真の黒幕を追い求めて…… 2
ルショスク本城に着いた後、クリフは敢えてアストール達と行動を別にしていた。と言うのも、アストールと共に領主と面会して金を要求しようものなら、その矛先が彼女に向くのは容易に想像が付いたからだ。
全てはクリフが正規でこのルショスク領主のヴァリシカに雇われるためだ。アストールとジュナルは玉座に座るヴァリシカに片膝をついて頭を下げていた。
「表を挙げてくれ」
ヴァリシカは頭を垂れた二人に申し訳なさそうに言う。アストールとジュナルは頭を上げると彼に向き直っていた。
「この度は妖魔の襲撃に駆け付けれず、痛恨の極みです。申し訳ありませんでした」
アストールが謝罪をすると、ヴァリシカはそれをやんわりと諭していた。
「いや、貴女の従者の活躍により、このルショスクは救われた。貴女方がいなければ、もしかすると、このルショスクその物が妖魔に滅ぼされていたやもしれぬ……。私としては何と、お礼を申し上げていいのやら」
ヴァリシカはそう言うと大きくため息を吐いていた。もしもアストール達が居なければルショスクは滅んでいたかもしれない。それなのに、自分は彼らを一目見て絶望を露にした。今となってはそれがとても恥ずかしく思えてならなかった。
ジュナルはヴァリシカがある程度落ち着いたのを見てから、口を開いていた。
「ヴァリシカ様……。拙僧らは主人の意向を忠実に実行したまでの事です」
ジュナルに続けてアストールも直ぐに言う。
「私達は近衛騎士として、当然の務めを果たしただけです。王の民を守る事こそ、騎士の本懐、我らの剣はその為にあります」
まっすぐにアストールはヴァリシカを見ると、彼は感嘆していた。
「あなた方は正に騎士の鏡だ。当初の御無礼、御許し頂きたい」
ヴァリシカは二人に頭を下げていた。横に控えていたゲオルギーが慌てて駆け寄る。
「父上、領主たるもの、そう易々と頭を下げてはなりませぬ」
その言葉に今一度納得できないヴァリシカは、しかめ面をして頭を上げていた。
アストールとしては、声のかけようが無かったので、内心この若き次期領主に感謝した。
「それで、少しお聞きしたいのですが、最近ルショスク城内で怪しい行動をしていた人物を見かけませんでしたか?」
アストールの問いかけに、ヴァリシカはゲオルギーを見る。彼はゆっくりと頷いて見せていた。
「……つい昨日の晩、アズレトが賊を捕まえたという報告を受けた」
アストールはそれが直ぐにエメリナであると、直感的に思う。だが、けしてそれを表には出さずに聞いていた。
「賊ですか?」
アストールがヴァリシカに聞くと、彼は横に控えていたゲオルギーに目配せする。ゲオルギーは頷いて見せるとすらすらと説明していた。
「ええ。なんでも城内を探りまわっていたらしく、もしかすると、今回の妖魔の襲撃にも関係しているのではないかと疑われております」
恐らく、否、それは確実にエメリナの事だ。アストールは確信して直ぐに具申する。
「そうなのですか。申し訳ないのですが、その賊とやらに面会はできますか?」
「それは問題有りませんが、また、何故その賊に?」
ゲオルギーが鋭い視線でアストールを見据える。彼女もまっすぐに瞳を向けて答えた。
「今回の事件を解決する事が私の与えられた任務ですから、例え、些細な事でも知っておかなくてはなりません」
アストールの本心からの言葉に、ゲオルギーは表情を緩める。
「分かりました。取り計らいましょう。昨晩の騒ぎもありますし、まだ、拷も、ではなく、尋問もされていないでしょうから、五体満足なはずです。話も今ならしやすいでしょう」
ゲオルギーの言葉にアストールは口を吊り上げて、頬をひくつかせた。
「あ、そ、そうですか。何か、物騒な単語が出てきましたけど、聞かなかったことに致しますわ」
「はは、これはお恥ずかしい。では、ご案内致します」
ゲオルギーはそう言って、アストールとジュナルを引き連れて地下牢へと案内するのだった。
◆
幸いなことに昨晩の騒ぎ以来、エメリナの元に兵士は来ていない。あの緊張感から解放されたせいか、いつの間にか眠っていたらしく、気が付けばかなり時間が経っていた。だが、エメリナにとってはもはや、そんな事はどうでも良かった。何故なら既に彼女は、全身に這い廻った縄を解いて居たからだ。
