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ルショスクを襲う惨劇 1

 梟が鳴き、鳴き声が暗闇の中に響き渡る。

 城の中の木にでも止まっているのだろう。皆が寝静まった夜ということもあってか、城の中まで鳴き声が聞こえてくる。


「ふ~ん、なるほどねぇ……」


 エメリナは自分の割り当てられた自室にて、ある資料を眺めながら笑みを浮かべていた。それはある裏ルートから手に入れたとある男の出生についてだった。

 確かに戸籍上は生まれも育ちも、このルショスクとなっている。だが、実際は違ったのだ。

 それはひょんな事から手に入れた情報だった。

 エメリナは戸籍の偽造を行っている売人に、謝礼を渡しに行った時の事だ。


「はい、これ! 約束のお金ね」


 金貨1枚を手渡すと、売人は上機嫌に笑みを浮かべていた。


「これは羽振りがいい! 約束よりも大分大目にくれたじゃないか」


 契約金はこの四分の三ほどであったが、実際、彼らの偽造書類は実物の物を使用するのだ。どの程度の儲けがあるのかは大方想像がついていた。何よりもこうすることによって、思わぬ情報もぽろっと手に入ったりするものだ。

 エメリナは笑みを浮かべたまま、売人に答えていた。


「いいの、いいの。あなたの苦労考えたら、本来なら、これくらいが妥当な額だよ」


「ありがてぇ……。こんなに余分にくれるのは、あんたで二人目だ」


「え? 二人目?」


 エメリナが興味を持ったのか、目の色を変えていた。それを見た売人はワザとらしく口に手を当てて、彼女に答えていた。


「おっと、すまねえ。これは言っちゃならねえんだ」


 売人は意味深に目を細めて、エメリナを見つめる。彼女は小さく溜息をついて、今度は銀貨を1枚取り出していた。そして、無言で男の手に握らせて聞いていた。


「ねえ、二人目ってどういうこと?」


 売人はエメリナに向けていた上機嫌の表情を消すと、真剣な表情で語りだす。


「かれこれ、十年以上前かな……。一人の少年が俺に依頼をしてきたのさ」


「少年?」


 金貨一枚などそこらの少年が工面して作れるお金ではない。聞き返したエメリナの真剣な表情に、売人は静かに答えいていた。


「俺も最初は戸惑ったさ。けどよ。金貨を二枚も手渡されちゃ、俺だって作らない訳にもいかねー。だから、きっちり三代先までの戸籍を作ってやったさ」


 金貨二枚など大よそ庶民の持てる額ではない。何かしら裏稼業やっている人間や、貴族でなければ簡単に出せる額ではないのだ。今回のエメリナ金貨の一枚も、今まで蓄えてきた貯金を切り崩してだしたお金だ。それでも、父親の遺産を合わせれば、大した額ではないのでが……。

 とはいえ、それ程の大金を少年が持っていること自体がおかしい。


「怪しいと思わなかったの?」


 エメリナの疑問に売人はさも当然と言わんばかりに答える。


「ああ、思ったさ。そんじょそこらの平民が持てる金の額じゃねーからな。それが子どもだってんだから余計に驚いたさ。けど、俺もそいつの事を詮索するつもりもねーし。金さえもらえれば、なんでもするのが俺の流儀だ」


「ふーん、そう。で、その人の名前は?」


 エメリナが聞き返すと、流石の売人もしかめっ面になる。


「ああ~、それだけは教えられねーな。それやっちまうと、俺も廃業だからな。知りたかったら、他を当たりな」


 さりげなく、情報屋を当たればわかるという事を告げてきた売人に、エメリナは笑顔で答えていた。


「わかったぁ! ありがとう」


 エメリナは売人と別れると、浦路地にいる情報屋の元へと足を運んでいた。このルショスクは曲がりなりにも領主の鎮座する都市だ。この地に精通した情報屋がいる。エメリナは情報屋がいる酒場へと踏み入れると、即座にそれらしい人を探していた。酒場内には色々な職種の人がいる。どこかの無法者の首領やその幹部、密売人、探検者、用心棒、そして。情報屋だ。


 その地その地で合言葉や合図、目印などは様々だが、このルショスクの情報屋の合言葉は判り易かった。入口から見て左奥の方のテーブルに、とても裏の人間とは思えない庶民の恰好をした人物が、酒をちびちびと飲んでいる。その手には領から発行される開元雑報しんぶんが握られていた。


(フーン、ここではあれが目印なのね……)


