ルショスク騒乱 1
アストールはエメリナと一緒にジュナルがいつも教鞭を振るっている孤児院へと足を運んでいた。
昨晩の慰労会のことは忘れて、いつもの騎士の平服を着用し、腰には剣を帯びている。ジュナルの体調が回復次第、このルショスクとも別れを告げて本来の目的のゴルバルナ探しに一刻も早く戻りたい。
焦りこそしないが、それでもこれ以上ルショスクには留まりたくはなかった。
アストールが南区に入った所で、彼女を道行く傭兵達が振り返りながら見てくる。傭兵達は皆完全武装をしていて、血の気が多いように感じられた。
(なんかきな臭いな……)
どの傭兵達も殺気立っているように感じられるが、だからと言って町で狼藉を働いているわけではない。むしろ秩序正しく警らをしているようにも見えた。
だが、どうにもアストールは胸騒ぎが収まらなかった。
「エメリナ、悪いんだけど、コズバーンを連れてきてくれない?」
横を歩くエメリナに対して、アストールは静かに告げていた。
「わかった。早めに呼んでくる」
アストールは通り過ぎる傭兵達を見て、不審に思う。どの傭兵達も顔色に微妙な不安を浮かべているように感じられたのだ。何よりも完全に武装しているということは、戦闘が控えているかもしれないということを暗に示していた。
(こんなに物々しい格好で、どこで戦うってんだ……)
アストールは傭兵達を見ながら、孤児院へと辿り着く。そこで彼女は再び信じられない光景を目にする。孤児院の入口で数名の傭兵と孤児院の職員が押し問答していたのだ。
「我々に協力できないというのか?」
「困ります。ここはただの孤児院ですし、あなた方の言われる反乱者などいるはずがありません」
「では、我々を中に入れろ!」
傭兵達は今にも職員に切りかからんとばかりに威圧を続けている。職員は子供たちに危害を加えられるかもしれないと、傭兵達を必死で拒絶している。このままいけば殺人になりかねない。
アストールは傭兵達の後ろから凛とした声で怒鳴りつけていた。
「何事か!」
耳をつんざくような声に、傭兵達は瞬時に後ろに振り向いていた。
「な、お前は誰だ?」
傭兵達はアストールを見て、すぐに顔をにやけさせていた。女と見て完全に、自分達よりもか弱い存在と見たのだ。だが、アストールは毅然とした態度のまま告げていた。
「私はエスティナ・アストール。近衛騎士代行である! 貴公らは何故、ここに押し入ろうというのだ?」
アストールの言葉を聞いた瞬間に、傭兵達は互いに顔を見合わせる。そして、下品な笑みを浮かべながら、懐よりある書状を取り出していた。
「おいおい、近衛騎士様は知らないのか? 俺たち狼の牙に与えられた任務をよ」
アストールは怪訝な表情を浮かべて、傭兵達を見据える。
「任務、だと?」
「ああ、これは国王からの勅令だ。ルショスクの反乱分子を燻り出し、反乱を防げと言うな」
傭兵達は誇らしげに胸を張って見せていた。
アストールは彼らの行動を見て、大きくため息を吐く。
(やっぱり、こうなりやがったか……)
ベルナルドが傭兵を引き連れてこのルショスクに入城した時点で、アストールもこうなるのではないかという予感はあった。だが、こうも早い段階で実行されるとは思いもしなかった。
「そう、ならいいわ。私が職員を説得するから」
「ほほう、話のわかる騎士様は違うねえ」
アストールはそう言って傭兵達の前を通り過ぎようとする。そのすれ違いざまに、アストールの尻を傭兵の一人がなでていた。それにアストールはすぐに反応して、腰の剣を抜きながら素早く傭兵に振り返って首に白刃を突きつける。
「貴様ア!、私の体に気安く触るな」
一瞬で剣を首に突きつけられて、傭兵は顔をこわばらせる。周囲にいた傭兵達もその動きに、目を見張っていた。流麗に素早く剣を突きつけたその卓越した剣技に、傭兵達は驚嘆する。
誰一人としてアストールの動きに反応できなかったのだ。
「は、はい……。す、すみません」
明らかに怯えの色を見せる傭兵の襟元を掴み、アストールは剣を首元から離す。そして剣の平の部分で男の股間を二回軽く叩く。
「次やったら二度と女を抱けない体にするからな」
