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ルショスクを襲う惨劇 5

 三人は南城門に向かって駆け続けていた。城門に近くになるに連れて妖魔達の数も多くなり、またその種類も増えていた。


「倒しても倒してもキリがありませんね!」


 レニが目の前のコルドをメイスで殴りつけて倒す。その後ろでコズバーンは両手の大剣で乱舞して、まるでミキサーのように周囲の道に肉塊をまき散らしていく。


「ふん、雑魚ばかりではあるが、流石に多いか……」


 さらに二人の後方でジュナルは、杖を構えて二人の前に向かって火球を放つ。

 小さな火球ではあったが、群れの先頭を走るコルドに当たった瞬間に巨大な爆発が巻き起こる。目抜き通りに火柱が上がり、爆風で吹き飛んだ妖魔達は肉塊になりながら、家々の壁に叩きつけられていく。


「さ、お二人とも、道は開きましたぞ!」


 爆風によってできた穴に、コズバーンとレニは躊躇なく駆け込んでいく。炎はなく、あるのは爆発によって起きた煙と砂塵のみ、それでも視界はかなり悪い。


「う、こ、こんな中級妖魔まで……」


 煙と砂塵の嵐を抜けたところでレニの目に入ったのは、巨大なネコの上半身と下半身が鳥の足、ワニの尻尾を持ったキメラに、蛇の体を持った上半身が人型の妖魔だった。これらの中級妖魔はコルドを引き連れて、二人の前に立ちはだかっていた。


「少しは楽しめそうだな……」


 にんまりとするコズバーンに、レニは息をのんでいた。

 レニがここまで高等な妖魔と戦うのは、これが初めてなのだ。

 それを即座に見抜いたジュナルが後ろから来て、彼の肩に手をのせていた。


「緊張せずとも、大物はコズバーンに任せればよい。レニ殿はいつも通り、討ち漏らしたコルドを相手に戦えばよい」


 優しく声をかけたジュナルの言葉に、レニは肩の力を抜いていた。


「ありがとうございます。行きます!」


 レニは覚悟を決めてすぐにコズバーンの後ろについて駆け出していた。

 コズバーンは難なくキメラや蛇人間を倒して、抜け出たコルドをレニが倒していく。ジュナル達はそうして妖魔を倒しつつ、南城門を目指して進む。


「こ、これは……」


 ジュナル達がやっとの思いで南城門付近に到着した時、そこはかなり荒れ果てていた。散乱した兵士と妖魔の死体、町の家へと押し入る妖魔、その中にはかつて見た人狼も含まれている。


 南城門上ではまだ、兵士達が抵抗しているらしく、雄叫びだけは聞こえた。

 だが、地上での激戦は虚しく、妖魔達の勝利で生きている兵士の数も残り少なくなっていた。追い込まれた兵士達は自分達の身を守るのがやっとであり、それを良い事に妖魔達は街の中で勝手気儘に動き回っていた。


 民家から殺害した住人を引きずり出して、その場で人間を貪り食う光景。それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


「ば、馬鹿な……」


 ジュナルはこの凄惨な情景を目にして、言葉を失っていた。これほどまでに妖魔が大量に城の外から侵入してくる事など、城壁がある限りありえない。

 ふとジュナルは城門を見ると、固く閉ざされているはずの扉が三分の一ほどまで開いていることに気付いた。妖魔達は次々とその扉より入ってきている。


「ジュナルさん! どうするんですか!?」


 レニの慌てた声にジュナルは落ち着いて考え込んでいた。

 恐らくは内通者による城門の開城、それ以外には考えられない。しかし、まだ城壁上の兵士達は健在であり、城壁内に妖魔が侵入した形跡はない。考えられるのは、城壁の扉を開ける施設を押さえられている事だ。ジュナルは素早く考えをまとめると、周囲で次々に敵を倒していくレニとコズバーンに言っていた。


「まずはあの扉を閉めなければなるまい! レニとコズバーン殿は城門へ行き、扉をどうにか閉めてきてくだされ!」


 レニは城門が開いていることに初めて気づいたらしく、小さく驚嘆の声をあげていた。


「分かりました……」


「よかろう。しかし、ジュナルよ! しかし、貴様の護衛がいなくなるぞ?」


 コズバーンの指摘にジュナルは苦笑してみせる。


「ふふ、ご安心なさい。拙僧も自らを守る術は持ち合わせております」


 ジュナルはそう言うと顔つきを真剣なものへと変えると、杖を自分の前で構えて見せていた。そして、小声で詠唱を開始する。


「本意ではありませぬがな……。土の聖霊ノーマよ。我にその力を与え土くれより兵士を具現化させよ。いでよ! ゲイザード!」


 ジュナルが詠唱して地面に向けて杖を振るうと、石畳の地面が隆起して次々と土が盛り上がっていく。盛り上がった土の塊は見る見る内に人の形を作り出し、遂には土の兵隊が作り出されていた。


