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慰問会にようこそ 1

 アストールがルショスクで休暇を取っている時に、彼女かれの元に奇妙な情報が入ってきた。それは妖魔討伐に第一近衛騎士団の一個軍団がルショスクに到着したという知らせだ。通信水晶が回復してからは、グラナに詳細は報告している。それを聞いたグラナはすぐに近衛軍団を呼び戻すと、宣言していたのだ。

 だが、それはほんの一週間とちょっと前の事だ。

 そうなれば、使者が彼らに追いつくのは、このルショスクに着いてからの話になるだろう。


「……にしても大層な行列ね」


 街の目抜き通りには住民達が溢れんばかりの人だかりができ、その通りの真ん中を通る近衛騎士の隊列に歓声を送っていた。甲冑に身を包んだ近衛騎士達を見て、肩車をされた子どもは目を輝かせている。

 それ以外にも女性の黄色い叫びや、男性の歓声など、近衛騎士の歓待ぶりはかなりのものだった。そんな人ごみの中を、アストールとメアリーは歩きながら見つめていた。


「まあ、近衛騎士だからね。王国の民衆の憧れの的だから、これだけの歓待があってもおかしくはないよ」


 その光景を見たアストールは、不思議な気持ちになっていた。つい先日まで荒廃しきっていたルショスクに、これだけの人々が住んでいたとは思えなかったのだ。上級妖魔が出ていたから、住民が家の中に篭っていたのはわかるが、つい最近まで廃墟のようだった光景が今では嘘のように人だかりで溢れている。


「変な感じだね」


 メアリーが横を歩きながら、周囲を見渡していう。


「何が?」


「だって、つい最近までここには露店一つ出てなかったんだよ」


 メアリーの言葉に対してアストールは静かに答えていた。


「まあな。それだけ治安が良くなったって事だろう」


「それもアストールのおかげだよ」


 上級妖魔と黒魔術師を倒した事で、ルショスク内の妖魔出没率はかなり低くなったという。とは言え、それはあくまで一般的な水準にまで下がっただけの話だ。けして完全な安全が確保されたわけではない。


 それでも物流や人の行き来が回復するまでに活気が出てきたのは、ゲオルギーの手腕があってこそのものだ。


「俺のおかげか……。いや、ルショスクの人達が頑張ってるから、ここまで回復したんだ。俺達はその手助けをしただけさ」


 アストールは珍しく素に戻って、感慨深く呟いていた。


「アストール、やっぱり変わったね」


 メアリーは笑顔でアストールを見る。


「え? そ、そんな事ないだろ」


 アストールはメアリーに少しだけ狼狽しながら答えていた。


「前のアストールなら、そんな事絶対に口にしないよ?」


 男のままであれば、ここまで謙虚な態度はとっていなかっただろう。アストールは女性になる事で、今まで向き合う事のなかった本来の自分と向き合ってきている。だからこそ、成長が垣間見えた。性別こそ変われど、彼女かれは彼だ。内面の成長が見て取れて、メアリーは素直に喜んでいた。


「そうか?」


「うん。そうだよ」


 メアリーの純粋な笑顔にアストールも、自然と笑顔になっていた。


「ま、それなら、それでいいさ」


 アストールは清々しい笑顔で青空を見つめた。

 メアリーはその横顔に、男のアストールを重ねてみる。自然と胸が高鳴り、やはり自分は彼に付いて行くと改めて決心させた。その時だった。


「きゃ!」


 歓声で騒がしい人だかりの中、メアリーが人ごみに押されて一瞬だけアストールの横からはぐれる。そんな中でアストールが素早く彼女の横に行き、メアリーと逸れないように、自然と右手で彼女の左手を握っていた。


「ア、アストール?」


「これなら、逸れずに済むだろ?」


 笑顔でアストールが語りかけた時、メアリーの目には短髪の男性の顔が重なって見えたような気がした。だが、それはすぐに気のせいだと気づく。

 太陽の逆光から抜けた瞬間に、美しく整った女性の顔が見えたのだ。一気に現実に引き戻されて、メアリーは少しだけ内心で落ち込む。


「あ、う、うん」


 この囁かな気遣いと優しさは、アストールと苦楽を共にして初めて受けるものだった。だからこそ、メアリーは嬉しくも微妙に辛かった。

 もしも男のままなら、彼はここまで自分に優しくしてくれたのだろうか。そう考えるとたまらなく不安になる。

 アストールはメアリーの手を引いて、南区へと足を進め出す。


「ねえ、アストール?」


「なんだ?」


「私の事、どう思う?」


 メアリーが唐突に切り出した瞬間に、アストールは彼女に向き直っていた。

 その顔には少しだけ戸惑いの色が見えた。


「なんだよ? いきなり」


「え、うん。なんか急に不安になったからさ……」


 メアリーが顔を下に俯けながら、恥ずかしそうに頬をほんのり朱に染める。


「今も昔も変わらないさ。メアリーは俺の大切な……」


 アストールはそこで言葉を詰まらせる。明らかにメアリーは自分の言おうとした言葉以外を求めている。それに気づいたアストールは、なぜか言葉が出てこなかった。


「……大切な?」


 メアリーが手を握りながら顔を見つめてくる。いつも以上に彼女が乙女らしい行動を取っていることに、アストールの胸が微かに高鳴った。


(メアリーって、こんなに可愛かったかな……)


