新たな試練 2
「ふ、かかったな! 隙あり!」
リュードは屈んだ体勢から、エスティナに抱き着こうと襲い掛かる。
「二度も同じ手にかかると思うな!!」
だが、アストールもそれを想定していなかったわけではない。
抱き着かれそうになるのを、素早く半歩下がってよけて、剣の柄を掴んでそのまま腹部に叩き込んでいた。
「ふぐぉお……」
悲鳴にならない声をあげたリュードは、その場におなかを押さえて蹲る。
「お前ドMなの? こうなる事、判ってたよな? な?」
アストールは剣柄より手を放すと、蹲ったリュードを見下していう。
「ま、マジで殴るのかぁ……」
アストールは腰に手を当てて、右手で背中を指差して叫ぶようにしていう。
「猛獣は徹底的に体に教え込まないと分らないから!」
「お、俺は道化の連れてる猛獣じゃねえええ。うぅうう……」
蹲って呻くリュードを横目に、クリフは呆れ顔で溜息を吐いていた。
「おいおい、痴話喧嘩もほどほどにしてくれよ」
「誰が痴話喧嘩ですって!?」
アストールがクリフを睨みつけると、彼は目をそらしていた。
「痴話喧嘩なんかじゃないし! 第一にコイツの事なんて、一ミクロンも好きともなんとも思ってないし! さっさと話を元に戻すわよ!」
アストールは怒りを顕にしながら、リュードを放置して再び輪の中へと戻る。
「で、あなた達が協力してくれるのはいいとして、問題は黒魔術師の拠点よね……」
アストールが思案すると、一同は黙り込んでいた。
ルショスクは今や廃墟と廃坑の巣窟とかしている。歩けば廃墟の村が至る所に存在しているし、妖魔達が住処としている坑道などもごまんとある。ルショスクが繁栄していた証でもあるが、残念な事にいまやそれがただ単にルショスクを苦しめる原因となっている。
「廃坑なら幾らでもあるし、アジトには困らない……。か」
アストールが静かに呟くと、クリフが口を開く。
「片っ端から虱潰しにしていくか……」
クリフの提案を聞いたコレウスが、目を血走らせながら言う。
「そんな事してたら、奴らの研究が完成してしまいますよ!」
「……確かにな」
腕を組んだままクリフは小さく溜息を吐いていた。
「でも、調べる方法がない……」
手掛かりも未だつかめていない。黒魔術師たちの痕跡はあれど、黒魔術師と間近にあいまみえた訳ではない。正体は未だ掴めていない。
あのワイバーンに乗っていた黒魔術師さえ捕まえられたら……。
(だめだ、もう、終わった事だぞ)
アストールは甘い考えを一蹴して、沈黙した一同と共に考え込んでいた。
そこでアストールはひらめく。
「いや、まてよ! キリエや奴らが現れた所を辿っていけば……」
「相手は黒魔術師ですよ。転移魔法も使いますし、証拠を残しているとは思えませんよ」
だが、コレウスが鋭い指摘をしていた。例えキリエの居た道を辿っても、そこに証拠がなくては一緒のことだ。転移魔法を使われては、その証拠を見つけ出す事も困難だろう。
「確かにそうか……」
再び訪れた沈黙に、アルネが勇気を振り絞って口を開く。
「……じゃあ、やっぱり、アイツラを誘き寄せますか?」
意外な申し出に対して、一同が一斉に彼女に目を向けていた。
「私は実験の成功した姉の実の姉妹、アイツラからすれば、私は涎が出るほど欲しい実験体なはずです」
「……確かにそうだな」
尤もなアルネの意見にクリフが同調して見せる。そして、一同もまた、反対の意見を出さなかった。
「だから、私を囮に……」
「だめだ」
だが、それをアストールが一瞬にして遮っていた。
「危険すぎる」
真剣な表情でアルネを見つめると、彼女は今一つ納得がいかないのか、更に反論しようとする。
「でも、それでおびきだせれば」
「お前も見ただろう。あの黒魔術師の実力を」
眷属達を一瞬にして葬っていったあの魔法、それをいとも容易く何個も重ねて放っていた。いくら魔術に通じる黒魔術師だからと言って、その領域に辿り着ける者は少ない。
「あいつはマジでやばい。そんなのが通用する相手じゃない」
「でも……。じゃあ、どうするんですか!?」
アルネの悲痛な叫びにアストールは言葉を返せないでいた。
あれだけ派手に暴れておきながら、研究所の所在の痕跡すらわからない。相手がかなりのやり手である証拠だ。だが、完全に証拠を消すことなど、まず不可能なはずだ。
些細な事でいいから何か痕跡があるはず。そう考えたアストールは、再びルショスクに来てからの行動と出来事を隅々まで思い出していた。ここに着いてから、まず最初に探検者たちがアルネを追っていた。だが、あの三流の探検者達がアルネをキリケゴール族と知って追っていたかは分からない。彼女はそこが気になった。