 その数、おおよそ10体。


「ここは拙僧が引受けます。二人は一刻も早く城門を閉めて来てくだされ」


 ジュナルの周囲をゲイザートと呼ばれた土の兵士達が取り囲み、次々に周囲の妖魔に襲いかかっていた。土の人形とは言え、その集合体の結合力は術者の魔力に比例しており、ジュナルの操るゲイザートの強度は鋼鉄に匹敵する。剣の形をした腕を振るえば、妖魔の首が飛んでいく。


 二人はその様子を見て、ジュナルが一人でも大丈夫なことに安堵していた。


「は、はい!」


「よかろう!」


 二人が駆けていくのを見送ると、ジュナルは自分の護衛に更に一体のゲイザートを作り出す。


「さて、仕事であるな」


 十体のゲイザートを扱って、ジュナルは次々に妖魔を仕留めていく。

 さながら、それは熟練した狩人の如く、妖魔達はなす術なく討ち取られていた。それでも次々と妖魔達は城門から侵入してきていて、とてもジュナルだけでは手が追いつきそうもなかった。


「ふぅむ……。やはり、久々に本気を出さねばならぬようですな……」


 ジュナルは苦笑しつつ、更にゲイザートを増産していくのだった。




 ジュナルを背にしてレニとコズバーンは城門に向かって駆け出していた。コズバーンが両手の剣を振るって次々に妖魔の群れを肉塊に変えていく。その真後ろをレニは敵を牽制しながら続く。


 上から見れば妖魔の群れを掻き分けて道を作っていく芝刈り機のような光景だ。

 それにいち早く城門の上の兵士が気がついていた。

 レニとコズバーンが城門前まで辿り着く。目の前には開かれた門扉があり、そこからは大量の妖魔達が次々に流入してきている。幸いにも城壁内に通じる扉は全て閉まっていて、妖魔達も城壁には目もくれていない。


 ふとレニが城壁を見上げると、城門の上から兵士達が二人を見下ろしていた。


「早くここを開けてください!」


 レニが叫ぶと同時に数名の兵士が、城門の上から姿を消していた。

 二人が待つ間にも妖魔達は襲いかかってくるが、コズバーンが襲い来る妖魔を片っ端から切り刻んで肉塊に変えていく。討ち漏らした妖魔を、レニがメイスでしばき倒していく。そうしている内に、妖魔達も自分達では手に負えないと思ったのか、二人を相手にする事をやめていた。


 二人を無視して次々に街の方面へと雪崩込んでいく。


「口惜しいですね……」


 レニはその光景を見て歯噛みする。自分達に一匹でも多くが襲い掛かれば、その分街に入る妖魔を減らせるのだ。それを見過ごすことが、レニにはどうしても納得がいかなかった。


「仕方あるまい。今は耐えよ」


 コズバーンがいつになく神妙に言うのを見て、レニは頷くしかなかった。

 二人は城壁内に通じる扉を背に暫く警戒していると、後ろの扉が唐突に開いていた。兵士がすぐに二人を招き入れて、妖魔が入ってくる前に扉を閉めていた。二人は城門へと入ることに成功していた。息を切らしたレニの前には、三人の兵士が立っている。


「君たちは何者なんだ? いや、そんな事はどうでもいい。あの妖魔の群れの中を難なく進んできた所から、あなた方は相当な手練であるとお見受けする」


 階級の高い兵士がそう言って二人に顔を向けていた。


「ま、まあ、それなりには……」


 レニはその問いに対して苦笑して答える。巨体のコズバーンも渋い顔つきで窮屈なこの城壁内で、不満そうな顔つきで兵士達を見据える。


「おい、それよりも、城門の門扉をなぜ閉めん?」


 率直なコズバーンの質問に、兵士は焦燥してすぐに答えていた。


「あ、それなのです! 門扉を閉める滑車室に化物が五体もいて、我々ではどうにもならないのです」


 兵士が言うが早く、コズバーンは笑みを浮かべていた。


「ほほう、化け物……とな。面白そうではないか。我に任せよ」


 コズバーンが名乗り出ると、早々に兵士に滑車室まで案内するように言う。兵士達も待ってましたと言わんばかりに、喜々としてコズバーンを案内していた。彼が唯一不満に思っていたのは、城壁内の窮屈な廊下と階段くらいだろう。レニもその後ろに続いていく。


