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抵抗の結末 2

「さて、行こうか」


 アストールは近衛騎士の正装に身を包み、横にメアリーを引き連れて両開きの扉の前に立っていた。


 ショスタコヴィナスに増援がついたのは、アストール達が黒魔術師達を倒してから五日が過ぎてからの事だ。救助した人々を城の一室で守りながら、ひたすら待ち続けていた。街に出ては食料を確保し、城内の井戸から水を汲み上げての毎日であった。時には妖魔が襲い来ることもあったが、そこはコズバーンが難なく退けていた。


 五十名の騎士を含むルショスクの兵達と道で合流し、内五名がアストール達の護衛でルショスクまで送り届けてくれた。それから二日の休息の時を貰い、アストールはゲオルギーに報告をしに向かっていた。


「近衛騎士代行エスティナ・アストール。入ります」


 扉の前でアストールが叫ぶと、両開きの扉は内側へと開いていく。その先には領主のゲオルギーが、長机に座って二人を待ち受けていた。


「よくぞご無事で戻られた」


 ゲオルギーはアストールに労いの言葉をかけていた。


「は、ありがとうございます」


 アストールは一礼すると、ゲオルギーは席に着くように促していた。

 それに二人は席について、ゲオルギーと顔を合わせる。長机が長方形に六つに並べられており、二人は入口に一番近い部分に腰を掛ける。二人の視界の両端には、ルショスクの重鎮達が腰をかけて二人を注視している。そして、一番奥の席には二人に対面するようにゲオルギーが腰をかけていた。


「人攫いの一件、並びにルスランの件、一応報告は聞いているが、詳細な事は聞いていない。君の口から直接聞けないだろうか?」


 ゲオルギーに真剣な顔つきで聞かれて、アストールは一息ついて答えていた。


「は、それではご報告をさせていただきます。ルスラン達は人と妖魔の融合体を作り上げる実験をしていました。事実地下牢にてその実験現場を見てきました。それに加えて、彼らはかなりの高位な黒魔術が扱える者ばかりが揃っていました」


 アストールが真剣に答えると、ゲオルギーは黙り込んでいた。

 それとは対照的に重鎮達は一斉に口を開いて、静寂が破られる。


「これはまずいことに……」

「領民に不要な不安を与えるわけにも」

「これからまたどう報告するか」


 などと重鎮達は思い思いに口々に呟いていた。


 ルショスク領内でこの様な不祥事が起きた事に対して、各重鎮達は今後の対処について話し合いを始めていた。対するゲオルギーはその言葉に耳を傾けながら、思慮深く考察する。辺境とはいえこれ程大きな不祥事が起きてしまった。そうなれば、領地を失って国外追放すらあり得る。だからと言って、国王にこの事実を報告をしないわけにはいかない。


 それすらも隠蔽してしまうと、逆に領地を取り上げられる口実を自分で作りかねない。


(ここは素直に国王陛下に対して、エスティナ殿に報告はさせた方がいいか)


 今後の対応も含めた考えをまとめると、ゲオルギーは重鎮たちに声をかけてその場を静まらせる。


「議論の余地はない。ここで黒魔術師達がした事は隠し様のない事実である」


 ゲオルギーの一声を聞いた重鎮達は再び口を開こうとする。だが、ゲオルギーはそれを片手を挙げるだけで制すると、言葉を続けていた。


「それに加え現在我が国内では、黒魔術師たちの活動が活発化している。この事は憂慮すべき事態であり、国王陛下には即刻報告をせねばならない。エスティナ殿よ。包み隠さず、陛下にここであった事をお伝え願いたい」


 ゲオルギーの言葉に重鎮は騒然としていた。

 彼の領主としての進退に関わる事を、一近衛騎士に、しかも、女性に任せようというのだ。重鎮達も気が気ではない。彼が追放されればここにいる重鎮達の身も路頭に迷う事になるのだ。


「は、わかりました。とは言え、私達も先の戦いでかなりの痛手を負っております。暫しの休息を取らせていただきたいのです」


 アストールはまっすぐにゲオルギーを見つめると、彼は今まで固かった表情を緩めて答える。


「わかりました。ではすぐに宿を手配いたしましょう」


 ゲオルギーが親切に宿まで用意するとは思っていなかったアストールは、一瞬だけ呆気に取られたがすぐに我に返って礼を述べていた。


「あ、ありがとうございます」


 ゲオルギーは頷くとすぐに表情を固くして言葉を続ける。


「お気になさらずに。ただ、昨今の事件で領民に不要な不安を与えるわけにもいかない。復興に向けてようやく前に進みだした民達に無駄に不安を与えたくはない。領民達に対しては今回の事件の事は黒魔術師は関与していない事として話を進めたい」


