黒い抵抗 1
「本当によろしいですかな?」
ジュナルが転送魔法陣の描かれた台座の前で、一同に聞き返していた。
「おう! 今更ここまで来て引き返せるかよ」
リュードが真っ先に答えて、他のメンバーもお互いに頷きあっていた。
アストールはジュナルに真剣な目を向けると、彼もまた決意を新たにしていた。
「この魔法陣では一度に二人の移動が限界です。しかも、次の転送には魔力の充填を行わなければなりません」
ジュナルが深刻な顔つきで、全員を見回していた。
「てことは、向こうに行ってから次が来るまでに時間がかかるってことか」
リュードはそう言って背中の大剣を抜いて、魔法陣の前まで歩み出る。
「一番は俺が行く!」
リュードの元にもう一人が歩み出さなければならない。このメンバーの中で適しているのはコズバーンだろう。だが、向こうの状況もわからずに送り出す事は、主人としてやりたくはない。
自然とアストールはリュードの横に歩み出ていた。
「私が行く。リュードとなら次が来るまでは絶対に持たせられる」
リュードは意外そうにアストールを見ると、笑みを浮かべていた。
「おお? 俺の事、見直してくれた?」
「剣の腕だけはな。それ以外は認めない」
冷たくあしらうアストールに、リュードは苦笑して後頭部をかいていた。
「へへ、相変わらず釣れないね」
「黙れ、行くぞ」
アストールはそう言うとジュナルと目を合わせた。
彼は頷いてみせると、目を瞑って魔法陣に魔力を送る。そして、小声で詠唱を行っていた。魔法陣を使って転移魔法を使う際には必ず詠唱が必要なのだ。赤く光った魔法陣。次の瞬間にはアストールとリュードは地下室から消えていた。
目の前が赤く染まったかと思うと、突如として二人の目の前に巨大な妖魔が現れる。頭上には斧があり、目の前まで迫っていた。
「ち! やっぱ待ち構えてやがったぜ!」
リュードは剣を下段から一気に振り上げる。そして、頭上から迫っていた斧を弾き飛ばしていた。怯む巨大な人型妖魔にアストールは素早く迫り寄る。そして、足の筋をその剣でないでいた。
片足が使えなくなり、巨大な妖魔は断末魔を上げながら片膝をついていた。
二人が飛ばされた場所は広い一室だった。
城の舞踏場とも言うべき場所だろう。だが、廃墟となっているからには、この広い場所には何も物がない。あるのは巨大な妖魔だけだ。
「リュード! 次が来るまで魔法陣は傷つけさせるな!」
「おうよ! わーってる!」
人型妖魔は巨大な斧をついて、立ち上がる。そして、その場で再び大斧を構えていた。正常な片足を軸にして立ち上がっている。いまだ戦闘能力は健在と見たほうがいい。
「ち、まだ動くみたいだ!」
リュードはそう言うなり、人型妖魔に迫りよっていた。それに合わせて人型妖魔は頭上から大斧を振り下ろす。リュードは大斧の太刀筋を見極めて、斜めに転がり込んで避けていた。そのまま、立ち上がって人型妖魔の脇腹に立つ。
彼は大剣を横から腹部に大ぶりに叩きつけ、肉を擂り潰しながら切り裂いていく。アストールもまた人型妖魔の後ろに回り込み、もう片方の足のアキレス腱を切っていた。
前のめりに倒れた所をリュードが振り抜いた剣を、そのまま上段に構えて首に思い切り振り下ろす。
肉をすり潰されながら、骨を断ち切り、床に化物の首を落としていた。
「安全は確保できたか……」
アストールはほっと一息ついて周囲を見回す。だが、周囲からは無数の赤く光る目が現れていた。
「どうやら、まだ居るみたいだな」
周囲から無数の人狼妖魔が現れて、二人を取り囲んでいく。
自然とアストールとリュードは背中を預けて、剣を構えていた。
「覚悟はしていたが、ここまで予想通りだと、ちょっと焦るわね」
「はは、ま、想定範囲内なら対応できねーことはないだろ」
「それもそうだ」
アストールは答えるなり飛びかかってきた一体の人狼妖魔をいなして切り伏せる。二人を取り囲んでいた人狼妖魔達が一斉に二人に飛びかかってくる。
