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ルショスクを襲う惨劇 3


 高原の夜は寒い。


 夏とは言え、夜は羽織がなくては肌寒く感じられる。

 二人の兵士は鎧の上から羽織を着て、ランタンを片手に城壁を巡回していた。

 ルショスクの南外城壁、そこはルショスクの市街地南部を妖魔から守る為にある城壁だ。かつては栄華を誇っていたルショスクだけあって、妖魔を阻む外城壁の高さは並ではない。王都ヴァイレルでさえも外城壁は人の背丈の三人分程の高さであるのに対し、このルショスクでは五人分に匹敵する高さを誇る。また、城壁としてはかなり大きく、城壁内に通路を通して、各所に武器庫や兵舎等、色々な物が完備されている。


 単独で要塞機能を持っている驚異的な外城壁だ。

 だが、それとは裏腹に城壁の上を闊歩する兵士は極端に少ない。

 巡回している兵士もこの二人以外には、各塔内に十名程度が待機しているだけだ。ある一定時間になると、巡回の兵士が塔の間を行き交うのだ。

 そして城壁の上を歩くこの兵士二人もまた、何時もの様に緊張感なく猥談に花を咲かせながら城壁を歩いていた。


「それで、あの女、俺の事を貶してくもんだからよ、こう言ってやったんだ」


「なんて言ったんだ?」


「ベッドの上ではあんなに俺の事を必要って言ったじゃねえか! ってな」


「ぷ、だっせ!」


 二人は猥談を興じながらも、きっちりと周囲に異常がないかを確認していく。かつてあの上級妖魔の討伐に本隊が壊滅させられたとは言え、この外城壁の部隊はその員数を減らしてはいない。


 元々外城壁の兵士は正規兵のみが警備と守備に当てられるようになっており、遊撃部隊とは根本から所属が違うのだ。それゆえ、この城壁に配置された兵士はあの地獄の討伐に出向かなくて済んだ。


 そのおかげか城壁の兵士の練度は高い。

 主に外側の兵士は城壁外を、内側の兵士は城壁上をくまなく目を光らせる。


「ん? おい、あれを見ろ!」


 ふと外側の兵士が城壁の外を指差す。その先には暗闇の中月明かりに照らされた人影があった。


「こんな夜中に誰だ?」


 もう一人の兵士もまた怪訝な表情で目を細める。人影はよろめきながらも、城壁へと近寄ってくる。もしかすれば妖魔という可能性もある。第一にこの夜更けに人の往来など有り得ない。

 

 だが、二人の予想に反して、その人影は城壁の下まで来ると大声で叫んでいた。


「おーい! 俺だああ! アドロスだああ!!」


「アドロス?」


 その叫び声を聞いてから、二人は顔を見合わせる。どこかで聞き覚えのある名前に、ふと一人の兵士が思い出しかのように言っていた。


「あ? アドロス? もしかして、行方不明者を探しに行ってた先遣隊の隊長?」


 ルショスク領主は過去に行方不明者の捜索隊を編成し、その搜索にあてた。その先陣をきって森に捜索に入った部隊を指揮していたのがアドロスだった。

 だが、捜索隊は一部の兵士を残して妖魔に襲われて壊滅、死体が見つからない兵士も多数いたという。その行方不明者の中にアドロスも含まれていた。


「ま、まさか、アドロス隊長がいなくなってから、半年が経ってるんだぜ?」


「けど、死亡も確認されてない」


「まあ、そうだけどよ? ちょっと怪しいぜ?」


 その出来事があったのが半年ほど前の事だ。アドロスが生きている可能性は限りなく低い。だからと言って、二人はこの異常な事態を見過ごすわけにはいかなかった。何せ巡回という重要な役割を任されているのだ。異常があればすぐに報告するのが彼らの任務なのだ。


