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ルショスクに陰る雲 3


「こうしていると、この前までが嘘みたいだ」


 門の前に立っている番兵が、ロバが引く荷車を見て笑顔で呟く。


「ああ、全く持ってな。」


 相方の番兵が腕を組んで、門の前で人の往来を見つめて頷く。

 ルショスク城に向かう道を城門の受付の兵士に聞く若い夫婦や、露店を広げるために馬車を引く男、つい一週間前までは人の往来など皆無に等しかったこの街にこれだけ人が集まったのは訳があった。


 アストール達が妖魔を倒した報告を聞いた後、ゲオルギーは即座に戒厳令を解除すると同時に、ルショスクでの記念市を行うと領内に触れて回ったのだ。

 半年以上細々と移動を余儀なくされていた村落や地方都市の人々は、戒厳令が解除されたことに歓喜してルショスクへと次々に足を運んだのだ。


「流石はゲオルギー様だ。ここでまたルショスクの復興を早めるための人員も確保しようってんだから、あざといと言うか、何というか」


 番兵は笑みを浮かべながら人々を見据えていた。この記念市は物流の促進のみならず、ルショスク城や荒れた南区の整備に動員するための働き手の確保を目的としているのだ。

 その証拠に街の至る所に働き手募集の張り紙が貼られていて、村落から出てきた若い男が足を止めてその張り紙を見つめる光景も珍しくはない。


「そうだな。でも、これでルショスクが復興をしてくれるなら、問題はないだろう」


「全くだ」


 番兵二人は城門の前で槍を持ったまま話を続けていたが、ふと道の方へと目を向けると、旗を立てた物々しい一団の隊列が見えた。番兵は目を細めてみると、王国の国旗と白と黒の生地が特徴的な近衛騎士の旗が掲げられている。


「なんだあの兵の一団は?」


 番兵は不審に思ってその隊列を見ていると、先頭の集団だけではなく更にその後方にかなりの行列が続いていた。


「おい、馬を取ってこい! 確認してくる」


 番兵は相方に馬を取りに行かせ、一団をじっと観察していた。


(何も報告には上がってないが。あの旗を見る限り、我が王国軍ではあるな)


 一団の先頭に掲げられた国旗は、明らかにヴェルムンティア王国の物だ。

 白銀の甲冑に身を包んだ一団を先頭に、遥か丘の向こうまで長い列を作って行進している。


「とにかく、確認はしないとな」


「お~い! 馬を用意したぞ!」


 早速相方が手綱を引いて、馬を一頭引き連れて現れる。番兵は手綱を相方から預かると、馬の首を二三度撫でてから、鞍に足をかけてまたがる。そして、すぐに蹴りを入れて一団の先頭に向かって駆け出していた。近くに行くにつれて、先頭の集団の甲冑がかなり高価な物であることが分かる。


 手入れの行き届き、煌びやかに太陽の光を反射する。番兵が身につけているチェインメイルとは、比べるまでもなかった。番兵は一団の前まで来ると、馬を巧みに操って立ちはだかる。


「止まれ! 貴公らはどこの所属か?」


 番兵は先頭の騎兵に力強い口調で聞いていた。

 騎兵は面体を上げて兵士を見鋭い視線で見据える。


「私はレイナード家三男のベルナルド・レイナード。国王の命を預かり、この地の妖魔を討伐しにきた」


 ベルナルドの言葉を聞いて番兵は言葉を詰まらせる。


「……レイナード家? まさかあの……」


 この辺境の地にもレイナード家の名声は届いている。ルショスクに影響力こそ少ないが、かつてはここの鉱物を中央に送り届けていたのは、紛れもなくレイナード家の運送業者だった。


 鉱物の値段レートが下がってからも、運送料は交渉しても低くならず、このルショスクの鉱物輸出産業を衰退させた一因でもあった。言わば、仇と言ってもいい存在でもある。


「取り急ぎ、領主と面会を取り繕え!」


「は、は! ご無礼を失礼いたしました。すぐにゲオルギー様にお伝えします」


 ベルナルドが力強く番兵に言うと、彼は慌てて馬の踵を返していた。

 城門の兵士は慌てて立ち去っていき、ベルナルドは走り去る兵士の後ろ姿を一瞥する。


「ふん、田舎の兵はこれだから……」


 無礼な振る舞いをされたベルナルドは、不機嫌そうにため息をついていた。


「ベルナルド様、兵は一時、郊外に待機させましょう」


 彼の後ろに居た近衛騎士の一人が、ベルナルドの横に来て提案する。


「ギルム。私に指図するのか?」


「いえ、そう言うわけではありません。我が軍団は傭兵隊も含みますゆえ、無用な混乱を起こさぬためにも、一時街の外に待機させておくことが得策であると進言しているだけです」


