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窮追(きゅうつい) 1


 朝日がステンドグラスを通して、玉座の前を色とり取りに飾り付ける。

 玉座に繋がる階段から赤い絨毯が両開きのドアに伸びていた。

 アストールは玉座の前に膝をついて、恭しく頭を下げる。両端にはこのルショスクの重鎮達が控え、その先にはヴァリシカが不安そうな表情を浮かべて玉座に鎮座していた。横にはゲオルギーが憮然とした表情で控えている。


「して、今回の一連の件、犯人が分かったと?」

「はい……」


 ヴァリシカに問われた時、アストールは淡々とその名を告げていた。


「貴方が信頼しておいでのルスランです」


 ヴァリシカは驚きで口を開けていた。そこで彼はルスランが思い付く限りの忠臣であったことを告げいた。


「まさか。その様な事が有るわけない。ルスランは南側城門の守備責任者だ。今回の襲撃も食い止めようと、自らの命を張って住民を助けた! しかも、彼はあの人拐い事件すらも志願して事件解決を申し出たのだぞ!?」


 絶対的な信頼を置いていた騎士の一人が裏切るわけがない。ヴァリシカはアストールにそう言いたかった。だが、彼女(かれ)は冷酷に現実を突きつける。


「ルスランはここに来る前より、身分を偽造していました。恐らくはこの襲撃すらも、その時から予てより定めていたものでしょう。何よりも南城門のあの不手際、報告から判断するに内通者がいて間違いありません」


 そうでなければ、南側城門が開いた辻褄が合わないのだ。ルスランが偶然立ち寄ったその日に、偶然襲撃を受け、偶然黒魔術師の息のかかった人々が南側城門を開けていた。城内に内通者が居て、人事の配置を変えたとしか考えられない。そして、それを証明する資料を、ゲオルギーが手渡してくれた。


「これをお読みになってください」


 アストールは懐より書類を取り出す。ヴァリシカの従者が彼女かれの元まで来ると、書類を受け取ってヴァリシカの元へと向かう。

 書類を受け取ったヴァリシカは、目を通して静かに喉を唸らせる。


「これは……」

「ルスランが人員の配置を変更した証拠です」


 ルスランは南側城壁でも権限は強く、人員の配置も自由に決められる。自分の息を掛けた兵士を配置する事は容易な事だ。その上、城外で自由に活動ができた。アドロスを予め城の外に配する工作などお手の物だ。

 それをアストールは言葉巧みにヴァリシカに説明する。


「し、しかし、では、何故人拐い事件の担当まで、申し出たのだ!」


 ヴァリシカは最後の反論と言わんばかりに、アストールに叫んでいた。


「時間を掛けすぎだとは、思わなかったのですか?」


 ヴァリシカはアストールに問われると、怪訝な表情を浮かべた。


「どういう意味だ?」


 アストールは小さく嘆息すると、短く説明する。


「彼がなぜ時間をかけたのか、と言いたいのです」


「もしや、時間稼ぎか……」


「そう。彼らが自らの研究を完成させるまでの時間稼ぎです」


 アストールが言うとヴァリシカは、肩で笑いながら項垂れた。


「ま、まさか。ハハハ、ルスランに限ってその様な。そ、それに、物証も揃うてなかろう」


 空笑いするヴァリシカに、アストールは予てより持ってきていた木箱を番兵に渡す。


「これを」


 番兵は手渡された木箱をヴァリシカに手渡す。彼は手渡された気箱を開けて中身を手に取っていた。中には深紅に輝く魔昌石と呪印の書かれた札が入っている。一目見ればこれが魔術関連の物とすぐに分かる。


