真の黒幕を追い求めて…… 5
アストールがルスランの家で確証を得てからも、彼女は未だに領主への報告には行っていない。と言うのも物証が出てきても、ルスランの犯罪を証明できるだけの状況証拠が未だに正式に揃いきっていなかったのだ。
(エメリナの手に入れたルスランの経歴には目は通した。確かに身分を偽造していたとはいえ、それが直接的に黒魔術師に繋がる証拠にはならないからな……)
アストールは資料を手に椅子に座って考え込む。
拠点としている宿は幸いにも南区からは離れていたため、被害はなかった。だが、ほかの部屋は領主権限によって、家を失った人々に臨時で空き部屋が分け与えられている。影響が完全にないというわけではなかった。
そんな状況をアストールが憂いていると、に扉が開いて、エメリナとメアリーが入ってくる。
「あ、お帰り」
アストールが立ち上がって二人を出迎えると、メアリーが笑みを浮かべて彼女に近寄っていた。
「どうやら、ビンゴだったみたいね」
「何かあったのか?」
アストールが怪訝な表情を浮かべて聞くと、メアリーは口を開いていた。
「うん。あの経歴書に書いてあったルスランが依頼を出したっていうゴロツキが、どうやら不審な死に方してたみたいなの」
「不審な死に方?」
アストールが怪訝な表情で二人に聞き返すと、メアリーが引き続き饒舌にはなしてくる。
「ええ。あのゴロツキ達はあの襲撃の時、急な救出依頼を受けて動いたらしいの。しかもかなりのお金に釣られてね。しかも、そのゴロツキ達が妖魔のあまり入り込んでいない路地裏で、全員が妖魔に惨殺されてたのよ」
エメリナとメアリーはあの後、アストールの命を受けてかの探検者崩れについて調べていたのだ。だが、生憎、証人となるべきゴロツキたちは死んでいた。しかもそれが事故死と思われる死に方だ。あの南区の状況であれば、なんら不審死には感じられない。それを不審死というのであるから、まだ報告があるのだろう。
そう思ったアストールはメアリーに続きを促した。
「それで?」
「それだけじゃないのよ。その依頼を出した人は行方不明……。死体は見つかってない」
そう言われると、探検者達のみが死んで依頼者だけが助かったと見るのは、余りにも都合が良すぎるように思えた。だからと言って、犯人がルスランであると直結する状況でもない。
「へぇ……。でも、ルスランも妖魔に襲われてるし、それがルスランである可能性は低いかも知れないじゃない」
アストールが鋭く聞き返すと、メアリーは言葉に詰まっていた。
「まあ、そうだけど……」
メアリーが少しだけ困った表情を見せると、後ろに控えていたエメリナが前に出てきてアストールに報告する。
「まあ、それだけなら、黒って言い切れないけど、色々と証言を聞いてまわってたらね。守備隊が崩壊した後にゴロツキ達が出て行ったらしくてね」
「それで?」
エメリナは不敵に笑ってアストールに言っていた。
「ルスランが行方不明になった時間に合致する。それに加えて、その現場とルスランが居た場所はさほど遠くはないわ」
そう彼女の言った通り、ゴロツキの探検者たちが死んだ所より通りが二つ離れた場所に、ルスランは逃げ込んでいたのだ。
「なるほどねえ……。じゃあ、あの怪我も自作自演って所か……?」
「妖魔を意のままに操れるなら、充分考えられるね」
エメリナの言葉にアストールは喉を唸らせていた。
ケニーという青年の黒魔術師は、実際に妖魔を意のままに操っていた。その術を使えるというのならば、殺さない程度に自分を襲わせることだってできるだろう。何よりも、ルスランがいたのは激戦区といっても過言ではない場所。
そこで負傷兵を抱えながら戦い抜けること自体が奇跡だった。
(これだけ状況も黒に近づけるなら、ヴァリシカを十分に納得させるだけの証拠は揃ったわけだ)
アストールが行動に出ようと決意した時だった。三人の居る部屋のドアが突然ノックされ、同時に振り向いていた。
「どなたでしょうか?」
アストールが聞くと扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきていた。
「名は名乗れないが、城の者とだけ言っておこう」
アストールは怪訝に思いつつ、椅子に立てかけていた剣を手に取って扉まで近づく。エメリナとメアリーもそれぞれに得物は抜かずに身構えた。
「少しお待ちください。今開けますから」
アストールは扉の鍵を開けてノブをゆっくりと回していた。少しだけ扉を開けると、そこには外套のフードを目深に被った男性二人が佇んでいた。
アストールは警戒しつつも、扉を完全に開けて二人を招き入れる。
二人は部屋に入るなり、フードをとっていた。
そこでエメリナが声をあげていた。
「うげ、ゲ、ゲオルギー……様」
そう、ヴァリシカの息子のゲオルギーが従者を連れてアストールの元に訪れていたのだ。エメリナにとっては因縁の相手であり、あまりお目にはかかりたくない相手だった。
