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ルショスク攻城戦 4


 避難民たちは着の身着のままで出てきたのか、殆どの住人が家財道具などを持ち出すこともなく城壁の外で怯えながら時が過ぎるのを待っていた。その数、おおよそ五千人は軽く超えるだろう。


 その警護を現状で担当しているのはルショスクの城兵150人だ。

 近衛騎士隊は西門に集められて、五十の弓兵が城門の上に配置されていた。


 そして、近衛騎士隊の騎馬隊百騎余りで門を封鎖している。


 門の前には木で作られた馬除けの馬防柵が置かれて、容易に突破することはできなくなっていた。

アストール達も城門の警備隊の中に含まれていて、馬防柵の後ろで待機していた。彼女かれの横にはトルチノフが控えており、彼は黙ってルショスク城の方を見続けていた。


「ねえ、そろそろ本題を教えてくれてもいいんじゃない?」


 アストール達は指示通りには動いたものの、なぜここで陣を敷いて待ち構えているのか。その本当の意味を教えてもらっていない。


「そうですな。まあ、これは万が一の保険でありますよ」


 トルチノフが言葉を紡ぐと、アストールは怪訝な表情で聞き返す。


「保険?」


「ええ。此度の戦、三度火矢が上がれば、我が主の戦の勝ちです」


「……どういう事?」


「ここだけの話ですが、ベルナルド配下11の傭兵団は既に我がルショスクの軍門に下っているのです」


 驚きの事実を聞いて、アストールは思わず声を上げていてた。


「そ、それって出来レース!?」


「まあ、悪く言えばそうなりますな。私もこれを聞いたのはつい先日でしてね」


 トルチノフは自嘲気味に笑みを浮かべていた。けして城主から信頼されていないわけではないが、それでも、隠されながら水面下で話を進めていたことには幾分か不服に思う節がある。


「え、あなたも最近まで知らされてなかったの?」


 アストールは意外そうにトルチノフに聞き返すと、相変わらずの笑みを浮かべたまま答える。


「ええ。まさか、あの慰問会から既にゲオルギー様の情報収集とベルナルド軍団の内情調査を行われているとは思いもしませんでしたよ」


「え? あの慰問会で?」


 アストールも参加したあの慰問会、ベルナルド配下の軍団も招待した異例の会であった。


「ええ。ゲオルギー様がなぜ傭兵団の幹部クラス全員をご招待なさったか、お分かりになりますか?」


「まさか……」


 アストールはゲオルギーがあの慰問会で何をしていたのか、大方見当がついたらしく驚嘆していた。


「そう、そのまさかですよ。彼らに情婦を着けて、満足させていただけではないのですよ。情婦達はこのルショスクご用達の娼館の者達、言わば間者まがいの事も容易に可能です」


 アストールはそれを聞いて、ここルショスクに着いたばかりの事を思い出していた。娼館の情婦に間違われたあの屈辱を思い出すも、ここまでの事を故郷の為に尽くす娼婦達の見方を改めていた。

 男が一番油断するとき、ゲオルギーはそれを熟知していた。娼婦たちを使った情報の収集は、かなり有効なものであったに違いない。


「……それで取り込める傭兵団を探ってた事?」


「ええ。そして、ブルゴーニュ家が資産として貯めている資金を使用して、彼らと改めて裏で契約を進める。まあ、容易な事ではなかったでしょうが、傭兵達の懐柔には成功しましたし、今やベルナルドは逃げる身となっていましょう」


 トルチノフの言葉を聞いて、アストールはゲオルギーの手腕に感嘆していた。彼はベルナルドがここに来た時点から戦支度を裏で進めていた。戦をしなければ、そのまま泳がしておけばいい。そして、いざ戦が始まれば、その牙は全てベルナルドに向くように仕向ける。


 ベルナルドの手腕も見事と言った所だが、ゲオルギーは更にその上手をいっていた。


「その上で貴方にはここに逃げてくるかもしれないベルナルドを、捕まえてほしいのです」


 住民の避難も戦闘で無駄に住民を傷つけないため、そして、避難民の警護として兵士を外に割いたのは、アストール達をここに配置するための口実でもあった。勿論、彼女かれをここに配置したのは、その実力を買ってのことだ。もしもベルナルドが傭兵の魔手から逃げ来った時に備えて、ここでアストール達は待ち構える役目を与えられたのだ。