その数おおよそ30体、二人で相手をするには流石に骨が折れるものだ。攻撃を避けて相手を一発で斬り伏せる行為は、簡単なようで全く以てそうでない。相手の攻撃してきている態勢を見て、どこを斬れば効率よく敵を倒せるか、常に的確な判断を要求される行為なのだ。
そうこうしているうちに、次の第二陣が送り込まれてくる。コレウスとコズバーンが魔法陣の上にたっており、二人の状況を見てコズバーンは満面の笑みを浮かべる。
「ふふ! 我を差し置いて楽しいことを……」
コズバーンはすぐに大斧を構えて二人に加勢をしていた。
彼が大斧を振るうたびに人狼達は次々に肉塊に変わっていく。標的はすぐにアストール達からコズバーンへと移り変わっていた。だが、それが幸いし、あっという間に広間は制圧されていた。
コレウスは杖を構えて、魔法陣の周囲を警戒している。
三人が人狼を掃討し終わった時に、次の面子が到着していた。
クリフとエメリナがやってきていたのだ。早くも六人が部屋に集結して、部屋の隅々を探っていく。だが、それ以上の妖魔は配置されていないらしく、全員の転送が終わるまでこの部屋に敵が出てくる事はなかった。
「よし、どうにか全員終わったな……」
アルネを含めて一同が部屋に集まってきていた。
「さてと、予定通りここまできた。城の王の間を目指しますか」
アストールが声を掛けると同時に、全員が頷いて見せていた。
舞踏場を出ると大きなホールへと出てきていた。右側には大きな扉が有り、左側には王の間へと続く巨大な階段が続く。壁まで来た所で二股に分かれていた。領主の居城よりも豪華絢爛なこの城が、どれほど栄えていたのかが伺い知れた。だが、主をなくした廃城は埃っぽく、手すりは所々崩れている。
ホールを見上げれば吹き抜けになっていて、綺麗なステンドガラスが天井一面を綺麗に飾っていた。
「ほほう。我々が戦の準備をする前に来たか……」
頭上からかかる声に、アストール達は顔を向けていた。階段をゆっくり下りてくるルスランを前に、一同がそれぞれの表情を浮かべる。
「お前が、お前が姉さんを!」
アルネは憎しみの視線を浴びせる。
「ほほー、随分と優男じゃねえか」
剣を肩に載せるリュードは、口元を釣り上げていた。
「ルスラン、この落とし前はつけさせてやる!」
階段で余裕の表情を浮かべるルスランに、アストールは剣の鋒を向けていた。
「できるものなら、やって見せてくれ。俺はお前たちの上で待っているよ」
そう言うとゆっくりと階段を上がり始める。
「行かせない!」
メアリーが弓に矢を番えて、弦を引き絞る。そして放とうとした。その時だった。突然天井のステンドグラスが割れて、全員の頭上にガラス片が降り注ぐ。
同時に赤黒くマグマの様な表皮を晒した巨大な妖魔が、頭上より舞い降りてきていた。
「ヴェヘルモス……!」
ジュナルがその巨大な妖魔を見て一言だけ言葉を口にしていた。
「そんな……。魔界の住人でこの世にはいないという伝説の上級妖魔……」
コレウスもまたヴェヘルモスを見て、絶句していた。
「ほほう、面白そうではないか」
コズバーンが口元を釣り上げて不敵に笑う。
ヴェヘルモスはゆっくりとホールに降り立つ。
真っ黒い翼の骨は岩のようにゴツゴツとした質感を感じさせ、羽の部分は漆黒の薄い鱗の様なものがビッチリと詰まっている。その間からは炎の様に真っ赤に燃えたぎる体液が、見え隠れしている。
体も同じように岩石が冷え固まったような無骨な質感に加えて、頭は鼻が出っ張り、狩猟犬を思わせるような顔つきだ。頭部には羊の様に湾曲した歪な形の真っ黒い角が二本生えている。
「実物を見るのは初めてですが、これほどまでに恐ろしいとは……」
ジュナルは冷や汗をかきながら、杖を構えてヴェヘルモスを見据えていた。
「ふふ、ヴェヘルモスよ。ここに集まった者は、全員が並の魔力以上の持ち主、お好きなだけ食らっていくがいい」
