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ルショスク攻城戦 2


「なぜ砲撃をやめた!?」


 陣中に響き渡るベルナルドの怒声に、フォルク傭兵団の団員が肩をすくめる。


「は、それが予定よりも早く秘密兵器の攻城櫓が動き出しておりまして……」


 ベルナルドは報告を聞いて唖然とする。


「なんだと!?」


「このまま砲撃を続けると、味方にも被害が出るので砲撃を中止しました」


 ベルナルドはその報告を聞いて苛立ちを隠せずにいた。


「ええい! 次を撃てば城壁は破壊できたのだろうが!?」


「は、もう、2、3度修正を行えば確実です」


 それを櫓についている傭兵達も分かっているはずなのだ。何より櫓を前進させるのは、城壁に穴が開いてからのと予め作戦を伝えていたはずなのだ。

 傭兵達の命令無視を聞いたベルナルドは、腕を組んで考え込む。

 傭兵達の魂胆として考えられることはただ一つ、城壁内にいる多くの敵を倒し、また、貴族は生け捕りしてて、少しでも自分達に支払われる報酬を増やす事だ。


 そんな傭兵達の思いが見え隠れしていて、ベルナルドは落胆の溜息を吐かざるを得なかった。


「まあ、いい、相手に被害が出ていないまま突撃して被害を出すのは、自分達だ。少し予定は早いが、攻城櫓を着かせると良いさ」


 ベルナルドは傭兵達の思惑を考えつつ呟く。

 傭兵達の被害を減らすために、攻城砲による砲撃の露払いだった。それを敢えて拒絶した傭兵達の被害が増えようと、ベルナルドには最早関係はなかった。ただ、思い通りに事が進まなかったことに、腹の中がムズムズとする煮え切らない感覚に苛立ちを感じる。

 

 それでも、自分の勝利は揺ぎ無いのだからと、自らを納得させる。現状のまま城の攻略が進めば、多少の被害は増えるだろうがベルナルドの勝利は揺ぎ無いのだ。

 相手は1000に満たない守備兵の数に対して、こちらは2000を超える大兵力だ。


「お前たちは砲を片付け、狼の牙と闇夜団と共に陣内の守りを固めろ」


 ベルナルドは厳しい口調で命令をする。幾ら攻めているとはいえ、ここは本陣だ。守備を厳重にしておくことに越したことはない。配下の三百の兵士で守りを固めてさえいれば、例え、ゲリラ攻撃を受けても対応ができる。ベルナルドはそこまで想定して動いていた。


 フォルク傭兵団の兵士は大きな声で返事をすると、陣中から出て行った。


「近衛騎士は正門攻めを行っていないのは想定通りだな……。城の兵士を正門に引き付けてくれているだけでも、お前たちには十分に働いてもらっていることになっているんだ。ギルムよ。お前の無言の抵抗は無意味なんだよ」


