表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/285

ルショスク攻城戦 1


 細机のおかれた会議場に、冷静に鎮座する男性と立ち上がって激昂する女性がいた。

 立場は明らかに男性の方が上だが、女性ことアストールはお構いなしに抗議する。


「どうして私たちを外へ向かわすのですか!?」


 アストールは抗議の声をゲオルギーに向かってあげる。

 彼は少し困り顔で答える。


「これも重要な任務である。ご協力をお願いしたい」


 朝日が二人のいる城の会議室に差し込んできて、照らし上げる。

 既にルショスクの城下にいる住民の避難は完了しつつある。それは正門から見ても分かった。だが、彼らの警護を誰がするのか疑問で仕方なかった。


 その最中、名前が挙がったのが、ウェインの近衛騎士隊とアストール、そして、トルチノフ率いるルショスク騎士隊の合計300名だった。ウェインは即座にその使命感から受諾をしていて、トルチノフは勿論断ることなどできるわけがない。しかし、アストールだけは納得していなかった。


「避難民を置いてこの城を出るなど、近衛騎士の恥です!」


 相手は2200を数える大軍勢で、ルショスク城を包囲している。対するゲオルギーの兵士たちは近衛騎士を合わせても1000に満たない。上級妖魔と黒魔術師の襲撃でかなりの正規兵を失っていて、城に残る予定の兵士も半数近い兵士が急ごしらえの素人に過ぎない。


 ベルナルド配下の兵士は近衛騎士に加えて、西方で鍛え上げられた百戦錬磨の傭兵達だ。

 この籠城戦の勝敗は、火を見るよりも明らかだった。

 だからこそ、一兵でも城に兵を置かなければいけないはずなのだが、ゲオルギーは避難させた住民の警護に、ここの守備兵から300の兵士を割くと言っているのだ。

 防衛側の戦力が削減され、ベルナルドの攻撃を一日と防ぐことは難しいだろう。


 その中にアストール達も含まれていて、それがゲオルギーの気遣いから来ているのは明らかだった。

 女性ゆえに実力があったとしても、その地位も考慮されて城の外へと向かわされる。アストールはどんな理由であれ、この城にいる避難民を置いて城の外へと向かう事など考えられなかった。


「だが、これも重要な任務なのだ」


 ゲオルギーは一歩も引くことなく、力強く言い放つ。それに対してアストールは、自分が城に留まれない理由を自ら口にしていた。


「私が女だからですか!?」


 鋭い視線を送るとゲオルギーは小さく嘆息していた。そして、重い口を開く。


「それも一つの理由だ……」


 けして否定されない事に、アストールは思わず言葉荒く答えていた。


「そうですか……。ですが、私は女で代行とはいえ、王に使える近衛騎士です! 貴方も私の実力を分かっているはずです! それとも私が力不足だと言うのですか!?」


 アストールの言葉にゲオルギーは暫し考え込んでいた。

 沈黙が部屋の中を支配して、数刻、黙り込んでいたゲオルギーは鋭い目つきでアストールを見据えた。


「いや、けして君を過小評価しているわけではない。だが、我々が負けた場合、君の扱いを考えると、とてもではないが、この城には置いておくことは出来ない」


 相手は百戦歴間の傭兵達、死ぬならまだしも、生きたまま捕まればそれこそ生き地獄を味わう事になるだろう。アストールはその言葉に一瞬だけ躊躇する。

 エストルとの決闘に負けた際に、辱めを受けた経験が頭の中で甦ったのだ。だが、その辱めを受けるのは自分だけではない。この城内にいる避難民の女性とてそれは一緒のはずだ。