「怪しいのは確かだが、報告しないわけにもいかないだろう」


「そうだな」


 二人は思案した結果、下にいるアドロスに向かって叫んでいた。


「お~い。お前はアドロスと名乗ったな? 所属を教えろ!」


 一人の兵士が彼が本人かどうかを簡単に確認する。 


「ああ、俺はアドロス・マックブナー。ルショスク城内門守備隊所属、捜索隊の部隊長をしていた!」


 アドロスと名乗った男はスラスラと出自を述べていく。それに嘘偽りはなく、確かに本人であることが伺えた。だが、それでも気になることがある。兵士は続けて聞いていた。


「一緒に行方の知れない部下はどうなった?」


 アドロスはしばらく沈黙していたが、二人を見上げて叫んでいた。


「わからない!」


「なに?」


「森に入るまでは覚えているが、その後の事を全く覚えてないんだ!」


 アドロスの言葉を聞いた二人は顔を見合わせる。そして、頷いてからアドロスに言っていた。


「そのまま南城門に向かってくれ! すぐに迎えを送る!」


 二人のうち一人はそのままアドロスに道を教え、もう一人は連絡へと走り出していた。アドロスは誘導されるまま、南城門前へと辿り着いていた。


 城門は妖魔の襲来に備えてか、かなり堅固な作りになっている。見上げれば石造りの城門の上に鉄の落とし格子の杭が顔をのぞかせている。その向こうには堅牢な樫の木に薄鉄板を張り付けた扉が待ち構えていた。その門扉の横の円筒状の門の下についてある鉄の扉が開いて、六人の兵士が槍と盾を持って出てきていた。そして素早くアドロスを取り囲んでから、一人の兵士がアドロスの後ろに回っていた。

 戸惑うアドロスの後ろで、兵士は素早く拘束用の紐で両手を縛っていた。


「な、何をするか!?」


「一応念のため、拘束させてもらう」


「……俺は捜索隊の分隊長だぞ?」


「念のためだ。悪いようにはしない」


 兵士はアドロスを拘束した後、城門の中へと連行していく。その後ろに続いて五人の兵も城門の中へと入っていき、重い扉は閉められていた。





 忙しなく早歩きをする青年は、襟元を正しながら横を歩く兵士に訪ねていた。


「それで、アドロスはどこにいる?」


「は、尋問室にて拘束しております」


 青年の横を歩く兵士は素早く答えていた。

 城門の警備任務を任せている副官は、横の青年が何時になく落ち着きがないことに気がついた。それもその筈、彼は行方不明者の捜索を命じられているのだ。


 青年の名はルスラン。この南城壁の警備主任である。

 殆どの時間を搜索と捜査に持って行かれ、警備の任務は横の副官に任せきりだった。そのため、ルスランは自分の持ち場の視察という珍妙な行動をとらざる負えなかった。そんな中、警備の兵士が行方不明となっていた捜索隊の第一陣の分隊長を発見、拘束したという報告を受けてたのだ。


 妖魔に食われて死んだと思われていた兵士が、生きて帰ってくるなど前代未聞の出来事だ。それが事実かどうかを、南城門の守備隊責任者という立場上、確認しなくてはならなかった。


(全く、次から次へと。問題ばかり……)


 ただでさえ行方不明者の搜索と犯人探しで火の車であるのに、ここに来て新たな問題に直面するとは思ってもみなかった。


(だが、もしかすると、アドロスがその犯人の事を知っているかもな……)


 ルスランは兵士に案内されて、城壁内の尋問室の前まで来ていた。

 そして、すぐに部屋の扉を開いていた。そこには机の前で仏頂面のアドロスが、椅子に座って尋問官にしつこく質問を受けていた。だが、ルスランを見るやいなや、彼は表情を明るくする。


「おお! これはルスラン殿!」


 ルスランとアドロスは同じ平民出身の兵士だった。それ故に二人の仲は良好なものだった。ルスランは返事をせずに、尋問官にここから出るように促す。そして、代わりに自分がその席へと腰を下ろしていた。ルスランは笑を浮かべると、彼に優しく言葉をかけていた。


「アドロス殿、よくご無事で……」


「ああ、どうにかな」


 アドロスは両手を前に出すと、拘束されている事に不平を漏らす。


「にしても、やっと森を抜け出してきたのに、この仕打ちはなんだ?」


「すまない。あれから半年、色々と状況は悪化していてな」


 暗い表情でルスランはアドロスに状況を説明していた。ルショスクが更に衰退の一途を辿っている事に、アドロスは驚きの表情を隠せないでいた。


「そうだったのか……。なら、俺がこういう目に遭うのも仕方ないな」


 観念したようにアドロスは呟く。そんな彼にルスランはすぐに問いかけていた。


「で、話はだいたい部下から聞いた。本当に何も覚えていないのか?」


 アドロスは頭を抱えて机に突っ伏していた。


「ああ、記憶がないんだ」


「この半年、どこで何をしていたのか?」


 ルスランはそう言ってアドロスを詰問をする。だが……。


「何も覚えてない……」


 返ってくる答えは同じだった。何よりも辛いのは本人だろう。半年間の記憶がすっぽりなく、気が付けば森の中を彷徨っていたのだ。挙句、ようやくたどり着いたルショスクで拘束された。