 ふたりが案内された場所は、城壁内でも上の方に位置する部分だ。扉は外側から閂をかけて厳重に閉められていた。コズバーンは神妙な顔つきで兵士を見つめる。


「ここに化物が居るのだな……」


「はい」


 兵士が静かに答えると、コズバーンは笑みを浮かべて扉の閂を片手で抜いて、その巨体を使って思い切りぶつかって扉をぶち破っていた。


「ぬははははは!! さあ、化け物どもよ! 我が相手をしてやろうぞお!!」


 大声をあげたコズバーンは素手で、化け物たちを待ち構える。念のため外ではレニがメイスを構えて、討ち漏らした敵に備えていた。コズバーンが突入して大声を上げた事に、素早く化け物達は反応して飛びかかる。


 だが、コズバーンは最初に飛びかかってきた化物の顎を、その右拳のアッパーで砕く。次に来た化物も振り上げた右拳を振り下ろして、頭から地面に叩きつけていた。左横から噛み付こうとしてきた化物の口に、左拳を叩き込んで裂けた口の歯を全て叩き折っていた。


 よろめく化物に追い打ちを掛けるようにして、腹部に左アッパー、次に両手を組んで背中に思い切り振り下ろして背骨を折っていた。あっという間に四体の化物は地面に這いつくばる。


 コズバーンは残りの一体に顔を向けて、ニッと口を釣り上げる。


「ふふ、手応えのない奴らよ。貴様は我を楽しませてくれるのであろうな?」


 コズバーンの言っていることが分かったのか、真正面から化物はコズバーンに突っかかろうとする。だが、それは右拳が横から繰り出されて、化け物は顔面にモロに拳を受けて地面に倒されていた。兵士達が次々に突入してきて、地面でピクつく化け物達に次々に止めを刺していく。


「た、助かりました!」


「そ、それよりも早く城門を閉めないと!!」


 レニが礼を述べる兵士たちを急かすように言うと、彼らはすぐに南門の門扉を閉じ始めていた。滑車が回り、門扉がとじていく。それと同時に部隊長が命令をくだしていた。


「落とし格子も降ろすぞ! すぐに作業にかかれ!」


 号令がかかるや早く、兵士達は素早く動いて落とし格子もすぐに下ろされていた。ガラガラと言う鎖の擦れる音と、落とし格子が城壁を擦る音が、室内に響き、次の瞬間には室内を軽く揺らして轟音が響く。下にいたであろう妖魔達は杭に突き刺されて、何体かは確実に絶命しているだろう。


 コズバーンは室内の妖魔達があまりにも弱い事に納得できず、部隊長に向き直って聞いていた。


「手応えが無さ過ぎる。もっと、もっと、強い化け物はおらぬのか?」


 コズバーンの問いかけに、兵士はぱっと笑みを浮かべてすぐに答えていた。


「そう言えば、もう一つ化物がいるんです」


「なに?」


「こちらへ来てください」


 コズバーンは兵士に案内されて、城壁内の廊下を進み続ける。そして、一階に降りて暫く行った所に二十名近い兵士達が、とある扉の前で盾と槍を構えて待機しているのを目にしていた。


 開かれた扉の前でコズバーンは、兵士達を見回していた。


「ここには何かいるのか?」


「ば、化物が……」


 おどける兵士を見てコズバーンは笑みを浮かべていた。


「ほほう、それは面白そうだ」


 コズバーンはそう言い残すと、肩をぐるぐると回して、拳をボキボキと鳴らしながら歩みだす。


「あ、あの、ここは僕たちにお任せ下さい!」


 レニがそう言って兵士達を立ち退かせる。コズバーンはずかずかと部屋に入り込んでいた。ふと右横を見れば、狐につままれたような表情をした巨大な妖魔が動きを止めてコズバーンを見ていた。


「兵隊……。デハナイノカ」


 化物が喋りかけてきた事に驚きつつも、コズバーンはふっと鼻で笑う。


「生憎であったな……。我が相手だ」


 コズバーンはそう言うなり化物の懐に飛び込んでいた。そして、いきなり腕を突き上げて化物の顎に拳を浴びせる。しかし、今までの様な雑魚とは違い、倒れることなくその場で踏ん張る。


 顎を擦ろうとする化け物の腹部に、間髪いれずに容赦なく拳を叩き込み始める。


「ガハ!」


 一発、二発、と次々と正拳突きを浴びせると、流石の化物もよろめき出す。


「ふむ。なかなか楽しめるな……。しかし、少々倒すのには時間がかかるか」


 コズバーンは再び化物を見上げると、化物もまた笑みを浮かべていた。


「……キサマァ。コロス!」


 狭い部屋の中で巨体がぶつかり合う音が響き出し、レニは小さくため息を吐いていた。


「はぁ……。あとで治療する僕のことも考えてくれればいいのに……」


 コズバーンが傷まみれで出てくるであろうことを、レニは予想して落胆する。

 まだまだ、夜は長い。


 ルショスクの惨劇はまだまだ続く……。



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