 ギルムの言葉に対してベルナルドは逡巡して彼の進言を聞いていた。


「ふむ。よかろう。全兵に伝達。今宵はこの地で野営する。野営準備をさせろ!」


 ベルナルドの命令に対して、伝令の兵士が素早く駆け出していた。その対応の速さから西方征伐で鍛え上げられ、兵士達の統率が取れていることが伺えた。


「ギルムよ。各百人騎士長を連れて、領主に謁見に行くぞ」


 ベルナルドが告げるとギルムは静かに返事をする。


「は!」


 ギルムはすぐに各兵士の百人騎士長に、ルショスクに向かう事を告げるように伝令を出していた。ベルナルドとしても早急に領主と謁見して、上級妖魔の現状を聞き出して対策を立てたかったのだ。


 ベルナルドは側近の一名と護衛四人、各騎士長十人を引き連れてルショスク城へと向かうのだった。





 ルショスク城の謁見の間には百人騎士長の各10人とベルナルドの側近を含めた護衛兵が5人、そして、筆頭にベルナルドがいる。

 長机の前には貴族の礼儀正しい服装をしたゲオルギーが現れた。物々しく武装した近衛騎士達を前に、憮然とした態度で現れると全員に席に着くように促した。


「今は父上に代わり、私が領主代理を勤めている。ゲオルギーだ。皆、楽にして席に座ってくれ」


 ゲオルギーが席に着くのを見て、全員が席についていた。 


「それは頼もしい限りですな。ルショスクの将来は安泰ですな」


 ベルナルドは大仰に言うが、その顔には一切の敬意は感じられなかった。むしろ、ゲオルギーを軽蔑するかの様に睨みつけている。まるでこれからゲオルギーを叩き潰さんとばかりに、敵意をむき出しにしている。だが、ゲオルギーはそれを意に留めることなく続けていた。


「それで、この様な大軍を引き連れてこられたのは、上級妖魔と例の一団の件でしたな」


 ゲオルギーの言葉にベルナルドは笑みを浮かべて答える。


「ええ、この地に蔓延る妖魔と黒魔術師の討伐を行い、この地の安定化を図るために馳せ参じた限りです」


 ゲオルギーは笑みを浮かべると、ベルナルドに感謝の言葉を述べていた。


「それは大いに助かる。態々、中央より兵を率いてここまで馳せ参じた事、感謝致します」


 ゲオルギーの言葉を聞いたベルナルドは早速本題を切り出そうとする。


「では、我々の兵を領都の中に入れて頂き……」


 ベルナルドが言うのを遮るようにして、ゲオルギーは苦笑して被せていう。


「と言いたい所ですが、先刻、とある近衛騎士がその妖魔と例の一団の件、解決致しましてね……」


 ゲオルギーの言葉にベルナルド達一同は驚嘆の声をあげていた。


「な、なんですと!?」


 ベルナルドは信じられないと言わんばかりに、ゲオルギーを見つめる。それもそうだろう。現在連れいている第一近衛騎士団の面子は、近衛騎士の中でも特に選りすぐりの精鋭ばかりだ。上級妖魔と黒魔術師を倒せるほどの近衛騎士は、全て彼が率いているはずなのだ。


 しかも上級妖魔を倒すとなれば、普通はこのくらいの数の兵と魔術師を導入するのが普通だ。

 それをしているのは、自分以外にいないはずだ。ベルナルドはゲオルギーが兵を貸し与えたのではと、疑いだす。ゲオルギーは疑心の目を向けるベルナルドに、笑みを浮かべて答えていた。


「私も未だに信じられませんよ。ですが、妖魔の活動は一気に沈静化いたしましたし、何よりも我が兵にも事実を確認させました所、やはり倒したという報告は事実でしてね……」


 ゲオルギーの言葉に対して、ベルナルドは一気に気が抜けていた。

 窮地に陥ったルショスクを救うと言うシナリオを、見事に書き換えられたのだ。これでベルナルドの目的は一層と達成困難となってしまった。ここで名を上げなければ、ここに来た意味がないのだ。

「そ、そうなのですか……」


 落胆するベルナルドに、ゲオルギーは優しく声を掛けていた。


「とはいえ、貴方がたも我が父上の要請によってここに来られたのだ。兵の一団は街で休息をおとりください」


 それにすぐにベルナルドは気を取り直していた。


「それはありがたい。早速その打ち合わせをさせていただけませんか?」


「いいでしょう。おい、地図を持て」


 ゲオルギーは手を二回ほどパンパンと叩いて、侍従に地図を持ってこさせる。市街地の地図であり、街道の詳細が書き込まれていた。それを指し示しながら、ゲオルギーは指示を出していた。


「現在、ルショスク内で空き地はこの南地区の大通りです。つい先日、妖魔の襲撃の跡片付けが終わりましたから、兵士達が泊まる分だけのスペースは十分にあるはずです」


 ゲオルギーはそう言いながら十字路の広間や、公園、空き地、空家を指定していき、兵の宿場を指示していく。それに対してベルナルドはただ頷くことしかできなかった。というのも、ベルナルドはまだ若い。齢はいまだ21となったばかり、自分一人で陸運の利益をようよと上げれるようにはなったが、この様な領主間の対談経験は少ない。


