ルショスク攻城戦 3
「な、なにが起きている!?」
ベルナルドは架け橋の上で兵士が雪崩れ込まないのを見て、不審に思ってルショスク城の上を見つめていた。一向に城壁の上では何が起きているのかは分からない。
状況がつかめずにそのまま時間が過ぎていく。ベルナルド自身が上まで行って確認しようかと思ったほどだ。だが、その行動を起こすよりも前に、櫓の架け橋の上に甲冑を着た一人の青年が現れていた。
ベルナルドはその人物が誰かを見極めようと、目を細めて見据える。
その時だった。
「きけええ傭兵達! たった今より11の傭兵隊の1200名は我がルショスクの軍門に下った! ベルナルド卿は国王の名の元において保証されている貴族の拒否権の発動中にも関わらず、我が領内に攻撃を仕掛けた。これは明らかに国王に対する侮辱である! どちらが賊軍かは火を見るより明らかだ!」
突然の宣言と大声の主に、ベルナルドは一瞬何が起きているのか分からずに口を大きく開けていた。
唖然としたベルナルドは、その声の人物を知っている。
この戦で首をとるはずのゲオルギーだ。
この田舎で辺境の時期有力領主と目される男だ。
「は、はん。何をはったりを……」
そう言ってゲオルギーの言葉を一蹴しようとする。だが、それも無駄な事だった。
「……あ、あれは!?」
ベルナルドはゲオルギーの後ろからぞろぞろと現れた傭兵達を見て、我が目を疑った。さきほど攻め入ったはずの兵士達が、各自の傭兵隊の隊旗を掲げてその場に姿を現したのだ。
まるで、ゲオルギーを雇い主と言わんばかりの圧力を放ち、隊旗が強い風を受けてバタバタとはためく。
「そ、そんな、そんな馬鹿な事があるか!? はったりだ! はったりに決まってる!」
ベルナルドは現実を否定するように叫んでいた。だが、無情にもゲオルギーから容赦なく絶望を突きつけられていた。
「賊軍を駆り出し! その首領ベルナルドを生け捕りにせよおお! ベルナルドを生け捕りにした傭兵隊には、特別手当を出す! 者共かかれええ!」
暫しの静寂の後、自陣の方から大きな雄たけびが聞こえてきていた。
同時に直下の三つの傭兵団の傭兵隊長が現れる。
「ベルナルド殿! 早急にこの場をお離れ下さい!」
「ここはすぐにでも敵が殺到します」
「我らを残し、全ての兵が離反しました! さあ、包囲されるよりも早く撤退しましょう!」
流石は歴戦の傭兵団だけあってか、その判断は的確で素早い。だが、当のベルナルドはその現実が受け入れられないのか、はたまた、幻想を見ているのか、力なく口にしていた。
「な、なにを言っている? ゲオルギーは櫓にいる。傭兵を使って、やつを打ち取れば……」
ベルナルドは自分に突きつけられた現実を受け入れられず、ただただ、ゲオルギー討伐を口にするだけだった。それものはず、ベルナルドはこの攻略が失敗したとなれば、自分の身に待つ運命がどうなるかをわかっているからだ。拒否権の最中、攻撃を仕掛けたのは紛れもない彼自身なのだ。
これだけで既に自分に正当性はなくなったのだ。
そして、拒否権の審議の決議が出るより前に攻撃を加えた事によって、いくら父親が頑張って擁護しようと救いの手は届かないのだ。拒否権の決議で決められたことは国王の権限である。どの様な豪族であろうと、一度審議で決まった事は覆せない。これこそが王権である。
最終的に強大な力を振るうのは、この国の国王トルア・ヴェルムンティアなのだ。
捕まれば確実に投獄され、一族からも見放されて、父親からも勘当されるだろう。そうなった時、自分に待っているのは過酷な獄中生活と、獄死と言う恐怖なのだ。
「奴さえ、打ち取れば、私は、私はこの領地を再建できるのだ」
ベルナルドはうわごとのように呟き続ける。
受け入れられない現実を前に、口を戦慄かせてゲオルギーを見つめる。
それに三人の傭兵隊長達は顔を見合わせていた。
「これは完全にだめだ……」
狼の牙団の隊長が呟いき、闇夜団の隊長が仕方ないと言わんばかりに口を開く。
「だが、こいつの親父との約束もある」
二人の傭兵隊長を見て、フォルク傭兵団のフォルク団長が即時に判断を下していた。
「あんたらは切込みと逃がしのプロだろ! 俺らは砲兵で守備のプロだ!」
フォルクが口を開いた時、二人の傭兵隊長は彼が何を言おうとしているのか即座に察していた。
「フォルクさんよ。俺達は一番の当たりくじ引いたと思ってたが、引いたのは貧乏くじだぜ?」
狼の牙団の傭兵隊長が言うと、フォルクは快活な笑みを浮かべていた。