 そう思うと余計にこの城から出られなくなってくる。

 アストールは覚悟を決めて口を開ける。


「ですが、私も騎士の端くれ……。その様な辱めに合う事も覚悟しています……」 


 アストールの言葉を聞いたゲオルギーは小さく嘆息していた。


「だがね。それでは僕が困るんだよ」


「あなたが困る?」


 怪訝な表情をしたアストールを前にして、ゲオルギーは真剣な顔つきで答えていた。


「君はこの国の英雄になりつつあるんだ。だからこそ、君にしかできない役回りをこなしてほしいんだ」


 アストールはゲオルギーが真剣な顔つきでいる事に、自分が外に出る意味合いを考え出す。

 役回りとはいったいどういう事か。

 単に城の外から攻める事か、それとも貴族として政治的に力添えをしてほしいのか。

 考え出しただけでも、かなりの事由が思い浮かんでは消えていく。


「私にしかできない役回り……ですか?」


 考えてもゲオルギーの意図が解らず、アストールは聞き返す。彼は静かに喋りだしていた。


「この戦は一日で決着が着く。その時に備えて、貴方には外からその重要な役を果たしてほしい」


 ゲオルギーの言葉を聞いて、彼が戦の生末を既に見据えて行動している事に気づき、アストールは言葉を返すことが出来なかった。そう、この絶望的な状況下でゲオルギーは、自分にできうる最善を尽くそうとしている。彼女かれはゲオルギーの意を真摯に汲み取って、真っ直ぐに彼を見つめなおす。


「私にどのようなお役目をお望みなのですか?」


 ゲオルギーはアストールと目を合わせる。


「とにかく、今は指示があるまでは外にいてほしい……」


 ゲオルギーの言葉を聞いて、アストールはふと疑問に思う。


「……ですが、籠城されているのに、外にいては指示など届かないのではありませんか?」


 現在、ルショスク城は今完全に包囲されている状態だ。そんな状況下、伝令の兵士などが外に出ることなど不可能だろう。彼の言葉を聞いて、やはりこれは自分を外に逃がすためだけの口実ではないかと思い始める。


「……外での指揮は信頼のおけるトルチノフに託している。時が来れば彼の指示に従って動いてほしい。すまないが、今はこれ以上口にはできない」


 ゲオルギーは深刻な顔つきで答える。

 何かをしようとはしているが、今の状況では容易に口にすることが出来ない状況があるのだ。

 だからこそ、アストールも彼の意を汲んでいた。


「わかりました……。では、私たちはご指示の通り、外部の難民の警護に回ります」

「頼む」


 静かに言うゲオルギーに、アストールは一礼して見せていた。

 そして、彼に背を向けて部屋から出ていく。


「これが君との最後の言葉にならない事を祈るよ……」


 部屋に残ったゲオルギーは、自分の運命を占うかのように呟いていた。

 そのつぶやきは部屋の静寂に飲み込まれて消えて行った。





 戦端はあっけなく開かれていた。

 アストール達警護の城兵300名が城の外に出るのと同時に、城に向けられた火砲が一斉に火を噴いていた。最初の砲弾は城壁を飛び越えて、城内へと飛び込み地面をえぐっていく。初弾が当たらなかったことに、城壁の兵士たちは安堵のため息をついていた。


