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窮追(きゅうつい) 5

 アストール達一行は村から少し離れた場所で、焚き火を炊いて囲んでいた。全員の顔つきは消して明るいものではない。遂に敵の居城を突き止めたが、それは更なる試練を呼び込むことになった。黒魔術師の居城はあの上級妖魔ヴェヘルモスがいる廃墟ショスタコヴィナスだったのだ。


「さて、一体どうしたものですかな……」


「無駄に人数を割いても、死人が増えるばかりだからな……」


 ジュナルが悩ましげに考え込んでいる。アストールはその横で大きくため息を吐いていた。相手はこのルショスクを壊滅に追いやった上級妖魔と黒魔術師だ。並半端な軍隊では歯は立たないだろう。それどころか、今のルショスクの兵士の大半は素人同然、街を守らせるのがやっとの状態だ。

 そんな彼らを矢面に立たせた所で、無駄死にするのは目に見えている。


「中央の近衛騎士軍団が動いてくれれば、問題はないんだが……」


 アストールは悩ましげに通信水晶を見つめていた。グラナに渡された水晶はこのルショスクに入ってから、何も反応がなくなっていた。こちらから呼びかけても応答はない。ジュナルによれば黒魔術による結界が影響しているという。


「連絡が取れないとなると、どうしようもないか……」


 アストールは万策尽きたと言わんばかりに、大きなため息を吐いていた。


「ましてや、ルスラン達がルショスクの襲撃を引き起こしたのなら、あの廃墟には多くの妖魔がいると見たほうがいいであろう」


 ジュナルは悩ましげに腕を組んだまま考え込んでいた。

 今回の戦い、乗り込むにしては危険が大きすぎる。第一にグラナに言われたのは、黒魔術師の正体を突き止めることであり、捕縛は二の次の事だ。

 できることはやればいいが、無理に黒魔術師を捕まえる必要などない。

 第一の目標は達成したのだ。後は帰って報告をし、然るべき対応をとってもらえばそれでアストールの任務は完了する。

 ただそれでは、ルショスクが滅ぶか、黒魔術師が逃げてしまうかの二者択一になってしまう。


「ここは中央からの援軍が来るのを待つ他に手段はあるまいか……」


 ジュナルは唯一の安全な選択肢を口にしていた。

 現状の戦力ではショスタコヴィナスに乗り込むことは相当に危険だ。

 全員が黙り込んで、悩み始める。

 そこで急にリュードが立ち上がる。一同がその方へと目を向けると、彼は拳を握ったまま叫ぶようにしていっていた。


「そんなの待ってられっかよ! こうしてる間にもアイツ等は逃げる支度をしているかもしれないんだぞ!?」


 熱く語るリュードの言葉には一切の迷いはない。その力強く燃える怒りの炎を宿した瞳を、かつてのアストールも持っていた。それを見てもアストールは何とももどかしい気持ちになる。


 昔の自分ならリュードと同じように意見を述べていただろう。

 だが、ここでは明らかに自分は冷静になっている。自分が成長したのか、それとも女性としての身の弱さを自覚しているからこそ言えないか。それはわからない。ただ、彼の言ったことは確かな事で、アストールの心を動かすのには十分だった。


「ま、それもそうだな……」


 アストールは静かに立ち上がる。


「ア、アストール?」


 メアリーは彼女かれが立ち上がってリュードの前に行くのを、唖然としてみていた。


「でも、それだけ腕に自信があるのよね? 勝てる確信、確証もあるのよね?」


 アストールは鋭い視線でリュードを睨みつける。

 従者の命を預かる身だ。リュードが何も考えなしに行動しているのであれば、それはすぐに突っぱねるつもりだ。

 彼はそれにまっすぐと瞳を見返して答えていた。


「ああ、今のメンバーなら必ず奴らを倒せる!」


 リュードが何故そこまで自信を持って答えられるのか、アストールには今一理解ができなかった。確かにアストール達だけで軽く騎士一個軍団の実力はあるかもしれない。だが、所詮は少数精鋭に過ぎない。もしも多くの妖魔をけしかけられれば、とてもではないが全員が生きて帰れる保証はない。ましてや、上級妖魔のヴェヘルモスがいるのだ。それを相手にしながら、大量の妖魔を倒すことなど到底不可能だ。