「はは! そうかもしれんがな! だが、俺達はこの坊ちゃんから今回の働き以上の金を貰ってる。その分報いてやらんといかんだろう」
傭兵でありながら、意外に義理堅いフォルクに闇夜団の部隊長が問いかける。
「だが、死ぬぞ?」
闇夜団の兵士が言うと、フォルクは相変わらずの笑みを浮かべたまま答えていた。
「死ぬかどうかはやってみなくちゃ分からんだろう」
死を覚悟している男の言葉とは思えないものの、その顔にはどことなく腹を括った潔さを感じる。二人はそんなフォルクに笑顔を浮かべる。
「そうだな! またともに戦える日が来るかもしれん」
「あんたらの活躍は忘れんよ!」
二人の激励を受けてフォルクは笑顔で答えていた。
「そうと決まれば、その坊ちゃんを連れていけ! 俺達の金ずるなんだからよ!」
二人はフォルクに言われて、すぐに行動に出ていた。絶望するベルナルドを引き連れて、即座に陣地をでていたのだ。そして、残されたフォルクは笑顔のまま部下の元へと戻っていく。
本陣を出れば既に他の傭兵隊が大勢迫ってきていた。既にそこかしこで戦闘が起きており、切迫した状況なのは明らかだった。
「ここ本陣に辿り着いている敵の数は少ない! まだ時間はあるぞ。砲兵を集め、大砲を水平射しろ! すこしでも多くの敵を倒して、時間を稼ぐのだ!」
フォルクの指示の元、本陣の中にあった大砲が、照準を城より殺到する傭兵達に代えていた。
「さあ、弾はなんでもいい、奴らを穴だらけにしてやれええ!」
フォルクの一声が掛かるころには、傭兵達が陣地の前にある木の障害物を除けていた。
そこにフォルクは容赦ない一撃を加えていた。
「裏切り者共に水平射を浴びせてやれえええ!」
照準は大まかに本陣に殺到してきている兵士達だ。フォルクの号令で二門の大砲は大きな爆発音と共に、無数の弾丸を撃ちはなっていた。いわゆる葡萄弾と呼ばれるものだ。対人様に作られた細かい無数の砲弾を火薬の後に詰めて発射する最強の対人兵器だ。
その威力は絶大で、作業をしていた傭兵達は、一瞬にしてハチの巣にされていた。だが、砲弾を浴びた障害物は粉々に吹き飛び、そこには大きな道が出来ていた。
勇猛果敢な傭兵達は、大砲が一発撃つと次に撃つまでの時間がかかることを知っていた。
だからこそ、臆することなく次々に傭兵達は本陣へと雪崩れ込んでいた。
「へへ、後は頼むぜ! 抜刀! 接近戦で暴れてやれええ」
フォルクはそう言うと向かってきた傭兵達に、部下を引き連れて突貫するのだった。
大砲の音が聞こえると同時に、闇夜団と狼の牙団は城壁に最短のルートを駆け出していた。
先頭は狼の牙団が勤め、殿とベルナルドの護衛を闇夜団が務めている。既に本陣ではフォルク傭兵団が戦端を開いていて、大砲の轟音が響く。だが、大砲の砲声は一度きり、次に聞こえてきたのは鉄と鉄がぶつかり合う金切音と、男達の怒号と悲鳴だ。だが、それを気にすることなく、二つの団は真っ直ぐにルショスクを出る門へと向かっていた。
本陣を出てからすぐに傭兵達と出くわす。騎兵たちが本陣前で待ち構えていたのだ。ベルナルドが逃げる方向も全て手の内を見透かされている。
それでも名だたる狼の牙団の切込みはとてつもなく強力だった。立ちふさがった騎馬隊を真正面からぶつかって蹴散らしていく。
相手の数が未だ五十を数えない少数だったからこそ、その包囲の突破が容易に可能だった。
広い目抜き通りを一直線に進み続けるベルナルド達、ベルナルドは馬に乗ったままブツブツと小言を呟き続ける。騎乗している事自体が奇跡的な状況と言える。
包囲を突破した後も、次から次へと傭兵達が馬に乗って追撃してくる。挙句の果てには先回りをされて、薄い包囲網を敷かれてもいた。
だが、その場しのぎの兵の壁など、狼の牙団の騎兵の突進力を前にはないも同然だった。
幾度となく張り巡らされた薄い包囲網を前に、何度でもそれを露払いしていく。
しかし、敵傭兵隊は着実に二つの傭兵隊の兵力を削っていた。一度戦闘に巻き込まれるたびに弓やクロスボウで狙撃を受けて、必ず10名ほどが脱落していくのだ。
遭遇戦で数を削られていき、正門を前にした時、狼の牙団は三十名、闇夜団は40名と言うありさまだった。数の暴力がこれほどまでに顕著に出たのは、これが撤退行だったからに他ならない。
「しかしこれで我らは逃げられる! 正門は目の前だ! 皆、止まるでないぞ!」
そう、ベルナルド達が逃げ切れると確信した時だった。