「……なるほどねえ。でも、1000人の包囲をあいつの残った兵力で逃げ切れるの?」


 アストールは率直な疑問をトルチノフにぶつけていた。

 ベルナルドの残りの兵士はおおよそ300名程度、その人数で三倍以上の戦力から逃げ切れるか、正直疑問が沸き上がる。


「おそらくここまでくる確率は五分五分です。ベルナルド直下の傭兵隊は数は少ないですが、その腕は確かと聞いています」


「そうなの?」


 アストールが聞き返すと、トルチノフは静かに頷いて答える。


「ええ。情報によれば、狼の牙団は西方で常に切り込みを率先して行っていて、その武功も王国遠征軍に認められています。フォルク傭兵団は単体で十倍の敵の数を籠城戦で二か月以上食い止めた功績がありますし、闇夜団は我が王国軍の包囲を掻い潜って西方同盟の領主を敵勢力圏へと逃がしたと聞いています」


 そこでアストールは慌ててトルチノフに聞き返す。


「まって、闇夜団は西方同盟側なの!? 敵になるじゃん?」


 アストールの疑問に対して、トルチノフは静かに答えていた。


「傭兵の世界ですから。金さえ出せば、王国だろうと西方同盟だろうとコロコロと雇い主が変わるのは日常茶飯事ですよ。現に11の傭兵隊はベルナルドとの契約破棄を申し出て、即座にゲオルギー様に付きましたからね」


 傭兵との信頼関係は金である。金を出して雇入れてくれる者が、彼らの君主であるのだ。

 そして、その金を出し渋ると、その忠誠心も揺るぎだすのだ。


「それって、ベルナルドとの契約が相当に劣悪だったって事?」


「そこまでは聞いてませんが、彼らを懐柔できたのはそういう面が大きいですね。それとゲオルギー様には彼らを納得させるだけの資産と、今後のプランを明かしていますからね」


 ベルナルドも豪族の親族ではあるものの、今回の遠征ではかなりの出費がかさみ、実質末端の傭兵隊には遠征費の一部を実費負担で強いる形となっている。

 それに比べてゲオルギーは、領地が全盛期の時に貯めている潤沢な資金がいまだ豊富にある。それをちらつかせれば傭兵達も鞍替えを考える事は間違いない。何よりアストールは最後に出てきた言葉が気になっていた。


「今後のプラン?」


「これ以上は私の口からはお伝えすることはできません」


 トルチノフはそこで口をつぐむと、前を見据えていた。どんなに聞き返したところで、彼はもうそれ以上の事は喋ったりはしないだろう。アストールは諦めて、改めて聞いていた。


「あ、そう。それでなんで私達にベルナルドを捕まえてほしいわけ?」


「それは……。傭兵隊に捕まえられると、余分に報奨金を支払わなければなりませんからね」


 傭兵と契約を交わした以上、彼らがベルナルドを生け捕りにした際には、かなり高額な報奨金を支払わなければならない。だが、アストールがベルナルドを生け捕りにすれば、その報奨金は支払わずに済むうえに、ルショスク領主が傭兵を使って直接豪族の親族を捕えたという不名誉を回避できる。


 それは後々領主間の取引で生じる摩擦も回避ができるという事。

 何より、アストールは近衛騎士の端くれであり、国王の命で動かなければいけない立場だ。

 今回の出来事に引導を渡すには、一番適任者であるのだ。


「それで私たちに?」


「別に報奨金を払えない事もありませんが、今後のルショスクの開発と復興に、資金が多く残っていれば、それに越したことはありませんからね」


 アストールはその言葉を聞いて、感心半分呆れ半分の溜息を吐いていた。


「ふーん。そういう所まで考えているのね……。ゲオルギー様も食えない人ね」


「はは、家臣の私もたまにそう思う事があります。ですが、それだけ頼りになる方でもありますよ」


 トルチノフは苦笑して見せていた。実際今回の件も、直前になるまで関係者以外には口外していなかったのだ。ましてや、トルチノフですら事実を知ったのはつい最近だ。


 ゲオルギーの領主としての才覚は、すでに発揮されつつある。

 アストールはその才が及ばなかったベルナルドに、少しだけ同情する。自業自得とはいえ、羊と思って襲い掛かった相手が羊の皮を被った狼だったのだ。

 ルショスク城の近辺では砲撃がなり始める。


「始まったみたいね……」


 アストールがルショスク城を見据えると、すぐに砲声は止んでいた。代わりに一つの攻城櫓が城壁へと向かっていく。これが生死を分けた戦いであるなら、アストールも唾を飲み込んで見守っていただろう。


 だが、内情を知ってしまった今は、かあり冷めた心境でこの戦を見ざるをえなかった。

 攻城櫓が城壁に架かり、また、数刻もせぬうちにゲオルギーの声が響き渡る。ここまで聞こえてきそうなほど大きな声は、おそらく風の魔術を使用しての拡声魔法を使用しているからだろう。


