新たな試練 3
神殿の奥にある合議場、そこではキリケゴール族たちの重鎮たちが相席にて座っている。だが、所々に空席が目立っていて、襲撃の爪痕をそのまま残していた。特に手痛い被害を受けていた眷属と戦士達の長の席には、代理の者が座っている。そんな悲壮な空気を漂わせた一同の真ん中で、アストール達は並んで椅子に座らされている。
真正面の玉座には酋長が悠然と席に腰をおろして、アストール達に厳しい視線を向けていた。
「して、長老よ。被害はどれ程に上るか……」
重い口を開いたのは酋長であった。
被害の把握が大方済んでいるためか、長老の顔には憔悴の色が見て取れた。
「は……。眷属は全体の3分の1を失い、戦士達も4分の1が死傷しました。住民も50名近い犠牲を出していて、建物も破損した物が多く、現在、集落は壊滅状態にあります……」
長老の声のトーンは一段と下がっていた。集まっていた一同が暗い表情をして、更に場の空気は沈んでいた。アストール達もその場の雰囲気に呑まれそうになるが、どうにか考えをまとめ上げることによって耐えていた。
「ふぅむ。予想外に大きな被害となったか……」
酋長が押し黙るのも無理はなかった。
彼らキリケゴール族は人の10倍は長寿ではあるが、その成長速度も致命的に遅いのだ。百年生きても人間で言う10歳程度の肉体年齢にしかならないのだ。そんな彼らが再び種族を存続し、また元の生活を取り戻すには相当な時間がかかる。
「魔法帝国との戦いの傷が癒えて、ようやく一族の繁栄を手に入れられたと思ったのだがな……」
酋長は重い口をあけて、小さくため息を吐いていた。
長老はそんな彼を見て、言いにくいがある一つの提案をしていた。
「この集落は人に知れてしまいました。そうである以上、新たな地を探すほかないかと……」
長老に付け加えるように、酋長は続けて口にしていた。
「もしくは、他の集落に匿ってもらうか……」
酋長の重い言葉に、集まった一同が黙り込んでいた。
他の集落との合併、それはここにいた一族の消滅を意味する。一つの集落の消滅はキリケゴール族全体の存続に関わってくる問題でもある。だからこそ、容易に他の集落が彼らとの集落の合併を安易には受け入れてくれない。
重い空気が合議場を支配して、息苦しくさえ感じられた。
そんな中、思わぬ一言をとある重鎮が口にする。
「……酋長、私はここに残ります」
「フェルード司祭長……」
酋長がフェルードに目を向けると、彼は立ち上がって真っ直ぐに瞳を合わせていた。
「集落をまた立て直すことは不可能ではありません。今後、どれほど時間が掛かろうとも我々が希望を捨てずに努力をすれば立て直せるはずです。しかし、それをするにはまず、新たな神木を見つけねばなりません」
キリケゴール族の精神的支えであり、生活と共に常にある森の神。
そして、その森の神の力を宿していると言われる神木。
彼らの信仰心とその象徴となる神木がなければ、キリケゴール族の集落は成り立たないのだ。何よりもこの広い森の中、それだけ大きな魔力を持った神木を見つけることは容易なことではない。
「司祭長……。では、そなたは新たな神木を見つけるまでは、ここに留まると?」
酋長の言葉に対してフェルードは静かに頷いていた。
「ええ……」
「だが、人間にこの位置を知られておる。しかも、あの黒魔術師とやらに……」
彼らが懸念することは一つ。
再び魔術師達がこの集落を襲撃してくることだ。その懸念が払拭されない限り、早急にこの集落を捨てる決断を迫られるだろう。
アストールは重苦しい雰囲気の中、ゆっくりと右手をあげて酋長に声をかけていた。
「……あの、少しいいかしら?」
周囲の重鎮達もこれといって妙案がないためか、アストールが発言する事に反対する者はいない。
「うむ……」
酋長はゆっくりと頷いて見せ、アストールに発言を促していた。
それを確認した上で、彼女は立ち上がっていた。
「今回の襲撃事件を引き起こした元凶の魔術師達。そいつ等さえ倒せば、当面の間、貴方達の脅威はなくなるのよね?」
アストールの言いたいことの真意を問うために、酋長は鋭い視線を彼女に向けていた。
「うむ、そうであるが、何が言いたい?」
「私達がその魔術師達を捕まえるか、もしくは倒すわ! そうすれば、あなた達の安全は保証されるでしょう?」
アストールの言いたいことを、酋長は言葉を改めて聞いていた。
「次の集落を見つけるまでの時間は、そなたらが確保するという事か?」
彼女は鋭い射抜くような視線にも、全く物怖じしないで毅然とした態度で答えていた。
「ま、端的に言うとそうなるわね……。ていうか、まあ、それが私達の今回の仕事よ。その仕事の結果、貴方達の新天地を見つける時間を稼げるなら、お互いに丸く収まっていいと思うのよね」
アストールの尤もな提案に対して、酋長は暫し考え込んでいた。彼女が嘘を吐いているとは言い難く、今までの行動からもその言葉を信じるに値する。しかし、一つだけ酋長には懸念することがあった。
「……ふむ。しかし、そなたらが他の者に、この集落の位置をばらす危険がないとは言い切れない」
「とことん信用してくれないのね……」
アストールは落胆のため息を吐いていた。
「用心深いだけだ」
酋長は胸まである長く白い髭を撫でながら、アストールを見据えていた。ここで引く訳にはいかず、アストールはすぐに提案を行っていた。