「先日は失礼した。メリナ……。いや、エメリナ殿だったな」
ゲオルギーはその美青年と呼べる顔を向けると、沈痛な面持ちで頭を軽く下げる。エメリナもすぐに自分の失礼を自覚したが、赤面しつつも腕を組んで顔を背けていた。
「あ、あんな事されたんだから、私は謝らないよ!」
エメリナはそう言って二人に背を向けていた。
「嫌われてしまったな……。それもそうか」
ゲオルギーは苦笑しつつアストールに向き直っていた。
彼は真剣な表情で彼女を見据える。アストールはそんな彼の意の中を見透かしたかのように聞いていた。
「次期ご領主様が、私の従者にただ頭を下げに来たわけじゃないでしょ?」
アストールの言葉に促され、ゲオルギーは鋭い眼差しを彼に向けていた。
「ルスランの件だ」
それを聞いた瞬間にアストールもまた表情を一変させていた。
「貴方もルスランを疑っていたそうね?」
「ああ、だが、今まで確証が得られた事はなかった……」
ゲオルギーの言葉が嘘でないことを確認すると、アストールは更に彼の真意を聞くために促していた。
「態々それを言うためだけにここへ来たわけじゃないんでしょ?」
「ああ、これを……」
ゲオルギーはそう言うと後ろに控えていた従者に合図する。従者はすぐに懐から書類を取り出して、アストールに手渡していた。
「これは……?」
「南門の兵士の配置替えの命令書だ」
彼女はすぐに書物を開くと、目を通していた。
「これは……。襲撃の二日前に人員の配置換えが行われてるのか……」
「ああ、しかもこの門の開閉を行う人員は、ルスランの部下だ……」
意外な言葉にアストールは思わず聞き返していた。
「部下……?」
「ああ、奴は部下を手にかけていたんだ」
「……そんな」
コズバーンとレニの報告によれば、城門の開閉部に配置されていた人員は、妖魔に成り果てていたという。まさか、自分の部下をも妖魔に変えてしまうという暴挙に出るとは、アストールも想像していなかった。
「事実は事実だ……。明日にでも奴をヴァリシカ候の前に呼び出して、全てを自供させる」
ゲオルギーはそう言って窓の外を見据えていた。その先には朝日の輝く城壁があり、被害の出た南区が無残な姿を晒していた。
「これで物的証拠も状況証拠も揃ったわけね……」
エメリナが言うとアストールは決意を新たに口にする。
「ああ……。これで奴をとっ捕まえれるわけだ」
アストールがそう口にするのも束の間、すぐにゲオルギーが彼女に話しかけていた。
「そのルスランを呼ぶ前に、貴公には近衛騎士としてヴァリシカ候に今回の事件の説明をしてもらいたい」
ゲオルギーの意外な言葉にアストールは目を丸くしていた。この地は男尊女卑が激しい。それゆえに自分は領主の前に立つことはないだろうと、半ば諦めていた。だが、ここに来てようやく自分の実力を正式に認められた。こんな事があるとは、アストール自身思いもしなかった。
「私に……ですか?」
アストールが聞き返すと、ゲオルギーは表情を固くしたまま答えていた。
「ああ。今回の件、貴公の方が色々と詳しいであろう」
アストールは少しだけ考えたあと、返事をしていた。
「わかりました」
「感謝する」
「でも、一つお願いがあります」
アストールが言うとゲオルギーは優しく聞き返す。
「なにかな?」
「その場に私の従者を控えさせていただけませんか?」
それが黒魔術師に対する最大の備えなのだ。
彼女自身が最も信頼する実力者たち、もしも魔法を発動されたとしても、彼らがいればどうにかなるだろう。だが、ゲオルギーの言葉は存外に冷たいものだった。
「……我が城の貴重な精鋭を控えさせる。議場にはそこは貴公一人でお願いしたい」
「な、なぜです?」
意外な返答に困惑するアストールに、ゲオルギーは冷静に述べていた。
「議場に上がれるのはそれ相応の身分のある者のみ」
「私の従者にはその資格がないと?」
「いかにも……。だが、議場の外での待機は認めよう」
爵位を持たない者は評議会には出席に同行できない。と言うのも控えている精鋭は地元の人々であり、評議会の主役のアストール達はあくまでも国外の人々なのだ。ある意味では正しい行いではある。
だが、もしも中に彼らの妖魔が雪崩こんできたら、いくらアストールとはいえ、流石に耐え切れないだろう。
「では、せめて武器の携行だけでも、お願いできないでしょうか?」
「ふむ……。仕方ない。今回は特例であるからな。二度とないと思え」
アストールの申し出も当然のものと言えた。
黒魔術師を目の前にしておきながら、丸腰でいられるほどアストールは平和ボケしていない。せめてジュナルには中に入っていて欲しいが、そういうわけにも行かなかった。
「はは、ありがとうございます!」
「では、明日、また会おう」
そう言うとゲオルギー達はすぐに外の方へと出て行った。
アストールもまた明日、報告することを頭の中でまとめだすのだった。