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慰問会にようこそ 2



 固く閉ざされていた鉄扉がゆっくりと開き、隊列を組んでいた傭兵達はその門を潜って入っていく。城門の上からはルショスクの兵士達が、彼らを上から物珍しげに見つめていた。


「随分とまあ、近衛騎士様とは、待遇が違うじゃないの」


 傭兵の一人が城門を潜りながら愚痴をこぼしていた。


「そら仕方ねーさ。俺達はあくまでも日陰者だ。逆に俺は騎士様達と見比べられるくらいなら、こうやってこっそり南門から入城してる方が楽だ」


 隣にいた傭兵はそう答えて、周囲を見回していた。

 城門を潜ればすぐに家々が見えてくるが、廃墟であったり、固く扉が閉ざされていたりと、けして自分たちを歓待している気配は全くない。歩いている住民はおらず、時折住居の中から、住民達が物珍しげに傭兵達を見ているだけだった。


「確かにそうかもな」


 傭兵達は遥か西方で猛威を振るっていた腕っ節の強い兵士たちだ。

 だが、西方同盟とヴェルムンティア王国の間で休戦協定が成立し、雇い入れられていた大量の傭兵達は職を失いつつあった。その最中にベルナルドの話が舞い込んできたため、傭兵達は一気にその案件へと殺到していた。


 最初ベルナルドが雇い入れる傭兵の定員は500名の予定だった。だが、最終的に11の傭兵団が名乗りあげて、1500名にまで膨れ上がっていた。ベルナルドも上級妖魔との戦いを想定して、殺到した傭兵全てを受け入れていた。


「でもよ、西方からずっと移動しっぱなしの上、こんな僻地に来てよ」

「稼ぎ時の戦がねえ……じゃな」

「流石にきついぜ……」


 傭兵達は口々に愚痴をこぼしていた。

 西方でリストラにあった傭兵達は、ヴァイレルに招集されてそこから更に東方へと移動を強いられていた。その間に発生した妖魔や賊との戦闘は、報酬の対象となっているため報酬は貰っている。だが、1500人の傭兵全てがその報酬にありつけたわけではない。


 11の傭兵団のうちこれらの戦闘に参加できたのは、ベルナルドと近しい存在の3つの傭兵団の400名だけであり、ルショスクに移動する間で、既に傭兵団同士でも軋轢が出来始めていたのだ。その軋轢は金が関わっている分、傭兵と近衛騎士の軋轢よりも執念深いものがある。


「まあ、言われた事を俺らはやるだけだ」

「確かに戦がなくても、ここにいるだけでも収入は入ってくるからな」


 従軍している傭兵団には日給が行軍手当として、ベルナルドより支給はされている。だが、一人頭の金額はかなり低めに設定されていて、一日あたりの移動にかかる諸経費を合計した分を行軍手当から差し引くと、黒字にはならなかった。

 だからこそ、臨時の戦闘でもない限りは、傭兵団は日数が経つに連れて赤字がかさむばかりなのだ。

 ベルナルドと懇意にしている三つの傭兵団以外の、傭兵団の団長と幹部達は頭を悩ませつつあった。


「それはいいさ。けどよ、これじゃあ割に合わねえ」

「金が入らねえんじゃな……」


 傭兵達はゲンナリとした表情のまま、やる気なくルショスクの街へと足を踏み入れていく。先日、傭兵団長から告げられたのだ。目標となっていた上級妖魔は倒されており、その居城近辺にいるという妖魔も一掃されているという。

 稼ぎ時を失い、傭兵達は落胆の溜息をついていた。

 近衛騎士とは対照的に士気も低く気だるそうに歩く傭兵達の姿は、とても格好のいいものとは言えない。


「ベルナルドのお抱えばっかりが金を持って行きやがるからな」


 傭兵はルショスクの街を見ながら、恨めしそうに空を見上げる。

 この行軍で出会った稼ぎ時の殆どを、三つの傭兵団が全て根こそぎとっていってしまうのだから、他の傭兵達もいい気分はしていない。


「これじゃあ女抱く金もねえじゃねえか!!」


 悶える傭兵は大きくため息を吐いていた。


「しかもこんな湿気た街じゃ、何にもねえ」


 周囲の家々を見回すが、明らかに廃墟になっていたり、住んでいる人々もけして金持ちでは無いことが見た目でわかる。例え略奪に侵入したとしても、金目のものも値段も知れているだろう。


「おい、掠奪なんて考えるな! 団長から民間人への危害は加えるなって厳命だぞ!」


 傭兵は慌ててとなりの傭兵をたしなめる。先日の会議で各傭兵団には、一切の掠奪行為は禁止するという命令が出ている。もしもこの命令を破った者は、一切の弁明なく処刑をするという厳しい厳罰までついていた。