 アストールは返答に困りながら、メアリーを見据えた。少しだけ頬を朱に染めて、不安そうな視線で自分を見る透き通った瞳に、ぷっくりとした唇は微妙に力が入っている。


「大切で特別な従者だ」


 アストールの答えにメアリーは残念そうに表情を一瞬だけ暗くする。だが、すぐに顔を笑顔に変えていた。


「ごめん、変な事聞いちゃった! 気にしないで!」


 メアリーはそう言ってアストールと繋いでいた手を放す。同時にアストールの前を歩き出す。


「あ、おい!」


「早くジュナルのとこに行きましょ! 折角の休みなんだから!」


 メアリーはそう言って先を急ぎながら、自分が取った行動が今更ながら恥ずかしくなっていた。


(あ~~。何聞いてんのよ! 私! 私とアストールは主従の関係なんだから、当然の答えじゃない! 私のばかばかばか!)


 何時になく真剣に聞いていた自分を思い出すと、耳まで真っ赤になりそうなほど体が火照ってしまう。


「ああああ!! もう! 早く行くよおお!」


 メアリーはその場から人ごみを掻き分けるようにして駆け出す。


「おい! メアリー待てよ! 早いって!」


 アストールもまた彼女を追って駆け出していた。





 教室では子ども達の元気のいい声が聞こえ、ジュナルもまた彼らから元気をもらっていた。教鞭を振るうだけでなく、時には魔法を披露して子ども達に笑顔を与える。

 普通の魔術師はまずこの様な事はしないだろう。

 だが、ジュナルは幼少のアストールを育ててきたおかげか、子どもに教鞭を振るう事は苦ではなかった。

 何よりもここ南区ではあの妖魔の襲撃で孤児となった子どもが多い。彼らを元気づける為にもこのように孤児院で、ちょっとした勉強会を開いている。


 それに加えて黒魔術師との戦いで消耗したジュナルの魔力と体力は未だに回復していない。普通の生活をするのには支障はないが、まだまだ高等な魔術を扱うまでは回復していないのだ。

 アストールとメアリーは孤児院にたどり着いて中に入る。

 襲撃で多くの命を守った公民館は、今は孤児達を受け入れる臨時孤児院となっている。そこでジュナルは休暇の間は子どもたちに教鞭を振るって元気づけたいと思い立ってここに毎日足を運んでいる。


 子どもたちは楽しそうに、魔法の教鞭を振るうジュナルの話を聞いていた。あくまでも魔術の基礎たる魔力構成や自然の摂理の話をしているだけだが、それでも子ども達はジュナルの教鞭に興味をもっていた。

 と言うのも、ジュナルは簡易的な魔法を、子どもたちに披露しながら授業を行っているのだ。

 そんな光景を見ながらアストールは思い出す。


(そういえば、俺もジュナルに色々教えてもらったな)


 魔術師が仕えていた騎士の子どもの面倒を見る事自体が異端である。それを思えばジュナルのこの行動には何となく納得ができる。


「教えてることは魔術師だけど、行動は僧侶みたいよね」


 メアリーがジュナルを見ながら呟いていた。

 子ども達には笑みや驚きの表情が浮かべられていて、ジュナルもまたどことなくそれを楽しんでいた。


「まさか、ジュナルがここでこんな事するとは私も思わなかった」


 アストールはジュナルを見ながら静かに答えていた。

 教室の傍らにはレニが付いており、時折子どもたちからお姉ちゃんと呼ばれて困惑している。そんな微笑ましい光景を見ていると、外の方から騒がしい声が聞こえてきていた。


「騎士様だ! 近衛騎士様の一団だぞ」


 子ども達はその声に反応して、一斉に外に飛び出していく。

 ジュナルもこればかりは止められず、走らないように注意を促すだけにとどめていた。


「流石に騎士様の人気には敵わないか」


 アストールの横を子ども達が駆けて出ていく。教室に残ったのは、ジュナルとレニだけだった。苦笑するジュナルに、アストールとメアリーは近づいていた。


「来ておったのだな」


 ジュナルはアストールに声をかけると、彼女かれは笑顔で答えていた。


「ああ、休暇を楽しむ従者を見に来たよ」


「ふふ。子ども達が元気になればそれで良い。この近衛騎士のルショスク巡回もゲオルギー殿が住民を活気づける為に行ったことでしょうな」


 ジュナルは外に飛び出していった子ども達を見据えていう。

 ルショスクの受けたダメージは見た目以上に深い。復興には今後かなりの時間が必要だろう。だが、次期領主がゲオルギーならば、ここの将来も安心して見守ることができる。


「それより、近衛騎士の一団はいいけどさ」


 アストールは腕を組んで外を見据える。


「今回の遠征軍の傭兵が不安よね……」


 アストールの懸念事項は尤もな事だった。話によれば城門近くの広場や空き地、空家に傭兵達を野営させるという。しかもそれが城外ではなく、この南区内だ。近衛騎士団がルショスク城に続く道の広場近くで野営するというから、まだ安心はできるものの、南区の治安はけしていい状態にはならないだろう。


