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策謀 2

 ルショスク本城の謁見の間は、瞬時にして会議室へと変貌していた。

 長机を囲むようにして、百人騎士長と補佐が集まっていて、それ以外にも傭兵団長も会議室に集められていた。一同の表情は様々で、朝を邪魔されたと不機嫌な者や、何事があったのかと不安そうな表情を浮かべていたりする。


「諸君らをここに招集したのは他でもない。昨晩、我が軍の兵が殺害された事についてだ」


 その話を聞いた瞬間に、その場は騒然となっていた。


「一体どの様な事があったので」


「詳しい事を聞くと、我が軍の警ら中の兵士二人が何者かによって殺害された。路地を入った所で遺体があったと聞いている」


 騎士の問い掛けに対してベルナルドは淡々と答えていた。


「しかし、誰が手をかけたというのですか?」


 一人の青年騎士がベルナルドに対して強く言い放つ。


「それは現在も調査中だ。だが、この地には以前より反乱の兆しもあったと聞く」


 ベルナルドの言葉を聞いた青年騎士は、彼に対してすぐに食い下がっていた。


「その様な噂話は聞いたことがありません!」


「しかし、以前より言われてきているのは事実である。元より、火のない所に煙は立たないいうではないか」


 ルショスクが反乱を起こすと言う可能性がゼロと言うわけではない。なぜなら、このルショスクの衰退は王国が発端となっているのだ。だからと言ってルショスク領地単体でやっていけるほど現実は甘くない。実質、ある程度の支援を王国から貰っており、その恩恵で現在のルショスクがあるのだ。それが分からないほどブルゴーニュ家は頭の悪い貴族ではない。


 ベルナルドが得意気に言うと、青年騎士は明らかに敵意をむき出しにしていた。

「ベルナルド殿! これが事実であれば確かに許されざる事態です! しかし、反乱と疑うのは早計ではありませんか?」


 青年騎士に対してベルナルドは余裕綽々と答える。


「まだ誰も反乱と決めつけたわけではない。それも視野に入れて調査すると言っているまでだ」


 ベルナルドの言葉に対して、青年騎士は小さく溜息を吐いていた。彼は既にベルナルドに対する信を失っていた。ゲオルギーとの対談であれだけ言いくるめられていた人物が、この出来事に対してこれだけ冷静に対処していることに疑問を感じたのだ。


 何よりもこのルショスクに反乱の疑いがあると言葉を出した時点で、彼の疑問は確信へと変わっていた。


「もしも、反乱であるというのならば、どうするのですか?」


 冷静になった青年騎士の問い掛けに、ベルナルドは笑みを浮かべて答える。


「その時は私が陣頭指揮を取り、制圧するまでの事、貴公、私のやる事に疑問を持っているのか?」


 青年騎士の疑問は確信から真実へと移り変わっていた。反乱を口実にこのルショスクを戦火に包もうと言う魂胆が見え、青年騎士はその事実が許し難かった。折角ルショスクは妖魔と黒魔術師からの脅威から解放され、そして、ようやく住民達が前に進みだしたのを阻害しようとする。この行為は正しく復興の妨げになるだろう。


「……ここで事件が起きるなど、タイミングが良すぎでは?」


 怒りを隠すことなく静かに青年騎士は、ベルナルドに問いかける。この場にいる誰もが思っても口に出せないその疑問を口にしたのだ。青年騎士の言葉にその場にいた半分以上の者が冷や汗を垂らしながら状況を見守る。