「それは先日、ルスランの家より押収した物です。それ以外にも一豪族が持つような金貨と銀貨を確認しています」


「そ、そんな、その様なはったり、出任せとでっち上げを信じるわけには行かん!」


 物証を見たヴァリシカは酷く取り乱しそうになる。その横で今まで黙って事の成り行きを見ていたゲオルギーが、静かに歩みでて彼の前でひざまづく。


「父上、その物証、我が騎士アズレトも現場にて確認しています。此度の一連の犯人、ルスランにて間違いはありません」


 畳み掛ける様にゲオルギーが言うと、ヴァリシカは口を戦慄かせて、拳を握り締めていた。かと思えば体を痙攣させて、白目を向いて口から泡を吹き出していた。慌てて番兵がヴァリシカに近寄り、直ぐに彼を担ぎ出していた。

 残ったのは数名の番兵と、息子のゲオルギー、そしてアストールだけだった。


「御領主様は倒れましたが、如何なさいますか?」


 アストールがゲオルギーに問うと、彼は何一つ動じることなく答えていた。


「父上は気が小さい故、ああなる事は想定住みだ……。私が当代名を承り、引き続き審議は続けたい。一同よいな?」


 ゲオルギーの言葉に各重鎮達は異論なく頷いて見せていた。

 彼は少しだけ表情を曇らせつつ気絶した父親を見送る。そこには確かに心配そうな表情が、僅かながらに伺えた。だが、彼は表情を引き締めると続けていた。


「恥ずかしい所を見られたな……。さて、続けてくれ。エスティナ殿」


 ゲオルギーは玉座に着くと、鋭い目付きでアストールを見据えていた。父親よりも若いながら、余程領主としての貴賓と器量を備えて居るように見えた。


「あの、言いたい事は言いましたし、何よりも、ゲオルギー様は事の真相をアズレト様からある程度お聞きになられているのでは?」


 アストールにそう言われて、ゲオルギーは初めて表情を緩めていた。


「それもそうだ。とはいえ、この件をルスラン本人にも問いたださねばならんからな」


 ゲオルギーが話が分かる人物で安心し、アストールも直ぐに提案していた。


「十分に用心しなければなりませんよ……」

「そうだな」


 予てよりゲオルギーはアストールの忠告を取り入れ、議場に番兵を八名入れていた。ルショスク城内は戒厳令が敷かれ、フル装備の騎士や兵士が巡回している。戦時体制といっても過言ではない。何よりも議場のすぐ外には、アストールの従者達を待機させている。これだけの準備をしていれば、いくら黒魔術師といえど、早々に手出しはできないだろう。


 アストールの後ろの扉が開き、ルスランが兵士に寄り添われて入ってきていた。あくまでもルスランには勘付かれないために、審議の証人という立場で召喚している。


 だからこそ、ルスランは腰に剣を携行していて、それがアストールをより一層と不安にさせていた。


「ゲオルギー様 このルスランに御用命とは何事でしょうか?」


 何も知らないのか、ルスランは平然とアストールの横で跪いていた。

 彼女かれはルスランを警戒しつつ、事の成り行きを見守る。


「ルスランよ。お前に幾つか問いたいことがある」


「は、何なりとお申し上げください」


 表を上げてルスランはゲオルギーに答えていた。

 正直ここまで普通に対応をされると、逆にルスランは犯人ではないと思ってしまいそうにもなる。だが、確かに彼の家の金庫からは魔晶石と呪印の書かれた札が見つかったのだ。


 それは紛れもない事実であり、隠し様のない物的証拠だ。


「此度の妖魔襲撃、貴様が引き起こしたという疑いが掛けられておるのだ」


「何ですと!?」


 ゲオルギーの言葉を聞いて、ルスランは驚きの表情をあらわにする。

 まるで今初めて自分が疑われているのを知ったかのように、普段見せないほどに唖然としてみせる。ゲオルギーは淡々と報告を受けたことや、状況証拠を突きつけていく。だが、ルスランはそれでも焦った様子はない。