ルスランは笑顔でそう言うと再び階段を悠然と登っていく。
「ヨカロウ、コレモ貴様トノ契約ダ」
ヴェヘルモスはそう言うなり、アストール達一同を見据えていた。
「タダ消シ炭ニスルニハ勿体無イ。ソノ魔力全テ我ガ喰ラウ!」
ヴェヘルモスはそう言うなり腕を振り上げて突進を開始する。
全員が身構えて先頭にいたアストールが、駆け出そうとした。
だが、それよりも早く横合いから黒い影が、ヴェヘルモスの頭部に向かって突進していた。瞬時にしてヴェヘルモスの角に食いつき、首をしならせてその角をへし折っていた。
角が折れると同時に鮮血ならぬ、炎の液体が撒き散らされる。
地面に落ちた体液は瞬時にして燃え上がり、暗かった廃城を一気に明るく照らし出す。その明かりに照らされたのは、紛れもないヴァイムの姿だった。
「オ、オノレェ……」
「アルネ? どうやってヴァイムをここに?」
アストールが聞き返すと、アルネは静かに答える。
「相手の本拠地が分かってから、すぐに行くように命じていました」
アルネはヴァイムを見据えると、すぐに呼びかけた。
「こっちに来て!」
ヴァイムはヴァヘルモスの顔面を蹴り上げて、そのままアストール達の元に駆け寄ってくる。アルネはヴァイムの横で槍を構えると叫ぶように言う。
「やつは私が食い止めます」
アルネが真っ直ぐな目でアストールに顔を向け、彼女の決意を感じ取ると、アストールも頷いて答えようとした。その時だった。
「おっと、待ちな。アルネだったな?」
アルネの前にリュードが現れる。
「君の本当の仇はアイツじゃないだろう」
「え?」
呆気にとられるアルネを前に、リュードは平然と言ってのけていた。
「あれは俺たちで食い止める。君はあの魔術師を追え!」
リュードが後ろを見れば、小さくため息をついたクリフがいる。そして、コレウスが目を輝かせて頷いて言う。
「それでこそ、真の勇者です! 全力でサポートしますよ!」
「ぬふふ。我も混ぜよ! これ以上に強い敵、中々いない!」
抜けがけはさせないと、コズバーンも三人の横に立っていた。アルネは四人の背中を見ると声をかけていた。
「死なないでください……」
アルネの呟くような声に、リュードは背中を向けたまま片手を挙げて答える。
「おらあ、行くぜええ!」
リュードはそう言って大剣を構えて駆け出していた。その後ろでコレウスが魔法を詠唱して、武器に水の属性を付与する。猛りながら頭を抑えて悶絶するヴェヘルモスの足元に辿り着くと、大剣をひと振りする。並みの剣ならヴェヘルモスの足に刃がくい込んだ瞬間に、溶け出して切れはしないだろう。
だが、リュードの剣には水の魔法が付与されて、この上級妖魔にも攻撃は通用する。太ももの半分ほどを切り裂き、溜まらずヴェヘルモスはその場で膝まづいていた。
体液がリュードに降りかかりそうになるも、彼は間一髪のところで噴出する体液を避けていた。そして、更にもう一撃を食らわせようとするも、ヴェヘルモスは大剣をその手で掴み取る。リュードは全身の筋肉を使って、それを押しとどめる。
「ここはあなた達に任せるわ!」
リュードがヴェヘルモスを抑えている。その横をアストール、メアリー、エメリナ、レニ、ジュナル、そしてアルネが次々と駆け抜けていた。
リュード達だけでは一抹の不安は残るものの、コズバーンが付いている。アストールは彼らの実力を信じて、ヴェヘルモスを任せて階段まで駆けていた。
アストールたちは階段まで辿り着くとルスランの背中を見つける。
「ルスラン!」
アストールが叫ぶとルスランは驚いて振り向いていた。まさかヴェヘルモスを抜けてくるとは思わなかったのか、驚嘆の表情を見せていた。だが、それも束の間、彼はふっと鼻で笑うと、小さく指を鳴らしていた。
「お前の手は、俺には届かない」
ルスランが言うと同時に二階の廊下の天井より蛇の妖魔が出てくる。
どこからか湧き出てきたのか分からないほど、気が付けば周囲は妖魔で満たされていた。