 そのくらいの枷でようやく抑制できるのが傭兵であり、飴ではなくムチのみでいう事をきかせなくてはならない。


「わかってるよ」


 傭兵は宥められて、両手を後頭部に持っていき空を見上げる。そして、呟くのだった。


「はぁ~あ、起きねえかな。いくさ……」


 一般人からすればこれほど狂った事は言わないだろう。だが、傭兵からすればそれが仕事であり、唯一の稼ぎ時なのだ。

 傭兵の不吉な言葉は青空に吸い込まれていった。





 ここはルショスクの南区にある遠征軍団の指揮所である。元は宿屋であったが、妖魔の襲撃で宿主の老夫婦は殺害されて廃墟になっている。

 だからこそ、接収して指揮所にするには適していると言えた。ここを中心にして南区内の全兵員の行動を管理する予定である。


 作戦を立てることもここなら容易にでき、また、南区の中心地にあって傭兵達の展開している地点よりも前に位置していた。ここなら、傭兵も近衛騎士も双方を指揮することが可能だ。近衛騎士の入城が終了した後、即座に傭兵達や近衛騎士の指揮官達がここに集まって、いつでも軍議が開けるようにだけはしている。


「我らを慰問する!?」


 だが、ベルナルドは割り当てられた部屋で、大きな叫び声を上げていた。

 ゲオルギーからの使者が遣わされ、ベルナルドに対して慰問会の誘いが来ていたのだ。


「はい。遠路よりはるばる来られたのに、戦もなくただ帰られるのはお辛いかと思います。そこでゲオルギー様が慰問会を取り計らうと仰られておりまして……」


 使者はベルナルドが驚嘆したことに、少しだけ狼狽していた。ここまでベルナルドが難色を示すとは思わなかったのだ。だが、ベルナルドが難色を示したのには理由があった。それは……。


「それは有難い事だ。だが、しかし! なぜ、近衛騎士のみならず、傭兵団の長までもを慰問会に参加させる!?」


 ベルナルドが驚嘆した理由はそこにあった。

 ゲオルギーはベルナルド達に対してのみならず、各傭兵団の団長と幹部3名を招待すると告げたのだ。


「は、ゲオルギー様は近衛騎士と傭兵の軋轢をなくされるのを、ご考慮されておられます」


 その言葉を聞いてベルナルドは、再び唖然として使者を見つめる。

 これまでの行軍では、賊や妖魔討伐は全て傭兵達が行っており、騎士達の見せ場は全くなかった。ギルムとしては上級妖魔との戦いに備えて休めると楽観的に考えていたが、他の若い騎士達は全くその考えと逆の思考だった。

 即ち、傭兵などが相手にせずとも、近衛騎士だけでも大丈夫と。そして、今回の遠征軍の平均年齢は30代前半で、比較的に若く血気盛んである。

 活躍の場を求めるのは、近衛騎士も一緒でギルムも部下を抑えるのに気苦労が絶えなかった。


「そこまでの気遣いは無用であるのに……」


 もしも、ベルナルド達のみが慰問会に参加すれば、傭兵達からの不満は一層と深まるだろう。戦なくこのまま再び来た道を戻るのなら、近衛騎士と傭兵の軋轢は取り除かなくてはならない。最低でもこれ以上の悪化は防いでおかなくてはならないのだ。


 だが、ゲオルギーのその気遣いは、ベルナルドのプライドを逆なでしていた。これまでの道のりの中、傭兵たちと近衛騎士団の軋轢は想像以上に深いものになっていた。それすらもゲオルギーに見透かされていたと思うと、ベルナルドの怒りは頂点に達しそうになる。

 ベルナルドが慰問会を断ろうとする勢いで使者に飛びかかりそうになる。それを横から現れたカヴェスが、さりげなく遮っていた。


「これは失礼致しました。ゲオルギー様のお心遣い、しかと受け取りました。予定通りその慰問会にご参加させていただきましょう」


 カヴェスが慇懃に礼をしてみせると、後ろのベルナルドは表情を歪めていた。


「カヴェス! 私はまだ出るとは!」


 カヴェスはすぐに後ろを振り向いて、ベルナルドの耳元で呟いていた。


「ベルナルド殿もここ最近は、この様な場にご出席なさっておられません。たまには息抜きも兼ねてご参加されるのも宜しいかと」


 ベルナルドはその小言の後に、更に言葉を少しだけ続ける。それにベルナルドはようやく納得の表情を浮かべていた。


「わかった。その申し出、しかと受け取ろう。では、あすの夜、全員が参加できるように取り計らう」


「ありがとうございます! それでは明日、ルショスク城にお越し下さい」


 使者は慇懃に礼をしてみせると、その場から足早々と立ち去っていた。


「慰問会か……。所詮、貴族の道楽に過ぎん……」


 ベルナルドはカヴェスに言われた言葉をすぐに思い起こす。


「これも敵を知るいい機会だ……」


 立ち去る使者の背中を見て、ベルナルドは不敵な笑みを浮かべる。


「各傭兵団長を呼べ、私からすぐに指令をだす」


 ベルナルドの言葉にカヴェスは静かに礼をして、伝令を出していた。


「ゲオルギーよ。私を見くびるなよ」


 ベルナルドは不敵に笑みを浮かべて窓から見えるルショスク城を見つめるのだった。




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