 ルスランはそんなアドロスが不憫でならず、憐れみながら答えていた。


「……ふむ。そうか」


「そう、何も、何も思い出せないんだ」


 アドロスはそう言うと急に両手に力を込める。首筋から耳にかけて急に紅潮していき、全身が力んでいるのがすぐにわかる。その異変に気づいたルスランは、彼に声をかけていた。


「アドロス?」


「何で、何も思い出せねー。分からんのだ!」


 今度は机の上に顔を擦りつけて、大きな声で叫びだす。


「だから、だから、だだだだ、だからああああ!」


「おい! アドロス!?」


 ルスランがその肩に手を乗っけようと席を立った。その時、アドロスは頭を抑えながら顔を上げて、勢いよく立ち上がっていた。


「だからあああ!! 俺はお前らをぶっ殺っす!!!」


 突然豹変したアドロスを前に、ルスランは驚いてその場から飛び退った。後ろに控えていた兵士二人が素早く槍を構えて、アドロスに警戒しながらも近寄っていく。


「どうした!? アドロス!?」


 ルスランは困惑しつつ、アドロスをなだめようとする。

 だが、しかし……。


「ぬうおおおおおおおあああああ!!」


 アドロスが叫ぶと同時に縛っていた縄を、思い切り腕を広げるだけで引きちぎる。むくむくと筋肉が隆起していき、バリバリと音を立てて、着ていた鎧と服が破れていく。


「な、なんなんだ? こ、これは!?」


 驚きで尻もちをついたルスランは、腰を抜かしたままアドロスを見ていた。

 体はまるでオーガの如く筋肉質となり、肌の色も浅黒くなっている。大きさは優に人の通常の男性の三倍以上だ。

 後ろに控えていた兵士が斬りかかろうとすると、それを察知したアドロスは素早く振り向いて兵士の頭を掴んだ。そして、そのまま強靭な手で握りつぶしていた。まるで木の実を潰すかのごとく、いとも容易く兜ごと握りつぶす。


「一体何が起こっている!? なんなんだ……?」


 急激な変化にルスランは驚いて、尻餅をついていた。後ろに控えていたもう一人の兵士は、慌ててその場から逃げようとする。だが、そうはさせまいと、アドロスは控えていた兵士の胴体をその太い腕で薙ぎ払う。

 壁に叩きつけられて動かなくなる兵士を見て、ルスランは慌てて扉に向かって走り出していた。

 襲い来る腕に、間一髪の所で扉から外へ出る。幸い、尋問部屋一杯に巨大化したアドロスでは、外に出てこれず、その小さな入口から口惜しそうにルスランを睨み付けていた。


「ル、ルスラン隊長! 妖魔が! 妖魔の襲撃です!」


 呆然とするルスランの元に一人の兵士が慌てて駆けつけていた。その兵士は呆然とするルスランに、違和感を持ってふと尋問部屋へと目を向ける。そこにはオーガの様な巨大な化物が二人を小さな扉の向こうから睨みつけていた。


「こ、これは!?」


「ア、アドロスだ……。いや、そんなことより! すぐに兵を集めて、こいつに止めを刺せ! 槍でもなんでもいい! それと寝てる兵士は全部叩き起こせ! 城壁に兵士を集中して配備しろ!」


 我に還ったルスランは的確に指示を飛ばしていく。兵士もそれに従って、すぐに行動に移っていた。


「は、はい!」


 慌てて増援の兵士を呼びに行く兵士に、ルスランはゆっくりと立ち上がって襟元を正していた。


「ち! 一体、どこのどいつだ!? あんなの送ってきやがったのは!?」


 ルスランはそう言ってすぐに自分の装備がある部屋へと向かっていた。

 久々に着込む甲冑に、ルスランは怒りをにじませていた。自分の同僚をあのように変えられたこと、そして、その隙にこの城に妖魔をけしかけてきた。この様な事をできるのは、黒魔術師しかいない。


 真犯人が分かって、ルスランは拳を握り締めていた。


(いずれは絶対にこの手で始末してやる!)