 エメリナは真っ直ぐにそのテーブルまで歩いていくと、相となる席の前まできて聞いていた。


「最近、調子が良くないのよねー。一杯お酒奢るから、話に付き合ってくれない?」


 エメリナがそう言うと、男は目だけを彼女に向けていた。


「どうぞ。何から何まで、君の話を聞いていこう」


 席に座るように促されると、エメリナはその場に座っていた。

 エメリナは座るなり酒を注文していた。


「珍しいな……。戒厳令が敷かれているのに、こんな可愛い御嬢さんが出入りするなんて」


「ふふ。お世辞でも嬉しいな~」


 無邪気に笑顔を浮かべるエメリナを前に、情報屋は開元雑報しんぶんを畳みながら自然とはにかむ。


「で、君がしたい話ってのは何かな?」


「実はある男の事を調べてほしいの」


 エメリナの言葉を聞いて情報屋は眉根を顰める。


「一体だれだい?」


「話せば長くなるけど、いいかな?」


 当然断ることなくエメリナの話を聞いていた。

 十年前に少年が売人に大金を払って、身分を偽造してもらった。その少年が誰で今どこにいるか、それを探してほしいと頼み込んでいた。

 情報屋は当初、その申し出に対して躊躇していた。それもそのはず。いくら情報やとは言え、売人とも繋がりはある。言ってしまえば協力関係にある相手の仕事の信用を下げる行為だ。

 エメリナは懐から袋を取り出して、銀貨を五枚取り出していた。そして、自信たっぷりに言う。


「これだけ奢ってあげるから、お願い!」


 情報屋もその金額に目を見張る。しかし、そこでまた押し留まる。仲間を売るような真似はできないが、人を調べるだけでそれだけの金額を貰えるなら、普通に身元を調べる相場の倍以上の報酬だ。

 すぐに腰を上げない情報屋に、エメリナは更に銅貨を3枚追加で取り出す。流石の情報屋もようやく、重い腰を上げていた。


「分かった……。調べておく。結果はどういう形で報告すればいい」


 情報屋の言葉に、暫し考え込むエメリナ。

 こんな物騒な場所に、侍女と言う立場で頻繁に出入りするのは危険が大きい。今日でさえ普段城に居る人の目をごまかすのにかなり苦労したのだ。


「そうね……。あなた、文字の読み書きはできる?」


「情報屋やってるんだ。当たり前だ」


「じゃあ、決まりね封蝋付の書簡でルショスク城にお願い。宛名はメリナでね」


 それを聞いた瞬間に情報屋の顔つきが変わる。まさか領主の城に努める女性がこんな事を頼むなど、想像にしていなかったのだ。


「あ、ああ。わかった」


「じゃあ、頼んだわよ」


 エメリナはその酒場を意気揚々と後にした。

 それから行く数日、程無くして、エメリナあてに蝋で封をした手紙が届けられた。それが、いま彼女が手元で眺めている資料だった。


「ふ~ん。まあ、手に入れた経歴に関しては、やっぱりこれが限界か……」


 エメリナは小さく溜息を吐いていた。報告書に書かれていたことは、例の少年が身分を偽造してからの事ばかりだった。ただ、このルショスクに来たのは、少なくとも13年前であることは間違いないという事も添えてある。だが、一つ腑に落ちない事があった。それは少年のルショスクに来る前の事だ。

 封書にはこう締めくくられていた。


(これ以上はルショスクの密偵の監視が厳しくて調べられない。情報屋としては失格だが、身の安全もある。最低限の依頼金のみもらっておくから、追加料金は返金する)


 エメリナは一緒に送付されていた銀貨三枚を手に握りしめて考え込んでいた。


(やっぱり、自分の事を嗅ぎ回らせないようにしてるのね……)


 エメリナはベッドに寝転がんで再び考え込んでいた。


(でも、まあ、アイツがルショスク生まれでないってことが分っただけでも十分か……。あとは、気になった所を隅々まで調べて、朝までにはこの城からおさらばしようっか……)


 エメリナは思い立ったら吉日、ベットから飛び上がると羽織を着て、夜にも関わらず自分の部屋から出ていく。夜の肌着に羽織ではあるが、侍女服よりも動きやすい。

 巡回する兵士の目を盗み、貴族たちの部屋が密集する地区へと足を踏み入れる。いつものごとく入口には番兵がいて、立ち入る者へと目を光らせている。


 エメリナは敢えて堂々とその姿を現していた。

 羽織姿のエメリナを見た番兵は訝しみ、声をかけていた。


「何奴!?」


「あ、あの、すみません……」


 エメリナは肩からかかる羽織を少しだけはだけて、下着を見せて顔を赤らめて番兵を上目で見つめる。


「その、言いにくい事なんですけど……」


 エメリナが番兵に奥の部屋へと目配せすると、彼も何が言いたいのか分ったらしく深くは追及しなかった。そう、貴族たちが気に入った侍女を呼びつけて、時折行っている侍女の夜の務めである。尤も、そんな事に選ばれることがあるのは、余程の美人であり、なおかつ侍女の同意があって初めて成立するという暗黙のルールもある。