「何か方法があるの?」

「ああ、単純な方法さ。電撃的な速さで相手の首元まで剣を差し込む」


 アストールはリュードの言葉を聞いて、その意味を考えていた。

 相手が準備を整える前に相手の懐に潜り込み、反撃をする間も与えずに倒すこと。それがリュードが考えていただ。


 確かに今の面子ならば、敵の喉元に飛び込めば一気に力押しで勝つ事はできるかもしれない。

 怪力のコズバーンに眷属のアルネには巨大な地竜が付いている。待ち構えている妖魔には、二人の突破力さえあれば、どうにかなるだろう。そして、あの魔法陣は相手の喉元に達している。条件は揃っている。だが、それにしても下準備はいる。


 ショスタコヴィナスの居城の地図がなければ、相手がどこで何をしているかさえ分からないだろう。


「エメリナ、あの城の地図をすぐにルショスクから貰ってこれる?」

「う~ん、明日までならいけると思う」

「そう、じゃあ、お願いできる?」


 アストールが言うとエメリナは軽く返事をして、そのまま飛ぶようにして駆け出していた。


「ジュナル、あの魔法陣、使いこなせる?」


 アストールは真剣な眼差しでジュナルを見つめると、彼は暫しの間黙り込んでいた。その後、静かに答えを告げる。


「使いこなせます。ですが、乗り込むのは危険だと思いますが……」


「ここでアイツ等に逃げられたら、元も子もない。やっぱり早めに奴らとの蹴りを付ける方がいいだろう」


 アストールは苦心するジュナルを前に、彼の意見を一蹴する。そう言って全員を呼び集めていた。こうして村の外れた一角で、黒魔術師たちに対する反撃の狼煙が上がろうとするのだった。



「トレンツォがやられるとはな……」


 白髭を生やした老人が、髭を撫でながらしかめ面をしていた。

 そこにルスランが腕を組んで現れる。彼はイヴァンの後ろにいる青年に顔を向けていた。


「奴は少々奢りが過ぎたからな」


 青年はとんがり帽子を目深に被ると、目だけで笑って語りかけてくる。


「にしても、いよいよ追い詰められてきましたね」


 壮年の魔術師が怒りを露にして青年に詰め寄っていた。

 トレンツォがやられたとは言え、まだ入口を破られたに過ぎない。それに加えてトレンツォは油断していた。彼らの力を過小評価していた。たったの四体の試作品で戦い、結局は敗れたのだ。

 常人なら確かにこの四体で十分だっただろう。だが、彼らはあのキリケゴールの襲撃とルショスクの襲撃を切り抜けた猛者たちだ。それを知っていてあの程度の戦力で倒せると思っていたことが奢りである。


「まだ我々は追い詰められちゃいない。こっちには切り札がゴマンとある」


 壮年の魔術師が青年に対して自信たっぷりに歩み出てきていた。それでも青年は笑みを崩さずに答えていた。


「そうやってやられたのは、どこの黒魔術師ですか?」


 壮年魔術師が青年魔術師を睨みつけながら、歩み寄っていく。


「お前、イヴァン様に客人と言われてきたから大目に見てたが、それ以上の暴言は許さんぞ」


 それに対して青年は怯むこともなく、ただ余裕たっぷりの笑みを浮かべながら答えていた。


「あ~、怖い怖い。それよりも、僕は取引ビジネスの話をしに来たんですよ」


 壮年の魔術師は青年の魔術師を訝しみながら問い詰める。


「ビジネスだと?」


「そう、とある方からの依頼でね。この研究の成果を全て持ち帰るようにと言われているんですよ」


 青年魔術師はそう言うとイヴァンの前まで歩んでいく。

 青年はゆっくりと歩み寄りながら、つくづく自分の甘さを自嘲していた。


(ふふ、何がビジネスだ……。ただ、あいつにいいように使われているだけだな)


