窮追(きゅうつい) 3
事件の解決を任せられたアストールは、休息を取った後すぐに準備を進めていた。武器や防具の整備、食糧やテントなど野営道具一式、そして、馬や馬車だ。
準備が整ったのは、それからさらに二日後の事だ。
正直に言えば物資はまともに揃っていない。
馬は全てルショスクの街の復興作業に駆り出され、手に入ったのはロバが三頭、荷物を運ぶのも馬車ではなく荷車だ。それでもまだ、これだけの物が手に入ったからには運がいい方だ。軍でさえ馬不足が深刻で、工作に牛を駆り出している程だった。
「ここまで来ると、私なら故郷棄てるかもー」
エメリナは呑気にそう吐き捨てる。
「確かにな……。俺も田舎が嫌いで出てきたし」
リュードがエメリナに同調する。
「それでも、人と言う生き物は、生まれ育った故郷は中々棄てられぬ物です」
二人に変わってジュナルが哀しげに言う。いつしかは過去あった栄華がいつかは訪れる。そして、何よりも生まれ育った地を失いたくない。
人の本能がそうさせているに等しい。
「復興する見込みなんて無いのにねー」
エメリナはガリアール人らしく、先の利益を考えて口にしていた。
もはや鉱石を採掘しても、売却先は国内にいない。だからと言って国外に輸出しても、それだけの採算がとれないのだ。鉄鉱石以外の何か付加価値のある物が取れれば、ここも変わってくるかもしれないが、それも見込みはない。
「人は誰しも生まれ育った故郷は一つですからな」
ジュナルが感慨深く言うと、エメリナはあっさり納得していた。
「それもそうだね」
三人はロバの引く荷馬車の後ろを警戒して、森を歩いていた。ロバの手綱を引いているのはレニとアルネで、その前をアストールとメアリー、コレウスが進む。そして、側面をクリフとコズバーンがそれぞれ警戒していた。
「警戒するに越した事は無いけど、流石に相手が黒魔術師だと、緊張するね」
メアリーが弓を片手に周囲を見回す。
「まあね。いつ何処から、あいつらが襲ってくるか分からないからね」
アストールも周囲の森に目を凝らしていた。不気味な事に、森からは動物の気配が一切しない。まるで危機を感じ取ったかのごとく、動物は逃げ去っているようだった。
「魔法が発動されれば、僅かながら空気が淀みます。相手が魔法を放つより早く、庇って見せます」
コレウスの頼もしい限りの発言に、アストールは満面の笑みで答えていた。
「流石は魔術師様、頼りにしてますよ」
少しだけ後ろをチラ見すれば、リュードが歯を食いしばって棒切れを拾って折っていた。
(ばっかじゃねーの)
アストールはリュードを見てクスクスと笑う。
そんな徒歩の旅が続いて、アストール達一行はようやく目的の場所に辿り着いていた。
「ほほう、ここはあの最初の襲撃の……」
ジュナルが感心した様に、盗賊の妖魔化事件の現場を見回す。ここは完全な廃墟であり、人の出入りも滅多にない。黒魔術師がルショスク近くに潜伏するとしたら、これ以上ないくらいに好条件である。適度に街から外れていて、だからと言って旅人が宿泊できるほど安全な場所ではない。
わざわざここに泊まるとするなら、相当の手練であるかよっぽどの事情持ち以外には考えられない。
「そう。で、あの小屋は怪しかったけど、調べる時間なかったじゃない」
アストールは胸を張ってジュナルに答えていた。
妖魔に変化した盗賊の襲撃の後は身の安全を優先したため、この廃墟を更に詳しく調べる事もなく素通りした。当然といえば当然の行為、だが、少し考えると都合が良すぎる話でもある。
怪しい場所を調べさせないために、黒魔術師達があの盗賊を嗾けたというなら合点の行く話だ。
「ふむ。確かに、あの時は小屋の隅々を調べる時間はなかった……」
ジュナルは腕を組んで顎に手をやって考え込んでいた。
「あのタイミングで都合よく盗賊が来ること自体が、よくよく考えれば虫の良すぎる話ってわけ」
アストールが答えてみせると、彼女の前に巨体がぬっと歩みでる。
「それでここを調べようというのか?」
コズバーンが大斧バルバロッサを肩に担いで見せると、ニコッりと笑みを浮かべてみせていた。
「そういう事よ」
アストールが頷いてみせると、一同が一斉に武器を抜いていた。
「黒魔術師がいるってんなら、いつ戦闘が始まってもおかしくねーな」
リュードが大剣を構えて周囲を見回す。ジュナルもまた周囲を鋭い目つきで見回して、杖を手にしていた。
「そうですな……。警戒しておくに越したことはないですな」
「じゃ、話がわかった所で、みんな行くぞ!」
アストールはそう言って村に足を踏み入れていていた。
全員が足を踏み入れていき、殿をジュナルが勤めていた。最後に足を踏み入れようとした時、彼はすぐに足を止めて周囲を見渡した。微々たるものだが、魔力らしきものを感じ取ったのだ。
だが、それもほんの僅かなもの、普段生活をしていると感知できないほどまでの魔力の乱れだ。
「……気のせいか?」
ジュナルは前を行くコレウスを見て、彼もその微動な魔力を感じ取った様子はない。
(何もなければいいが……)