 アストールにはそれが逆に不信感を抱かせる。

 ここまで状況証拠を突き詰められながら、未だ自分の疑いが晴れるとでも思っているのだろうか。

 一通りの事を喋り終えたゲオルギーは、ルスランを見据えて問い詰める。


「……この事からして、お前が妖魔の襲撃を引き起こしたと見ているのだ」


 暫しの沈黙のあと、ルスランは顔をあげてゲオルギーを見据える。


「して、なぜ私がそのような事をしなければならないのですか? いや、それ以前に物証もないのに、私を疑うこと自体がおかしいではないですか!」


 自信たっぷりにルスランはゲオルギーに言うが、彼は番兵に目配せをする。

 そして、札と魔晶石を一つずつ取り出して、ルスランに手渡していた。


「それに見覚えがあるはずだ」


 ルスランは手にとった魔晶石を見て、首を傾げていた。


「これは……。とても綺麗な石と札ですね」

「お前の家から出てきたものだぞ」


 ゲオルギーが言うとルスランは笑みを浮かべる。

 そして、アストールに向き直って言い放つ。


「ご苦労なこった。ここまでこいつを運んできてくれた事、感謝するぜ」


 アストールは即座に行動に出る。駆け出して剣を抜いて、ルスランに斬りかかろうとする。刹那、ルスランの手元の魔晶石が部屋一体を覆うほどの明かりを放っていた。

 煙と光が周囲を包み込み、それが収まった瞬間には、目の前に巨大な人型妖魔のオーガが佇んでいた。


「な、馬鹿な!」


 ゲオルギーは唖然とオーガを見据える。

 それも束の間、ルスランがゲオルギーに剣を抜いて斬りかかっていた。走れば一瞬で辿り着ける距離だ。

 突然の行動にゲオルギーは対応が遅れ、それでも剣を抜こうと腰に手を回す。


 だが、それすらも間に合わなかった。

 振り下ろされた剣は、ゲオルギーの頭上から振り下ろされる。今後のルショスクを復興させることができない無念が一瞬で胸の内をおおう。ゲオルギーは覚悟を決めて目をつぶる。

 その時だった。

 ゲオルギーの頭上の刃は、甲高い音と共に弾き返されていた。


「最初から、これが狙いだったのか……」


 アストールがルスランの剣を間一髪の所で間に入って弾いたのだ。


「いい反応だ……。だが、オーガ(こいつ)を前にして、お前には同じことが言えるか?」


 ルスランは剣を肩の上に置くと、左手の人指しゆびでオーガを呼び寄せていた。


「ル、ルスラン……。やはり、貴様、私と父上を狙って……」


 ゲオルギーは口を戦慄かせながら、ルスランを睨みつけていた。


「ああ、ゲオルギー殿に感付かれたのは、正直意外だったよ。とはいえ、これも全て予定調和、全て織り込み済みだ。エスティナ、お前の従者は外だ。一人でオーガを止められるか?」


 ルスランは満面の笑みをうかべる。


「で、出会え! であえ!」


 ゲオルギーが叫ぶも扉からは兵士達とジュナル達は出てこない。横に控えていた重鎮達は慌ててその場から我さきにと逃げ出す。

 後ろの扉を開ければ、中庭ではオーガとジュナル達と騎士が戦闘を繰り広げていた。その中を重鎮達は散り散りに逃げていく。


「無駄だ。ご覧の通り、外にも数匹召喚しておいた。あんたの兵隊はそっちの対応で手一杯さ」


 オーガがゆっくりとアストールとゲオルギーに近づいてくる。ルスランの横を通り過ぎたところで、番兵が槍を構えてルスランに突撃を開始する。だが、ルスランは全く動じることなく、突き出された穂先を切り落として、番兵に迫り寄っていた。そして、袈裟懸けの一閃で番兵の一人がその場に倒れこむ。

