ルショスクを襲う惨劇 2
城の地下牢の環境は劣悪だった。
湿度の高い牢獄はかなりかび臭く、いるだけでも肺が腐りそうな感じがする。牢獄にはむさ苦しい筋肉質な男が多く、髭は整えられていないために伸び放題だ。ぎらつく女に飢えた視線は、手枷を嵌められたエメリナに突き刺さる。見られているだけで全身を穢されているような錯覚に陥りそうになった。
(うわぁー、ちょっとこれ、一緒の牢獄入れられたら、確実に妊娠コースまっしぐらじゃないー)
周囲を見ながらエメリナは一抹の不安を感じつつ、兵士の後ろについて歩いていた。
(この手枷外してくれるなら、どうってことないけど……。このままだと、絶対にやばい)
エメリナは後ろで嵌められている手枷せをどう外すかを思案する。両手が自由にさえなれば、男達に羽交い絞めにされる前に、全員を縊り殺すこともできる。だが、このままだと抵抗むなしく、玩具にされるのが目に見えていた。
「ふん、賊風情が、アズレト殿に感謝しろ。お前は独房だ」
今まで彼女を連れていた兵士は、堅牢な扉を開けるとエメリナをそこへ押し込んでいた。押し込まれると同時に大きな音を立てて扉が閉まる。
どういう訳か彼女は単独で投獄されることに決まったらしい。
その手回しをしたのがアズレトと言うのだから、何やら如何わしい雰囲気を感じていた。
「まぁ、独房でよかったか……」
あの罪人たちの男達が、どの様な罪を犯したか知らないが、一緒に入れられていれば、只ではすんでいないだろう。不幸中の幸いに、安どのため息を漏らしていた。
「さてさて、一体どうしようかなぁ」
口調こそ明るいが、その心境はかなり暗い。
再びアストールに助けてもらうなどと言う事は、極力してもらいたくはない。ましてや、これで二度目のドジである。逃走経路をあらかじめ決めておきながら、それすらも完全に把握されていた。
大失態の極みだ。
アストールに迷惑をかける事は、命を救ってくれた彼女に対して最悪な行いだ。死んでも彼女の名前だけは口にしてはならない。
女で騎士をし続ける事がどれ程大変な事か、エメリナにも痛いほどわかるのだ。
女で盗賊稼業など……。と周囲には嘲られていた。それを見返すために、一生懸命に腕を磨き続けた。そして、仲間内や周囲から通り名を貰うほどに成長した。それまでの苦労は語ると尽きない。
だからこそ、アストールがこれ以上不利になる事はしたくない。
エメリナは暫し考え込んでいたが、ここまで来た時点で全ての選択肢がないと悟る。
(はぁ~。なんで、私って、いっつも、こんなドジばっか踏むんだろうねぇ~)
情けなくなってきて、目に涙が浮かんでくる。
そんな時だった。
外で二、三度男が会話を交わし、次の瞬間には扉が開いていた。
「ほほう。これがあの魅惑のメリナ殿とはな……」
アズレトとゲオルギーが扉をくぐり、エメリナの元へと歩み寄っていく。
アズレトが横で隙なく控えていて、ゲオルギーに飛びかからないかをきっちりと監視している。ゲオルギーが笑みを浮かべるのを見て、エメリナもつい笑顔を浮かべて答えいた。
「ふふ。それはどうもありがとうございます。ゲオルギー様」
「にしても、ここには賊が狙うような値打ち物など何もないぞ」
ゲオルギーがエメリナに鋭い視線で聞く。
確かにそれなりのものは揃ってはいるが、ガリアールやヴァイレルでも手に入るようなものが多く、賊が盗りに入っても売り捌くには二束三文の物が大半だった。
そうは言ってもそれは飾っているものに関してだ。嘗ては栄華を誇っていたルショスクだけあって、宝物庫の中はかなりの値打ち物が多く保管されているという噂はある。だが、それも噂程度の物、実際は領民の為にそれらの財も投げ売って領地を経営しているのが実情だ。
地元の賊ならこの城には、盗りに入るほど価値があるものはないと知っている。
「確かにそうなんですよねー」
笑顔で答えるエメリナに、ゲオルギーは苦笑して答えていた。
「ふふ、事実とは言え、面きって正直に言うとは面白いな。お前は……」
「ハハ、お褒めに頂き光栄です」
「さて、私も時間がない。率直に聞こうか。お前は何の目的で、この城に忍び込んでいた」
ゲオルギーが聞くもエメリナは口を閉ざしていた。
下手に喋ることはできない。
もしも、アストールの名を出せば、彼女の立場が危うくなってしまう。足を引っ張るようなことだけはしたくはない。だからこそ、エメリナは口を噤む。