ジュナルはそう言いつつ、一行の後ろで不安にかられつつ足を進めていた。
村自体はさほど大きくないため、目的の場所につくのはすぐだった。
朽ち果てた家々の中に、異様なまでに新しさを感じさせる物置小屋。前々から異様さはあったが、今になってみるとその異常さが余計に際立って見えた。
ロバと荷車を小屋の前に止めると、ジュナルとメアリーは荷車の後ろで待機する。そして、レニ、コズバーン、クリフが武器を構えて周辺を警戒する。
「さて、調べに入りますか……」
アストールが扉の前まで来ると、エメリナとリュード、コレウスが背後についていた。
「俺たちが護衛で入る! いいよな?」
リュードの言葉にアストールは一瞬考える。だが、戦力バランスを考えたとき、それが瞬時にベストメンバーであることに気付いて頷いていた。
「そうね……。じゃあ、行くわよ!」
「待ってください。私も行きます!」
アストールが前に出ようとした時に、アルネが彼女の元に駆け寄ってきていた。マントを羽織っているが、切れ目からは青地の装飾の施された衣装を纏っているのが見えた。眷属の正式な戦闘装束というものだという。
アストールは物置小屋の扉を蹴破って、中に入っていた。相変わらず中は埃臭い。だが、さほど劣化したものは見つからない。コレウスがそれに続いて、目を瞑って魔力の感知を行う。それと同時にエメリナが周辺を探り出す。リュードは狭い小屋の中で腰の短剣を抜いて身構えていた。
「……! これは!」
コレウスが瞬時に目を開いて訝しげに地面を見つめる。
「どうしたの?」
アストールが詰め寄ると、彼は真剣な表情をして答えていた。
「どうやら、この村の地面一帯、魔力を遮断する結界が張られているようです。村の下の魔力は一切感知できません……」
コレウスの言葉にアストールは笑みを浮かべる。
「ビンゴね……」
「でも、入口のカラクリはなさそうよ」
エメリナが殺風景な物置小屋を見て回って、中には何もないことを確認して答えていた。
「そう……」
アストールが答えた瞬間だった。突然物置の扉が閉まる。慌ててリュードが駆け寄って扉を蹴破ろうとした時だった。
「リュード待ってください!!」
コレウスが珍しく怒号をあげる。
「ど、どうしたんだよ!?」
「その扉、今特殊な魔術によって鋼鉄の強度を持っています。魔力結合能力を強化されたのでしょう……」
「てことは……」
「もし、そのまま蹴っていれば、足をやられていましたよ……」
コレウスの忠告によって難を逃れたリュードはほっとため息をついていた。
「でも、ほかのところは……」
「小屋全体がいま、魔力結合を強化されました。いま、僕たちは閉じ込められましたね……」
コレウスが奥歯を噛み締めると、同時に床が突然激しく揺れ出していた。気が付けば、小屋の中心部が長方形に縦割れを起こして、穴があいていく。五人はその穴におちまいと、すぐに入口までかけ戻っていた。数秒もしないうちに穴が空き、中に続く階段が現れていた。
「どう見ても、罠よね?」
アストールが苦笑してみせると、コレウスは表情を引き締めていた。
「でしょうね……。向こうは僕たちの行動を予め想定していたみたいですね……」
今や戦力は完全に二分されている。小屋の中のアストール達と、外のジュナル達、二つのチームがけしてバランスが悪いわけではない。だが、もしも妖魔の群れを相手にするとなると、少々厳しい戦いを強いられることになるだろう。
「罠だかなんか知らねーが! ここまで道を出してくれたってことは、どちらにしろこっちに来やがれってことだろ!」
リュードはそう言うと、短剣を腰にしまっていた。そして、すぐに背中の大剣を取り出して構えていた。手に馴染んだ剣の感触は、安心感すら与えてくれる。
「そうだね! どうせ、ここに閉じ込められたままなら、先に進むしかないよ!」
エメリナもまた笑顔でリュードに同調する。
「大丈夫ですか!? 何ともないのですか?」
後ろからジュナルの声が聞こえ、五人は同時に振り向く。彼は逸早く異変に気づいて、小屋の前まで駆けつけていたのだ。
「ああ! 大丈夫だ! それより地下通路が出てきた。前に進むしかないから行ってくるよ」
アストールが元気よく返事をすると、ジュナルが心配そうに彼に答えていた。
「そうですか……。十分に気をつけるのですぞ!」
アストールはその声を聞いて背中を押される気分になる。今までジュナルには救われっぱなしのアストールだが、今日の彼は完全に周囲の人を信じて送り出している。
「わかった! 気をつける! ジュナル達も気をつけて!」
「ふふ、そうですな! どうやら、拙僧らも囲まれていたようで、周囲全部妖魔だらけですな。ですが、安心して行ってくるのだぞ!」
ジュナルの明るい声からして、相手にはさほど脅威を感じる程の敵はいないと即座に判断する。何よりもコズバーンがついているのだ。早々にやられることはないだろう。そう思えるのも共に死線を掻い潜ってきた関係だからだ。
アストールはジュナル達を信じて足を踏み出し、地下通路に降りるのだった。




