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ルショスク騒乱 3

 ルショスク城には多くの避難民が押し寄せている。怯えた人々の顔からは、傭兵達から受けた暴虐がどれだけ陰惨なものかが伺えた。そして、その難民に交じって三百名の近衛騎士隊もルショスクへと辿り着いていた。

 無断で出動した近衛騎士隊に、ギルムから下された処分の命令が、近衛騎士軍団の指揮から外し、ルショスク城へと向かわせることだった。

 それがベルナルドへのできるギルムのせめてもの抵抗だった。


「全く酷いことをしてくれる」


 ゲオルギーはそう言って難民が押し寄せた城内を眺めていた。

 本城の中には南区から避難してきた住民おおよそ1000名が、身を寄せ合っている。上級妖魔が現れた時点で、元より篭城戦を想定していたため、ある程度の兵糧は確保していたが、この1000名の難民は想定外だった。

 戒厳令を解いた時点で、既に多くの兵糧を住民に提供していたため、これだけの難民を抱えて篭城をするとなると、どんなに頑張っても2週間程度が限界だ。


「ベルナルドは戦がなんたるか、十分に心得ておるようです」


 ゲオルギーの横にトルチノフがやってきて、難民達を見据えていた。


「だが、これは騎士や貴族のやることではない」


「……だからこそですよ。奴は南区で物資を確保するために傭兵を動かしたわけではありません」


「わざと難民を作り、この城に逃げ込ませたと?」


 ゲオルギーが問いかけると、トルチノフは静かに頷いて見せていた。


「いかにも。兵糧を早い段階で底を尽かせるために難民をここに押し込んだとしか言いようがありません」


 現在、拒否権の行使によって戦闘は起きていないものの、ルショスクの本城と城下町は補給物資を運び込む道以外は、完全に分断されている。本城にはゲオルギーを中心としたブルゴーニュ家の兵士達、城下にはベルナルドを中心とした傭兵隊が着々と戦の準備を進めていた。


 ルショスクの街を守る城壁の兵士の全てを、この本城に徴収しており、本城の城壁には既に1000名の兵士と、正門には近衛騎士300名が配置されている。


 対するベルナルドの軍は城の地形を見て、適切な傭兵の配置を行っていた。

 ルショスク本城は切り立った崖の上に建てられていて、城下はその崖を区切るようにして隔てられている。何よりもベルナルドはこの城の弱点をいち早く見つけていた。


 南西部にある崖はかなり低く、地形上他の場所よりも突出していた。そして、その突出部は以前の上級妖魔との戦いで最も痛めつけられて脆くなっている。そこに大砲と投石器、主力の傭兵部隊を配置しているのだ。そして、ルショスク城の正門側には近衛騎士隊が配置されているのを確認した。


「ベルナルドはただの親の七光りではないと言った所か」


 ゲオルギーは静かに嘆息していた。ベルナルドの用兵術は教本通りで的確だ。何よりも難民を作って城の籠城を少しでも優位に進める事を考えている。抜け目なくここまでの状況を作り出したことには、ゲオルギーも正直に感嘆せざるを得なかった。


 ゲオルギーはベルナルドがただの親の七光りでここまで来たわけでない事を改めて思い知る。恐らくは用意周到に多くの手を、想定して動いているのだろう。だからこそ、ゲオルギーは拳を握りしめていた。


「とはいえ、ベルナルドは一つ大きな間違いを犯しましたな」


 トルチノフは胸を張って難民を見据える。それにゲオルギーは怪訝な表情を浮かべていた。


「なに?」


「我ら騎士は弱き者のため、守るべき者のために力を振るうとなると、その力はいつもの倍以上の働きをするのです」


 トルチノフは笑顔で彼に語りかけていた。


「……そうであったな。だが、本来は戦わずして勝つ事が最良の方法だ」


 ゲオルギーはそう言って城壁の外を見据えていた。

 傭兵達は果たしてどう出てくるか、それだけがこの戦の趨勢を握っている。


「何か策を講じているのですかな?」


 ゲオルギーが感慨深そうに城壁の外へと目を向けているのを見て、トルチノフは彼に問いかけていた。トルチノフの勘の良さに少しだけ驚いたゲオルギーは、今度は苦笑しながら答える。


