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真の黒幕を追い求めて…… 1

 清々しいほどに雲一つない茜色の朝日。

 鳥達が囀り森の中の霧が徐々に晴れていく。山の陰より太陽が頭をだして、新たな一日の始まりを告げていた。


 惨劇が起きたルショスクにも、平等に朝がやってくる。

 城壁の外の妖魔はいつしかどこかへと消え、矢で射掛けられて死んだ妖魔達が、死屍累々と積み重なっていた。そこからも昨晩の戦闘がどれほど激しかったのかが伺い知れる。特に城門前は妖魔達の死体で溢れかえっていた。


 城壁の上の兵士達は疲労のせいで死んだように弓を抱えて寝込んでいた。

 また、城壁内の被害も朝日が昇ることによって明らかになっていた。

 ルショスクの南城門前の住民は、ほぼ全滅と言っていいほどの被害を出している。その原因として、住民の殆どが鐘の音を聞いて慌てて外に飛び出したからだった。妖魔達は動く者を狙い、逃げ惑う住民を追って民家に突入していった。助かった住人は、警報を聞いても家の入口を固く閉ざしていた人だけだ。


 凄惨を極めたルショスクでは、至る所で妖魔と住人の死体の処理作業に追われて、兵士達や遺族達が忙しなく動き回っている。また、至る所に兵士や探検者が巡回して、残存する妖魔の掃討作戦に追われていた。


 兵士達は悲しみに暮れる暇もなく動き回り、住民達は絶望に打ちひしがれてただ呆然と立ち尽くす者さえいた。避難の時にはぐれた子が親の名を叫び、探し回っている。その逆もしかり、そして、身内の死を目の当たりにした者はその場で蹲り泣き叫ぶ。これが一夜にして起きた惨劇と思うと、兵士達はやるせない思いを隠せなかった。


「これはあんまりよ……」


 フードの付いた外套を目深に被ったアルネが、周囲の惨状を目にして呟いていた。南城門を潜って一番にアストール達は街の惨劇を目の当たりにして絶句していた。


「こんな事、普通じゃあり得ないな」


 アストールは直ぐにガリアールの時の悲劇を思い出す。黒魔術が招いた最悪の事件、妖魔を大量に召喚して多くの人々が傷ついた。だが、今回の襲撃はそれを軽く凌駕する被害を出している。


「黒魔術か……」


 苦々しげに言うリュードは、ギュッと拳を握り締めた。今まで妖魔に襲われた集落や村を見てきたが、彼自身ここまで陰惨な現場に出くわした経験は無かった。

 キリケゴール族の集落襲撃さえ、霞んで見えてしまうほどに許せない光景が目の前に広がっている。ましてや、これが人為的に起こされたと思うと、流石のリュードも憤りを隠せなかった。


「絶対に黒魔術師を倒さないといけませんね」


 コレウスが決意を新たにするように、小声で呟いていた。怒りに打ち震えた声は、彼の中で黒魔術師に対する強い憎しみが感じられた。そんな一行の前に、肩を支えられながら一人の士官が通りすぎようとした。


 頭には包帯が巻かれ、肩からは左腕を支えるようにして白布が垂れ下がり、右足を引き摺って歩いている。

 アストールはその男を見て、彼の名を思わず口にしていた。


「ルスラン……」


 名前を呼ばれてルスランは、顔をアストールに向けていた。


「エスティナか……」


 憔悴しきったルスランは苦笑して彼女(かれ)に話しかけていた。


「はは、みっともない所を見られちまったな」


 アストールを余所者扱いし、当初はあれ程までに威勢の良かった男の姿はそこにはない。ただ、惨めに敗者としての屈辱を噛み締め、哀しみに打ちひしがれている。そんな哀愁漂うルスランを前にして、アストールはかける言葉が見つからなかった。


