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千秋の来訪 5


(あんなの、あんなの卑怯だ……)


 アストールは嗚咽こそ我慢したものの、涙が溢れ出てくるのを抑えられずにいた。

 突然のキスにどうすることもできなかった。

 唇を優しく奪われた時、抵抗のしようがなかった。

 あまりにも突然で、突拍子な行動で、人の事も知らないで、屈辱的で、自分勝手で最悪な口づけ。


 ようやく抵抗しようとした時には、全てが終わっていた。

 体に力を入らなかった。入れた所であの体勢では、思うように動けなかった。

 なぜ、自分が男と、よりにもよって、あのリュードとキスをしなければならないのか。


 男としての尊厳の全てを、無理やりに奪われたような喪失感が体を一瞬で支配し、気が付けば全身が震えていた。怯え、屈辱、怒り、憎しみ、悲しみ、負の感情が胸の内から一気に溢れ出して、目頭が熱くなる。まだ、エストルとの決闘の時の方がマシにさえ思えたほどだ。


 アストールは涙を我慢して、流すまいとするが、一度決壊したダムは、二度と元には戻らない。リュードを睨み付けた目からは、留める事の出来なかった感情が流れ出していた。


(馬鹿野郎! 少しでも見直した俺が、馬鹿だった)


 それでも泣いている自分を見せるのが恥ずかしく、メアリー達の前には立てないと思い、二人のいない方へと歩きだしていた。

 色々な感情が湧き上がっては消えて、胸の内を締め付ける。

 ふと、アストールの目がある一点に止まった。


 玄関前に横たわるキリケゴール族の男の躯の傍らで項垂れる女性。その隣にはかなり幼い男の子が呆然と二人を見据えていた。


(父親だったのか……)


 アストールが女性に近寄ると、彼女は涙を流した悲哀な表情でアストールを見つめる。


「ああ……。あなたは……」


「……」


 どう声をかけていいかわからず、アストールは無言のまま立ち尽くしていた、


「お助けいただき、ありがとうございます……」


「いえ、お礼を言われることはしていません……」


 アストールは女性に礼を言われて、更に心を打ち砕かれそうになる。自分はこの人たちの死をも利用して、生き残ろうとしていたのか。そう思うと自責の念に駆られてしまいそうになる。


「そんなこと、ありません! あなた方が来なければ、私たちは死んでいました」


 悲痛に叫ぶ彼女は、そう言って傍らの男の子を抱き寄せる。


「夫は死にましたが、私達が生きている限り、夫が生きた証は残るんです」


 悲痛ではあるが、既に彼女は夫の死を受け入れ、次に進もうとしている。


(なんて、なんて、逞しいんだ……)


 アストールは自分が悩んでいた事が、急にちんけな物に思えて自嘲すらしていた。


「だから、あなたの仲間の大剣の戦士に、お礼をお伝えください……。助けてくれてありがとうございました。この恩は末代まで忘れませんと」


 リュードがこの二人を助けたのは、容易に想像がついた。あの男は軽い所も多々あるが、人一倍に正義感の強い男だ。後先考えずに、自分の気持ちに素直に従って生きる大馬鹿だ。だが、それでも、こうやって彼のとった行動で、助けられた人々が目の前にいる。


 かつての自分がそうであったように、今のあの男が輝いてさえ見える。

 だからこそ、憎い。そして、あんな軽率な行動をされて、悲しくさえ思えた。

 でも、こうやって心の底から、感謝される事をしたのだ。


(キスの一つや二つが、何だって言うんだ……)


 確かに誇りと自尊心は人一倍に傷つけられた。だが、それはこの二人の問題に比べれば、自分の悩んでいたことなど遥かに軽いものなのだ。アストールは無理やりに気を取り直して、女性を励ますように言う。


「わかりました。あなたの気持ち、必ず伝えます」


 それ以上の言葉はいらなかった。アストールは涙を拭いて、再び踵を返してリュードの元に戻っていく。その途中、やはり、リュードに対する怒りは抑えられなかったが、先ほどの様な憎しみは消えていた。


(アイツは良い奴だ。だから、絶対に許さない!)