 対するゲオルギーは今年で28になる。色々な経験と知識、そして、領主間の会談に幾度も参加し、次期領主として着実にその頭角を表しているのだ。何よりも次代にルショスクを引き継ぐという、確たる意思を肝に持っているのだ。


 対照的な二人であり、ゲオルギーが主導権を握るのは自然な事と言えた。


「食料の分配に関しましても、ご心配なく。妖魔の活動が沈静化しましたゆえ、ルショスク内の物流は一気に活性化致しましたし、貴方の兵全員を賄えるだけの食料も一週間はご用意できます」


「そ、そうか。それは助かる」


 ゲオルギーの言葉の意味を知ってか知らずか、ベルナルドはただそれに頷く事しかできなかった。ゲオルギーは暗に一週間留まれば、その後は兵は必要ないと宣言していたのだ。

 ベルナルドは自分が討伐に行けないことに、完全に意気消沈しているのか、ただ彼の言葉を追従して承認することしかしなかった。


「あと、聞いた話によれば、あなたの率いる兵には傭兵が含まれるとか」


 ゲオルギーが初めて視線を鋭いものに変えて、ベルナルドを見据える。それに彼ははっと気を取り直して答えていた。


「はい。ですが、西方で正規軍以上に活躍した傭兵部隊ばかりですゆえ、規律には厳しい」


 ベルナルドはそう言って彼を安心させる。


「では、街の人間に手を出さないように厳命していただけないでしょうか?」


 ゲオルギーが最も懸念している事を、ベルナルドに約束させる。

 南区は人が減ったとはいえ、未だに多くの住民が復興に向けて努力をしている。ゲオルギーはその支援に財を出し惜しみすることなく、民に分け与えていた。


 領民達は完全にゲオルギーを信頼して、一丸となってルショスクの復興を急いでいる。ベルナルドもそれを邪魔するほど愚かではない。


「それは勿論です。共に国の未来を担う者として、民に手を出すことなどできはしない」


 ベルナルドはそういう物の、時間が経つにつれて内心の不満が徐々に大きくなっている事に気づく。

 これでは、ここに来たこと其の物が無駄足となる。そうなれば、父親からは見放されて、今の地位すら危うくなってしまうだろう。


 何よりもベルナルドは、自分の手柄を横取りした近衛騎士に、強い嫉妬心を抱き始めていた。


「所で話は変わりますが、今回の大手柄を挙げられた近衛騎士殿のお名前、お教え願えないだろうか」


 ベルナルドの言葉にゲオルギーは大楊に答えていた。


「エスティナ・アストール近衛騎士代行と名乗っていましたね。彼女らと我らが雇い入れた西方の探検者一行が全てを解決してくれました。まさか、解決するとは思っていませんでしたがね……」


 ゲオルギーは苦笑してみせていた。だが、すぐに顔を真顔にして言う。


「彼女は我らルショスクの救世主です」


 ベルナルドはその名を聞いて歯噛みする。それどころか近衛騎士の十人に至っても余りいい顔をしていないことに、ゲオルギーは気づいた。彼の言葉に一瞬の沈黙が訪れ、ゲオルギーは怪訝な表情をしていた。


「ど、どうかなさいましたか?」


 ゲオルギーの言葉に対して、ベルナルドはすぐに答えていた。


「ああ、いえ、なんでもありませんよ。まさか、その、あの女性騎士が黒魔術師たちを倒すなんて、夢にも思わなかったので多少驚いているだけですよ」


 ベルナルドは慌てて空気をごまかすために笑みを浮かべていた。

 ほかの騎士たちも一斉に釈明するように、言葉を紡ぎ出す。

 だが、内心はただならない事この上ないだろう。本来ならば命をかけて戦うべき相手を、アストールに横取りされたに等しいのだ。騎士としてのプライドを傷つけられたのに、上級妖魔と黒魔術師を倒す実力は認めざる負えないジレンマに近衛騎士一同は内心悶えていた。


 だが、そんな近衛騎士達の中、一人安堵の溜息をついてアストールの無事を内心で喜ぶ騎士がいた。


(エスティナ殿、ご無事でなによりです……)


 百人隊を率いるウェインは、自分の胸のつっかえが取れる思いだった。本来なら駆けつけて彼女の前で戦うべきだが、とにかく今は彼女が助かったことが聞けて心底安堵していた。


 その後もゲオルギーとベルナルドの細々とした打ち合わせは続いていく。

 2500名の大兵団だ。規律や軍律をきっちりと決め、守らせなければならない。ましてや戦いに来ている兵達は血の気が多いので、市民に手を出しかねない。だからこそ、入念な打ち合わせが必要なのだ。


 そして、何よりもゲオルギーは領主として領民を元気づける為に、近衛騎士にお願い事をしようとしていた。それも全ては領民を思ってこそのもの。

 その頼みを近衛騎士団も二つ返事で引き受けてくれた。


 こうしてベルナルド達とゲオルギー達の打ち合わせは、その日の夜まで続くのだった。



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