 ゲオルギーの言葉を聞いたアストールは、表情を一切変えることなく内心では毒づく。


(やっぱりそうなるんだな。大事なことはいつも隠す……)


 隠蔽することが本当にいいことなのか。アストールには甚だ疑問に思えて仕方なかった。

 真実を知らせた方が、本来は無用な混乱を生まないのではないのか。

 そう思うことが多々あるのだ。


 とはいえ、ルショスク領内の状況を鑑みると、ゲオルギーの判断も間違いではない気がした。ルショスクの状態は一言で言えば、完全に統治機能が麻痺していた状態だ。妖魔によって道は寸断され、領都では戒厳令が敷かれていた状態だ。そんな中でも街を復興させようとする領民達に、黒魔術師が居たという事実を伝えるとどうなるか。それは想像に容易い。


 いくらアストール達が黒魔術師達を倒したとはいえ、再び黒魔術師が来るのではないかという不安を抱えさせてしまう。ひいてはそれが領民達の往来を控えさせて、復興どころではなくなるだろう。


 そこまで考えた上でのゲオルギーの判断は正しいとも言えた。

 ルショスク領内の影響力は国王でない限り覆せない。領主の決定である以上は、アストールも従わざるをえなかった。


「それで調査隊からの報告は聞かれましたか?」


 アストールの問いかけに、ゲオルギーはゆったりとした口調で答えていた。


「ああ、当然だ。生存者の件も聞いている。今後も行方知れずとなった者達の捜索も行うだろう」


「ですが、恐らく生存者は……」


 アストールの言葉を聞いた一同は、黙り込んで悲壮な表情を浮かべる。

 だが、ゲオルギーだけは違っていた。その目に怒りと弔いの炎を宿らせた瞳で、彼女かれを見据えてしっかりとした口調で発言する。


「そうであったとしても、私は領主として生死を問わず彼らを見つけなければならない義務がある。それが領主としての役目であり、当然の責務である」


 ゲオルギーはそう言ってまっすぐとアストールを見据えていた。

 年齢で言うならば彼女かれよりも6つ上だ。けして年が離れすぎているわけではない。であるのに、ここまでしっかりと考え、領主としての責務を全うしようとしている。それが代理であったとしても、形としては領内の全権が彼に委ねられているのだ。


 果たして彼と同じ年齢になった時に、自分が同じようにレマニアル領を治められているのか。アストール自身少しだけ不安に刈られていた。


「すまぬな……。皆の者。本当にご苦労であった。エスティナ殿には本当に助けられたありがとう。感謝の言葉だけでは足りぬ。何かできることがあれば協力するので、何なりと申してくれ」


 ゲオルギーは改めてエスティナに礼を述べると、アストールもまたすぐに口を開いていた。


「あ、はい。では……お一つ頼み事を」


「何なりと申し上げてください」


 アストールはそこでジュナルに頼まれていた事を、ゲオルギーに告げていた。


「私の従者の魔術師が休息している間に、復興の進む南区の孤児院にて教鞭を振るわせて頂きたいのです」


 一同が瞠目してアストールを見据えると、彼女かれは続けていた。


「けして魔術を教えるというのではなく、一般的な事象を教えたりするだけです。魔術を使ったとしても、子ども達を喜ばせる程度の簡易的なものです。私達も彼らを支えて、復興に協力したいのです」


 アストールの言葉を聞いたゲオルギーは、表情を明るくして答えていた。


「その提案歓迎いたします。短い間ですが、こちらこそよろしく頼みます」


 ゲオルギーはアストールの提案を快く受け入れる。

 南区で孤児となった子どもはかなり多い。心傷を負った子ども達を少しでも元気づけられるなら、例えそれが領外の近衛騎士の従者であろうと関係はなかった。何よりもルショスクの未来を担う子ども達に、今回の黒魔術師討伐を行った魔術師を触れ合わせる事はかなり貴重な経験にもなるはずだろう。


 そこでゲオルギーはふと疑問に思う。


「そういえば、魔術師という者は、あまり世俗と触れ合うことを好まないと聞いておりますが……」


 アストールはそれに対して笑みを浮かべて答えていた。


「私の魔術師は他の魔術師と違い、普通に世俗との付き合いも好きですし、何よりも子どもの面倒見はいいんですよ。まあ、他の魔術師からすると変わり者かもしれませんけどね」


 アストールの笑顔になんら毒がない事に、一同は何故か安心感を抱いていた。

 彼女かれが嘘をついていないのは明らかで、何よりもその言葉には従者を誇らしく思う気持ちが含まれているのがわかったからだ。


「そうですか。それはよかった。ではこの会議も閉廷としよう。ごゆるりと体をお休みになられよ」


 ゲオルギーはアストールに告げると、彼女かれもまた席を立って慇懃に礼をしてみせるのだった。

 こうして、アストール達の長いルショスクの戦いは終わりを告げていた。



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