「ほほう。沈黙が答えか……」
訝しむゲオルギーを前に、エメリナは口を開いていた。
「ふふ。まあ、興味本位って奴かしら? 別に私雇われてるわけじゃないし……」
ゲオルギーが腕を組んでエメリナを見つめながら、後ろに控えていたアズレトに首で前に行くように合図していた。
「……ふん。お前が外で誰かに探りを入れていたのは、私も知っているのだ」
アズレトはそう言うと、エメリナの胸元に手を入れてをまさぐる。
「ちょ、ちょっと! な、何するの! 変態!」
エメリナがそう言うのも束の間、アズレトは彼女の胸元から書類を取り出していた。封を破られた書簡、それは紛れもないエメリナが情報屋に頼んだ書類だった。
アズレトは軽くその書簡に目を通すと、ゲオルギーに手渡していた。彼もまたその書類に一通り目を通すと、エメリナに静かに言い聞かせる。
「この書簡の内容を見る限り、私とお前は、共通の人間を疑っている……。私も内部の者は疑いたくはないのだが、どうしても心当たりがあってな……。正直に主を言えば、悪いようにはせぬが……」
「言わなかったら?」
エメリナが鋭い目つきでゲオルギーを見ると、彼は彼女を睨みつけながら答えていた。
「少々、手荒な真似をすることになる」
エメリナは少しだけ思案する。
ゲオルギーの言うことを信じるのであれば、共闘するためにもアストールの名を出してもいいだろう。だが、彼が本当に信頼をおける人物かは、未だ判然としていないのだ。まだ、ゲオルギーを信用して話をするのは、時期尚早というものだ。
エメリナの中で答えは決まっていた。
「ふふ。さっきから言ってるけど、私、別に雇われたりした訳じゃないの」
笑顔のエメリナを前に、ゲオルギーは小さくため息を吐いていた。そして、アズレトに目配せする。
「コイツの口から主人の名を吐かせろ。どんな手段を使ってもいい」
ゲオルギーはそう言い残すと、そそくさと独房を後にする。そうして残ったのはアズレトと入口の兵士が二人だけだった。
アズレトは無言のまま近寄ると、エメリナの腕を掴んで荒々しく連行し出していた。兵士が二人後ろにつき、完全に脱走は絶望的な状況だ。独房を出て更に奥の突き当たりを左に曲がる。そこには鉄扉があり、その堅牢さから異様な雰囲気を感じ取る。
「ここに連れてきて、自白しなかった者はいない……。お前が女だから、もう一度だけ聞いてやる。ここで主人の名を吐けば、開放してやる」
アズレトが声をかけるが、エメリナはふざけた調子で答えていた。
「それって、これから私を拷問するってこと? 悪趣味ね。私に雇い主はいないって言ってるでしょ?」
アズレトはその言葉を聞いて、ため息を漏らしていた。
「仕方ないか。女にこの様なことはしたくないのだがな……」
門扉を開けるとアズレトは、エメリナを部屋に入れていた。
「変な真似はするなよ」
部屋に入るなりそう言ってアズレトはエメリナの目を布できつく縛り、口には猿轡を噛ませる。そして、アズレトは手枷を外す。かと思いきや、ナイフでエメリナの着ている服を正面から切り裂いていた。
「!!」
どうすることもできず、成すがままの状態。
ただ一つわかる事、それは今、自分が辱めを受けているという事実。下着を切り裂かれ、露わとなる肌。健康的な肌が引き裂かれた下着から覗く。後ろにいた兵士たちは、つばを飲み込む。
「お前たち、変な気は起こすな。これは尋問だ」
アズレトの鋭い声音に、兵士二人は姿勢を改める。
それから手際よく服を切り裂いていき、最終的には下半身の局部のみを隠したような際どい姿にされる。エメリナはそれでも気丈に振る舞おうとする。
だが、それも叶わなかった。
気が付けば既に体を縛り上げる縄が、全身をはい回っていた。
両手、両足は勿論、体全体を縛り付けられており、動かすことはできない。
アズレトは縛ったエメリナをそのまま肩に担ぎあげる。そして、もう一つ奥にある部屋の中央に移動する。エメリナを立たせると、その場で中央から縄で吊るされたフックに彼女を縛り上げている縄にかけていた。
それも束の間、アズレトはエメリナの繋がれた縄の滑車を回して、宙吊りにしていた。そうすることによって、胸が強調される。
さほど大きい胸ではないが、それでも、強調されれば男の性をそそる。
