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ルショスク騒乱 5


 ベルナルドは陣地に帰るなり、自分の指揮下の傭兵隊長と近衛騎士のギルムを集めていた。

 陣地内の天幕には机が置かれ、城の周辺を簡単に描いた地図と駒が置かれている。実戦でもよく使用する本格的な物で、大砲とバリスタ、それ以外に長方形の物体が直立で置かれている。


 ルショスク城近辺の駒かな道と建物の配置が描かれた地図上には、各傭兵隊の駒が城壁を囲むようにしておかれ、ルショスク本城の正門前には近衛騎士隊を示す駒もあった。


 ルショスク城の完全包囲を完成させており、


「さて、皆のものよ。既に戦の準備は整った。停戦は破棄して一気にルショスク攻めを行う!」


 全員の前でベルナルドは勢いよく告げていた。ベルナルド直下の三つの傭兵隊は、目を輝かせながら威勢良く返事する。それに他の傭兵達どよめきながらも返事をしていた。ギルムは沈黙したまま、ベルナルドを見据える。


「さて、諸君、此度の戦、城攻めを想定しての事、遠路はるばる苦労しながら運んできた秘密兵器を組み立てよ! ようやく使いどきが回ってきたのだ!」


 その言葉を聞いた瞬間に傭兵の顔付がこわばる。


「しかし、あれを組み立てるには二日はかかります」


 傭兵隊長の一人がベルナルドに告げると、彼は笑みを浮かべて答えていた。


「大丈夫だ。組立が終わる頃合に戦端開くのだからな」


 ギルムが怪訝な表情を浮かべてベルナルドを見据えて聞く。


「それは一体どういうことで?」


 ギルムの問い掛けに対して、ベルナルドは悠然と答えていた。


「簡単なこと、ここら周辺にいるルショスクの住民を全部避難させ終えるのが二日後だからだ」


 その話を聞いた一同が一斉にざわつきだす。

 ルショスク内では、今現在一切の狼藉行為は行われていない。一部の傭兵は今回の稼ぎが少ない分、ルショスクの街で戦が起きると同時に略奪を考えている者も少なくない。だが、住民を避難させられると、その楽しみは半減する。故のざわめきかは分からないが、ベルナルドは鋭い視線で一同を見据える。


「まだ私の話は続いているぞ」


 その言葉に一同は再び沈黙する。それを確認してからベルナルドは再び口を開いていた。


「ゲオルギーはその警護に城から兵力を三百ほど削るといったのだ」


 その言葉に騒めきこそないものの、傭兵たちの殆どが動揺をしたかのようにベルナルドを瞠目していた。現在城に居る兵力は全て合わせても千人に満たない。

 その中から三割以上の戦力となる兵力を、住民の警護にあてたのだ。攻め立てれば、必ずルショスク城を落とせるという確証にもなる。

 ギルムはベルナルドがなぜ城攻めを実行するのかに、ようやく納得していた。


「ほほう、それで我らの勝利は確実になると?」


 ベルナルド直下の狼の牙の傭兵隊長が調子よく答えていた。


「ああ! だが、避難が完了しても住居には手を出すな! 彼らは我らの大事な領民となるのだ。彼らの支持を損ねると後々面倒なのだ」


 ベルナルドは満足そうに答えると、一同を見回していた。傭兵達はその言葉を聞いて、一斉に返事をしていた。


「御意に!」


 各傭兵隊の隊長達はそれぞれの表情を見せていた。稼ぎ時の戦場と喜ぶ者や、貧乏くじを引いたとあからさまに落胆する者、また、今後の成り行きを真剣に検討している者などだ。


「それで、予定通り、攻め上がる場所は城の真正面でよろしいので?」


 一人の傭兵がベルナルドに聞くと、彼は笑顔で答える。


「ああ、もちろんだ。そのためにもあれを持ってきたのだ」


 それまでこの攻撃に疑問を持ち続けていたギルムが、ベルナルドに再び質問をしていた。


「しかし、今は貴族の拒否権が発動しているが故の休戦中、我らが先に攻撃を仕掛けても良いのですか?」


 貴族の拒否権を発動したゲオルギー、それによって双方の争いはあくまで武力ではなく、中央の法廷にて決着をつけることになっている。その結果次第ではこの攻撃も無意味になる可能性すらある。