「まあな。だが、賭けみたいなものだ。これが上手くいくかで私の首が繋がるかは決まる」


 その笑みが少しだけ暗いことに、主君が未だに不安を抱えていることに気づく。


「その賭けの勝率はいかほどに?」


「“今の所”は五分五分といった所だ」


 ゲオルギーはそう言って悩ましげに黙り込む。そこに本城の正門から一人の騎士が駆け寄ってくる。そして、ゲオルギーの前で膝を付いていた。


「ゲオルギー様、御報告させていただきたいことがあります」


 頭をたれたままの兵士にゲオルギーは静かに聞いていた。


「例の件か?」


「は」


 ゲオルギーは腕を組んだまま暫し考え込んでいたが、周りを見渡してからいう。


「その報告、城に帰って聞こう。トルチノフ殿! 守備を万全に整えておいてくれ」


 ゲオルギーは隣にいたトルチノフに対して今回の戦の準備を整えておくように伝える。既に城壁には多くの兵士を配置し終えている。

 大砲にも火薬を詰めて、城下を砲撃することさえ可能な状態であり、ほかにも城壁の防御設備は全て稼動状態にある。これ以上ないほどまでに万全の状態は整っていて、これ以上の戦準備はしようがない。


「……ゲオルギー様、一体何をなさるおつもりで?」


 トルチノフが怪訝な表情を浮かべて、ゲオルギーに聞くと彼は笑みを浮かべて答えていた。


「戦の準備だよ」


 ゲオルギーはそう言ってルショスク本城へと戻っていく。守備の態勢は整っているが、その上でゲオルギーは戦の準備と口にしていた。

 トルチノフはその言葉の意味を考え出す。


「まだ、私の預かり知らぬ場所で戦が繰り広げられておるのか?」


 考えても分からぬ以上は、自分に課せられた任務を全うしよう。

 トルチノフはそう自分を納得させて、城壁の方へと足を進めるのだった。





「全く、なんでこんな事になったんだろうねえ……」


 アストールはルショスク城の正門の上で両肘をついて外を眺める。

 正門の向こうでは近衛騎士達が戦支度をすませ、整然と隊列を組んで向き合っていた。木で作られた矢よけの板を並べ、その後ろに長弓を持った兵士達が控えている。さらに後ろには騎馬隊の姿も見え、これから正にこの場で戦が始まるのだということを感じさせた。


「初めての戦が味方相手じゃねえ……」


 アストールは深く嘆息していた。

 男であった時から対妖魔との戦いは幾度となく経験してきたが、人同士の戦というのはこの場が初めてだった。だが、初戦が近衛騎士同士との戦いとなると、正直喜ばしい初陣ではない。


 そんなアストールの横にメアリーがやってくる。


 紺色の鎧下の上から鎖帷子で身を包み、その上から布地のタバードを着ている。頭には頭頂部にかけて円錐状の特徴的なヘルメットを被っていた。背中には矢筒を背負い、手には合成の短弓を持ち、いつでも戦に対応できる格好だ。普段見ることのない戦場の格好でやってきたメアリーに、アストールは思わず笑いをこらえた。


「お、メ、メアリー、よ、良く似合ってるな」


「そお? 全然にあってないよ。第一に重いし、最悪でしょ」


 メアリーは不機嫌そうにアストールの横までくる。


 ジャラジャラと音を立てる鎖帷子に、未だ慣れない様子だ。いくら軽装とは言え、鎖帷子だけでも小さな子ども一人分の重量はある。女性であるメアリーとしてはあまり着用はしたくはない。

 だが、それはアストールも同じことだった。


「アストールも滅多に着ないプレートアーマーがぎこちないよ」


 彼女かれもまた戦ということもあって、甲冑に身を包んでいた。女性用に特注で作らせた甲冑は、作った職人の腕が良いのもあってか関節は干渉せずに要所を的確に保護している。だが、フルプレートアーマーというだけあって、かなり重量があって動きにくい。