彼女の目隠しを取ると、真ん前に立って彼女を見下ろす。
「メリナよ……。そうなっては手も足も出まい」
エメリナはつくづくここで兵士を殺してでも逃げなかったことを後悔する。
アストールの身の振りを考えると、この領内で領主たちの兵を殺すことは得策ではなかった。逃げる時は極力兵士を殺傷しないように気を付けた。その結果、ここにいる。だが、これほどの屈辱を味わうのなら、牢獄に向かう途中で兵士を首り殺してでも逃げればよかったと死ぬほど後悔していた。
「さて、聞かせて貰おうか。お前はどこの回し者だ?」
「さっきから言ってるじゃん。私は別に誰かに雇われたわけじゃないって」
エメリナは辱めを受けてはいるが、あくまで気丈に振舞って見せていた。
それゆえにアズレトは彼女が気に食わなかった。
「お前は立場が分かっていないようだな……。情けで下着は着せておいてやったが、全部ひん剥いた方が良かったか?」
そう言うと、アズレトは股に回ったロープを掴んで引いていた。
股に食い込んだロープを見て、エメリナは顔を真っ赤に紅潮させた。
「可愛い所もあるもんだ。まさか、2階から飛び降りた手練の賊の女だとは、到底思えぬな」
「……」
「さあ、改めて聞こうか、お前は誰の回し者だ……」
アズレトはそう言って縄を持ったまま、彼女に真剣な眼差しを向けていた。
「……私は、別にだれかに雇われてとかじゃな、んあぁ! ない!」
まだ惚けようとするエメリナに、アズレトは思い切り縄を引っ張っていた。
「嘘を言うなよ」
「ほ、本当よ!!」
気丈に否定するエメリナに、アズレトは再びため息を吐いていた。そして、縄を離して、エメリナに背中を向けて歩みだす。
「そうか、そんなに言いたくないのであれば、体に聞くしかないな」
アズレトが言葉を発し終わる頃、既に彼は様々な拷問器具が並べられた机の前まで来ていた。
「……何をするつもり?」
「言ったろう。体に聞くと……」
エメリナも言わずもがな、この後待ち受けているであろう苦痛は覚悟しているつもりだ。だが、それでも、立てかけてある歪な形の拷問機具を見るだけで、絶望感の淵に追いやられる。
「……」
言葉を発することができなくなったエメリナに背を向け、アズレトは黙々と拷問器具を吟味していく。
そして、一つの器具を手に取ると、エメリナに向き直っていた。
「さて、まずはどの程度、痛みに耐えられるか試してみるか……」
ペンチを片手にゆっくりと近づいてくるアズレトに、エメリナは顔を引きつらせていた。そうして、彼女の前までアズレトが来た時だった。
「アズレト殿!」
突然扉が開き、一人の伝令の兵士が彼の名前を勢いよく呼んでいた。
「なんだ?」
「街に妖魔が侵入しました! 騎士は至急対応されたしとのことです!」
兵士が部屋に入ってきて叫び、アズレトは息をつく。
「なんだと!? それは本当か!?」
アズレトが慌てて聞き返すと、伝令の兵士は息を切らしたまま答えていた。
「は、はい! 本当です!」
邪魔が入ったことに舌打ちするアズレトは、即座に返事をしていた。
「わかった。私もすぐに向かおう」
アズレトは腰の剣を抜いて、彼女を吊るしていたロープを切っていた。
勢いよく地面に落ちるエメリナは、彼を見上げる。
「運が良かったな……。メリナを降ろして、縛ったまま独房に入れておけ」
「は!」
アズレトは彼女を見下ろした後、剣をしまって駆け出していた。代わりに入ってきたのは、先ほどの兵士二人だった。彼らはエメリナを地面に下ろすと独房へと連行していく。
(あいつ……。ちゃんと弁えてる……)
エメリナは屈辱を味合わせられたが、同時にアズレトが相当に手馴れていることに気付いた。拷問をする際の基本の一つとして、対象者の体に凶器や脱走に使える物がない事を確認するためにも裸にする。
それは拷問をするプロなら、最も基本的なことだ。
だが、素人は大概そのような事には気がつかないため、服をひん剥くなどの行為はしない。また、服を着せないのは、脱走できないという二重の意味も込められているのだ。それができているか出来ていなかで、大概素人か玄人かがわかる。
(全く……。でも……)
「ほら! 入れ!」
兵士は独房にエメリナを投げ入れると、荒々しく扉を閉めていた。
(これで時間は稼げる……)
エメリナは脱出するために、思考を巡らせ始めるのだった。