「隊長! 反撃いたしましょう! 上から狙い撃てば、敵の大砲も破壊できます!」


 一人の兵士が大砲の横で告げていた。

 城下には住民はいないため、心置きなく相手に砲撃を浴びせられるはずだ。だからこそ、砲兵は力強く進言していた。だが、隊長から返ってきた言葉は意外なものだった。


「我らは一切の反撃をしてはならぬ! ゲオルギー様からの命令あるまでは、我らは弓一本引くことを赦されてはいない!」


 城壁の兵士はその言葉を聞いて目を点にしていた。

 既に戦闘の火蓋は切って落とされているのだ。下の傭兵の砲撃によって、停戦は完全に破棄されている。であるはずなのに、反撃すらできないと言うのはどういう事か。

 兵士は叫ぶようにして聞いていた。


「なぜですか! これでは我らに死ねと言っているようなものですぞ!」


「だが、ゲオルギー様よりそう言われている以上、我らはその命令を守らねばならんのだ!」


 そんな会話を交わしていると、再び下から砲撃が行われていた。

 今度は城壁下の崖を抉り、砲弾が食い込んでいた。砲弾は着実に城壁の方へと着弾修正されている。


「このままでは我らは死を待つのみですよ!」


「しかし、命令が出ていないのだ!」


 二人の兵士がやり取りをしているところへ、重武装した騎士が現れる。その先頭には白銀の甲冑に身を包んだゲオルギーが、精悍な顔つきで歩いていた。


「ゲ、ゲオルギー様……」


 戦場で最も危険な場所であるこの城壁に、ゲオルギーが現れて兵士たちは言葉を失っていた。

 まさか、ここに自分達の大将が現れることなど、微塵にも思っていなかったのだ。

 ゲオルギーは砲撃をものとも臆することなく、城壁の最前面へと歩み出て来ていた。


 そして、城下の様子を見据える。


 城下には11の傭兵団の隊旗が掲げられており、どこにどの部隊がいるのかが一目で分かるようになっている。これはベルナルドの保有する14の傭兵隊の殆どが士気を鼓舞するために掲げているからだ。


 城攻めには必須の行いである。

 こんな絶望的な状況下、ゲオルギーも味方の士気を上げるためにある行動に出ていた。

 砲撃が行われている中、城壁の目立つ所に立ち、腰の剣を抜いて空高く掲げる。

 同時に城壁上に居た兵士たちは、雄たけびを上げていた。


 城壁の上から地を鳴らすかのような大きな声が、潰えそうになっていたルショスク城の兵士たちの士気を一気に鼓舞していた。だが、それに対抗するように、下の傭兵達も雄たけびを上げて、各傭兵隊の旗を一斉に振りだしていた。大きく振られた隊旗はバタバタと音を立てて、ルショスク城の兵士たちに死の宣告を告げていた。


 だが、ゲオルギーはそれを見て口元を釣り上げていた。

 そして、大きな声で告げる。


「兵士諸君聞いてくれ! 我らの戦い、これが最後となるかは諸君に掛かっている! 諸君らの健闘次第では、それ相応の報酬もあると思ってくれ! だからこそ、この戦を共に戦い抜こう!」


 ゲオルギーが剣を掲げて、雄たけびを上げるとより一層ルショスク城の兵士達も大声を上げていた。


「ゲオルギー殿! あ、あれを!」


 城壁にいた兵士達が一瞬にして騒めきだす。

 なぜなら、城下の大きな通りに組み立てられていた一つの櫓が、ルショスク城へと向かって前進してきていたのだ。その高さはゆうに崖と城壁の高さを越えており、この城壁に降ろされれば防衛は絶望的だ。


「攻城櫓か、ベルナルドめ大金をかけたな……」


 ゲオルギーはそれでも全く動じた様子はない。兵士達は落ち着き払ったゲオルギーをみて、何か策があるのだと思い取り乱す事はなかった。


「ゲオルギー様! あの攻城櫓をどうなさるのですか?」


 一人の兵士が聞くと、彼は真剣な表情をしたまま答えていた。


「あのまま近付かせ、橋を架けさせろ! 攻撃は私の命令あるまで絶対にするな!」


「……こ、攻撃しないのですか!?」


 兵士がゲオルギーの言葉を聞いて唖然とする。今はまだ距離があり、大砲で攻城櫓を撃ち抜けば勝算はあるのだ。それをゲオルギーは敢えて攻撃をするなと言い放っていた。


「正門の戦況はどうか?」


「は、近衛騎士隊同士、未だ睨み合いが続いております。双方攻撃には出ていない模様です」


 報告を聞いたゲオルギーは再び不敵な笑みを浮かべた。そして、すぐに真剣な顔つきになっていた。


「いい兆候だ。ベルナルドよ。この戦は私の勝ちだ!」


 護衛の騎士達は驚きはしないが、ゲオルギーの近くでその呟きを聞いた兵士達は怪訝な表情を浮かべていた。これだけ絶望的な状況下で、なぜそう言い切れるのか。遂には追い詰められて頭がおかしくなったのではないか。そう思えて仕方がなかった。

 だが、ゲオルギーの揺ぎ無い自信を見て、兵士達も不思議と絶望感が薄らいだような気がした。


 ルショスク城をめぐる攻防が、この日の内に決着をつける時が来るとは、ここのだれしもが考えていなかっただろう。


 そんな、ルショスクの兵士達を他所に、敵の攻城櫓はゆっくりと近付いていくのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