 兜は城壁の城門の塀の上に置いていて、顔はそのまま仰ぎ見ることができる。


「仕方ないだろ、これまで着る機会なんて、そんなになかったんだから」


 アストールはそう毒づいてメアリーに顔を向けていた。


「そうねー。あたしも戦にくるとは思ってなかったから、ここの装備を借りただけだし」


 メアリーは自分の体を見ながら、毒づいていた。


「男の兵士はこの上にスケイルアーマー着るみたいだし、かなり大変ねー」


 ルショスクの兵士は鉄のウロコで編まれた鎧を、鎖帷子の上に着なければならない。二つの重量と武装を考えると、軽量なプレートアーマーを着用するくらいの重量はあるだろう。


「にしても、ひどい話だぜ」


 アストールの横にどこからともなく歩いてきたリュードが現れる。


「あら、あなたもいたの?」


 アストールはリュードをみて素っ気無く声をかけていた。


「おいおい、一緒に来たのにそれはないだろう」


「そうだったかしら?」


 アストールは再びリュードに対してそっけない態度で返していた。

 アストールがここにいる理由はただ一つ、ベルナルドの傭兵に対して反旗を翻したからにほかならない。街に留まったとしても、いつ傭兵たちが報復に現れるかわからない。だからこそ、ルショスク城へと送られたウェイン達に混じって荷物一式をもってルショスク城へと避難していた。


 それが全ての始まりだった。当初はこの戦いに参加するつもりはなく、傍観すると決め込んでいた。だが、ゲオルギーがそれをよしとしなかったのだ。

 前線に立ってくれているだけで、兵士達の士気もあがるから立っていてくれるだけでいい。そう言われてきてみれば、配置場所は正門で近衛騎士同士の睨み合いの場だ。


 考えるだけで頭が痛くなってくる。

 そして、何よりもリュード達も契約を延長させられて、アストールと一緒の正門へと配置されていた。


「あなた達は傭兵じゃないでしょ? 他国の戦いに参加する筋合いもないと思うんだけど?」


 アストールは冷淡な目でリュードを見据える。


「いや、俺も本当はこんな事したくはないんだ。でも、君が参加するとなると、話は別だ!」


 リュードは真剣な目つきでアストールを見据える。彼の言葉を聞いてアストールは大きく溜息吐いていた。リュードは本気で自分に惚れているのだ。ここまでストレートに気持ちをぶつけてくる相手も珍しく、諦めの気持ちさえ生まれてくる。


「あのねー。あなた、西方の人間でしょ?」


「ああ。でも今は探検者、流れで戦に参加する事もあるってもんだ」


 リュードは昔を懐かしむかのように、正門の外を見据える。


「そうなの……?」


「ああ、興味持ってくれた?」


「全然だよ。あなたの下らない話聞く暇も惜しいわ」


「相変わらず釣れないな」


 会話を交わす二人の間柄は、傍から見れば本当は仲のいい間柄ではないかと思われそうだった。だからこそ、その後ろで心配そうにアストールを見つめる青年がいた。


「おい、ウェイン、あの二人もしかしたら、できてるんじゃないのか?」


 後ろ姿を心配そうに見つめていたウェインに、マルコスが茶化すように声をかけていた。


「そ、そんなわけがないだろう……」


「でも、あの二人、妖魔との戦いでは背中を任せあったって聞いてるぜ」


 どこから仕入れた噂か知らなうが、マルコスは聞いた話をそのままウェインに伝えていた。実際、二人は背中を互いに任せて戦いあったのは事実である。一見してリュードが一方的にアストールに迫っているように見えるが、彼女かれがリュードをある程度認めているのは二人の雰囲気を見ればわかる。


「あれは、あの男に惚れるのも時間の問題じゃないのか?」


 マルコスがおふざけ半分にウェインに言うと、彼は少しだけムキになっていう。


「そ、そんな事は……」


「ないって言えるのかよ?」


 マルコスに言葉を遮られて、ウェインはそれ以上続けられなかった。


「いや、ないとは言い切れないな」


 ウェインはそう言うと、つかつかとアストールの元へと足を運んでいた。

 マルコスはその背中を見て笑みを浮かべて、小声でつぶやいていた。


「頑張れよ」


 ウェインは三人の後ろまで来ると声をかける。


「エスティナさん」


 不意に後ろからかかる声に、アストールは振り向いていた。


「あ、ウェイン様」


 アストールはリュードの時とは打って変わって、自然と笑みを浮かべていた。


「甲冑姿も美しいですね」


「あ、ありがとう……」


 突然褒められて、アストールは動揺していた。いつものウェインならここまで胸を張って、自分を褒め称えるようなことはしない。でも、今はそれをしてみせていた。メアリーはその真意をすぐに読み取ってか、そっとアストールの横を開けていた。