 腹いせからか、ベルナルドの口からはついついギルムの陰口が飛び出してきていた。

 ベルナルドは苛立ちを覚えつつ、陣地の天幕より出て行っていた。櫓はゆっくりと進んでおり、城壁の上の兵士達は今か今かと櫓に弓を向けて待ち構える。

 櫓が近付けば城壁の兵士達も抵抗を開始するだろう。

 それからある程度時間が経ち、双方睨み合いのまま、櫓が城壁目の前まで迫る。


「そろそろ頃合いか……」


 ベルナルドは勝利を確信して、戦況を見つめ続けていた。

 崖の上にそびえたつ城壁の前に、対をなすようにそびえる大きな攻城櫓。自らが出しえる伝手と資産を最大限に出してくみ上げた、いわばベルナルド自身の権力の象徴だ。

 それを見てベルナルドは笑みをこぼしていた。


「どうだ! ゲオルギーめ! 腰を抜かしておろうが! その崖の上の城壁まで届く攻城櫓は、この世を探してもここにある一台のみ! 世界でただ一つの秘密兵器だぞ!」


 この時の為に用意した兵器が、今、自分の力で活躍しようとしているのだ。それを目の当たりにして、ベルナルドは思わず興奮して叫んでいた。

 城壁前で停止した細長く四角い攻城櫓は、今正に吊橋を城壁にかけようとしていた。


「さあ、いけ! その櫓でルショスクの兵士を皆殺しにし! ゲオルギーを生け捕りにするんだ!」


 指をさして叫ぶと同時に、櫓の頭頂部より三分の一の壁が城壁に向かって倒れていた。

 大きな音と共に城壁に、櫓の橋が架かる。


「ははは! 終わりだああ! ゲオルギーめ! あの言葉を発したこと十分に後悔するがいい!」


 ベルナルドは喜びの声を本陣の中で叫ぶ。

 遂にルショスク城内に傭兵達が雪崩れ込む瞬間がきたのだ……。



「ゲオルギー様! まだ反撃せぬのですか!?」


 兵士の一人が攻城櫓が目の前まで迫ってきているのを見て、必死に攻撃の指示を仰いでいた。

 すぐ目の前まで迫りくる櫓、上に立つ傭兵達の顔が見えるほどの距離だ。

 だが、ゲオルギーの返答は頑なだった。 


「まだだ! まだその時ではない」


 この時守備兵達は妙な違和感を感じた。これだけ優位な位置を取っておきながら、櫓の屋上にいる傭兵達は一切弓や弩で攻撃を仕掛けてこないのだ。

 普通の攻城戦なら、ここまで接近する前に櫓に火矢を射掛け、大砲を撃ち放っていてもおかしくない。

 熾烈な戦いが起きていなければおかしい距離なのだ。


「なぜだ? なぜ敵は我々に攻撃をしてこない?」


 守備兵の一人が怪訝な表情を浮かべつつ、手に番えていた矢を背中に戻す。


 ゲオルギー達の目の前で櫓が止まり、城壁側に向かって鎖が絡む金属音が響きだす。同時に櫓の頭頂部から三分の一までを覆っていた壁が城壁へと倒れてくる。それは城壁にかかる死の架け橋だ。