表面上は縛って居るように見えるが、実際には手首のロープは、石壁の微妙な突起に擦り付けて切っている。
残りの関節を固められていた縄も、既に緩めていてほぼ五体満足に動けれるのだ。あとは計画通り、あのアズレトか、兵士が来た時に油断して近づいた所を人質にするだけだ。
そして、そのチャンスは意外にも早く訪れた。
彼女の独房に何人かの足音が聞こえてきたのだ。
足音は独房前で止まると、ガチャガチャと鍵が開けられる。そして、一人の男がこう言った。
「こちらが、例の賊です」
あくまでもエメリナは寝たふりを演じる。
独房の中に男に促され、一人の人間がエメリナの背後に迫る。そして、彼女の肩に触れようとした。その時だった。
エメリナは素早く手の縄をほどき、触れようとした手を取る。そして、そのまま引っ張り押し倒すと馬乗りになった。
彼女は相手の腰の剣を確認すると同時に、その剣を抜いて押し倒した相手の首元に刃を押し当てる。
そして、独房入口を向いて叫ぶ。
「動くな! 動けば切る!」
その間、数秒とかかっていない。
兵士たちが動くよりも早くに人質を取ることに成功していた。ゲオルギーは口惜しそうに奥歯をかみ、兵士は完全に身動きが取れずにいる。完全な計画通りの行動。これで逃げられるはず。なのだが……。
「え、エメリナ……。相変わらずのお手並みね」
良く聞き覚えのある声が真下から聞こえる。
恐る恐る顔を、人質に向ける。
そこには首筋にあの切れ味の良い剣を突きつけられ、苦笑を浮かべる主人のアストールがいたのだ。
「あ、エスティナ……」
「賊ってあなただったのね……」
ゲオルギーには体面上分からなかった事にするために、アストールはわざと言葉にしていた。
「ごめん。でも一人も殺さないように脱出するには、こうするしかなくて……」
「謝るなら、さっさと剣を返して退けてくれない?」
「あ、ご、ごめん!」
エメリナはアストールにそう言われて、剣を引いて床に置いた。そして、直ぐに彼女の上から飛び退いた、
「あ、あの、御二人はお知り合いで?」
アストールがエメリナと親しげに話している事に、ゲオルギーは驚いて訪ねてきていた。
「ええ。彼女も私の従者です。ただ、独断専行が過ぎる所が有りましてね……。ご迷惑をお掛けしてすみません」
アストールが謝ってみせると、ゲオルギーも慌てていた。
「あ、いえ! その様な事は!」
ゲオルギーが慌てるのも無理は無かった。もしも、エメリナに危害を加えていれば、誤解とは言え、近衛騎士に歯向かう事になっていた。そうなれば、中央の思う壺だ。必ず領主の首の据え変える口実になっていただろう。
「冷や汗をかかせないで欲しいものだ」
ゲオルギーは襟元を正しながら、咳払いをしていた。そして、直ぐに自分の着けていたマントを脱いで、エメリナの肩にかけていた。
「主人が誰か分かったのだ。知らずにとはいえその様な格好にしたこと、申し訳ない」
如何にも形式ばった謝罪ではあったが、それが引き出せただけでアストールには充分だった。何故なら、これでエメリナには非がないと認められたも同じだからだ。
「いえ、此方こそ誤解を生む様な事をして、申し訳ありませんでした」
これで相手の顔も立てて置けば、後は万事解決だ。アストールは一段落着いた事に安堵していた。
「さて、行きましょうか」
ゲオルギーに促されて、アストールとエメリナは独房から出ていた。彼の後ろについて二人は歩いていく。そうして、ルショスク城の一室を更衣室に宛がわれていた。着替えはルショスク側が用意した物で、女性用の平々凡々なスカートとシャツだった。
「あ、私はここで待つから、エメリナはさっさと着替えを済ましてくれ」
部屋の前で立ち止まったアストールに、エメリナは訝しむ。女性同士で別に気を使うことなどないはずだ。そう思ったエメリナはすぐに彼女の手を取って無理矢理に部屋へ引き入れた。
「女同士だから、なにも気にすること無いでしょ」