「ん? ああ、そう言う事か……。行くと良い」


 番兵は気まずそうにすると、そのまま直立不動のままエメリナに通るように促していた。彼女はそそくさとその場から奥へと入っていくと、ルスランの部屋へと直行していた。


 幸いな事にルスランは南外城門の当直であり、部屋にはいないのだ。

 ルショスク城を出る前にもう一度気になるところは、念を入れて探りを入れておく。その中で一番に思い当っていたのはルスランの部屋だった。

 鍵はかかっていたが、ピッキングで難なく開けて中に入る。

 整然とした部屋、仕事以外の私物はなく、まるでここが事務所の様な印象を受ける。他の貴族の部屋は何かしら趣向品を置いているのだが、ルスランの部屋は正に必要最低限の物しかない。


 逆にそれが怪しくさえ思えた。


「ここにはもしかすると、何も置いてないのかもね……。てことは後は、自宅か……」


 自宅はルショスクのある西にある地区の二等地に建っている。一般的な平民の家であり、何一つ豪華さはないという。


「ここには、もう、用事はないか……」


「そうであろうな……。賊!」


 突然後ろからかかる声に、エメリナは驚いて振り向いていた。

 入口の扉があいていて、その前にはアズレトが立っていた。


「ア、アズレト様!?」


「今更侍女のふりをしても遅い!」


 自信満々に笑みを浮かべたアズレトは、銀色の甲冑に身を包んでいて両手を腰に持っていきエメリナを威圧する。それでも彼女は余裕たっぷりに笑みを浮かべていた。


「あららー、ばれちゃった?」


「ああ、今日、お前宛の手紙が来たときにピンときたさ。だから、番兵に言っておいたんだ。お前が来たら俺を呼べとな」


 得意げに親指を立てて自分を指さすアズレト、それにエメリナは苦笑していた。


「あ、そうなの……。じゃあ、仕方ないか。全力で逃げちゃうよ!」


 エメリナはそう言って羽織に隠していた小太刀を抜くと、構えて見せる。

 アズレトは部下を呼んで二人をルスランの部屋へと突入させた。

 エメリナはすぐに構えるのをやめて、着ていた羽織りを入ってきた二人の視界を塞ぐように投げつける。同時に二人に向かって走り出す。丁度視界が遮られた二人の兵士の頭がある部分に、エメリナは手をかざしてジャンプする。布越しに頭を掴むと、飛び込んだ勢いを利用して二人の兵士を頭から石の床に倒していた。


 二人の兵士は兜こそ被っているが、脳震盪は避けられない。


 昏倒した兵士を気にすることなく、アズレトは長剣を抜いて屈んだ状態のエメリナに斬りかかる。彼女も間一髪の所で後ろに飛びのいて剣劇から逃れる。


「ほほう、やるな……。賊」


 剣を構え直すと、アズレトはエメリナに油断なくジリジリと近づいていく。


「ありがとう。そっちも躊躇ないんだね」


「賊ごときに慈悲の心など……持ち合わせてない」


 不敵に笑うアズレトを前に、エメリナは手にした短刀を身構える。

 笑ってはいるがアズレトは噂通り、隙がなく手ごわい相手だ。


「本気で殺しにかからなくちゃいけないかしら……?」


 エメリナが呟くとアズレトは不敵に笑ってみせる。


「とはいえ、私も騎士の端くれ、女を斬る事はしたくない……。大人しく捕まれば命は助けてやる」


「命は……。ねえ。遠慮しとく!」


 エメリナは笑みを浮かべると、ベッドの上のシーツを取って窓に投げつける。そして、アズレトに背を向けて駆け出す。次の瞬間には窓に身を投じて、城の外へと飛び出していた。

 二階という高さ。

 常人ならば捻挫、骨折は免れないであろう高さ。だが、エメリナにしてみれば、着地さえうまくいけば、怪我なく降りれるだだろう。

 シーツを下にして、見事芝生の地面に着地。

 ここまでは予定通りの逃走経路だ。

 あとはこの城を抜け出るだけ。


 のはずだった。


 着地した先、垣根の中や城の扉を開けて次々と二十名近い槍兵が現れ、体勢の整っていないエメリナを取り囲む。

 気が付けば城壁を背にして周囲から槍を突き付けられていた。


「あはは~」


 空笑いを浮かべるエメリナは、観念してその場で武器を捨てていた。


「ふふ、貴様が逃げる事も織り込み済みよ……。そいつをひっ捕らえろ!」


 笑みを浮かべたアズレトは、二階から身を乗り出して兵士達に命令する。彼らは油断なく近寄っていき、一人の兵士がエメリナの後ろに回り、拘束具をつけていた。


「地下牢に連れて行け! 私自らが訊問を行う」 


「は!」


 エメリナは抵抗することなく、そのまま兵士達に連行されるのだった。



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