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ルショスク騒乱 2

 南区内にある近衛騎士が駐屯している野営地、その中央には近衛騎士隊の指令天幕がある。そこでギルムは次々に入ってくる市民たちからの被害の状況を聞き流していた。


 そこで彼は懸念している事があった。


 ルショスクの中で行われている反乱分子狩りは、明らかに傭兵達による狼藉行為に他ならない。勅令を盾に近衛騎士を抑えつけて、略奪行為に勤しむ不貞な傭兵達を目の前に若い近衛騎士達は義憤に駆られている。

 このまま見ていると、近衛騎士隊は勝手に出ていく可能性とてある。

 だが、ギルムはそれでも動くことはできなかった。


(今、動けばベルナルドの思うままに事が進む……)


 そう、あくまで近衛騎士隊は国王の騎士、現在ベルナルドが行っている行為は国王の意志によるものだ。それを無視して動くことは、今後優秀な騎士達の未来を奪いかねない。ましてや、第一近衛騎士隊にいるのは将来有望な若い騎士のみならず、王国でも屈指の騎士達が所属している。


 彼ら全員を失う事は即ち、国王から右手を奪うようなものだ。

 そうなれば、王国内でのレイナード家の発言力、求心力は一気に高まっていくだろう。このルショスクでの行動はそう言った高等な政治的判断までもを下さなくてはならないのだ。


 だからこそ、騎士達を不用意には動かせないのだ。


 とはいえ、ギルムも騎士である。市民たちの声を聞いて、それを握りつぶさなくてはならない立場にある自分に腹が立ち、奥歯をぎゅっと噛みしめていた。


(ルショスクの被害を近衛騎士が食い止められんとは……! 私は何のために近衛騎士になったのだ!)


 今すぐにでも市民の救出に行きたいのはギルムも同じなのだ。

 そこに一人の若い従者が天幕に慌てて駆け込んできていた。


「何事か!?」

「は、はい! お知らせします! ウェイン百人騎士長が独断で市民の救出に向かわれました!」

「なに!? ウェインが隊が!?」

「はい!」


 ギルムはそれを聞いて拳を机に叩きつけていた。

 懸念していたことが起きてしまったのだ。ギルムの脳裏にベルナルドの難い笑顔が思い浮かぶ。


「ええい! 私としたことが御せなかったか……」

「……ギルム様?」

「全軍に伝達しろ! ウェインに触発されて動くべからずと!」


 だが、そう言った矢先だった。


「ギルム殿! 今しがた二つの騎士隊も市民の救助に向かいました!」


 ここに雪崩込んできた避難民をすぐにルショスク城へと避難させる準備の最中、彼にとって最悪の知らせが舞い込んできた。

 ギルムは歯噛みする。これで近衛騎士はベルナルドに、延いては国王に歯向かった逆賊というレッテルを貼られるのだ。そして、最も最悪な事態がベルナルドの傭兵隊と一戦交えること。


 現在国王の軍として正式に名乗っていられるのは、あの勅令書を持ったベルナルドの下にいるからだ。だが、その勅令書を持ったベルナルドが敵に回ったとなれば、賊軍となるのは近衛騎士団であるのだ。


「く、あれだけ街には出るなと厳命しておったのに……」


 ギルムは部下を抑えられなかった自分を歯がゆく思っていた。


「こうなっては手は付けられぬか……」


 騎士達の行動は当然と言えた。ギルム自身何度軍団を向かわせようかと悩むほどだった。結局は若かりし青年騎士達が、痺れを切らせて傭兵達に対して攻撃を仕掛ける事態になっている。


「ベルナルドよ……。どうやら、我々はお前に踊らされたようだ」


 ギルムはあの時敢えて軍団を動かさないのにはわけがあったのだ。例え住民が犠牲になろうとも、自分たちが正当にゲオルギーの味方として戦える時期を見据えてベルナルドに反旗を翻すつもりでいた。だが、それを見据えていたベルナルドは、敢えてこうなる様に仕向けていたのだ。


