか?」


 ゲオルギーの言葉に従って全員が無言で外に出ていく。


 アストール達も納得はあまり行かないが、出ないわけにもいかず、エメリナを連れて部屋を出ていた。

 扉を閉めて兵士達が扉を固めて、主人以外が中に入るのを防ぐ。中庭に出ていくアストールとエメリナは、更に部屋から遠ざかっていく。


 部屋から距離をおいたアストールは、エメリナに向き直っていた。


「お願いできる?」


「いいよ」


 エメリナは城の奥方へと消えていった。


 部屋の中ではゲオルギーとベルナルドの二人のみとなり、二人の間に暫しの沈黙が訪れる。

 最初に口を開いたのはゲオルギーだった。


「さて、二人だけにした意味、貴方には分かるな?」


 ベルナルドはゲオルギーの言葉を聞いても、何一つ表情を変えることなかく答える。


「ああ……。正直に言おう。私がこのルショスクを狙っていたのは事実だ。だが、これも全てはレイナード家に生まれたがゆえの宿命だ」


 ゲオルギーはその言葉を聞いた後、彼の境遇を考えていた。ベルナルドも豪族としての責務を全うしようとしただけなのだと、意気消沈した彼を見て理解した。


「あなたと同じように私達も生き残るために、それなりの手立ては講じさせてもらったまでのこと……。けして貴方を責める事はしない。それは私のする事ではありませんから」


 ゲオルギーはそう言うとベルナルドを見据えていた。彼は見つめられたことによって、一瞬だけ表情を変えていた。


「どういう事で?」


 今一意味が分からずに、ベルナルドはすぐに聞き返していた。


「この事は陛下にきっちりと全て報告させてもらう。貴公の処断は国王陛下にお任せする次第だ」


 ゲオルギーの言葉に対して、ベルナルドは全く動じることはなかった。


「父上は助けには来ないだろう。どの様な事があろうと……。これほどの失態を犯し、レイナード家の名を貶めたのだ……」


 自分の処遇がどうなろうと、もはや覚悟を決めていた。だからこそ、今の自分なら誰のいう事でも、素直に受け入れられそうだった。


「そうか……。君の境遇には同情する」


「ふん、勝者の同情などいらんさ。お前はもっと勝ち誇ればいい」


 自嘲するベルナルドに、ゲオルギーは嘆息していた。


「一つ、貴方に聞きたいことがある」


「ん?」


「なぜ、なぜ、この不毛で何もない土地を狙って攻めてきた?」


 ゲオルギーの問い掛けに対して、ベルナルドは笑みを浮かべていた。


「ふふ、冗談が過ぎますな。ゲオルギー殿。貴方も知っているはずだ。ここの資源が鉄鉱石だけでない事をな」


 意味深な発言に対して、ゲオルギーは顔をくぐもらせた。


「……貴公は、本当にあの噂を信じているのか?」


 ゲオルギーは彼が言おうとしている事が分かり、ベルナルドに向かって聞いていた。


「信じるも何も、妖魔が多く出てきて、奥にはまだ未開の部族がいると言う。それだけ聞けば、確実にあの鉱脈があってもおかしくない。何よりもゲオルギー殿、あなたは探検者達を使って、調査を裏で行っているのだろう?」


 ベルナルドの声に今度はゲオルギーが沈黙する。豪族レイナード家の情報網は、この辺境領で秘密裏に行っている事さえ見透かしていたのだ。まるでこの国のすべてを見透かしているかのようだった。