アストールはどすの効いた声で、男を睨みつけながら言って襟元を放していた。そして、剣を腰の鞘にしまう。傭兵はその場に腰を抜かして、座り込んでいた。まさか華奢な小娘があそこまで素早い動きで、自分の命を脅かすとは思わなかったのだ。
アストールは再び傭兵達に背を向けて、孤児院の職員の前までくる。
「私が見張ってますので、彼らを中に入れてやってください」
「え、しかし子ども達もいますし、危険では……」
不安そうに後ろの傭兵達を見る職員を安心させるため、アストールは傭兵達に振り返っていた。そして、笑顔で傭兵達に声をかけていた。
「あなた達、子ども達に手を出したり、中を荒らしたら私があんたら一人残らず殺すから、そのつもりで中を調査しなさい」
顔は笑ってはいるが、明らかに目だけは笑っていない。アストールは本気で自分達を殺すと、堂々と宣言しているが、実際にそう言うだけの実力を彼女は持っている。傭兵達は完全に萎縮して、アストールに頷いて見せていた。
「彼らも自分達の立場わかってるみたいだし、大丈夫よ。何よりここにはやましい事はないんだからね」
アストールの言葉に職員は頷いていた。
「わかりました。エスティナ様が言われるのでしたら安心です」
「ほら、許可が出たわ、入んなさい」
アストールが傭兵達三人に孤児院に入るように促す。
傭兵達はアストールに背を向けて孤児院の中へと足を踏み入れていた。中に金目のものはなく、教室にも当然反乱を疑うようなものはない。ましてや、ここに隠し部屋などあるはずもなく、数刻もせぬ内に調査は終わっていた。
というのも、終始アストールが傭兵達に目を光らせて、変な行動を取らせなかったからだ。
「さて、これでここは反乱の疑いはないでしょ」
「あ、ああ……」
傭兵達は孤児院の入口前で今一納得いかない表情を浮かべていた。それがアストールは気に食わず、彼らを睨みつけながら静かに言う。
「じゃあ、さっさと出て行きなさい」
右手を剣柄にかけて傭兵を脅しつけるように見据えると、彼らは渋々その場をあとにしていた。
「全く、クソみてえなことしやがって」
立ち去っていく傭兵を見て、アストールは口汚く罵っていた。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」
職員は頭を深々と下げて、アストールにお礼を述べていた。
「いいのいいの。あいつら、明らかにここで狼藉働く気だったみたいだし」
アストールはそう言って傭兵達の背中を見すえてえいた。
傭兵達はベルナルドの命令で動き出している。そして、この南区内にも魔手が迫っていた。傭兵達は今回の遠征で十分な給金を貰っていない以上、掠奪に走ってしまう可能性も否めない。
(ここに子ども達を置いておくのは危ないな)
「それよりも、皆を早めにルショスク城に避難させたほうがいい」
アストールが女性職員に言うと、彼女は静かに頷いて見せていた。
「そうですね。あの様な輩のいる所では……。すぐに避難の支度をします」
女性職員はそう言って足早に孤児院の中へと戻っていた。
「はてはて、どういたしましたかな?」
ジュナルの声が聞こえて、入口から外に続く短い階段を見る。
「ジュナル……。今日は遅いんだな」
「ええ。万全ではないにしろ、これ以上ここに長居するわけにもいきませぬからな。最後に子ども達に色々と手土産を買ってきていたのですよ」
そう言ってジュナルは手に持っていた麻袋を見せていた。露店商が売っていた物を買い溜めてきて、子ども達に配ってあげようというのだろう。
「ジュナル、それを渡すのは少し後になりそうだ……。すまないが、子ども達をルショスク城に避難させるから、それを手伝ってやってくれ」
アストールがそう言って孤児院の中へと目を向けると、ジュナルは顔色を変えて彼女に聞いていた。
「何かあったのですかな?」
「懸念してた事が起きた。傭兵達が反乱分子狩りを始めてる」
アストールの言葉を聞いたジュナルは驚嘆していた。
「何ですと? 一体何故?」
「わからないが、ここにも傭兵が来た。俺は街を見て回ってくるから、子ども達を頼む」
アストールはそう言って孤児院を後にする。