「……ギルム殿! 避難民の誘導準備完了いたしました!」


 テントに入ってくる伝令の兵士が、ギルムに報告をしていく。


「わかった。すぐに難民をルショスクへ送り届けよ。それと全軍に伝達、これ以上の救出部隊は不要とな」


 兵士は深々と礼をすると天幕より出ていく。代わりに今度は慌てた様子で伝令の兵士が飛び込んできていた。


「ギ、ギルム殿! ベルナルド様が陣にお見えです!」


 急報を伝えた兵士が現れたのと同時に、ベルナルドがその背後から現れる。彼はギルムの思い描いていた通りの笑顔を顔に張り付けていた。


「おやおや、近衛騎士は干渉せぬのではなかったのかな?」


 ベルナルドは両手を挙げて首を振ってみせる。


「ベルナルド……殿」


 ギルムは歯噛みして彼を睨みつける。


「いやいや、分かっておりますよ。貴方のお立場は。これも青年騎士達のよる若気の至り、私は大目に見ますとも」


 ベルナルドは相変わらず笑みを浮かべて、ギルムに勝ち誇ったように告げる。ギルムはそれを疑いの眼差しで見据えていた。


「本当か……」


 ギルムの鋭い視線にベルナルドは小さく頷く。


「勿論ですとも。私に、いや、国王にその忠誠心を見せていただけるならね」


ベルナルドは胸を張ってギルムを見据えていた。


「……なんだと?」


 ギルムの疑いの視線に対して、ベルナルドは得意げに答えていた。


「今回動いた三部隊全てに処分を下して、戦には私の命令に従ってもらう。それが国王に対する忠誠心の示し方だ。わかっているだろう?」


 ベルナルドはギルムに対して顔を近づけると、笑みを浮かべたまま動かない。ギルムはその顔に拳を今にも振り上げそうになる。だが、その両拳を机に叩きつけて、怒りの剣幕でベルナルドを睨みつけて叫ぶ。


「貴様ああああ!」


 ギルムは今にも斬りかかりそうな剣幕でベルナルドを怒鳴りつける。ベルナルドは怯むことなく笑みを浮かべたまま、机の前で踵を返していた。そして、天幕より出ようと足を進める。だが、数歩歩いたところで立ち止まり、首だけを少し横に向けて呟くように言う。


「ああ、そうそう。一つ朗報を持ってきてやった。反乱分子狩りは中止だよ」


 ベルナルドの言葉に対して、ギルムは素早く聞き返していた。


「なんだと!?」


「ふふ、ゲオルギーに一本取られたよ、奴は貴族の拒否権を行使した……」


 ベルナルドはそれでも余裕綽々とした口調で言っていた。拒否権を発動されたからと言って、その勝利が確定しているからだろう。とはいえ、ギルムもここまでされて黙っているわけにもいかない。


 ギルムはルショスクが戦場から一時的に遠のいた事に安堵する。

 貴族の拒否権を行使したということは、査問会の決議が出るまで両陣営は一切手出ししないことを意味する。

 今すぐに戦にならず、少しの間だけでもベルナルドに対抗する策を練る時間ができたのだ。だが……。


「間違っても、裏切ろうなどとは思うなよ。ギルム殿」


 ベルナルドはそう言い残して本陣を後にしていた。

 ギルムはそれに返事をすることなく、再び席に着くのだった。



 これはベルナルドが南区の本陣につく前の事、会議を後にしたベルナルドは傭兵達が行動を開始するであろう時間を十分に見て、ゲオルギーの元へと向かった。謁見の間で玉座についたゲオルギーは、ベルナルドに対して怒鳴りつけていた。


「これはどういうことですか!」


 ベルナルドから手渡された書状を見ながら、ゲオルギーは激昂する。


「我がブルゴーニュ家を追放し、お前をルショスクの領主に任ズルだと!?」


 ゲオルギーが激昂するのも無理はなかった。先祖代々遡れば、このルショスクは一国であり、ブルゴーニュ家は王族でもあったのだ。だが、ヴェルムンティア王国との戦いに敗れ、ブルゴーニュ家は恭順の意を示してこのルショスクを統治してきた。

 王族でこそなくなったが、一貴族としてこのルショスクと一族を生かしたヴェルムンティア王家に、ブルゴーニュ家は感謝すらしていたのだ。


 だからこそ、鉱物資源で儲けていた時は、どの領主よりも多くの資金を納税していたし、今の財政が厳しい中でもできるだけの事はしてきていた。それが今やこの地を追放するとまで言われたのだ。


「これは紛れもない国王陛下の御意志だ」


 ベルナルドは得意げに言うと、ゲオルギーは困惑した様子で聞き返していた。


「まさか、陛下が我がブルゴーニュ家を信頼していないとでもいうのか!?」


 ゲオルギーの言葉に対してベルナルドは小さく嘆息していた。


「あなたが一番ご存じのはずだ。貴方方ブルゴーニュ家にもはや財政再建は不可能という事をね」


 得意げに言うベルナルドに対してゲオルギーは怪訝な表情を浮かべる。


(この男、やはりあの事を知っているのか……)


 ゲオルギーはベルナルドの言葉から彼がこのルショスクに眠る新たな鉱物資源の事を知っていることを想像させた。情報とはどこから漏れ出るか分からないもので、もしもレイナード家にその資源の事が耳に入れば、意地でも首の挿げ替えををするのも納得できる。