コルドにトロイコプス、中にはオーガや上半身が美しい女性下半身は蛇のデュメルスと、アストールたちは階段の壁際まで追いやられていた。
「流石は敵の本拠地だ……。まだこんなに妖魔がいるなんてな」
アストールも流石に冷や汗をかきつつ、全員の顔を見回す。
ジュナルはゲイザードが召喚できる地形ではないため、他の方法を探っているらしく渋い顔つきをしている。その前に焦りの色を見せるレニが、盾を構えてみせていた。エメリナはメアリーを守るように妖魔を牽制するように構える。
メアリーはその後ろで弓を構えていた。アルネは槍を構えて、ヴァイムと共に敵を睨みつけていた。
既にルスランは目の届かない所へと逃げおおせている。
「こうなったら、やるしかないか……。アルネ!」
「はい!」
「ヴァイムと一緒に突破口を開いてくれ! 私が殿を務める! みんなはアルネに続けえ!」
アストールの号令にアルネはルスランの登っていった階段へと向かう。
目の前の妖魔の群れに向かってアルネは突進する。槍を的確に相手の急所に突き立てて、時には薙払いをして道を造る。その間にヴァイムがアルネを飛び越して更に後ろに突っ込んで群れをかく乱した。瞬時にして妖魔達は混乱の渦に巻き込まれていた。突貫して群れをかき乱し、エメリナとレニがその道を広げていく。その後ろでメアリーが弓を射って、ジュナルは魔法を放って道を維持する。
アストールはその後をおってきた妖魔に次々と剣戟を浴びせながら後退していく。蛆のように湧き出るコルドを、アストールは次々に切り倒していた。
「ここは一匹も抜けささない!」
アストールは抜けようとする相手のみを切り伏せて、徐々に後退していく。
「やっぱ一人はきついな!」
毒づくアストールは一人苦笑する。
だが、それも束の間、コルドの群れを掻き分けてオーガが、彼女に向かって突進してきていた。流石のアストールもオーガをこの状況で相手にして戦えるほどタフではない。
だが、突如としてオーガが頭を抑えて悶絶していた。
よく見ればオーガの目に矢が刺さり、視界を奪われたオーガが暴れだす。周囲の妖魔は吹き飛ばされて、二次災害を引き起こしていた。メアリーが後ろで弓に手を番えて、次々にアストールに近づく敵を射かけていた。アストールはその隙にメアリーたちに合流する。
「助かったメアリー!」
「ほら、早く!」
二人は塞がりそうになった道を進んでいく。周囲に敵が集まろうとすれば剣で切り裂き道を切り開いていく。そうして、最後尾のジュナルに追いついていた。
「お早いお帰りで」
「危うく死ぬところだった」
一行が階段を上りきると、大きな両開きの扉があり、その中へと足を踏み入れていた。全員が入ると同時に扉は固く閉ざされる。
広いホールの真ん中に一人の男性が立っていて、そこで元々アストール達を待ち受けているかのようだった。
「ふふ、ようこそ……」
「何がようこそだ! 覚悟しろ」
アストールが剣を構えて突進しようとするが、ジュナルが彼女の肩を掴んで制していた。
「待たれよ。こやつは拙僧がお相手する。皆は先に行くがいい」
「魔術師だけじゃ、頼りないでしょ。私も加勢する」
「僕の役目は後衛の護衛です」
そう言ってレニとエメリナがジュナルの前に歩み出ていた。
「ふふ、誰一人とてここは通さぬよ……」
男がそういうと同時に、周囲に黒い煙が現れるその煙の中からオーガが次々に現れる。その数5体、気が付けば彼らの前に立ちはだかっていた。
「どうやらこれは、精霊神にお力の一部をお借りするしかなさそうであるな」
ジュナルは静かにそういうと魔法詠唱を始める。
「我にその力の一部を貸与え、我が魔力の尽きん限りはその姿を止め、その力を行使することを許したまえ。水滴・水泡・流水、神聖なる力の体現者、いでよスティニア!」
ジュナルのローブがバタバタと靡き出し、次の瞬間には彼の目の前に巨大な水竜が瞬時の内に実体化する。