 自然とウェインはアストールの横まで歩み出てくる。


「あの先ほどの街ではありがとうございました」


 急にお礼を言われたアストールはきょとんとしてウェインを見る。


「え? 何が?」


「あなたがいなければ、私はきっと動いていなかった。あのまま自分の納得のいかぬまま、大勢の民を見殺しにしていたでしょう」


 ウェインはそんな不甲斐ない自分がいた事を、アストールに気づかされたのだ。あそこで彼女かれが飛び出さなければ、ウェインは動くことができなかった。だからこそ、アストールに礼を述べていた。


「でも、貴方は立場を顧みず、無実の民を救うために動いた。正に騎士の鏡です」


 アストールがウェインを褒め称えると、彼は気恥ずかしそうに顔を背けていた。


「でも、その結果がこれでは報われねーな」


 そんな二人の間に、割って入るようにリュードが声をかけていた。多くの人びとを救ったことにはかわりないが、結局避難民をこのルショスク城へと集める結果となっていた。そして、ウェイン自身はこの城へと左遷されたのだ。結果は散々といっていい。


「それでも私は間違ったことをしたとは思っていない。それで死ぬのであれば、それこそ騎士の本懐だ」


「そうかい。騎士様、確かにあんたは立派な男だ。けど、国王陛下に仕える身のあんたが、王国軍に反旗を翻したことには変わりないだろう?」


 リュードはウェインの前に来ると、腰に手を当ててウェインを見据えていた。


「全く、君は一体何なんだ?」


「俺か? 俺は探検者のリュード。世のため人のために剣を奮う勇者さ」


 リュードの言葉を聞いて、アストールは呆れ顔を浮かべる。自ら勇者を名乗り出た上に、近衛騎士のウェインに張り合おうとしている。それも恐らくは自分を巡っての張り合いだ。アストールは落胆の溜息をついていた。


「そして、エスティナちゃんは将来、俺の伴侶になる女性だ!」


 リュードは胸を張って宣言する。婚約もましてや交際すらしていないのに、よくもここまで大口を叩ける。そう思うとアストールは呆れを通り越して乾いた笑いしか出てこなかった。


 だが、それに対してウェインの反応は意外な物だった。 


「そ、そんな……。それでは、貴方達は婚約していると?」


 ウェインはその言葉を信じてか、明らかにショックを受けていた。


「いやいや、別に婚約もしてないし、第一に交際する気すらないから」


 アストールはリュードの後ろから現れて、即座に彼との関係を否定していた。


「そんな照れ隠しするなよ!」


「照れ隠しでもなんでもねえよ! お前は馬鹿か!」


 アストールは思わずリュードの後頭部を拳で殴っていた。


「どうやら、そのご様子だと、嘘のようですね……」


 ウェインも流石にアストールの対応を見て、リュードの発言が事実無根の宣言であると確信する。


「いっつう! いや、絶対俺に振り向かせてやるんだからな!」


 後頭部を抑えながらリュードはアストールに向き直る。


「だから、てめーとはまずそんなことありえないって言ってるだろうが!」


 アストールは割と真面目に怒りながら答える。

 ふとアストールはウェインの後ろでニタニタと笑うメアリーを見つける。


(あ、あいつ、こうなる様にわざとウェインをここに……!)


 メアリーは明らかにこの三角関係を部外者として楽しんでいる。だが、彼女はこれ以上事が荒立たないように、ウェインの後ろから現れていた。


「今は仲間だし、争い合ってる場合じゃないんじゃなくて?」


 メアリーの言葉にウェインとリュードは改めて自分達の立場を考える。今は近衛騎士同士の戦闘が起きるかも知れない状態だ。ここで痴話喧嘩を始めている場合ではない。


「そうだったな、すまねえ」


「そうでしたね。メアリー殿の言う通り、戦が始まれば我らは仲間だ」


 二人が気を持ち直した所で、アストールが最後にまとめあげるように告げていた。


「そうとわかれば、さ、配置につきましょう」


 四人はそれぞれの正門での、持ち場へと戻っていくのだった。


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