 ルスランは胸の内でそう誓いながら、身支度を整えて城壁の上へと足を進めていた。既に現場にいた兵士達が弓とクロスボウを手にして、妖魔に対して攻撃を仕掛けていた。だが、これといって有効な攻撃になっていないのはすぐに見て取れた。


 応戦はしているが、数が足りていない上に散発的な射掛け方をしていたのだ。

 ルスランは城壁で指揮をしている指揮官を呼びつける。


「何をやってるんだ! あれじゃあ、有効打にはならんぞ!」


 ルスランに怒鳴られた指揮官は頭を下げる。


「も、申し訳ありません」


「もう、いい! それより、戦況はどうなってる?」


 ルスランの言葉に対して指揮官はすぐに答えていた。


「は! 妖魔達は城壁の入口を探しているみたいです! 現在、兵士が弓とクロスボウで応戦中ですが、次々に森の中から妖魔達が来ていまして、このままでは、門扉が破られるのも時間の問題です」


 ルスランは落ち着くために小さく息を吐いて、指揮官に向き直る。


「わかった。今、兵隊どもを起こして急いでここに向かわせている。すぐに来る。それよりもあの散発的な射掛け方を止めさせろ! いつもの訓練通りに一斉射で妖魔を面で制圧しろ!」


 的確に指示を出していくルスランに、指揮官はすぐに攻撃の仕方を変更していた。


「しかし、相手は妖魔ですよ? 狙って倒した方が……」


 今一つ納得できない指揮官に、ルスランはすぐに答えていた。


「妖魔だろうと人だろうと一緒だ。入口を見つければそこに殺到する。集団になってる場所には一斉射の方が効果的だ。お前は他の場所で指揮を執れ!」


 ルスランの指揮官としての答えは尤もなものだった。指揮官もまたそれに納得して、すぐに駆け出していた。それを見送ったルスランの元に城壁の入口から伝令の兵士が二人駆け寄ってくる。


「ルスラン殿! 援軍200名到着いたしました! すぐにでも戦闘に参加できます」


 ルスランは表情を引き締めたまま、小隊長の二人に命令する。


「よし、わかった。城門前に100を配置、残りは半分に分けて東西に配置しろ! それで、中のアドロスはどうした?」


 一方の兵士がかけて立ち去っていくと、もう一方の兵士が彼に答えていた。


「現在対処中ですが、如何せん入口の死角で待ち伏せをしているらしく、兵士も突入できずにあの部屋に押し留めるのが限界です」


「なら、それでいい、あそこから出すなよ!」


 ルスランは兵士に引き続きアドロスを、あの部屋から出さないように現状維持を指示していた。そして、ようやく戦闘態勢に移った弓隊を見て、彼らの前に姿を現していた。


「全員聞け! 妖魔どもはこの城壁には上がって来れん! 一斉射するとは言え、矢はよくねらって当てろ。特に急所を狙って射掛けろ! 矢を無駄にするな!」


 弓隊が整然と並ぶ中、ルスランが檄を飛ばしていく。それを遮るかのごとく、慌てて一人の兵士が彼の前に現れていた。


「ルスラン隊長おおお!!!」


「なんだあ!? まだ話の途中だ!」


 ルスランは叱咤の邪魔をされて苛立っていたが、次の兵士の言葉で絶句する。


「城門が、城門が開いていきます!」


「な、なあに!!?」


「あれを!?」


 城門を見れば確かにゆっくりと樫の木と薄鉄板の重い扉がゆっくりと開いて行っている。


「ば、馬鹿な! どこの馬鹿が開けてる! いや、かんぬきはどうした! おい! どうなってるんだ! くそ!」


 ルスランが毒づく間にもゆっくりと門扉は開いていく。


「もういい! 全隊城門に群がる妖魔共に矢を射掛けろ!」


 ルスランが慌てて兵士達に命令を下すと、彼らはすぐに城門前の妖魔の群れに、一斉に矢を浴びせていた。それを確認したあと、ルスランは配下の兵士に、すぐに命令をくだしていた。


「すぐに門扉の開閉室に向かうぞ!」


「は、は!」


 ルスランは兵士を5人連れて、城門の門扉を開くための滑車がある場所へと駆けていた。城門の上部にその施設はある。門扉の扉と鉄の落とし格子を作動させる滑車が設置されている場所だ。その滑車部屋の入口は開け放たれていて、見張りの兵士はいない。


 ゴロゴロと音を立てて歯車が回る嫌な音だけが響いている。

 ルスラン達は顔を見合わせた後、剣を抜いて部屋へと突入していた。


「け、ひケヒャヒャヒャヒャヒャ! アケ、開ける! ウヘヒャアア!」


 部屋に入った瞬間に狂った兵士達の声が六人の耳に入ってくる。ルスランは自分の目に映った光景を疑った。

 歯車を回しているのは、ここで番をしていた兵士二人と、中で滑車を回すために待機していた兵士4人の計6人だった。そのだれしもが一心不乱に、笑いながら焦点の合わない目で、涎を垂らしながら気が狂ったように城門を開けるのに必死に動いていた。