体は透き通るような水で、蛇のような長い胴体は、部屋の隅々までに行き渡りそうなほど長大だ。ジュナル達の周囲に敵を近づけぬように、胴体で水の壁を作り出している。その姿を見た黒魔術師は、口を開けて絶句していた。
「な、き、貴様ぁ、やはり只者ではないと思っていたが、まさか魔晶石の助けなしで精霊神を召喚するとは……」
精霊神は万物を構成する精霊達の頂点に君臨する存在であり、高位の魔術師であっても召喚する事は中々できることではない。それは黒魔術師も同じで、精霊神を召喚できる魔術師は、歴代の魔術師を入れたとしても指を折って数える程しかいない。
それも全てが伝説の魔術師であったりする。そして、現在、この高位魔法を扱えるのが確認されている魔術師は、ヴェルムンティア王国の西部に居る深緑の魔女だけである。
「私とてまだまだ未熟者、時間がありませぬゆえ、一気に片付けさせてもらいますぞ」
この魔術は自身の魔力を召喚している間、多大に消費し続けるため、体にかなりの負担がかかるのだ。だからこそジュナルはすぐに行動に出ていた。
水竜が尾に鋭いトゲをはやし、そのまま一体のオーガをその尾っぽで吹き飛ばす。魔力の塊である刺が何本もオーガの体を貫く。顔にもその刺が突き刺さり、瞬時にしてオーガは動きを止めていた。
「な」
「さ、今ですぞ、行ってくだされ」
隙を作ったジュナルにアストールとメアリー、アルネは、ヴァイムの背中に乗る。ヴァイムは水竜の壁をひとっ飛びする。
「行かせるか!」
ヴァイムの前にオーガが立ちはだかろうとするが、ヴァイムはそれをひとっとびに越えていく。ついでに黒魔術師の頭上を超えていき、後ろの両開きの扉をぶち破って部屋の外に出ていく。
オーガが後ろを振り向いた瞬間に、レニがその足を砕いて膝をつかせる。そして、エメリナが頭部に二本の手投げナイフを的確に投擲し、両目に突き刺していた。顔を抑えて転がりまわるオーガを前に、エメリナはダガーを腰から抜いて構えていた。その前に盾を構えたレニが現れる。
「そっちに気を取られてるからよ」
エメリナが不敵に笑みを浮かべる。
「貴様らだけは許さぬぞ。この身に変えても倒す!」
黒魔術師が身構えると同時に、ジュナルの後ろの扉が開いて大量の妖魔達が流入してくる。そして、それ以上に数多くの黒い煙が立ち上り、次々にオーガを召喚していく。
レニとエメリナは素早くジュナルの元に駆け戻り、後ろから来る妖魔達を迎え撃っていた。
盾とメイスを振り回して次々にコルドやトロイコプスを葬るレニに、的確に急所を切り裂いていくエメリナ、だが、その数の多さには手を焼いていた。ジュナルは二人が時間を稼ぐ間に、精霊神スティニアでオーガを葬っていく。
「しかし、これではキリがない……」
オーガを屠っても次々に召喚されてくるのだ。
「拙僧にもあまり時間はありませぬからな……。スティニアよ! 鋭い水流で全てを切り裂く力を具現化せよ! ウィシュトライン!」
ジュナルが魔法詠唱を完成させると同時に、三人の頭上に水竜は飛び上がる。そして、細長い胴体をぐるぐると回しながら、口を開けて鋭い水流を吐き出す。
三人を避けるようにして周囲を水の線が解き放たれて、オーガや妖魔を瞬時にして切り裂いて一掃していく。
轟音と共にオーガは首や胴が真っ二つに切り裂かれ、後ろからなだれ込んでくる妖魔達もその水の線によって次々に細切れにされていく。
気が付けば部屋一面は妖魔達の赤黒い肉塊で満たされていた。既に扉から入ってくる妖魔もおらず、残るは黒魔術師一人だけだった。
ジュナルはすぐに魔法を止め、水流は頭上で瞬時にして砕け散る。粉々に砕け散った水は霧になって四人に降り注いだ。
まるで雨のように四人に降り注ぎ、びっしょりと服を濡らしていた。
「ふ、ふふふ、流石だ……。私では勝てぬ相手であったか……」
黒魔術師はそういって肩で息をしながら膝をついていた。
「魔力の使い過ぎですな……。黒魔術とはいえ、これだけの妖魔を操りながら召喚する業見事だ。賞賛に値する」
