騎士と妖魔と傭兵と 4
小屋をぶち壊されたアレクサンドは、早速アストール達を追い出すように館へと向かわせていた。
それがコズバーンに対する当てつけであると分かっていても、アストール達には拒否する権利はない。なにせ、雇った以上は、コズバーンの責任は雇い主の彼らの責任でもある。
アストール達は渋々来た道を戻って、先ほど追い返された館へ来ていた。
「てわけで、また来たわけだけど……」
アストールはそう言って、目の前の出鱈目な光景に口を開けて呆然と見つめる。
「どうやら、拙僧らの出番はなさそうですな」
ジュナルも笑みを浮かべてその光景を見つめる。
「あの武勇、マジだったのね」
呆れた視線をメアリーがコズバーンに送っていた。
三人の目の前に広がる光景それは……
「どうした! その程度か!」
大声で叫ぶコズバーンは愛用している特注の大斧を振り回す。
それだけで飛びかかってきていたコルドの4、5匹の胴体が宙に舞う。
「ムハハハ! 雑魚! 雑魚! 雑魚! 雑魚おおおお!」
コルド達はそれでも戦意を喪失せずに、次々にコズバーンに向かっていく。だが、コズバーンはそれをいとも簡単に、力でねじ伏せていく。
大斧を振るえばコルドたちが粉砕され、隙をついてかかってきたコルドを腰の大剣でまっぷたつにし、ついには倒れたコルドを、虫を殺すかのごとく踏み潰す。
生粋の戦闘狂でありながらにして、鬼人を超えた化け物の様な破壊力を見せつける。
「ムハハハハ! もっと強いものはおらぬのか! 私を満足させてみせろ!」
そう叫んでいる間にも、次々とコルドたちを肉塊へと変えていく。
五十はいたコルドの群れが、瞬時にして半分に減っていた。
だが、コルドという妖魔は繁殖力が強く、もとより外敵が侵入すれば、例え最後の一頭になってもかかってくる性質を持っている。
それゆえにコズバーンに、残りのコルドたちは臆することなく殺到していた。
「我が大斧、バルバロッサも泣いておるぞ!」
そう言って目の前に立ちはだかるコルド十頭を、大斧バルバロッサの一撃のもと、肉塊へと変えていた。
「にしても、あの噂が本当であったとは、っぷ、いかん。笑ってしまった」
またしてもジュナルは妙な笑いのツボを披露する。それに呆れの視線をメアリーとアストールが送っていた。
「まあ、気にするでない。人の心は面の如しというではないか」
ジュナルの言葉に対して、なぜか笑う気にもなれず、二人はコズバーンを見つめていた。
その野蛮で、しかし、また男気感じる戦いぶりに、見惚れることこそないが、しびれるものはある。だからと言って、ジュナルのように笑う所はない。
コズバーンを相手にしているコルド達に、同情さえ覚える。
その凄惨を極めた戦いは、ものの数分もしないうちに終結していた。綺麗に整備されていた庭園は、コルドたちの肉塊が散乱した凄惨な現場へと姿を変えていた。
「この程度か。つまらぬ!」
コズバーンはそう言うと、最後の生きた一頭の首を掴み上げると、そのまま握力だけで首の骨を折っていた。それでもまだ息があるのが、妖魔である。
絶叫をあげるコルドをその場に叩きつけると、そのまま巨大な足で頭を踏み潰していた。
そう、本当にぺしゃんこに。
「エスティナよ。ここで待とう」
あっという間に五十頭はいた妖魔の群れを倒したコズバーンは、物足りないと言わんばかりに武器をしまってその場に座り込む。
そして、大斧についた肉片と血を、おもむろに懐から取り出した何かの動物の皮で拭き取り始めていた。
「もはや、どちらが妖魔か、拙僧には区別がつきませぬな」
最下級とはいえ妖魔は妖魔、生命力は普通の人間よりもはるかに上だ。だが、コズバーンは瞬時にそのコルド達を始末していた。
そのでたらめな破壊力にアストール達は、呆れ半分に感謝せざるをえなかった。
「まあ、雇って正解と言えば、正解だったのか」
アストールも出す言葉がなく、ただ呆然と肉塊の散らばる庭園を見つめる。
「そうね。さっさと行きましょ! 手間も省けて楽ちんよ。あとは館の中に残ってないか確認するだけだし」
意外にメアリーは切り替えが早いらしく、すぐに答えて二人の前を歩み出していた。
「確かにそうであろうな。行くぞエスティナよ」
ジュナルもそれに習って、頭を切り替えて歩み出す。
「仕方ない。行くか」
アストールも館に向かって、足を踏み出していた。
◆
「そんな馬鹿な……」
黒の帽子をかぶったローブの男は、唖然としながら呟いていた。
「どうしたの?」
その男に対して、書斎の本棚を弄りまわしていた少女が問いかける。
「いえ、その信じられないかもしれませんが、コルド達が全滅しました」
「え?」
「たった今。僕の魔力で制御していたコルドの最後の一匹の反応が消えましてね」
男はそう言うと大きくため息をついていた。
「こんなに早く騎士隊が駆けつけるなんて、僕は聞いてませんよ。にしても、手際が良すぎます」
男はそう言いつつも、手を止めることなく書斎の本棚の本を次々と押しのけていく。
ばさばさと音を立てて床に落ちていく本たち。
軽く小さな図書館くらいはありそうな、その広い部屋の中で、二人は同じように本棚を探っていた。
「で、妖魔が居なくなったら、次も用意してるんでしょ?」
少女が不安そうに聞くが、男は黙々と作業を続ける。その表情は固く、そして、微妙に焦っているようにも見えた。
「え? もしかして、ないの?」
信じられないと少女が言うと、男は苦笑しながら答える。
「用意してないこともないですが、とんでもないことになりますよ?」
少女は男が何を言いたいのか、瞬時に察したらしく、また不機嫌な表情になる。
彼はこの屋敷を、自身の持っている魔晶石の強大な魔力を行使して破壊しようというのだ。
「馬鹿! そういうのは段階的に上げていくものでしょ! なんであんたは白か黒の両極端なの!?」
「それは君のパンツの色のことですか?」
「はいはい。現実逃避しない。すぐに敵が来るんだから、さっさと入口見つける!」
少女は男の扱いに慣れているというよりは、そのセクハラ発言を諦めているらしく、書斎の中を更に乱雑に荒らし出す。
男もそれに倣って、急いでそこらの書物を放るなどして調べ出していた。
そうして、幾拍か探し続け、ようやく、お目当ての物を見つけ出していた。
「ありましたね。さて、行きますよ」
「ええ、さっさと終わらせましょう!」
二人はそう言って、書斎の奥の方へと消えていくのだった。
2022年6月30日 一部改稿しました。
誤字、描写の修正を行っています。
ストーリーには影響ありません。