「そこまで知っているのであれば、隠すことはないか……。確かにあなたの言う通り、私は洞窟を調査し、そこで魔鉱石も発見した」


 ゲオルギーは隠すことなく喋っていた。レイナード家に知られていると言うのであれば、何時、全国に周知の事実となるかもわからない。最早隠すことはできないも同じだ。


「やはり……。親父の言う通りだったか」


 ベルナルドはゲオルギーと目を合わせることなく、顔を背けたまま吐き出していた。


「魔鉱石さえあれば、ルショスクの建て直しも容易にできる」


 ゲオルギーは胸を張って語っていた。

 魔鉱石は魔力の含まれた鉄鉱石だ。加工は普通の鍛冶屋では行えない。魔術の知識を有した特殊な鍛冶屋がこれらの鉱石を加工して、特殊な武器を作り出すことが出来るのだ。

 何よりもこのような魔鉱石は、採掘場があまり発見されておらず、市場にも出回らない。故に原石ですら取引価格はかなり高価になる。


「行く行くはここに魔鉄の精錬所を作るつもりだ」


「俺にそのような大事な事、話しても良いのか?」


 ベルナルドはゲオルギーに光のない瞳を向けていた。


「喋ろうと喋るまいと、好きにしてもらって良い」


 どちらにしても、ゲオルギーからすれば何一つデメリットはないのだ。


 これが事実であるとレイナード家に知らせれば、それなら、彼らとすぐに陸運で儲けさせるような契約を結べばいい。その交渉の用意はできている。

 黙っていたままでいてくれるのなら、これまで通り水面下で調査を進めていけばいい。

 そうして、魔鉱石を一定数の採掘量を確保した時に、この儲け話を市場に流せばいいだけの話だ。陸運業を営んでいるのは、なにもレイナード家だけではない。


 レイナード家はベルナルドの敗北によって、ルショスクの魔鉱石産業の参入権をゲオルギーに握られることになったのだ。ベルナルドが勝利していれば、このルショスクの魔鉱石産業をほぼ独占できていたかもしれないが、それは全て夢の痕となっていた。

 しばし二人の間に沈黙が訪れる。


「私は急ぎすぎたと言うわけか」


「そう言う事だ。他に言いたいことはあるか?」


「じゃあ、俺の方からも聞かせてもらいたい。いつから、俺の傭兵を懐柔していた?」


 ベルナルドに問われたゲオルギーは、隠すことなく喋りだしていた。


「貴方を慰労会に誘った時からだ」


「あの時から……?」


「傭兵達に宛がった娼婦達はこのルショスクご用達の娼館の娘たちだ」


 それを聞いた瞬間にベルナルドは絶句する。なぜ、あの慰労会にて傭兵達の団長と幹部クラスのみが招待されたのか、さり気ない疑問の答えがようやく判った。

 あの慰労会の時から、ゲオルギーは既にルショスク攻めに対する策を練っていたのだ。


「それを知らずに、私は呑気に勝ったつもりでいたのか……」


「気づく訳もありますまい。あなたにばれぬよう、傭兵隊に間者を送るのも苦労しましたから」


 ゲオルギーはベルナルドに対して嘆息しながら答えていた。

 ベルナルドに反感を持つ傭兵団を、娼婦たちの情報を元に炙り出した。傭兵達は上っ面でベルナルドに従っていたが、水面下では既にゲオルギーの離反工作が進められていてたのだ。


 何よりも、ベルナルドの欠点は……。


「あなたは傭兵を理解しているようで、していなかった」


 ゲオルギーに指摘されて、ベルナルドは返す言葉が見つからなかった。

 攻城櫓を買い付けて、傭兵達に支払う予算がほぼ底を尽きていた。そこを無理してでも傭兵達にお金を払っておけば、今回ここで負ける事はなかっただろう。

 結局のところ、羽振りの悪い主人よりも、よりよい契約を用意してくれる主人に付くのが傭兵なのだ。


「……そうだな」


「しかし、一歩間違えれば、立場は逆、そこに座っていたのは私かも知れない」


 ゲオルギーはけしてベルナルドを慰めるつもりで言ったわけではない。

 実際にゲオルギーのしていたことは、綱渡りに等しい行為だった。一本の綱の上を絶妙なバランスでわたり続けられたからこそ、勝者となりえたに過ぎない。ベルナルドが少しでもその動向に気づいていれば、確実にゲオルギーは負けていた。


「……これ以上話をしても、仕方がない。俺は御上の下した判断を受け入れる事にするよ」


 ベルナルドは小さく溜息を吐いていた。


「衛兵!」


 ゲオルギーが呼ぶと、すぐに扉が開いて、ルショスクの衛兵がやってくる。


「会談は終わりだ。丁重にお連れしろ」


 ゲオルギーはあくまで、ベルナルドを罪人としてではなく、貴族として扱っていた。

 衛兵に促されて、ベルナルドは二人の衛兵についていく。

 こうして、二人の会談は終わっていた。


 ようやくルショスクに、新しい日の光が当たろうとしていた。



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