「……じゃあ、こうしない? アルネを私達に同行させる」
「なに?」
再び鋭い眼光がアストールを射抜く、今度は本気で彼女を睨みつけている。だが、ここでアストールも引き下がるわけには行かなかった。姉を失ったアルネの一番帰りたい場所を、アストールは知っている。そのためにも勇気を振り絞って強い口調で述べていた。
「貴方達からすればアルネは掟を破った異端者でしょ。でも、彼女の心はこの集落にある。もしも、私が約束を破れば、アルネが私の首を撥ねればいい。彼女だって集落のためなら、そのくらいはできるはずよね?」
そう言ってアストールは横に座っているアルネに目を向けていた。
彼女は当初、アストールの発言に戸惑っていた。だが、彼女の瞳が真っ直ぐに向けられていて、すぐにその覚悟が嘘でないことを悟る。
「……しかしな」
それでも酋長は渋る。
「それはいい案ですね」
だが、ここで再び意外な人物が言葉を発していた。
「フェ、フェルードよ?」
長老が動揺してフェルードを見るのと同時に、一同一斉に彼に対して視線を向けていた。その感情は様々だが、驚嘆が含まれていることは明らかだった。
「他の眷属にムザムザと集落側から掟を破らせるような命を下す事はできません。しかし、既に掟を破っているアルネなら、そこを気にする必要はありません。それに外界に最も慣れているのはアルネです。その大命、果たすことはできましょう」
集落再建のためには眷属達は本当に貴重な人員となる。
木を運んだりするのに、コンラチリーヴァを使ったりするのだ。何よりも多くの妖魔や脅威を取り払ってくれる守護者の眷属に、命を失うのと同義な掟を破らせることは、集落側から命じてはならない。
何よりあの襲撃でかなりの数の眷属を失っている。本来であれば、掟を破った眷属のアルネでさえ貴重な存在だ。
「……その代わり、条件があるわ」
フェルードの援護を逃さじと、アストールは続けていた。
「何?」
「事件を解決した際には、アルネを集落へ正式に戻す事」
そうでも言わなければ、彼らがアルネを集落へと迎え入れることはできないだろう。提案に対してはやはり、一同が渋った表情を見せていた。確かに彼らにとって、眷属のカリスマ的な存在のアルネが、集落へと戻ってくることは悪いことではない。だが、種の存続をかけている掟を何重にも破っているアルネを、ただの任務程度で帳消しにできるほど甘いものではないのだ。
彼らがこういう反応をするのを、見越していたアルトールは続けていた。
「……納得がいかないなら言い方変えるわね。大命を果たしたら、新しい集落へ一緒に移住するの。そうすれば、今の集落での罪はチャラでしょ?」
無茶苦茶な理論ではあるが、こうでも強引に言わなければ彼らは納得すらしないだろう。酋長はしばし髭を撫でながら、眉根を細めて考え込んでいた。
彼らの集落の立て直しには、一人でも眷属が必要なことには違いない。
神木を見つける調査には、眷属の操るコンラチリィヴァは欠かせない存在だ。何よりも数少ない眷属で次の新天地を見つける間でも、眷属達は今の集落を変わりなく警らしなければならない。
人員不足は明らかである。
だからこそ、アルネの受け入れをすると確信しての発言だった。
実際険しい表情をしている酋長だが、ここで断言しないというのは葛藤があるからだ。
「ふむ……。妙案であるな」
酋長の言葉に対して重鎮一同は、驚きの表情を浮かべていた。
「酋長!? それでは、掟を破る事に……」
「長老よ。我らは移住して新しく生まれ変わるのだ。そして、新たな眷属の住人を受け入れる。ただそれだけの話であろう」
酋長は片手を上げて長老を嗜める。長老は渋々納得したのか、俯いて言葉を返せずに大人しく座っていた。酋長はアルネに向き直る。
「アルネよ。次の集落が見つかるまでは、我が集落への立ち入りの一切を禁ずる……」
鋭い眼差しがアルネを居抜き、彼女はその場で硬直していた。
「そして、大命を果たした後には、新たな集落へと行くがいい」
酋長の厳しくも優しい言葉に、アルネは表情を引き締めて元気よく答えていた。
「はい! 分りました」
アルネの嬉しそうな表情を見て、アストールもすぐに口を開いていた。
「酋長様、ありがと」
軽口を叩いたアストールに、重鎮たちは思わず反発しそうになるが、酋長は手でそれを制す。
「これもすべては我らの今後の繁栄の為よ……。それに貴重な眷属をこうも失ってはな」
酋長は苦笑してから、アルネに向き直る。
「……アルネよ。必ず大命を果たしてくるのだぞ」
「はい」
静かに答えるアルネを横目に、アストールは苦笑していた。
「それで、あと、言いにくいんだけど、もう一つお願いがあるんだけど?」
「なんだ?」
長老がアストールに向かって聞くと、彼女はすぐに願い出ていた。
「私たちが森から出るのには協力はして欲しいの」
長老が酋長に顔を向けると、酋長は頷いて見せていた。それを確認したあと、長老はすぐに答えていた。
「ふむ。では、眷属を二組つける。それに乗って森の外付近まではお送りしよう」
「ええ。お願い!」
アストールは交渉が上手くまとまった事に満足して、安堵のため息を吐いていた。アストール達の反撃の狼煙が、このルショスクの辺境の森の中から上がろうとしていた。