「ほほう。私が事件をでっち上げたとでも言いたそうだな? 気に入った、貴公名はなんという?」


 ベルナルドは相変わらずの笑みを浮かべたまま、青年騎士に対して名を尋ねる。それに彼はまっすぐと目を見据えたまま答えていた。


「ウェイン・ハミルトン百人騎士長です」


「ウェイン殿よ。ここは誤解を解いておこう。私は事件に対して冷静に対処しているまで、反乱の可能性も視野に入れると言っているだけだ。まだ、断定したわけではない」


 ベルナルドはそう言うとこの話はここで終わったと言わんばかりに、議題を移そうとする。だが、ウェインは引き下がらずに、そのまま彼に食いついていく。


「そうですか。なら、なぜ、この場にゲオルギー様をお呼びになられぬか!」


 ウェインは近衛騎士の面々が疑問に思ったことを、その場で代弁していた。ベルナルドは口をヒクつかせてから、ウェインを睨みつけながら答えていた。


「あくまで私を疑うというのか。くどいな貴様は!」


「何もやましい事がなければゲオルギー様をお呼びになってはどうですか!?」


 激高しそうになるウェインを、横からマルコスが抑えるようにして割って入っていた。このまま続けるとウェインはその腰に下げている剣を引き抜きかねなかった。


「やめろ! ウェイン!」


 すぐにその前にデュナンが現れて、ベルナルドに一礼して謝意を述べる。


「すみません。少し外で頭を冷やしてまいります」


 これ以上の論争はベルナルドとの流血を交えた口論に発展しかねない。そう判断したデュナンは、マルコスとウェインを連れてそのまま部屋を出ていた。

 部屋を出れば中庭が広がっており、新鮮な空気が三人を包み込む。中では引き続き会議が続けられているらしく、ベルナルドが饒舌に語っている。


「……ウェインよ、貴公の言いたい事はよくわかる。全員が同じ思いであろう」


 デュナンはそう言ってウェインを諭すように言うと、彼は悔しそうに唇を噛んでいた。


「であれば、なぜ糾弾せぬのです?」


 ウェインはデュナンに振り向いて聞くと、彼は首を左右に振って答えていた。


「まだ、時期尚早であろう。確かに怪しくはベルナルドが犯人と言う証拠はない」


 デュナンの言葉にウェインは落胆の溜息を吐いていた。


「しかし、このままだと、このルショスクが戦火に包まれるのは時間の問題です……」


 ウェインは悔しそうに会議室の方を睨み付けていた。今の今まで苦渋に耐えてきた住民たちを追い落とす行為が、ウェインには溜まらなく許しがたいのだ。

 できるなら今すぐにでもベルナルドを斬り伏せてでも、ルショスクに襲い掛かる戦禍を止めなくてはという義憤にすらかられるのだ。


 デュナンもウェインの懸念が十分に理解できた。ベルナルドの言動は明らかに怪しいと言わざるをえない。だが、それ以上に証拠なくして、ベルナルドを糾弾するなど現状ではすることではない。


 もし、糾弾してベルナルドを下ろしてしまえば、雇い主を失った傭兵が暴走しかねない。そうなれば、指揮系統は乱れてしまい、あっという間にこのルショスクは血の海になりかねない。