「お、お前ら! やめんか! すぐに城門を閉じろ!」


 ルスランはそのうちの一人に駆け寄って、後ろから羽交い締めにする。だが、男の力はそれをも上回る。ルスランが後ろから羽交い締めにした所で、気にもかけずに動き続ける。


「ウヒャヒャ ヘヘヘヒャアアア!」


 笑いながら涎を垂らして、作業に従事する兵士を前に、部下の兵士達が苦悶の表情を浮かべて告げていた。


「た、隊長! ダメです! みんな、みんな、気が狂ってる! 殺しましょう!」


 一人の兵士がやむなしと、目の前の気が狂った兵士を剣で突き刺す。


「ごふぅ! うへへあああぁほおあ」


 だが、腹部に剣を突きたてても、兵士はその作業をやめようとしない。


「あげ、あげるぅう」


「くそ!」


 兵士は素早く剣を引き抜くと、血がドバっと床に落ちる。

 兵士はすぐに首に狙いを定めて、剣を振るっていた。

 渾身の一撃に兵士は流石に首を飛ばされて倒れる。血が鼓動に合わせて吹き出して、あっという間に部屋を真っ赤に染めていた。


「やべーな。くそ、早く始末するぞ!」


 ルスランが全員に命じた時だった。

 突然、全員が動きを止めて、呆然と立ち尽くす。そして、天井を見つめだしていた。異様な光景に一同が不気味さを感じた次の瞬間。


「グギャアアアアアアア!!」


 全員が耳を劈く声で叫び声をあげて、腹部を押さえていた。そして、その体が隆々と膨らんでいき、鎖帷子を突き破って下の体が露になる。

 大きさこそ人より一回り大きいだけだが、頭部は狼のような顔つきになり、体は銀色の体毛で覆われる。


「い、一体、何が起こってやがるんだ! お、おい! 一旦引くぞ!」


 ルスランは部下を引き連れて部屋から出る。そして、急いで扉を施錠して、化け物たちを閉じ込める。


「な、なんなんだくそ!」


 ルスランは息を荒げながら、この異変に恐怖していた。アドロスといい、番兵と良い、人が化け物に、妖魔に変わる事実を、未だ受け入れられないでいる。


「ち、畜生!」


 ルスランと部下の五人の兵士はただ毒づくことしかできなかった。

 明らかに未知の敵が、自分達の味方にまで侵入してきていたのだ。

 そんな四人の元に上から階段を慌てて一人の兵士が駆け寄ってくる。


「ル、ルスラン隊長! 妖魔どもが半開きになった城門から侵入しています! すぐに門を閉めてください!」


「くそ! むりだ。畜生! 化け物がいて、入るとやられるぞ!」


 ルスランの答えに対して、兵士達も同意する。


「そ、そんな!」


 絶望する兵士を前にルスランはすぐに告げていた。


「ここの化け物は一旦閉じ込めておく! 城門の弓兵半数の100名に白兵戦を準備させろ!すぐに南城下へ救援に行くぞ。それと全部隊に伝達! 城門が破られた!」


「は、はい!」


 ルスランの命令で兵士達が慌ただしく動き出していた。ルスランもまた外の状況を確認するために、城門の上に上がっていた。城壁、城門の上では弓隊とクロスボウ隊が城門前に殺到する妖魔達に向かって矢を射掛けていた。一斉射も気にせず、一心不乱に次々に兵士達が絶え間なく矢を射掛けるが、妖魔達の勢いは止まらない。


 ルスランは決意してその場から足を進めようとする。そこへ後をついてきた部下が、彼を呼び止める。


「た、隊長!? どこに行くんですか!?」


「俺も下に降りて部隊を指揮する。上はお前たち副官に任せる!」


「し、しかし、危険が過ぎます!!」


 副官がルスランを呼び止めるも、彼は聞く耳を持たなかった。

 すぐに手近にいる兵士を呼び集めて、重武装するように命令をくだしていた。


「俺が下に行って指揮をする。そうしなきゃ、下の奴らは戦えんからな!!」


 ルスランはそういうが早く、自らも槍と盾を手にするために武器庫へと向かう。

 副官は彼の無事を祈った後、命令を忠実に実行するために残った部隊を指揮し出す。弓隊と弩隊の半数を割かれたとは言え、妖魔達は城門に殺到していて他には興味すら示していない。

 副官はそれを見破って部隊を城門とその周辺に集中させていた。


(神よ。どうか下で戦う兵士達に御加護を……)


 副官は下で住民の救援に向かった兵士達に祈りを捧げつつ、戦いを指揮する。

 月光に照らされたルショスクで新たな悲劇が始まろうとしていた……。




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