彼らがもしアルネの正体を知った上で追いかけていたのなら、彼らと依頼者の繋がりは深い可能性がある。また、知らずに純粋に仕事をこなしていただけであっても、依頼者と直接会って話をしていることに間違いはない。彼らを辿れば、もしかすると黒魔術師に近づけるかも知れない。
(これは誰が依頼者か……。エメリナに調べてもらうか……。最悪、あのチンピラ共をとっちめりゃあいいしな)
一つの疑問が浮かぶと、自然と他の疑問も浮かんでくるものだ。
二個目はこの森を目指す前、人食い妖魔討伐に向かう途中にあの化物と遭遇した時のことだ。一行が廃墟にて宿を探そうとしていた時、廃墟の中で妙に小綺麗な物置小屋を見つけていた。
周囲の廃墟の建物はボロボロに風化していて、妖魔が入った形跡すらあったのだ。にも関わらず、アストールたちが見つけた小屋の中は至って奇麗で、立てかけてあった道具は新品のものばかりだった。
アストールはそこでふと、最初にあの賊達が化け物に変化した時、賊の頭領の言葉を思い出していた。あの時、頭領は新たな力を、誰かから手に入れたと言っていたのだ。そして、化物へと変化していた。
賊達はあそこ近辺を寝床にしていた可能性が高く、彼らの前に黒魔術師が現れたというのなら、その近くには何らかの移動手段を備えているはずだ。
この二つを結びつけた時、あの小屋が真に怪しく考えられてくる。
「まさかな。あそこに何かあるわけが……」
アストールはそこで言葉を止めていた。
あの時は化け物や妖魔を恐れて調べる間もなく、早々にあの場所を立ち去っていた。もしも、魔術師があそこを調べさせないために、あの盗賊の化け物達を当てつけてきたのなら、そこに何か見せてはならない物があるとみていい。
「何か心当たりがあったのか?」
神妙な顔つきのアストールに対して、クリフが真剣な眼差しを向けていた。
「ええ、ないわけじゃないわ」
アストールは答えるとコレウスに向き直っていた。
「あのさ、コレウスさん。転送魔法について詳しく教えてくれない?」
突然の問いかけに対して、コレウスは戸惑いつつも丁寧に説明をする。
「え、ええ。物体を転送するのには、必ずどこかに魔法陣を敷く必要があります。転送する物体には術式を書いた札を貼るだけでいいんですが、転送先には必ず地面に札と同じ術式の魔法陣を描いておく必要があるんです。転移魔法をかけて移動している時に出口を間違えずに道標みたいなもんです。これが転送魔法の原則です。と言っても実際にはこの魔術は非常に高等な魔術ですし、何より世界的に禁じられている黒魔術ですから、僕は知識だけですけどね……」
彼が言うところ簡単に言えば、転移魔法をかけた際には、届け先には確実に魔法陣がないといけないということだ。それらを踏まえると、あの小屋を調べられたくない理由もすぐに思い浮かぶ。
もしも、あの小屋を転移魔法の拠点としていたのなら、魔法陣がどこかにあるかもしれない。黒魔術師たちが賊達を嗾けてきたのも合点がいく。
「あのさ、私、一度調べてみたい場所があるの」
アストールはそう言って、事情を説明しだしていた。
一同は確かに彼女の言う事が理に適っていると思い、早々にそこを調べる事を決定していた。それからも細かに意見を出し合っていく。
六人が互いに意見を確認し合っていると唐突に後ろから声がかかる。
「あの、勇者様方」
アストール達が一斉に声のした方へと顔を向けると、そこには一人の男性のキリケゴール族が立っている。肩から左胸にかけて胸当てをしていて、腰には剣を帯びている。槍を手に持っており、容姿からして戦士と見ていい。
「この度は我らをお救い頂き、ありがとうございます。敷いてはその、酋長よりお一つお話があるという事なので、ご同行願えないでしょうか?」
アストールは戦士を訝しみながら見据えると聞いていた。
「あの、もう、騙したりとか、殺したりとか。そんな話じゃないわよね?」
彼女の問いかけに、戦士は慌てて弁明していた。
「いええ! とんでもありません。あなた方は私たちの集落をお救いくださった方々ですから」
この集落の大半のキリケゴール族の人々は、アストール達に感謝している。未だ一部の人々は彼女らをあまり良くは思っていないが、もしも、彼らがいなければ集落は壊滅していたかもしれない。
だからこそ、目の前にいる戦士は、アストール達に感謝はしている。
アストールは満面の笑みで、彼に聞いていた。
「じゃあ武器は預けなくていいわよね?」
戦士は渋い顔をして、暫しの沈黙の後答えていた。
「ええ、大丈夫です。あなた方は我々を救ってくれたのですからね」
「じゃあ、決まりね」
「はい」
一同は戦士に促されるまま、中央の神殿の奥にある合議場へと招かれるのだった。