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千秋の来訪 6

 メアリー達の後ろからは、黒い竜に乗った眷属達が、追ってきていた。


「やばいやばいやばい、やばいよお!! 逃げてえええ!!」


 メアリーの叫び声に、事態を把握して全員が動き出そうとする。その矢先だった。頭上から唐突に降り立つ、無数の黒い影が、アストール達の周りを取り囲む。


「ち、遅かった!?」


 逃げようとしたアストールの前に、槍の先が向けられる。


「逃げるなよ! 人間!」


 眷属達がアストール達を取り囲み、逃げ道を塞ぐ。折角合流しかけたメアリー達も同様に取り囲まれていた。リュードも騒ぎに気づいて、頬を抑えつつ、朦朧とした意識の中、周囲を見渡す。


「あら~、これはどう言う風の吹き回しかしら?」


 苦笑するアストールを前に、一人の眷属が歩み出る。

 あの眷属たちをまとめあげている男のフィルガーが、彼女かれを頭上から見下ろすようにして侮蔑の視線を浴びせつけていた。


「これは貴様たちが持ち込んだ災厄だ。その身を持って償え!」


 全く身に覚えのない罪に、アストールは苦笑する。


「私達が犯人だって言うなら、態々残って、捕まるようなことをすると思ってんの?」


「黙れえ!」


 眷属達の目は血走っていて、アストールは相手を刺激するのが得策でない事を直感する。どうにか打開策を練ろうとするも、既に囲まれた時点で万策尽きていた。


(ち、今度こそ、万事休すか……)


 アストールは覚悟を決めて、見上げるようにしてフィルガーと目を合わせた。


 その時だった。


 フィルガーの遥か後方の上空に、無数の炎の弾が現れる。


「おい、あの後ろの火の玉って……」


 アストールが指をさした瞬間に、その炎の玉は意思を持っているかのごとく、一直線に眷属たちに向かって直進しだす。突然、頭上より、幾重の火球が降り注ぎ、眷属達を次々に呑みこんでいく。

 焼き上げられた眷属たちと、中央の広い踊り場、それによって森の中が瞬く間に明るくなっていた。


「ち! 黒魔術師かよ!! あれは……!?」


 かなり巨大な翼を持った鳥、否、羽毛が見えず、炎の光を艶かしく反射するのを見る限り、それが竜の一種であるとわかる。ただ、上級妖魔の竜よりも、小さく、形も足二本に加えて、翼があるといった鳥のような形をした翼竜だ。


 その翼竜ワイバーンの上には、一人の外套を被った人が目についた。


「妖魔を操るのか!?」


 翼竜の通った跡に、次々と作られる火球、次の瞬間には、火球の雨が降り注いでた。その中の一つが、アストールに目掛けて、降り注いでくる。


 間一髪のところでアストールは反射的に回転して、火球の攻撃を避ける。

 だが、周囲の眷属たちは動くよりも早く、次々に火球に襲われていた。


 火だるまになって断末魔の悲鳴をあげる眷属たち、それを見たフィルガーは呆然と仲間が焼け焦げていくのを見ていた。だが、状況を理解した瞬間に、彼の中にあった怒りの炎が爆発する。フィルガーは見上げると頭上を飛び回る翼竜を睨みつけていた。守るべきものを殺され、そして、次は仲間をも殺されていく。


 その現実に、歯噛みせずにはいられなかった。


 何よりも今のこの光景は、かつて仲間を殺されたあの戦いすら連想させた。

 翼竜は数回彼らの頭上を旋回して、勝ち誇るようにして飛んでいる。


「我が領域を犯すとは……」


 憎々しげに黒魔術師を見つめていると、ワイバーンは悠然と集落の外へと向かって飛び出していた。


「ええい! 我が森の中で、逃げられると思うな! 行くぞ!」


 フィルガーはそう言って仲間の眷属を二体引き連れて、木々の上へと駆け上がっていく。ワイバーンは枝の張り巡らされた木の空ではなく、その下を飛ばざるおえない。障害の多い森の中を飛ぶことで、本来の速度は出せないだろう。何より枝を伝って走るコンラチリィヴァの方が、速度に制限のあるワイバーンより遥かに身軽で早く移動ができる。


 だが、その様子を見たアルネが悲痛に叫んでいた。


「ダメええ! 追っては駄目よ! フィルガーさん!!」


 しかし、彼女の叫びは、仲間を失って憎しみで動くフィルガーには届かなかった。燃え盛る炎と、体を焼かれた眷属達、幸か不幸か、コレウスが即座に水の精霊魔法にて消火に当たっていたため、助かった眷属もいる。だが、炎を受けた者の大半が既に息絶えていた。