「あんたの従者のおかげで、多くの部下の命を助けてもらった。感謝するよ」


 ルスランの口から感謝の言葉が出てくるとは思っても見なかった。それゆえにアストールは上手く返事を出来なかった。


「い、いえ……」


「けど、俺の指揮した部隊は全滅さ……。市民を助ける為に出たのに、守る所か自分が死なないようにするのが精一杯だった……」


 ルスランは小さく溜息をついていた。

 城壁から下に出て逃げ惑う住民達の救助のために、部隊を自ら指揮していた。当初こそ隊列を組んで妖魔の群れを押し返して、住民の避難の時間を稼いでいた。

 だが、それも束の間中級妖魔の群れが、ルスランの居た所に攻撃を集中してきたのだ。その襲撃に耐え切ることができず、部隊は散り散りになっていた。

 兵士達は指揮系統を失って、集団での連携が取れず、本来の力を発揮することなく壊滅した。生き残った兵士達は至る所で住人を守りながら篭城していたが、最終的に生き残った兵士達は僅かなものだった。


「最初から、あんたに協力して貰ってれば、こんな事にはならなかったかもしれねーのにな」


 後悔の念が募るばかりのルスランに、アストールはどう言葉を掛けて良いのか分からず、ただ彼の名を口にしていた。


「ル、ルスラン……」


「俺はちょっと帰って休む……」


 ルスランはそう言うなり、兵士に寄り添われてその場を後にする。アストールは彼を見送ると、ジュナル達を探していた。

 これだけの大規模な襲撃でも、あの三人なら何とか切り抜けているだろう。そんな希望を持ちつつ足を進めていると、見慣れた二人がアストールの視界に入った。


「ジュナル! コズ!」


 アストールの叫び声に二人は反射的に振り返っていた。


「ご無事で何より!」


「良く帰った」


 二人が同時に安堵するのを見て、アストールも思わずほっと溜め息を吐いていた。アストール達のもとへと二人は駆け寄ってくる。


「レニは?」


「負傷者の救護に行っています」


 ジュナルの答えを聞いてから、アストールはレニの無事を聞いて安堵する。彼もおそらくは戦いに参加していたはずだ。それなのに疲労を顧みず、自らの使命を果たすために今も尚働いている。アストールは後で彼を労いに向かおうと思った。

 だが、今はそれよりも状況を掴むことを優先せねばならない。彼女かれはジュナルに訪ねていた。


「私達がいない間に、酷い事になったみたいね」


「拙僧達がついておきながら、南の方は壊滅状態です……」


 ジュナルの言葉を聞いてから、アストールは直ぐに状況の説明を求めた。

 ざっと簡単に言えば、内通者によって南側城門が開城、妖魔の群れが雪崩れ込み、一時はルショスク本城にまで群れが迫った。しかし、コズバーンとレニの活躍により、城門は再び閉められた。その後、妖魔は統率を無くしたかのように、次々に街に散らばり破壊活動を行ったと言う。

 ジュナルは入り込んだ妖魔の多くを討ち取り、また、コズバーンは元傭兵の経験を生かして、現地兵を指揮して果敢に戦った。

 そして、レニは休む間も惜しんで、負傷者の救護に東奔西走している状況だと言う。


「そう……。そう言えば、エメリナはどうなってるの?」


 ジュナルはその言葉を聞いてから、はっと我に帰っていた。


「そうでした! この大事で失念しておりましたが……。エメリナ殿も危ないかもしれません!」


 アストールは直ぐに表情を一変させて、ジュナルに事情の説明を求めた。


「どういうこと?」


「エメリナ殿は独断でルショスク城に潜入し、一部高官より怪しまれているとの事です」


 ジュナルの言葉にアストールは苦虫を潰したように表情を歪める。そして、直ぐに行動に移る。


「ジュナル! 私は直ぐにルショスク城に行く!」


「は! では、拙僧もお供します!」


 アストールは短く頷いて見せると、残りの面子に向き直っていた。


「皆、悪いけど、一旦宿屋で待機してもらえる?」


 アストールが言うが早く、クリフがそれを遮る様に前に出てきた。


「ちょっと待った」


「な、何か?」


 アストールがたじろぎながらクリフを見据えると、彼は胸を張り、人差し指を立てて彼女(かれ)に言い聞かせる。


「従者御一行さんはそれでいいが、俺達は探検者だ。金を貰う段取りもしなきゃならない。だから……」


「だから?」


「俺も同行させて貰う」


 クリフはそう言ってジュナルを見ると、彼は渋々首を縦に振っていた。


「そう言う事なら、同行は許可します」


 アストールはそう言うなり、そそくさと速足でルショスク本城に向かい出す。クリフとジュナルはそれに続いて、歩き出していた。



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