「私からは子ども達にあまり出歩かないように忠告はしておきましょう」


「うん、お願い」


 ジュナルがそう言ってくれると、少しは安心ができる。子ども達の様子を見る限り、ジュナルの言う事は素直に聞いているからだ。だが、傭兵は違うだろう。金目当ての戦がなくなったとなれば、傭兵達の不満は高まっていつ爆発するかもわからない。それを思うと近くに住む住人は気が気でないだろう。


「何もなければいいけどね……」


 アストールはそう言って子どもたちの方へと向かっていた。先程まではなかった人だかりが、いつの間にか出来上がっている。だが、幸いアストールの前は子ども達が陣取っていて、近衛騎士の行軍が普通に見られた。銀色の甲冑に身を包んだ騎士達に、子ども達は歓声を上げる。目の前を通り過ぎていく騎士達は、子ども達に手を振ったりと、意外に気さくな一面を見せていた。


「ん? あ、あれあれ、アストール!」


 いつの間にか横に来ていたメアリーが、一人の近衛騎士を指差していた。傍らに二騎を引き連れて、百人単位の行列の先頭に立つ騎士だ。


「あ、ウェイン!?」


 百人長の証である胸の白い羽を揺らしながら、誇らしげに行軍している。


「おいおい、いきなり出世したな……」


 アストールはウェインを見ながら呟いていた。

 百人長はそうすぐに誰でもなれる物ではない。素質と実績を持った騎士のみが選ばれる役職だ。確かにウェインは実戦の経験もあり、一隊の指揮をとったこともある。だからと言って、新人の彼が百人長というのはかなりの大出世といっていい。アストールでさえなった事のない役職なのだ。


 それに対して少なからず、嫉妬心が沸いていることにアストールは気づいた。


(おいおい、今の俺は女だ! あんな役職には就けるわけねえ……)


 だが、すぐにアストールは自分の状況を思い返して、嫉妬することすらできない状況に気づく。今は近衛騎士代行のしかも女性の身だ。どんなに願った所で女性があの地位に就く事などありえない。


 武の世界の男尊女卑は当然ではあるが、今のアストールはオーガキラーと言われるまでの実力者だ。それを差し置いてあの職についたウェインが、羨ましいとさえ思えた。そんな、彼女かれの前をウェインが通り過ぎようとした時、ウェインはアストールの存在に気づいて目を合わせていた。

 アストールを見るなりウェインは安堵の表情を浮かべるが、すぐに元の顔に戻ってまっすぐと行軍を続けていた。


「あの人も出世したねー」


 メアリーが呑気に言うと、アストールはそれに同調するしかなかった。


「そうだな……」


 近衛騎士の行列が全て通りすぎるよりも前に、アストールは声を小さくして隊列に背を向けて孤児院に戻っていく。メアリーはすぐに彼女かれの元気がないことに気づいて、その後ろを追っていた。


「アストール?」


 メアリーが声をかけると、彼女かれは窓の外を眺めていた。その先は目抜き通りの中でも交差点となっている場所で、近衛騎士達が野営する場所だ。


「女は結局あの中には入れないか……」


 自嘲気味に笑うアストールは、窓の外をずっと眺め続けていた。まるで、かつては自分がそこに居たかのような疎外感を感じていた。今まで近衛騎士になってから、対妖魔の実戦は幾度となく経験したが、あのように本来の任務である戦仕事はこなしたことはない。


 それがアストールにはとても羨ましく感じられた。他の騎士と同等に肩を並べて、共に命をかけて戦う同志、従者とは少し違った関係でお互いに協力する。それが少しだけ羨ましく、また、この東方の地での思い出を思い起こさせた。そこでアストールは首を左右に振っていた。


「いかんな。私は、別にあんなの興味ないんだ」


 あくまでも自分に言い聞かせるように、アストールは窓辺から立ち去っていく。以前のアストールではまず他人の事を羨むことはしなかった。例え、それが騎士団の戦であっても、アストールは戦に参加しても一人で戦っていただろう。だが、今の彼女かれは戦友の存在を羨ましく思えた。


 いつにない自分の気持ちに戸惑うアストールは、そのまま椅子に腰をかけていた。


「メアリー、また何か大きな変化があったら、知らせてくれ」


 教室内に美声が響き、メアリーはその声に静かに頷いていた。


「うん。わかった。アストールはどうするの?」


 アストールは窓の向こうを見据えて静かに答えていた。


「私はもう少しだけ、ここで外を見ておくよ」


 寂しそうに答えるアストールに、メアリーはただ頷いてそっとその場を後にするのだった。




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