ジュナルはそう言うと一歩ずつ黒魔術師に近寄っていた。
そして、黒魔術師の前に来る。黒魔術師はジュナルを見上げながら、苦笑して答えていた。
「ふふ、黒魔術を使わずここまでやられたのだ。私のプライドはズタズタだ。だが、これで終わりではない!」
黒魔術師はそう言うと腹部のシャツをまくりあげていた。そこには複雑な円形の魔法陣が描かれている。だが、ジュナルはその魔法陣の意味を知っているのか、全く表情一つ変えずに静かに口を開いていた。
「次は自爆魔法ですかな」
魔法陣を見てすぐに理解できるのは納得は行くが、余りにもジュナルが冷静なだけに黒魔術師は怪訝な表情を浮かべていた。
「なぜだ! この魔法陣を見れば、その威力わかるはずだ!」
黒魔術師はそう言ってジュナルにこの魔法陣が相当に強力なものであると伝えるも、彼は表情一つ変えることなく答える。
「貴公が妖魔召喚している間に、練っていた魔力も全て見通しておる。流石にその魔法陣を気づかれないように書き換えるのは、骨が折れましたがな……」
「な、なに!? バカな……」
ジュナルの言葉を聞いてすぐに黒魔術師は、腹部の魔法陣を見る。そこで彼は驚愕していた。自分が思い描いていた魔法陣の術式を、完全に書き換えられていたのだ。
「魔術が発動する前であれば、書き換えもできたであろうがそれも叶うまい」
「……なんてことだ。ここまで来ると、いっそ清々しいな」
黒魔術師は諦めたかのように上を向く。その表情には悔しさよりも、やりきったという達成感があったのか笑が浮かべられている。
次の瞬間には黒魔術師そのものが赤い血飛沫となって、木端微塵に吹き飛んでいた。だが、周囲に爆風はない。本来であればこの部屋全てを爆発させていた魔法、だが、ジュナルはそれに逸早く気が付き、相手の魔方陣を戦いながら書き換えていた。その行為は正直に言えば、黒魔術に相当する行為だ。
ジュナルは一息つくと、その場に片膝と片手をついていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
レニが慌ててにジュナルに近づく。彼は額に水玉の汗を滴らせ、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。いつになく体に対する負担が大きかったのだ。
転移魔法を使用した上に、精霊神を召喚しながら、魔法陣の書き換えも行ったのだ。常人では考えられない程の技量と魔力の消費量で、魔晶石なしでこれをやってのけるのは不可能だ。
だが、ジュナルはそれをやってのけてみせていた。彼は静かに笑みを浮かべてレニに向き直っていた。
「少々魔力を使いすぎましたな……。この程度でこの体たらく、拙僧もまだまだ修行が足りませぬな」
苦笑するジュナルにレニはすぐに彼の体を見る。
彼の体に必要な力である魔力が必要最低限でしか流れておらず、実の所意識を保っている事さえ奇跡なほど消耗している。
「ジュ、ジュナルさん! なんで! なんでこんな無理をしたんですか!」
レニが怒りを顕にしてジュナルに詰め寄る。
「そうでもせねば、全滅していたかもしれませぬからな。大丈夫、拙僧は特異な体質ゆえ、少しだけ休めばすぐに体調は元に戻る」
そうは言うもののレニも心配で彼の元を動くわけには行かなかった。アルキウスの魔法はあくまで、治療対象者に自身の魔力を増幅して与えて、傷を治す魔法だ。対象者の体を流れる魔力を底上げする力を持っているわけではないので、こればかりはレニでも治療のしようがなかった。
「わかりました。その言葉信じますから、今はゆっくり休んでください」
レニはそう言うと盾とメイスを構えて、周囲を警戒していた。エメリナも駆けつけてジュナルに肩を貸す。
「とりあえず、こんな辛気臭い場所から移動しましょ」
三人はゆっくりと歩いて、部屋を後にするのだった。