 青年はそう思いつつも、自分のやろうとしている事に“あいつ”が必要不可欠なことを知っていた。

 だからこそ、ある程度は譲歩しなければならない。


「その話か……。あ奴め。もう嗅ぎつけたか」


 イヴァンはそう言って忌々しげに天井を見据えていた。

 王国に自分の居場所が知れるのは時間の問題だ。だからと言って未だ完成を目前にしている研究を手放すのも口惜しい。イヴァンはこの研究を完成させるのに四十年という歳月をかけたのだ。その間に外の情勢は色々と変化したが、このルショスクが荒廃したことは彼にとってかなり都合が良かった。

 だが、それも既に行動を起こした以上、叶わぬ夢となりつつある。


「悪い話ではありませんよ。僕はあなた方の研究を高額な値段で買い取る準備をしていますから」


 青年はそう言って手から何処からともなく金貨の入った袋を取り出す。


「ふふ、我々の成果を金で買えると思うてか?」


 イヴァンは青年を見据えて笑みを浮かべる。


「お金で買えないのなら……。強硬手段を取るしかありませんね」


 青年は笑顔のままで敵意を出すことなく言い放つ。

 それに対してルスランがすぐに彼の前に立ちふさがっていた。


「この状況でよくもまあ、安安と言う。だが、お前の周りは全部敵だぞ?」


 ルスランは腰の剣柄に手を添えて青年を見据える。その目には今にも斬りかかりそうなほどの威圧が込められている。そして、青年の後ろで壮年魔術師も両手を構えて戦闘準備へと移行していた。


「はは、この状況も悪くない。ですが、これでも僕は黒魔術師の端くれですから、貴方方程度の相手なら片手で十分ですよ」


 青年魔術師もまた左手を腰に回して右手を前につき出していた。

 一触即発の事態。

 三人は互いに牽制をしつつ、にらみ合っていた。


「待て!」


 イヴァンが声を上げると、三人は一斉に彼に顔を向けていた。

 ただ、ルスランと壮年魔術師は意外そうに彼を見ている。イヴァンは三人に注視されて、暫し黙り込んでいたが、小さくため息をついて口を開く。


「何にせよ。我らはいずれ滅ぼされる運命よ。それが分からぬ私ではない」


 あのルショスクの襲撃に失敗した時点で、既にイヴァンの計画は頓挫したも同然だった。既にルショスクを占領する戦力はなく、領主の二人も已然健在だ。

 何かを決心したのか、イヴァンは大きく息を吐いていた。


「物分りの良い方は好きですよ」


 青年魔術師は笑みを浮かべて金貨の入った袋を取り出す。同時にルスランと壮年魔術師は大きく肩を落としていた。


「この研究は完全には完成していない。あの女なら我らの悲願を達成させるかもしれぬ。全てを持っていくがいい」


 青年魔術師はその言葉を聞いた瞬間に、即座に答えていた。


「全てはいりません。あの方が欲してるのはあなた方の記録書と研究書ですから」


「現物はいらぬと?」


「管理が面倒ですからね。それに今のあなた方の戦力を削るのは少々酷だ」


 イヴァンは苦笑していた。彼の言う通り、昨今のルショスク襲撃に失敗した時点で、自分の計画は頓挫しているのだ。だからと言ってあの場面でヴェヘルモスを投入できたかといえば、そうではない。召喚契約の制約を受けていて、とてもルショスクには投入できなかった。