 残りの7人はルスランを取り逃がすまいと、円形に彼を取り囲む。


「ゲオルギー様、ここは私にお任せください」


 アストールは力強く言うと、ゲオルギーは彼女かれを気遣う。


「し、しかし、貴公は女性だ」

「妖魔との戦闘経験なら、貴方より余程あります。ご心配には及びません」


 アストールの言葉にゲオルギーは後ろ髪を引かれる思いで、一歩一歩引き下がっていく。


「だが……」

「戦闘の邪魔になります。早くお行きに! アズレト様! ゲオルギー様を!」

「ぎょ、御意に!」


 玉座横に控えていたアズレトはゲオルギーの手を引いて、そのまま玉座より奥の方の出入り口へと向かって駆け出していた。


「ち、やりそこねたか……」


 ルスランはそう言うと、持っていた魔法札を発動させる。同時に地面に光り輝く魔法陣が出現して、次の瞬間にはルスランは光に包まれてその場から姿をくらましていた。


「引き際を分かってやがるぜ……」


 アストールはオーガと対峙すると、苦笑して呟いていた。ルスランは一度ゲオルギーをやり損ねたと見るや否や、すぐにここを切捨てて次の行動に移っていた。その潔さからも彼のやり口の巧妙さが伺えた。


 オーガは手に持った棍棒でアストールに襲いかかる。

 アストールも流石に正面からオーガに挑むのは分が悪い。

 後ろに引き下がって、棍棒の間合いから距離をとる。


 幸いな事に今は精強なルショスク兵が7人もいる。一人の時よりは、状況はましと言える。オーガの後ろに立つ7人は一斉に襲い掛かり、オーガの背中に槍を突き立てて、穂先で肉を抉っていた。

 だが、抉れたのは表皮のみ、筋肉を突き破ることはなかった。それどころか、オーガは表情を変えることなく、7人の兵士の方へと向き直っていた。


(へ、俺は小さくて脅威にはなり得ないってか) 


 アストールは自分よりも後ろの7人が脅威と取られたことに、安堵と同時に嫉妬にも似た感情を持っていた。以前の自分なら手出し無用と後ろの番兵達に怒鳴っていただろう。だが、今は彼らが事実上囮となってくれた事に安堵しているのだ。それに甘んじている自分に多少の嫌悪感を抱いた。


 何よりもオーガにさえ脅威にならずと見限られた事に、多少の憤怒を覚える。


「舐め腐ったこと、してんじゃねえよおお!!」


 アストールは激高してオーガの足元まで一気に駆け寄る。

 足元にきたアストールは目の前の膝の裏の腱を、剣を振るって横薙ぎに断ち切っていた。オーガは自然と後ろに倒れてきて、アストールは素早く横に逃げる。


 オーガは倒れ際に右手を振るってアストールに襲いかかるも、彼女かれはそれを難なくしゃがんで避けていた。倒れたオーガは上体をすぐに起こそうとするも、アストールは容赦なくその腹部に上段からの袈裟懸けをしかける。あっさりと筋肉を切り裂いて、臓物まで刃は達していた。


 真っ赤な鮮血が吹き出して、アストールを真紅に染め上げる。

 暴れそうになるオーガの右脇の腱を切り、彼女かれはオーガの胸板の上に上っていた。


「くたばれっつーの!」

 オーガの左手がアストールを払いのけようとするも、彼女かれは屈んでその体勢のまま剣を下に横薙ぎしていた。大剣であってもその分厚い胸筋と骨を叩き斬ることは難しい。だが、アストールの剣は難なく胸板を容易に切り裂いて、刃は心臓に達していた。


 再び鼓動に合わせてアストールを鮮血が染め上げる。

 白いレースの着いたシャツは真紅に染まる。そのまま完全に息の根を止めるため、即座に剣を首に振るっていた。胴体と首は皮一枚で繋がり、オーガの息の根は一瞬にして止められていた。


「す、すげえ……」

「ほ、本当に女かよ……」

「あれだけ硬い肉を一瞬で……」


 番兵達はアストールを見て、口々に呟いて彼女かれを畏敬の眼差しで見つめる。


「まだ、外に何匹か残ってるんでしょ。行くわよ」


 アストールは血を拭う事なく番兵を引き連れて飛び出していた。



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