 その現実を前にフィルガーは、復讐の意志を固めて口にしていた。


「奴め! 絶対に逃がさんぞ!」


 枝を伝って走るコンラチリィヴァと眷属達は、すぐにワイバーンを補足していた。悠然と飛ぶ姿はまるで勝ち誇ったようであり、隙だらけだ。揺れ動くコンラチリィヴァの上で、フィルガーは弓を構えて短く魔法を詠唱する。


「風の精霊よ。我が弓に力を与えよ」


 矢が淡い緑の光に包まれ、フィルガーが狙いを定めてその矢を放つ。

 緑の閃光が尾を引いて、真っ直ぐにワイバーンの進行方向に飛んでいく。予め予想した位置に矢は飛んでいき、吸い込まれるようにワイバーンに命中した。かに見えた。


 だが、矢が当たる手前、ワイバーンは急に方向を変えたため、緑の閃光は森の虚空へと飲み込まれていく。


「な、に……」


 確実にあたるように矢の速度を上げる補助魔法を使った。気づいていなければ避けることなどできないだろう。だが、あの魔術師は回避行動を取って、悠然と飛び続けていた。


「気づかれたか……」


 フィルガーは両脇についてきている仲間に、目で合図する。

 フォーメーションを変えて、あのワイバーンを三方より飛び掛かって仕留める。

 念を通じて通達されたことによって、軽やかに三方向へと散っていく眷属達。


(絶対に仕留める! 追い詰めて、追い詰めてな!)


 ワイバーンよりも早く移動しようと、フィルガーはスピードをあげる。

 だが、そのはずなのに、ワイバーンとの距離は縮まらなかった。


(くそ! 次は外さん!)


 フィルガーは苦肉の策として、再び弓を構えて矢を放つ。

 一発、二発と、狙いを定めて放つも、それらは全て避けられる。

 その回避行動をとることによって、ワイバーンの速度は著しく落ちていた。


(これなら、いける! 全て予定通りだ)


 眷属からすればここは庭の様な物、ワイバーンが逃げる方角を察知して矢を放ち、進行方向を変えていく。機動を修正しようものなら、その先に向かって矢を放っていく。すると、ワイバーンはやむなく方向を変えて、転身せざる終えなくなる。それも全てがフィルガーの読み通りだった。彼はある場所にワイバーンを誘導している。ある程度逃げる方向を定めると、フィルガーは念にて仲間と会話を交わす。


(奴は予定通り、蝕腕の森へ入っていくぞ。準備しておけ)


 進むにつれて森の木の密度が徐々に狭まっていき、ワイバーンの飛行速度は更に落ちていた。


(この一帯だけは、森の密度が極端に狭くなっている。それも知らずに逃げるとはな……)


 完全に自分たちのテリトリーに入った事を良い事に、フィルガーはほくそ笑む。

 フィルガーは距離を縮めて、弓矢を放っていた。ワイバーンはそれを察知して右に旋回する。とその時だ。その横あいから突如、眷属が飛び掛かっていた。

 だが、その死角からの攻撃すらも、黒魔術師はワイバーンを急降下させて巧みに避けていた。


「その行動も折込み済みだ!」


 フィルガーが叫ぶと、ワイバーンが更にその急降下した先に、その下で待ち構えていたコンラチリィヴァが飛び掛かる。流石に急制動を繰り返したワイバーンには回避する余力と浮力は残っていなかった。

 飛び掛かりを避けきれず、ワイバーンとコンラチリィヴァが揉みあいとなり、空中で錐もみになりながら落ちていく。

 こもった地鳴りと共に、ワイバーンは地面に叩きつけられて、その上に勝ち誇ったコンラチリィヴァが四肢を地面につけて佇んでいた。


 すぐに主人の眷属が樹上より地面に降り立ち、フィルガー達もワイバーンの元へと駆け下りていた。


「やったか!?」


 フィルガーの声で二人の眷属は笑みを浮かべる。


「ああ、後は、こいつの下敷きになっている魔術師を出すだけだ」


 一人の眷属はそう言ってコンラチリィヴァに、ワイバーンを持ち上げさせる。その下で無残な躯を晒す魔術師を想像していた。その時だった。


 突然周囲の木々の間から、眩く白く光る火球が三組の眷属達を包囲する。フィルガーたちを反射的に守るようにして、コンラチリィヴァが三人を囲んで身を呈して防御に入った。


 それと同時に火球が一斉に三人に向かって飛んでいた。

 小規模な爆発が続けざまに起きて、三組を光が覆っていた。

 爆発が終わり、再び辺りを静寂が支配する。


 煙を上げて横たわる三組の眷属達、防御をしていたものの、爆風は凄まじい威力を持っていた。コンラチリィヴァの鱗をもってしても、完全に攻撃は防ぎきれていなかった。モロに攻撃を受けたコンラチリィヴァは手足がもげていたりと、息をするのがやっとの重症を負っていた。そして、また眷属達も爆風に手ひどく痛めつけられていた。全員がぐったりとして動くことはない。