 何よりもこの時のために用意した合成した人魔と蓄えた妖魔の殆どが駆逐されている。


 その事をも青年は見透かしていた。


「ふ、ずけずけと言う。気に入らん」


 青年の言葉にイヴァンは不機嫌そうに答えていた。


「それでは、商品を持ってきて貰いましょうか」


 青年の言葉にイヴァンは頷いて見せていた。ルスランは仕方なく今までの研究成果を取りに行っていた。数刻もしないうちに大量の資料が入れられた大きな木箱を両手に抱えて持ってくる。


「中身を確認させてもらいますね」


 青年はそう言うと木箱を開けて資料を手に取って読み始めていた。

 流麗な字で綴られた本を手に、静かに読みすすめていく。人体と妖魔の解体方法や、魔力結合の方法、そして、効率のいい人魔の錬成方法や人体と相性のいい妖魔など、様々な研究の成果が本には記されていた。また、それらの研究書が嘘偽りでないことも、青年には直ぐにわかった。


「確かに、お受け取りしました。では、契約通り、ここにお金は置いていきます」


 青年はそう言って長机の前に金貨の入った袋をおいていた。代わりに木箱に触れて、瞬間的にその場から姿をくらましていた。それを見たルスランと壮年魔術師は目を点にする。


 転移魔法を使ったのは明らかだが、魔法陣や詠唱もなく転移魔法を使う事そのものが信じられなかった。そこまで熟練しようと思えば、体の寿命を伸ばした上で百年は軽くかかるだろう。


 だが、彼は明らかに二十代の青年だった。


「あの若さでここまで魔術を習熟しているとは……」


 ルスランも筋がいいと褒められはしたが、その境地にはけして自分が生きている間には達せないと思っている。だからこそ、彼の実力を前にして絶句していた。


「……イヴァン殿、良かったのですか」


 壮年魔術師が力なくイヴァンに語りかけていた。


「どの道、ルショスクを落とせなかった時点で、我らの計画は頓挫している。いずれここには国軍の討伐軍団がやってくるだろう」


「しかし、研究は完成間近でしたのですぞ!」


 壮年魔術師が納得はいかないと更に反論使用する。だが、イヴァンはそれを手で制していた。


「だからこそ、あの研究はできるものに後を託すしかあるまい」


 イヴァンに取ってこの人魔錬成、妖魔と人の魔力結合の研究は、我が子同然だ。国によって息の根を止められるくらいなら、同じ黒魔術師に子を託すのもまた一つの選択だ。


「中央の近衛騎士団が来れば、いくら上級妖魔があるとは言え、我らが負けるのは時間の問題よ。そうなれば、あの研究は露呈して永遠に封印される」

 イヴァンはそう言って悲しい笑みを見せていた。


「イヴァン殿……」


「二人共今までよく私に尽くしてくれた。この金を二つに分けて、どこへでも行くがいい」


 イヴァンは机の上に置かれた金を前に、ルスランと壮年魔術師に言い放つ。

 二人には色々と無理をかけた故に、せめて最後は自由にしてやりたい。そう思ったからこそ、あの金を受け取っていた。本来であれば不要な金、だが、二人が生きていくには絶対に必要になるものだ。

 だが、二人は顔を見合わせた後、口々に答えていた。


「ふ、金などいりませんよ。私はあなたと共に散る事を誓いましたから。それにトレンツォの仇も取れていないのですからね」


「あんたは俺の親父同然の人だ。あんたがいなければ、おれは魔術師にも騎士にもなれてなかった。その恩は返させてもらう」

 二人は元より決意していたのか、迷いなくイヴァンに申し出ていた。


「二人共、大馬鹿よのお」


 イヴァンは二人の申し出に破顔していた。ついつい漏れ出た笑には、後悔はない。

 そして、再びイヴァンは表情を引き締めて二人に力強く言う。


「早速戦の準備に取り掛かるぞ」

「は!」


 三人はショスタコヴィナスの居城に、色々なものを仕掛けようとするのだった。



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