 アストールは戦場がこれから一気に動く事を機敏に感じて、腰の剣柄に手をかけていた。

 再び動き出す戦場、傭兵達が大きな雄たけびを上げだす。アストール達の正面の遥か向うから砲声が聞こえてくる。それはベルナルドの配下が、抵抗している証拠だ。


「合図はあがったか!?」


 トルチノフは後ろを向いて城壁の上にいる兵士に聞いていた。兵士は望遠鏡を片手にずっとルショスク城壁を見続ける。そして、暫しの時間をおいて叫ぶ。


「火矢が三度上がりました! 作戦は成功!」


 そう叫ぶも暫しの間兵士は、ルショスク城を見続ける。


「再び火矢が二度上空に放たれました!」


「ふむ……。待ち構えよか……。ベルナルドは無事こちらに向かっているという事か」


 トルチノフはそう言うとアストールに向き直っていた。


「それでは我が軍の兵士の指揮はあなたにお預けします」


 アストールはトルチノフが笑みを浮かべるのを見て、くすりと笑って見せる。


(まあ、これが初めての実戦なら、許せるな)


 アストールは即座に自分の配下に対して命令を下していく。


「メアリーは城壁に上がって弓隊の指揮に入って!」


「はーい」


 メアリーは即座に城壁の上の方へと上がっていく。


「コズバーンとリュード、エメリナ、クリフ、皆は私が出たら、援護をお願いね!」


「背中は任せとけ!」


 リュードが力強く言うと、アストールは苦笑しつつもぐっと拳を握りしめて親指を立てて見せていた。

 リュードもまた純粋に頷いて見せる。今まで幾度となく戦いを共にしてきた二人に、すでにさほどの言葉は要らない。だが、その信頼関係はあくまでも戦場でのものだ。


「ジュナルとコレウスは城壁の上で待機、レニは二人の護衛を!」


「は!」


 アストールの指示に従ってコレウスとジュナル、レニも下馬して城壁の上へと向かっていく。

 彼女かれは三人を見送ると、手に持った兜をかぶっていた。体を白銀の甲冑で身を包み、バイザーの着いた兜を被れば正にそこには一人の騎士が現れていた。


 馬に乗ったまま腰のバスタードソードを引き抜く。片手でバイザーを下ろして前を見据える。

 アストールの眼前に百騎の騎兵と騎士が現れる。横一列に整列した騎馬隊を前に、ウェインが彼女かれの横に現れていた。


「まずは我々が敵を切り崩します! エスティナさんはその後に続いてください」


 ウェインもまた白銀の甲冑に身を包んでいて、胸にはハミルトン家の家紋である豹が描かれている。

 アストールは彼に向き直ると、一言だけ声をかけていた。


「ウェイン様、御武運を!」


「お任せを!」


 ウェインは答えると即座に騎馬隊に命令を下す。


「全員で突撃しては幅が狭すぎる。半数まで数を減らす。第一陣は前衛に、第二陣は正門前で突破してきた敵の掃討のために門の前で待機だ!」


 ウェインの号令に従って半数の騎兵がアストール達より更に後方に下がる。位置で言うならば、コズバーンのいる馬防柵の前まで後退していた。


 配置換えが終了したと同時に、眼前の数十機の騎兵達も隊形を整えていた。


「数は大方100に満たんか……」


 クリフが呟き、アストールは真剣な眼差しで対峙する両陣営の騎馬集団を見つめる。


「けど、その全部が騎兵となれば、充分に脅威……」


 アストールはすぐに城壁に向き直り、城壁の上にいるメアリーに頷いて見せる。 


「弓隊、弓をつがえよ!」


 メアリーの号令に城壁の上に居た弓兵達は一斉に弓を構える。

 傭兵達は西門が封鎖されているなど想像もしていなかったのか、立ち塞がったウェイン達を見て足を止める。その動揺が手に取るように分かった。だが、アストールもけして手を抜かない。即座に声を出して、上げた手を振り下ろしていた。


「射程に入った! メアリー、弓を放てえええ!!!」


 くぐもった声でもその甲高い美声は、充分にメアリーの耳に届いていた。

 彼女かれの号令の後、弓隊が一斉に矢を放つ。

 弧を描いて降り注ぐ矢の雨に、傭兵の騎馬達は次々に倒れていく。10人近い数が第一射で削られたことに、傭兵達は即座に頭を切り替えていた。騎兵達はウェイン達の待ち構える方向へと突撃を開始したのだ。