 それだけは何としても避けなければならない事態だ。


「ウェインよ。貴公も現状が理解できないわけではないであろう」


「はい、ですが……」


「であれば今はまだ耐え忍ばねばならないのだ」


 デュナンに諭されて、ウェインは俯いていた。


「大丈夫だ。もし、あいつの企てが本当なら、俺達はゲオルギー様と共に戦うのみだからな」


 マルコスがそう言ってウェインの肩を叩いて元気づける。


「……マルコス」


「頭も冷えたであろう。会議にもどるぞ」


 デュナンはそう言ってウェインを引き連れて会議室に戻っていた。

 そこで再び議場が騒然となっていることに気づき、ウェイン達は素早く席についていた。近衛騎士達が一斉にベルナルドに対して猛抗議をしており、議場は荒れに荒れている。


 そんな中ベルナルドは余裕綽々と片手を顎に持って行き、ウェインに声を掛ける。


「おやおやこれはこれはウェイン殿、もう、帰ってこられたのですか?」


「ベルナルド殿、これは一体どういうことですか?」


「あなたのお陰で、物事が穏便には進まなくなったんですよ」


 ウェインは話の流れが全く分からずに、周囲の騎士達を見ていた。

 隣にいた近衛騎士が、ウェインに対してここであったことを告げていた。


「あの態度を見かねたギルム殿が糾弾されたのだ。そこでベルナルド殿はあの国王の勅書を……」


 会議でベルナルドの態度があまりにも目に付いたギルムは、他の近衛騎士達の意見を代弁するべく、遂に彼を糾弾するに到ったのだ。だが、ベルナルドはそうなった時に、切り札のように懐から一枚の書類を取り出していたのだ。それがベルナルドの前に置かれた紙だ。書類には国王の勅書を示す王の印が押されているが、一番重要なのはその勅書の中身だ。


「これは国王陛下からのお触れだぞ? ルショスクのブルゴーニュ家を打倒し、私をこのルショスク領主として認めると言うな」


 ベルナルドは得意気に笑みを浮かべている。


「そのような事、国王陛下が言われるわけがない!」


 一人の近衛騎士が激高して、席を立ち上がる。今にもベルナルドに斬りかかりそうな程の剣幕で、彼を見つめていた。だが、ベルナルドは気にした様子はない。


「先程もいったであろう。これは国王の勅令だ。貴公ら軍団は我が隷下に入り、指示を待ってもらう。できればこれは使いたくなかったのだが、こうなっては仕方がないのだ!」


「……しかし、これは横暴すぎはしませんか?」


 ギルムが静かにベルナルドを見据える。


「何の事かな?」


「ルショスク内で貴方の即位を認めぬ者は反乱分子として捕らえるなど……。無実の民を迫害する事に、我々近衛騎士は加担できない!」


 ギルムが静かに呟くのを聞いて、ベルナルドは笑みを浮かべていた。


「ご心配なく、その役目は私が信頼を置いている三つの傭兵団にやらせます。貴方達は戦の時に働いてもらえれば結構だ」


 その言葉を聞いてギルムも流石に怒りを隠せなくなる。


「やはり、貴様は最初からここへ戦をしに来ていたのか!」


 ギルムは珍しく激昂するのを見て、ベルナルドはわざとらしく身震いしてみせていた。


「おお、怖いですな。ギルム殿はこの勅令書、いや、国王に歯向かうのですかな?」


 ベルナルドは勅書を手にして、ギルムに問いかける。それに対してギルムはぐっと歯を食いしばっていた。悔しさで腸が煮えくり返る思いに、ギルムは机を思い切り叩いていた。


「我々近衛騎士は、貴公のやる事には一切関与せぬ! ルショスク攻めをするのなら、貴公らのみでなされよ!」


 ギルムはそう言って席を立っていた。それに続いて次々と近衛騎士達は会議室を出て行く。


「ふん、お前らなど元より頼りにはしていないさ……。俺は俺のやり方で、ここを手に入れる。もう親の七光りなどと言わせるものか……」


 ベルナルドは小さく呟くと、集まっていた傭兵隊の各長を集めていた。


「狼の牙、闇夜団、フォルク傭兵団はすぐに南区で反乱分子狩りを行い、反乱分子より物資を徴用してこい。大砲とバリスタを用意しておけ」


「今このルショスク城に傭兵を雪崩込ませれば、容易く落とせますがそれはなさらないので?」


 一人の傭兵がそう言って提案するも、ベルナルドは胸を張って答えていた。


「城攻めをして城主を完膚なきまでに叩き潰して、領民に私の権威を見せ付けねばなるまい。奇襲ではなく正面から奴らと戦って城を落とすのだ」


 傭兵達はその言葉に様々な表情を見せていた。ベルナルドはそれが気に食わないのか、少しだけ表情を歪めてみせていた。


「カヴェス、私はゲオルギーに最後通告の準備をする。この場は任せたぞ。予定通り事を運んでくれ。特に反乱分子狩りは最優先で行ってくれ」


 ベルナルドの言葉にカヴェスが恭しく礼をしてみせる。ベルナルドはそれを一瞥すると足早々と会議室を後にしていた。



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