 立ち込める煙が晴れていき、周囲の広間が徐々に見えてくる。

 森の奥からは一人の男が苦笑しながら歩いてきていた。


「全く、少しは加減てのをしらねーのかな」


 さきほどワイバーンに乗っていた魔術師が、彼らの倒れている広間の奥から現れたのだ。外套を頭から被っていて顔は分からないが、声からしてまだ若く、青年然としている。

 そんな彼の後ろから、二人の壮年魔術師が現れる。


「これはすまんすまん。私も手を抜いてはいたのだが、些か強力な魔法でして」


「少々厄介ですな。早急に持ち帰って、手当てをしなければ」


 壮年魔術師の二人は笑みを浮かべて、三組の眷属の元へと歩み寄っていた。

 眷属の三人は既に虫の息であり、コンラチリィヴァに至っては、腕や尻尾が捥げている者もいる。


「追い詰めたと、思っておったのでしょうが、罠に掛かったのは自分達だという事にも気づけぬとは……。哀れな材料だ」


 壮年魔術師は憐みの視線で三人を見ると、一人一人に魔術式の書かれた札を張っていく。


「辛辣だな……。ま、異論はねーけどな」


 青年魔術師はそう言いつつ、自らも術式の書かれた札を持つ。


「それにあの失敗作の処分も行えましたし、一石二鳥、イヴァン殿もお喜びなられよう」


 もう一方の壮年魔術師は、虫の息となった三人と三匹に応急処置を済ませていく。


「だいたい、てめーらが無駄な実験しすぎなんだ」


 その様子を見た青年魔術師は、壮年魔術師に毒づく。しかし、その言葉を聞いた魔術師は、札を貼る手を止めて向き直ると即座に反論する。


「無駄とはなんだ。失敗があるからこそ、成功する。ましてや、その失敗だと思っていたものが、成功に変わる場合もあるのだ。実験とはすることに意味があるのだよ。だからこそ、多くの実験をだね……」


 話が長くなりそうなところで、青年は無理やりに遮っていた。


「あーわーった。わあったよ! それよりも、そいつら、転移魔法に耐えれるのか?」


 青年魔術師が心配そうに聞くと、眷属たちの応急的な治療を終えた壮年魔術師は苦笑して答えていた。


「応急処置を済ませましたし、主の待つ城までは持つでしょう。尤も、その後については保証しかねますがな」


 確かに見た目はかなり回復しているように見えるが、肝心の生命力が問題だ。転移魔法を行った時に、体の傷にどれほどの影響が出るか、実際はやってみないとわからないのだ。


「おいおい、折角苦労して捕まえた素体だ、死んだら師匠にどやされるのは、俺なんだ。ちゃんと治療してくれよ」


 青年魔術師が少しだけおどけてみせると、壮年魔術師は笑みを消すことなく続けていた。


「はは、まだ素体は残っておりましょう。死んだ時はまた捕まえに来ればよかろうて」


「二度手間はごめんだ」


 ここまで彼らをおびき寄せるのに、彼自身何度かひやりとしたことがあったのだ。ましてや、予想していたとは言え、コンラチリィヴァが飛びかかる寸前にバレないように転移魔法を発動させるのは、相当な苦労をしたのだ。こんな危ない橋など、極力渡らないほうがいい。


 青年魔術師の苦労を知ってか知らずか、二人の壮年魔術師は彼に対して告げていた。


「準備は終わりました。ここに長居するのは、危険ですし、早急に魔法を発動いたしますぞ」


 壮年魔術師が笑を浮かべると、青年もまた笑を返していた。


「んじゃ、俺はまだ仕事があるから、行ってくる。師匠によろしく伝えといてくれよ」


「分りました」


 青年魔術師は壮年魔術師達より離れていく。それと同時に術式の札が発動し、瞬時にして眷属達諸共その場から消えていた。転移魔法によって、彼らはアジトへと向かったのだ。


 以前も同じような方法で、眷属を一組捕まえたことがあった。あの時は青年魔術師が、攻撃、回復、転移全ての魔法を扱っていたぶん、今回の仕事は雑であったが体的な負担は少なくて楽だった。


 だが、青年はふと思い出す。脳裏には襲撃時にやり損ねた女が思い浮かぶ。


 金髪の美少女、あと一、二年もすれば、即座に求婚者で一杯になりかねないほどの美しさ。


「まさか、あのエスティナがあそこにいたとはな……。殺り損ねたのは痛いな……」


 青年のつぶやきは静かに森の中へと消えていく。とは言え過ぎ去ったことを気にはしていられない。


 青年もすぐに札を発動させて、その場から姿を消すのだった。



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