「気をつけるのですぞ」
背後にかかる声にアストールは片手を挙げて答えていた。
彼女が南区内を駆けていくと、一番に近衛騎士団の野営地へとたどり着いていた。そこには近衛騎士に庇護を求めてきた住人が集まり出していた。ある者は怪我をし、またある者は子どもを抱えたたまま、近衛騎士達に泣き寄っている。混乱が始まる前兆が既に目の前にある。
「あ、エスティナさん……」
アストールがその光景を見ていると、後ろから声がかかっていた。振り向けば甲冑に身を包んだウェインが佇んでいた。その両脇には彼の副官が二人付いている。
「こ、これは一体どういうことですか?」
明らかに住民達は怯えの色を見せて、ここに逃げてきている。これを見る限り傭兵達がこの南区内で狼藉を働いているのは明らかだった。
「……ベルナルド殿が国王の勅書を持ってルショスクの反乱分子を駆り出すように、直下の傭兵隊三つに命令しているのです……」
アストールはその言葉を聞いて、いよいよこれが本当に戦に繋がる行為だと実感する。と、同時に近衛騎士がここでどうしているのかを聞いていた。
「騎士隊は何をやっているの? ベルナルドの愚行を止めないの?」
「それが、私達には逃げてきた民のみを保護せよとの命令が出ているだけで……」
ウェインは悔しそうに歯噛みして、拳を握り締めていた。弱者が今正に虐待されているのに、それを救いに行くことができない歯がゆさを、ウェインは腸が煮えくり返るほど抑えている。
「……命令が出ている。それだけで動かないの?」
アストールは拳を握り締めて、ウェインを見据えていた。
「エスティナさん。これは国王陛下のご采配でもあるのです」
ウェインの横から出てきた中年の騎士が、アストールに語りかけていた。
「国王の采配……?」
アストールが怪訝な表情を浮かべて聞くと、中年の騎士ことデュナンは静かに答えていた。
「ええ、あれは紛れもなく陛下の勅書です」
「待って、話が見えない」
アストールは今一話が見えないので、改めて聞き返そうとする。そこにウェインの同僚の若い騎士が現れる。
「言ってやれよ。ウェイン」
ウェインの横まで来た同僚の騎士が、投げやりに言葉を吐き捨てていた。
ウェインは俯きながら震える口で言葉を紡いでいた。
「エスティナさん。陛下は反乱の兆しあるブルゴーニュ家を排し、レイナード家三男、ベルナルドをこのルショスク領主に命ずる……。逆らう人間は全て反乱分子として捕えよと勅令を出されているのです……」
ウェインの言葉に対してアストールは唖然としていた。
まさかここまで露骨に首の付け替えを利用して、傭兵達に狼藉を働かせるなど思いもしなかったのだ。
「……でも、被害に遭ってるのは明らかに何もしてない人達じゃない! それを守るのが騎士の役目ではなくて!?」
当然のことを口にしたアストールに、ウェインは彼女に向き直っていた。その目には怒りが篭っているものの、それが彼女に向けられたものでないことがすぐにわかる。
「私だって動けるのなら、すぐにでも動きたい。だが……」
「いいわ! あなた達が動かないなら、私が動く!」
アストールはそう言ってウェイン達の前から立ち去っていく。
近衛騎士を示す紫の腰布が、アストールの腰元でひらひらと揺れていた。
その後ろ姿を見て、ウェインは言葉を詰まらせていた。
あの会議で最終的に決まった事は、近衛騎士はベルナルドに対して一切関与せぬとの決定だった。引き続き行われた近衛騎士だけの作戦会議でも、その決定は覆ることはなかった。ギルムの苦渋の決断に、各百人騎士長が一斉に罵声や抗議の声を挙げる荒れ果てた会議の終焉だった。
だが、ベルナルドの持っていた書状は明らかに国王の直印を押したものであり、それに対して逆らう行為、即ちベルナルドの行為を邪魔することは、国王に反旗を翻すも同義だった。だからこそ、ギルムは唯一の抵抗としてベルナルドには一切手を貸さないと宣言したのだ。
だが、その結論に半分近い騎士達は納得していない。特にウェインの率いる騎士隊は、ギルムに対して反感すら持っている騎士がいるほどだ。
「ウェイン、一人で行かせちまっていいのか?」