 ルショスク城壁の上の兵士達は、接近戦に備えて一斉に剣を抜刀していた。


「隊長! やぐらが城壁にかかりました!」


 櫓の架け橋が城壁に架かり、櫓の暗闇から傭兵達が現れる。

 だが、その姿に城壁の兵士達は固まっていた。


「あ、あれは?」

「白旗?」


 守備兵達は現れた傭兵達を見て、固まっていた。

 櫓の暗闇から現れたのは、白旗を掲げた二十名ほどの傭兵達だった。

 更にその後ろには、各傭兵団の団旗を持った兵士達が待機していた。どう見ても、戦をしに来ているわけではないのは、どの守備兵の目から見ても明らかだった。


「まて、応戦するな」


 ゲオルギーは静かにルショスクの兵士達をなだめると、跳ね橋の前まで歩み出て来ていた。

 双方に緊張の時間が訪れる。櫓上の傭兵達も疑いの視線をゲオルギーに向け、守備兵達も警戒をして櫓を見据えていた。


「よく決断してくれた。各傭兵隊長よ」


 ゲオルギーは笑みを浮かべて声をかけると、白旗を掲げた傭兵達は次々にルショスクの城壁まで歩み寄ってきていた。守備兵達と櫓上の傭兵達はこの時ようやく理解した。

 これは予め決められていた会談なのだと……。

 城壁の上前まで来た傭兵隊長達は、次々と膝をついてゲオルギーに声をかけていた。


「我らもこれ以上、あのようなぞんざいな扱い、耐えきれませんでした。だからこそ、ここに来たまで」

「貴方ならば、よき契約ができると判断いたしました!」

「貴方に雇われるのであれば、ここまで来たかいがあったというものです!」


 ゲオルギーの前で離反を口にする傭兵隊長達、その光景を見てルショスク兵達は唖然としていた。

 いつこの領主が傭兵達を懐柔していたのか、それすら分からない。だが、裏で事を進めていたからこそ、この現実があるのだ。


 最後の傭兵隊長が声をあげ終えると、ゲオルギーは大仰に言う。

 そして、彼らの最も前に居た傭兵が、ゲオルギーに向かって宣誓していた。


「我ら11の傭兵団はゲオルギー殿の為に、命を懸けて戦う事を神に誓います!」


 傭兵達の言葉を聞いたゲオルギーは、満面の笑みのまま答えていた。


「うむ。これより貴公らは我がルショスクの兵士だ。この地の為に働くがよい!」


 一斉に傭兵達が声をそろえて返答する。

 ゲオルギーは笑みを浮かべたまま一人の魔術師を連れて、傭兵隊長達の前を通り過ぎて跳ね橋へと駆け上がる。ふと櫓屋上の兵士達を見れば、彼らは手に持ったの弓やクロスボウを、ベルナルド達のいる本陣へと向けられていた。全てが裏で間者を通して行った契約通りに、事が進んでいる。


 ゲオルギーはこの戦の勝利を確信する。


「では、頼む」


 ゲオルギーは後ろに控えていた女性魔術師に声かけると、彼女は小さな声で詠唱を始めていた。


「風の精霊セルフィードよ。我が主の声をルショスク城周辺一帯に届けよ。ヴォイシーズ」


 女性魔術師の詠唱が終わり、彼女は主に向かって頷いて見せていた。ゲオルギーはそれを確認し、ベルナルドの陣地へと向かって叫んでいた。


「きけええ傭兵達! たった今より11の傭兵隊の1200名は我がルショスクの軍門に下った! ベルナルド卿は国王の名の元において保証されている貴族の拒否権の発動中にも関わらず、我が領内に攻撃を仕掛けた。これは明らかに国王に対する侮辱である! どちらが賊軍かは火を見るより明らかだ!」


 一斉にざわつく城下町の傭兵達、だが、ベルナルドの後ろから隊旗を掲げた11の傭兵隊長達が姿を現して、彼の言っていることが真実であると理解する。静まり返った相手陣地に向けて、ゲオルギーは大声で告げていた。


「賊軍を駆り出し! その首領ベルナルドを生け捕りにせよおお! ベルナルドを生け捕りにした傭兵隊には、特別手当を出す! 者共かかれええ!」


 ゲオルギーの宣言は傍らにいた魔術師の風の魔術によって、戦場の隅々までに響き渡る。彼の宣言を聞いて、戦場には一瞬の静寂が訪れる。

 いまだ自分達のおかれた状況が飲み込めないでいるのだろう。だが、数瞬の後、陣地内の傭兵達は、一斉にベルナルドの居る本陣へと殺到しだしていた。


「ベルナルドよ。決まりだ……。私の勝ちだよ」


 動き出した戦場は既に止められない。


 手柄を立てるべく、11の傭兵隊は次々に本陣へと向かっていくのだ。数で言えば、1200対300の兵力差だ。瞬時にして攻守は逆転していた。この時ベルナルドにとって最も致命的だったのが、近衛騎士を自らの護衛に着けていなかったことだ。


 もしも、本陣に近衛騎士を警護に当たらせていれば、否応なく傭兵達に応戦せざるをえなかった。だが、ベルナルドは近衛騎士を自分の陣地から最も離れたルショスク城の正門側に配置していたのだ。


 これが、ベルナルドの運命を決めたと言ってよかった。


「君の絶望する顔が見えるよ」


 ゲオルギーは笑みを浮かべて、跳ね橋から本陣を見下ろしていた。


「お、そうだ。城門外へと合図を送れ!」


 ゲオルギーがそう言うと同時に、城壁上より高く火矢が三度放たれていた。


「これで保険もかかった。万事かけた。後は、ベルナルドがどうなるかだ……」


 ゲオルギーは静かに架け橋の上から敵本陣を見つめるのだった。




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