エメリナは扉を閉めるなり、直ぐにマントを取っていた。気が付けばエメリナの裸体が露になり、アストールは思わず目を背けていた。
腕と足は自由な分、体には艶かしく縄が巻かれている。アストールはそれに目を向けるのが気恥ずかしく思えた。ましてや、女性と二人きりの空間だ。幾ら女の体とはいえ心は男だ。意識しない方がおかしい。
顔を背けているアストールに、エメリナは不思議そうに顔をして聞いていた。
「エスティナ?」
「あ、な、なにかしら?」
「別に同性なんだから、そんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃない?」
エメリナは何も気にしたようになく、アストールに近づいていた。
「ちょ、ちょっと」
「早く縄を取るの手伝ってよ! これ、結構きつく縛られてるんだよねー」
アストール自身これ程面と向かって、縛られた女性の裸体を間近で見ることはない。彼女に緊縛趣味はないが、この状況に興奮しない方が男子としてはおかしい。
「あ、あぁ。分かった。手伝うよ」
アストールはエメリナの縄をほどきつつ、その途中で触れる肌の柔らかさに、胸をどぎまぎさせた。
「なんか、エスティナの手つき、エッチぃね」
それを気取られたのか、エメリナが無邪気に笑いかけてきていた。
「当然だ! 俺は男だからな!」などとは口が裂けても言えない。だからこそ、ぎこちない口調で返していた。
「そ、そんなことないから!」
「えー、そうかなー。さっきだって胸の辺りとかまさぐられた様な気がしたし」
図星だった。
アストールはこの際だから触ってしまえと、大胆にも胸の縄を外すときに紛れて、エメリナの胸を触っていた。勿論、彼女はなんら気にした様子は無かったので、気がついていないと思い込んでいた。
だが、それが馬鹿だった。
ばれた以上、アストールは開き直る事にした。
「いやー、だって女同士胸触ること無いじゃん。だったら、この際だから触ってみたの」
「ま、いいけど。いくらエスティナでも、次やったら殴るよ」
口調こそ軽いが、明らかに怒気が含まれていた。
アストールは思わず謝っていた。
「ごめん」
どうやら、何かがエメリナの癪に触れたらしく、珍しく彼女は怒っていた。そんなこんなで全身の縄をほどき、エメリナは直ぐに服を着替え出す。
「にしても、どうしてルショスク城に潜入してんのよ?」
アストールは話題を本題に移すためにエメリナに聞いていた。
「ん? ちょっと情報が欲しくてね……」
アストールは直ぐに聞き返していた。
「情報?」
「うん。ルショスク城側がこれだけ捜査して尻尾も掴めてないってなると、内側を疑った方が良いと思ったんだよ」
エメリナの言葉にアストールも納得して頷いていた。
「成程ね。それでこんな無茶を……」
捕まった事には殊更強く申し訳なく思っているのか、エメリナは酷く表情を暗くして謝っていた。
「ごめん……。でも、あいつの尻尾は掴めるかもしれないんだよ」
エメリナは服を着替え終えると、アストールに向き直っていた。彼女は意外そうに聞き返していた。
「え? あいつ?」
「……ルスランよ」
エメリナの言った名にアストールは、目を点にして聞き返していた。
「……ルスラン?」
「うん」
エメリナの言うことが信用出来ない訳ではないが、ルスランは妖魔襲撃事件の被害者である。もし、首謀者なら全力で妖魔を倒して、部下を失ってあんな悲壮な顔はしないだろう。
「証拠でもあるの?」
アストールの問い掛けに、エメリナは静かに答えていた。
「証拠はまだ無いけど、探せば必ず出てくるはず」
エメリナは自信たっぷりに言う。アストールは今一ルスランを疑う気にはなれなかったが、従者である彼女の言葉を信じない訳にはいかなかった。
ここまで自信たっぷりに言うのだから、何かしらの確証は得ているのだろう。
「わかった。そこまで自信があるなら調べてみよう」
信頼する従者の言うことを信じて、アストールは行動に移るのだった。
※すみません領主の名前を間違えていました。
トルチノフはルショスクの騎士であり、正しくはヴァリシカでした。
トルチノフと書いている部分を全てヴァリシカに修正いたしました。