「構わん! 歴史とは常に勝者が作ってきたもの、要は勝てばいいのだ」


 だが、ベルナルドはそれを全く意に介してはいなかった。

 無茶苦茶な理論ではあるが、それはまた事実でもあるのだ。

 現在の状況だけで言うなら、ゲオルギー側が置かれている状況は、どう考えても攻撃をされれば負けが目に見えている状況だ。


 だが、補給される物資は日を追って追加されていき、中央での法廷で決着が着くころには難攻不落の要塞となっている可能性は高い。そこでもしゲオルギー側が決定を良しとしせずに抵抗すれば、ベルナルドの勝利は難しいだろう。攻撃を仕掛けて勝利を得るには、今を置いて他にはない。


 何よりも歴史と言う物は、勝者によって作られてきたもの。ベルナルドのいう事は、過去を振り返れば間違ったことではない。


 この戦では何方どちらが先に仕掛けたが重要ではなく、何方が最終的に生き残っているかが重要だ。死人に口なし、勝利さえすれば、ゲオルギー側が最初に仕掛けたと言っても、それで全て事がまかり通る。


 ギルムはベルナルドの手腕を見直していた。同時に自身の内にある気持ちと葛藤する。

 彼の本心で言えば、ルショスク本城への攻撃には参加したくはなかった。今ルショスクには左遷と言う形で部下を避難させているのだ。ましてや、彼らが睨み合っている正門には、その避難させた三百の近衛騎士が守備で配置されている。


 本心を言えば、ギルムは戦う気など更々おきない。


「ギルム殿よ、旗色がどうであれ、貴公にはきっちりと働いてもらいますぞ?」


 ベルナルドが得意げに笑みを浮かべて言うと、ギルムは静かに目を瞑って答える。

 国王軍の一翼を担っている以上、ベルナルドのいう事には従わなければならない。

 それが軍人としての務めであり、部下を預かる者の責務でもある。


「……わかりました」


 苦虫を噛みしめたように表情をゆがめるギルムは、渋々返事をしていた。


「期待しているぞ。さて、更に細かく攻撃の算段をまとめていこうではないか」


 ベルナルドは次々に傭兵達に指示を出していく。

 大砲やバリスタを扱う砲兵はフォルク傭兵団、その背後にある本陣の警護には、狼の牙、闇夜団が抜擢されていた。他の傭兵隊は死傷率が高い正面からの城攻めを命じられる。それでいて、報酬条件は主に本陣警護と砲兵部隊の方がいい。直下の傭兵団は露骨に捨て駒と言わんばかりの対応である。


 だが、その死傷率を下げるためにも、あの秘密兵器を導入するのだ。

 もし、秘密兵器を導入しなければ、もちろん前線に立つ傭兵団の方が報酬が大きかっただろう。

 それでも、やはり傭兵達は今の契約条件には納得がいかない。


 戦に勝てば確かに給金は支払われるが、命がけで前線に出ている傭兵達よりも、後方の安全な本陣を守っている傭兵団の方が給金は明らかに高いのだ。大半の傭兵達は不満そうな顔つきで、ベルナルドを見ながら天幕を後にしていった。


 それでもベルナルドはその事を憂慮していない。

 なぜなら、傭兵は信頼が第一であり、自分と契約している間は雇用主に対して従順になる。それもこれも全ては、雇用主を殺してしまっては給金も出なくなってしまうからだ。いくら傭兵と言えど、雇用主に対して反旗を翻すほど馬鹿な事はしない。


 それを知っているからこそ、ベルナルドは何一つ悩むことはなかった。

 全ては勝利に向けての布石であり、勝利した暁にはそれこそ傭兵達にかなりの給金を支払う事ができる。今は無理でも後々にその問題は片付ける。

 このルショスクさえ落ちれば、ベルナルドの悩みは一切合切全てが解決する予定なのだ。


「ふふ、ゲオルギーめ、思い知らせてくれるわ!」


 ベルナルドは各傭兵隊や近衛騎士達が持ち場に向かっていたのを見おくり、誰もいなくなった天幕のテントの中で不吉な笑みを浮かべるのだった。



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