真の黒幕を追い求めて…… 4
州都ルショスクの受けた被害は日が経つ度に、その大きさが明らかになってきていた。妖魔の侵入を受けた南側の被害は、三日目にしてその大きさは更に増えていくばかりだった。正確には正しい報告が挙げられる度に、その都度被害の度合いが明らかになってきているといったほうがいい。
南側の住人の死者数は軍民合わせて大よそ1000人、負傷者は3000人に上っていた。実に南側の居住人口の大よそ六割に上っていた。
「……ですから、大半の住人が負傷、又は死亡している今、我々は如何にしてこの南区の復興案をまとめねばならないか! それが重要なのです!」
議場に響き渡る壮年議員の白熱した声に、他の議員は頷いて見せていた。
地方都市とは言えかつては一国の首都でもあった。そして、栄華を極めた一大都市の一つだったルショスクの名残りは、この区議会に色濃く残っている。
住民の意見を代弁する区議会議員は、各区画ごとの意見をまとめて領主に対して具申してその方向性を決めることが出来る。とはいえ、それを実行するかの決定権はあくまでも領主にある。あくまでも意見具申は参考程度にしかならず、そのままは採用されないのだ。
そんな南区議会の復興会議に出席していたルスランは、区議員の言葉に耳を傾けていた。全議員数は20名程度、だが、その席も空席が目立っていた。
空席になっている場所は死亡、又は重傷を負っていて議会に出席できない議員の席だ。この評議会にルスランが参加するのは当然と言えた。
なぜなら、彼はこの南区域の守備責任者であるからだ。
だが、議員達は一向により良い復興策は出せずにいる。ルスランはそんな状況の中、腕を組んで次なる行動を考えていた。
(さてさて、どうしたものかな……)
あの妖魔の襲撃さえ成功していれば、本来の目的を達成していたはずなのだ。その為に色々と小細工を施して、ルショスクの襲撃を敢行した。
(だが、まさか、あそこまでの妖魔の数を押し返すとは……)
ルショスクの兵士だけならば、確実にあの妖魔の群れをルショスク本城に到達させる事が出来ただろう。だが、イレギュラーな事態がそれを許さなかった。
それが……。
(エスティナの従者があそこまでの腕利きとは……)
外の妖魔を全てルショスク内に入れる前に、ジュナル達によって城門を閉められたのだ。そして、城壁内に侵入した妖魔でルショスク城を目指すも、殆どがジュナルの魔術によって掃討されていった。
門を閉められた時点で、ルスランはすぐに計画を変更、南区の街の破壊活動へと移していた。そして、自分は如何にも妖魔に襲われたかのごとく、怪我をした風体で部隊の元に戻って指揮を続けていた。
(イヴァンの親父には申し訳ないな……。今の計画を実行するために、かなりの年月を掛けてここまで成り上がったのに……)
ルスランは深刻な顔つきで、俯いて幼き日のことを思い出していた。
あれはまだ物心がついてから間もない幼い日、両親と共に引越しに向かっていた時のことだ。
その日は猛吹雪で視界が悪く、ルスランの乗った馬車は道を外れて崖下へと転落していた。この時ルスランは馬車から投げ出され、木々の枝がクッションとなり、地面に墜落した時は打撲と切り傷程度の軽症で済んでいた。だが、両親の乗った馬車は崖下に横転して、ランタンが幌に引火して家材などが勢い良く燃え上がり、両親もろとも焼け死んでいた。
本来ならば、ルスランはそのまま凍え死んでいてもおかしくなかった。馬車の元で何もできずに泣いていた少年は、火が収まるまでその場に膝をついていた。その内に泣き疲れた少年は、意識が朦朧としてその場に横たわる。彼のその意識が途切れる前に見た光景、それはローブを頭から被った老人が自分を見下ろす姿だった。
ルスランが気がついたのは、それからどの位時間が経ってからか。暖かい布団の中にいる事に気づいて、ルスランは目を開ける。そこには見知らぬ家の光景が広がり、彼の視界の先には燃え盛る薪がくべられた暖炉が見えていた。