 ゲオルギーが思案していると、ベルナルドは唐突に切り出してくる。


「何かをお考えの様ですが、この領地の再建の手立てがあるとでもいうのですか?」


「それは貴方には関係のない事であろう」


 ゲオルギーの言葉が感に触ったベルナルドは表情を少しだけ曇らせる。そして、彼に告げていた。


「そうですか。まあ、良いですよ。そう言えば、小耳に挟んだのですけど……」

「何かな?」

「国王陛下に不審を持っている者が、この地にて反乱を企てているという噂を聞きましてね」


 ベルナルドの言葉に対して、ゲオルギーは即座に激昂していた。


「なんだと!? 私が反乱を起こすと疑っているのか!?」


 ゲオルギーはベルナルドを睨みつけて、問いただす。だが、ベルナルドは何も動揺せずに答える。


「いえいえ、そのような事はありませんよ。ただ、我らがもっと早くに動かなかったことを恨んでいるあなたの兵もいるのではないかと思いましてね」


 今回の黒魔術師の事件でかなりの兵士と領民の命が奪われている。それなのに一向に腰を動かさなかった国王に対して不満を持っている者がいても変な話ではない。


「まさか、そのようなことあるはずがなかろう!」


「昨晩、私の兵が二人殺害されましてね。もし、これが貴方の兵によるものなら……」


「無礼な! 私が反乱を起こすだと!」


 ベルナルドの冗舌ぶりにゲオルギーはつい乗せられそうになる。だが、ゲオルギーはすぐに深呼吸して落ち着きを取り戻す。これが彼のやり口であるという事を十分に理解しているのだ。


「いえ、貴方が起こさずともです。貴方の手を離れた所で起こったとしても、ここの兵士が殺害したとなれば、それは貴方の責任でもあるはずです」


「……そ、それは」


 ゲオルギーは反論のしようがなかった。実際兵士達は自分には忠義は尽くしてくれているが、王国に対して反感を持つ者も少なくはない。

 末端の兵士が国王の兵に手をかけたとなれば、それこそ反乱を疑われても仕方がない。否、これはレイナード家に対して付け入る隙を与える行為に等しい。

 ベルナルドは勝利を確信した表情で、ゲオルギーを更に追い立てる。


「私はね、予てより陛下から貴方を追放するようにと承ってきておるのです」


「それが、陛下の御意志なのか?」


 ゲオルギーが静かに言うと、ベルナルドは大仰に礼をして答えていた。


「ええ、そうです。すでに我が軍団の兵で既に南区では、反乱分子狩りも行っておりますしね」


 ゲオルギーはその言葉を聞いて固まっていた

 反乱分子狩りとは訂の良い略奪行為なのだ。だが、あの書状を盾にされては、その行為そのものに抗議する事すら反乱と取られかねない。すでにゲオルギーの外堀は埋められていたのだ。


 だが、ゲオルギーはすぐに冷静さを取り戻し、その場でベルナルドに対してすぐに告げていた。


「ブルゴーニュ家は貴族として、国王にこれまで多くの恩恵を受けて、我々はそれに答えてその義務を果たしてきた。確かに昨今の事件に対する対処は許されざることであるが、これは余りにも不当な扱いだ!」


 ゲオルギーは急に顔色を真剣にして、ベルナルドをまっすぐ見据える。


「我がブルゴーニュ家は十分に義務を果たしきた。よって、我々は貴族としての当然の権利である拒否権を行使する」


 ゲオルギーの発した言葉に、今度はベルナルドが顔を歪ませた。

 貴族の拒否権、それは貴族が国王の不当な命令に対して従えない場合に行使される最後の権利だ。

 貴族がこの拒否権の行使を宣言した時点で、国王側も貴族側も全ての戦闘行為、掠奪行為は禁止される。同時に王都で本当に今回の命令が不当なものかを調べる査問会が開かれるのだ。


 査問会は両陣営の代表者一名ずつと、公平に選ばれた貴族10人で構成される。だが、過去にこの拒否権を行使した領主は前例がない。


「いいでしょう。悪あがきは多めに見ましょう」


 ベルナルドも拒否権の事を知らないわけではない。自分の保身に関する制度は一通り彼も知っているのだ。だからこそ、ここで彼が拒否権を行使したことに歯噛みしていた。


「では、これから協議をしよう。貴公らの反乱分子狩りを即時停止し、全城門を解放する事。これはお互いの停戦協定に則って行われる正式な停戦である」


 ゲオルギーの言葉を聞いてベルナルドは渋々彼の言葉に頷いて見せていた。


「査問会の代表は現当主ヴァリシカに変わり、私の側近アズレトを向かわす」


 ゲオルギーの言葉にベルナルドは即座に食いつく。


「……あなたは行かれないと?」


「何分、用心深い質なんでね」


 ゲオルギーは口元を釣り上げて、ベルナルドを挑発しだす。だが、その挑発にベルナルドは全く動じた様子はない。それどころか笑みを浮かべて答える。


「ふふ、いいでしょう。私の方はカヴェスを向かわせる」


 挑発に乗ってこなかったことにゲオルギーは表情を変えることなく続ける。


「そうと決まれば、お互いに手出しはしないそれでいいな?」


「いいでしょう。私の方も傭兵を引かせよう」


 こうして、ルショスクの騒乱は一時的に休戦と言う形を迎えていた。

 だが、これは更に大きな戦の前触れであることを、ベルナルドは知る由もなかった。


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