「第二射! 放て!」


 一斉に突撃を開始した騎馬隊に、50余りの矢だけでは精々倒せるのは2、3人程度、効力がさほどないと見た瞬間にメアリーは告げていた。


「弓の仕事は終わりだよ!」


 ウェインは隊列の前まで馬で歩み出ると、槍を空に高く掲げて見せる。


「戦も大詰めだ! 全軍ぬかりなくついて来い! 突撃!」


 ウェインは叫ぶなり、颯爽と馬をかけらせる。

 対峙した傭兵の騎馬兵と、ウェイン達騎士達の距離は、見る見るうちに縮まってくる。目の前まで迫ってきたときにはお互いに槍を構えて、騎兵同士が次々にすれ違っていく。

 互いの槍が相手を捕えて、次々と騎兵達が落馬して地面に叩きつけられていく。

 ウェイン達の騎士隊は4騎を落とされるも、相手の前衛にいる騎兵を10騎は削って見せていた。

 だが、敵騎馬隊はそのまま馬防柵の間に向かってそのまま突貫してくる。


「よし、行くよ!」


 アストールはそう言うと、馬をかけらせて突貫する。その後ろをV字隊形にしてクリフ、リュード、エメリナが続く。馬防柵の間にはコズバーンが仁王立ちして、一人もここを突破させまいと息巻いていた。


「さて、私たちの目的はあいつらの後ろにいるベルナルドだ。こいつらは削れるだけ削ったらやり過ごすよ!」


 アストールはそう言って、剣を抜いていた。

 相手は槍を構えて突き立てようとしてくる。アストールはそれを剣でいなして、すれ違いざまに、鎧の隙間に刃を滑り込ませる。首元に滑らせた刃は確かな手ごたえと共に騎手を馬から脱落させる。


 リュードは大剣で2騎を仕留め、クリフも1騎、エメリナに至っては投げナイフを駆使して、3騎を脱落させていた。恐ろしく正確な攻撃を繰り出したエメリナの実力に、改めて一同はその実力に驚嘆した。


 既にウェイン達が後方にいる騎兵集団に牙を向いている。乱戦になりつつあるが、アストールは敢えてその乱戦の手前で馬を止めて冷静に戦いの成り行きを見守る。


 ウェイン達の騎士隊と敵騎兵達の実力はけして拮抗しているとはいえなかった。ウェイン達騎士達が壁を作っていて、後方にいる騎兵達は突撃を阻まれていた。騎兵同士が馬をぶつけ合い、苛烈に斬りあいを繰り広げだす。正に乱戦が繰り広げられていた。徐々に壁が崩れだし、敵と味方が入り乱れて、通り全域が戦場となっていた。


 その中で6騎の騎兵の集団が、徐々に乱戦の中を前進していくのを見つける。


(あれがもしかして、ベルナルドか……)


 アストールは乱戦の成り行きを見極めると、素早く馬首をその集団へと走らせる。その後ろにリュード達も続いていた。乱戦を潜り抜けるまでに、集団は既に4騎にまで減っていた。だが、その戦場を抜け出すことには成功していた。


 とはいえ、彼らは乱戦を抜け出たとしても、門前の50の騎兵を突破して、更にその後ろで控えるコズバーンを倒さなければ、ここから生きて出ることはできない。そうなれば、街の中に紛れて逃げることを選ぶだろう。だからこそ、アストールは急いで、その一団の前へと馬をかけらせていた。


 一団の前までくると、彼女かれは華麗に馬を停止させて騎兵達の前に立ちはだかっていた。

 アストール達が現れたことに、集団の騎馬兵たちは歯噛みする。


 3騎の後ろに控える一人の若い青年を確認すると、アストールは兜のバイザーを上げて、凛とした声で叫んでいた。


「貴殿はベルナルド卿とお見受けする! 今ここで降伏されるなら、騎士の慣わしに則り、そのお命を保証いたしましょう」


 兜の下から出てきたのが女性の顔であったことに、一団は驚きの表情を見せていた。立ちはだかったアストール達を前に、それでも彼らは諦めの表情はない。


「俺たちもここまで来た以上は、最早後戻りできねえんでな……。まかり通らせてもらう!」


 騎兵たち三人は手に持った槍を捨てて、腰の剣を引き抜いていた。胸部こそプレートアーマーを着用しているが、下腹部には簡素な脛当てを着けているくらいで、軽装騎兵と言える格好だ。

 三人は馬を前進させようと片手に手綱握り、剣を振り上げる。


「抵抗の意思を出されたということは……。容赦は致しません!」


 アストールはすぐにバイザーを下げると、剣を構えて戦闘態勢を整える。 

 彼女かれもまた騎兵に対して突進を開始していた。アストールの横にはリュードとクリフがついて、エメリナはその後ろをかけていく。取り逃がした相手を、エメリナが投げナイフで仕留めるという算段だ。一瞬にして距離が縮まっていき、双方が緊張の一瞬を待ち構えて交錯する。