「気がついたか……」
老人の声にルスランは、あの事故が事実であることを実感し、自分だけが生き残った事を後悔した。
「お前のみが生き残った事、悔いることはない」
彼の心情を読み取ったかのように老人は言う。だが、幼いルスランには未だに受け入れがたい事実を前に、老人の言葉は届かない。
「お前が生き残ったのは、何かしらの目的があって神が生かしたのだ」
その言葉の意味が分かるまでにどれほどの時間を要したか。
老人はそれからルスランが落ち着くまで、何をする訳でもなくずっと食事を与え怪我を治療し、介抱を永遠と続けていた。ルスランはそんな老人が不気味で仕方なかったが、それと同時になぜ自分を生かし続けるのかが気になって仕方が無かった。
ある日、彼は老人に聞いていた。
「なぜ、僕の面倒を見てくれるの?」
老人は静かに応えた。
「お前には神から授かった天性の才がある」
「天性の才?」
少年が無邪気に聞き返すと、老人は笑みを浮かべながら答えていた。
「ああ、私には分かるのだ。お前には魔術の才がある」
「なぜ、そんな事が分かるの?」
「それは、儂が魔術師だからだ」
それがイヴァンと初めて交わしたまともな会話だった。
それから徐々にルスランはイヴァンに心を開くようになり、いつしか自然と彼から魔術を習うようになっていた。ルスランの才能は非凡であり、魔術の習得スピードも普通では考えられないほど早い。一度魔力の流れや術の発動を見れば、それをも即座に真似ができるほどであった。
彼が教わっていた魔術は、当初は至って普通の魔術であった。だが、彼が12を迎えたある日、イヴァンの研究を目の当たりにして、ルスランは黒魔術にも興味を持つようになった。そして、その才能を活かしてあっという間に黒魔術を習得していった。それこそ、正に神が与えた才能というに相応しく、一度覚えたことは忘れることなく、次々に魔術をマスターしていく。ある程度の黒魔術を習得し終えたのは、彼が15になってからの事だ。
「ルスランよ。私は黒魔術師の国を作りたい……。お前もそれに協力をしてはくれまいか?」
その問いかけが来たのは、その翌年の事だった。
勿論、彼の答えは決まっていた。
「ああ、勿論だ! 親父の為なら、この命投げてもいい」
「すまぬな……」
そうして、イヴァンより計画の一部を託されたルスランは、ルショスクに大金を持って移り住んでいた。そして、すぐに騎士見習いの募集に志願して見事合格、騎士見習いとしてルショスク城に潜入していた。それが十年以上前の事だ。
その間に周囲から信頼を得るために、ありとあらゆる騎士業務をこなしていた。まずは従者からの出発、そこから何年も掛けて騎士爵位を授与し、それなりの権限を与えられたのが、つい三年前の事だ。そこまでの努力と時間が水泡とかしている事実に、ルスランは気落ちしていた。
その様子が今の議会の議員達からは、南区の深刻な被害を聞いて落ち込んでいるように見えてルスランには都合が良かった。
実際の計画が成功していれば、すでにイヴァンをルショスク城に招き入れ、このルショスク地域の支配と共に黒魔術師の国を建国しようとしている手はずだった。だが、その計画は敢え無く失敗していた。
妖魔の襲撃で領主の首を取ることが叶わなかったのだ。
(とはいえ、まだ、手段が残されていないわけではない……)
ルスランは自分に残された時間が少ないと薄々感づいていた。
自分の守備担当していた南側城門の不祥事は、明らかに内通者がいて成り立つものだ。そして、その不祥事を引き起こせるのは、守備隊の編成権限をもっている守備責任者のみである。
自らを妖魔に襲わせて、重症を負っているように見せてはいるが、いずれそれも明るみに出るのは時間の問題だ。
(だが、トップの首さえとってしまえば、こっちのものだ……)
ルスランはこの計画が失敗した時のために用意していた保険の策を、実行に移す事を内心決意するのだった。