横からマルコスが声をかけてくる。いくらオーガキラーとは言え女性であり、大多数の傭兵達相手に一人で戦いを挑んでも敵うわけがない。
「……だが、百人騎士長として命令違反はできない」
「なら、あいつらの行為、許せるのかよ?」
マルコスは逃げてきた住人達を見ながら聞いていた。
明らかに傭兵達の残虐な行為から必死で逃げてきた様子だ。ウェインは覚悟を決めて、マルコスをまっすぐに見据える。
「こんな事、許せるわけがない……。ここで彼らを見捨てれば、それこそ近衛騎士としての名折れだ! 命令で動けぬ百人騎士長などなんになる!」
ウェインはそう言ってデュナンに顔を向けていた。
「我がウェイン隊はこれより住民の救出を行う。国王の民に仇なす賊軍から、住民を守護する! マルコス副長、デュナン副長、各騎士分隊を招集せよ!」
ウェインの言葉に二人は顔を見合わせて、笑顔で答えていた。
「は、すぐにでも」
「任せろ!」
二人はウェインの前から走って去っていく。彼の百人騎士隊は、すぐに動き出していた。
◆
アストールは住民達が逃げてくる方向へと足を進めていく。そうしてすぐに傭兵達の無慈悲な行為を目の当たりにしていた。
家の中から金目の物をとって出てくる傭兵や、泣き叫ぶ女性に乱暴しようとする傭兵、今にも剣を振り上げて子どもを殺そうとする傭兵と、その地獄絵図に唖然とする。
「貴様ら、何をやっているか!」
アストールは腰の剣を抜いて、叫んでいた。全員が動きを止めてアストールを見据える。
「なんだ? お嬢ちゃん、そんな物騒な物持ってよ」
「私はエスティナ・アストール! 近衛騎士代行だ! ここには反乱分子などいないぞ! すぐにその狼藉行為をやめろ!」
アストールがそういうものの、傭兵達はアストールを無視して、各自の行為に戻っていく。
アストールはそれに怒りを覚えて、一番近くで尻餅をついた子どもに剣を突き立てようとしている傭兵の元へとかけていた。子どもに剣が突き刺さるよりも早く、アストールはその傭兵を蹴倒す。そして、すぐに剣を首元につきつけていた。
「止めろといったんだ!」
その行為を見た傭兵達が、一斉にアストールの周りに寄ってくる。
「おいおい、嬢ちゃん、近衛騎士はここに干渉しちゃならねえ決まりだぞ?」
「そうだ、これは国王陛下の御意志だぞ?」
「俺たちに刃を向けるのは、国王に刃を向けるのと一緒だぜ?」
下品な笑みを浮かべた傭兵達が、アストールの周囲で口々に国王の権威を盾にしていた。
「ふ、ふふふ。国王の命令? こんな事が国王陛下の命令なわけないだろう。賊どもが」
アストールはクスクスと笑いながら、周囲の傭兵達を睨み付けていた。
「おいおい、その言葉撤回して、剣を捨てな。今なら命だけは見逃してやる」
傭兵が口をヒクつかせて、アストールを見据えていた。周囲を十人近い傭兵達が取り囲み、アストールの足には助けた子どもがすがりついていた。
(計算してたわけじゃないが、いいタイミングだ)
アストールは不敵な笑みを浮かべて、傭兵達を見回す。
「それはこっちの台詞だ。今ここで狼藉をやめるなら、無傷で帰らせてやるぞ?」
アストールの言葉に傭兵達が一斉に怒声を浴びせる。
「なんだと、このあま!」
「舐めた口きいてんじゃねーぞ!」
傭兵達が一斉にアストールに飛びかかろうとする。その時、アストールは口を開いていた。
「コズバーン! やっていいわよ!」
アストールが叫ぶと同時に、傭兵達の背後から巨漢の男が現れる。
「我が主よ! 承知!」
そう言いながらコズバーンは、アストールを取り囲む傭兵達を次々に投げ飛ばしていく。ある者は壁に叩きつけられ、ある者は宙を舞い、またある者は足を持って地面に叩きつけられ、また、ある者は殴り飛ばされる。その様は正に赤子を捻るも同然の行為だった。
「コズバーン、殺さない程度に痛めつけてやって」
アストールは腰に手をやって、余裕の表情でコズバーンに告げていた。
「ぬう、しかし、それでは手加減せねばならぬ」
彼は不服そうにして、アストールに顔を見つめる。彼女は小さく溜息を吐いていた。
「いいの、こいつら殺すと後で厄介だから」
「承知!」