 アストールは決意を固めつつ、歩を進め続けた。


 前を見れば集落の広い踊り場で、リュード達三人が何やら真剣に話し込んでいる。これなら、気づかれずに近寄れるだろう。リュード達三人が話をしている所に、アストールは敢えて気配なく近寄っていた。


「リュードさん?」


 声に気づいたリュードはアストールを見て、頬を引きつらせる。


「あ、あぁ、エスティナ……ちゃん」


 明らかに気まずそうにするリュードを見たアストールは、内心ほくそ笑む。


「さっき、あなたが助けた親子に会ったわ」


「そ、そうか……」


「あなたにありがとう、この恩は末代まで忘れないって言ってたわ」


「そ、それはよかった」


 何時にないぎこちないリュードの受け答えに、アストールのみならず、クリフとコレウスさえも怪訝な表情を浮かべていた。普段のリュードは絶対にここまでたじろぐことはない。

 それはコレウスとクリフは長い付き合いから、よくわかっていることだった。


「あ、あのさ、エスティナちゃん」


「何?」


「さっきは、ごめんな……。俺もつい我慢できなくてさ」


 弁解の言い訳が自分勝手すぎて、アストールは怒りを感じる。だが、ここで怒ってしまっては、全ての計画が崩れてしまう。


 リュードの言葉にアストールは微笑む。


「いいの、気にしてないから」


 彼女かれの言葉を聞いた瞬間に、リュードは溢れんばかりの笑顔を浮かべる。


「えぇ!? 本当かい!? ありがとう! やっぱり君は俺の天使だ!」


 アストールはそんなリュードを見て、相変わらずの微笑みでいう。


「私こそ、キスの一つや二つで、あんなになって、馬鹿みたいだったし。それにあなたは、馬鹿だけど勇敢で、その、なんていうか、カッコいいし……」


 ワザとらしく顔を赤らめて、リュードから顔を背ける。そして、胸の前で両手の人差指を合わせて、困ったような表情を浮かべる。


「だから、さっきの、やり直させてほしいの、お礼に……ね!」


 顔を背けながら、視線だけはリュードに向ける。彼は満面の笑みを浮かべて聞き返す。


「お、おう!? ほ、本当に!?」


「うん、だから、目を瞑って、少し屈んでくれる?」


「お、おう!」


 アストールの言うがままに、リュードは目を瞑って、顔をアストールの身長と同じ位置くらいにして屈む。そう、今まさに、リュードはアストールを完全に落としたと確信をした。

 そう思っているのは、もちろん、本人だけだ。


 クリフとコレウスはその後ろで小さく溜息をついていた。


 アストールは準備が整ったとばかりに、大きく息を吸い込み、右手を前に、左手を腰に据えて、両足を開いてしっかりと身構える。顔にはしてやったりと言う満足な表情と、目には怒りの炎を宿していた。


「なわけねーだろおがああああ! このくそ下半身ド単細胞がああ!!」


「え!?」


 アストールの叫び声と共に、目を開けるリュード。

 既にアストールは回し蹴りを放ち、リュードの左頬を足蹴りが襲っていた。見事にクリーンヒットしたリュードはド派手に横に吹き飛んでいく。そのままリュードは二度三度、地面に転がり込んで倒れたまま、微動だにしない。


「まあ、妥当な制裁だな」


 クリフは腕を組んで、うんうんと頷いて見せる。


「やっぱり、リュードですね」


 コレウスもまた苦笑して呆れ顔で、倒れたままのリュードを見つめる。

 飛びそうになる意識の手前、リュードは最後に呟いていた。


「な、なんで……。ガク」


 倒れたままのリュードを誰も介抱することなく、放置される。


「あ、皆~!」


 遠方からメアリーが大声で叫びながら、駆け寄ってくる。

 一同が目を向けると、その後ろにはヴァイムとアルネも一緒に走っていた。だが、その表情は声と裏腹に、必死の形相だった。異変に気付いたアストール達は、更にその後ろに目を向けた。


そこには……。


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