 アストールが先頭にいる騎兵と剣を交えていた。目の前まで来る騎兵達、アストールは剣を構えたまま、先頭の一騎と剣を交えていた。


 すれ違いざまの一撃、お互いが剣を同じ方向へと滑らせて、剣が交錯して小さな火花を散らす。

 兜越しに見た男の顔に悲壮感はなく、むしろこの状況を抜けると言う固い決意が見て取れた。

 一度では決まらず、アストールはすぐに馬首を後ろに向けていた。

 突撃してきた三機の内、リュードとクリフは自分の獲物をしとめている。アストールの目の前には落馬する二人の傭兵の姿と、悔しさを滲ませた傭兵が一人いる。


「エメリナ、後ろの馬鹿息子を捕えておいて!」


「は~い」


 アストールの声にエメリナは呑気な返事をする。のも束の間、アストールは再び傭兵に向かって駆け出していた。傭兵もまた自分の運命を知り、覚悟を決めてアストールに向かって走りだす……かに見えた。

 傭兵の男は踵を返すと、即座に門に向かって走り出す。


「あ、ちょ、待て!」


 アストールは自分に向かってくるとばかり思っていたので、肩透かしを食らって呆気にとられる。

 そして、馬の足を止めていた。


「ち、拍子抜けだ……」


 バイザーを上げて逃げ出した傭兵を見送ると、アストールは後方を振り返る。

 エメリナが呆然としたままのベルナルドを捕えて、馬から引きずり降ろしていた。


「は、は、放せ! 逆賊共め!」


 ベルナルドは騒ぎ立てるようにしてエメリナに向かって吠えていた。

 だが、彼女はナイフを首に突きつけて彼を黙らせる。片方の手で持ったナイフで、鎧の留め具を次々に切り落としていく。あっという間に胴体のアーマーは外され、腰、手、足と、鎧ははがれていた。


「く、この様な辱めをして! ただで済むと思うのか!? 私はレイナード家の人間だぞ!」


 エメリナはそんな脅し文句には、何も意を介することなく、無表情で作業を続けていく。手際よく関節を固めて、慣れた手つきで予め用意していた縄で縛り上げていく。

 縛り上げ終えると、エメリナは満足そうに笑みを浮かべていた。


「はいはい、無駄口はそこまでだよ! あなたは大切な捕虜なんだから!」


「な、なにが捕虜だ! これでは虜囚ではないか! このような屈辱! 私を豪族と思っていないのか!?」


 エメリナに対して吠えかかるベルナルドは、全く動じることなく答えていた。


「貴方にはもう国王の軍としての正当性もないのよ! そんな事すらわからないの?」

「なに!?」


 唖然とするベルナルドの前に、アストールが馬に乗ったままで彼の目の前に現れる。


「査問会の開かれている間はどのような理由があれど、手を出すことは御法度。手を出した方に正当性がなくなる事をあなたもご存知でしょ?」


 アストールの言葉にベルナルドは顔を背けて答えていた。


「……そんな事、勝てばどうにでも」


「その傲慢が貴方を滅ぼした。勝者はどちらかしら?」


 アストールは周囲を見回していた。

 多くの傭兵達に裏切られ、配下の傭兵達も騎士達に殆どが討ち取られ始めている。立っている兵士も少なくなっている。そんな情景を見せられては、ベルナルドは嫌でも現実を受け入れなければならなかった。


「な……」


「あなたは負けたのですよ」


「……そんな」


 アストールの言葉に、ベルナルドは力なく項垂れていた。

 彼女かれはそれを見つめた後、顔を上げて叫んでいた。


「この勝負決した! 皆、勝鬨をあげろ!」


 アストールの一声にクリフとリュードが雄たけびを上げる。


「敵総大将のベルナルドを捕縛した! 我々の勝利だ!」


 その声を聞いた騎士達が次々に大声を上げていた。

 残った僅かな傭兵達は、降伏する者、その場から逃げ出して門に向かう者の二種類に分かれていた。

 門の前ではコズバーンが大斧を振るって、突撃してきた騎馬を、馬ごと一刀両断していく。その姿を見て、兵士達は一気に戦意を喪失していた。


 傭兵達は次々に武器を捨てて、降伏していく。こうして、ゲオルギーの思惑通り、ベルナルドは捕まり、ルショスク側に勝利がもたらされるのであった。




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