コズバーンは一頻り暴れてアストールの周りの傭兵を倒した後、その場で立ち止まる。そして、空気を震わせるかのような大声で宣言する。
「我が名はコズバーン・ベルモンテ! 賊共よお! よく聞けえ! きさまらを制裁する許可がてた。よって我は貴様らにこれから鉄槌を下す」
コズバーンは笑顔で傭兵達の方へとかけていた。勿論その手には何一つ得物は握られていない。だが、人間相手だとそれで十分事足りた。コズバーンが腕を一振りすれば、傭兵の二、三人が軽く吹き飛んで、壁にめり込んでいく。
「お、おい、コズバーンて」
「あ、ああ、まさか、あの東方の大巨人か」
「あれ見る限り、間違いねえよ」
「なんで、ここにいるんだよ!」
「知るか!」
傭兵達の動揺はただ事ではなかった。アストールの周囲にいた傭兵達は、あっという間にうめき声を上げながら地面に横たわっているのだ。その実力を見せつけた上で、彼らのよく知る名を告げていた。
傭兵達もコズバーンの噂はよく知っているのだ。味方として噂を聞いていた分には頼もしかったが、今こうして目の前に敵として対峙した時、それは恐怖以外の何者でもなかった。
傭兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
「ぬはははははは! 待て、待たぬか! 我と戦え! 戦って我を満足させよ!」
コズバーンはそう言って逃げる傭兵達を容赦なく背中から襲い掛かって殴り倒していく。
「コズバーンが味方で本当に良かった……」
アストールはその光景を見てほっと胸をなでおろす。そして、剣を腰にしまっていた。そこに完全武装したウェイン達が到着していた。
「あ、エスティナさん……」
ウェイン達が到着すると同時に、コズバーンは曲がり角へと姿を消していた。ウェインが目にしたのは、呻く男たちを前に、アストールが剣を腰にしまう光景だ。それだけ見ると、アストール一人がここの傭兵達を倒したように見えたのだろう。
騎士達はアストールを唖然としながら見つめていた。
そして、小声で口々に呟く。
「さすがは上級妖魔を狩った女」
「オーガキラーの名は伊達じゃないな」
アストールはその言葉を聞き取って、苦笑していた。
「あ、これは私がやったんではないの。私の従者がやったことなので、誤解はなさらないように」
その言葉を聞いても近衛騎士達はイマイチ納得できなかった。屈強な傭兵を一方的に無力化していく実力を持った騎士よりも実力のある優秀な従者など、本当にいるのだろうか。その疑問が彼らの頭をよぎったのだ。
そんな中、ウェインだけが納得して声をかける。
「なるほど、コズバーン殿がなさったのですね」
「ええ、そうよ」
ウェインがその疑問を一気に解決していた。西方の英雄の噂は近衛騎士達の間でも有名だ。そうしているうちに、家屋の方からトボトボと肩を落としたコズバーンが歩いてきていた。
「全く手応えのない奴らだ。西方の連中ですら、もっと勇敢に戦ったというのに」
コズバーンは明らかに不服そうに愚痴をこぼしていた。どうやら全ての傭兵を倒せず、多くの傭兵に逃げられたのだろう。それがこの上なく不服らしい。
「我が主よ。こいつらの処分はどうする?」
「さっきも言ったでしょ。殺したらダメ。ウェイン様?」
アストールはコズバーンをなだめると、ウェインに向き直っていた。
「は、はい」
「住人の保護をお願いします。傭兵の相手は私達が一手に引き受けますから」
アストールはそう言って駆け出していた。ウェインはその言葉の意味を瞬時に理解して、複雑な心境になっていた。彼女はウェインの立場を理解した上で、汚れ仕事は一手に自分が引き受けるといったのだ。もし、ウェインが糾弾されたとしても、傭兵に一切手を出していないといえばいいのだ。
彼の立場としては助かるとしても、それはウェイン自身の騎士道精神に反する行いだった。女性に立場を守ってもらい、自分の地位を安住の物にする。そんな事を甘んじられるほど、ウェインは軟弱な男ではなかった。
「エスティナさんの元へ三十名の騎士隊を向かわせる。あとは私に続け。まだ、助けられぬ住民の元へ行くぞ!」
ウェインはアストールの向かった反対方向へと、足を進めるのだった。




