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千秋の来訪 1

 巨木が林立して、森の天井が夜空を隠している。漆黒の闇が一帯を支配し、妖魔さえもその闇を恐れるのではないかと思えるほど静まり返っていた。そんな巨木と巨木の合間に50人程の人が並んで立っていた。その全ての人々の瞳が虚ろで、輝きを失っている。


「これだけ、よくもまあ、こんだけ失敗を繰り返したもんだ……」


 一人の青年がその整然と並んだ人々の前を歩きながら呆れ果てる。


「ほほ、失敗も成功のための一要素である」


 その横で壮年の魔術師が、クツクツと笑って答えていた。


「ま、そりゃそうだ」


 実験に失敗した者達、否、ある意味では成功はしたのかもしれないが、不完全体である以上失敗作と呼んでいいだろう。青年はその面々を見ても、笑顔一つ浮かべることはなかった。


 整列した人々の前を通り過ぎて、青年は立ち止まる。そして、ある一点の方角を見据えていた。


「この時間帯は眷属の警備も薄い……」


 夜目の魔術を使用しているため、昼同様に遥か向こうの木々の間のほうまで見渡せた。永遠と続く巨木の森、その視線の先には、彼らの標的となる集落がある。尤も目視できる範囲にはまだ近づいてはいない。そんな所で集まっていれば、眷属に見つかって目的は達成できなくなるだろう。


「これが成功すれば、廃棄物も処分できて、素体も手に入る。正に一石二鳥であるな」


 笑みを浮かべた壮年魔術師は、自分の研究に胸を躍らせる。

 先日手に入れた廃棄物の実験は、一応の成功は修めていた。だが、結局は介在者によって不安定な状態にさせられて、完全な成功にはいたらなかった。だが、あの成功個体の魔力構造を調べ、術式を作り上げて魔力結合の際にその構造を組み込めば、研究は完成したも同然だ。


 ただ、一つ問題があるとすれば、それは魔力に同調しやすいキリケゴール族での成功であり、人間にそれが適合するかと言えばそうではない点だ。とはいえ、人間での魔力制御も素人が行えるレベルにまで、研究は進んでいるのだ。


 完全な研究の完成は間近と言っていい。


「ふふ、これで、これで評価実験が成功すれば、我らの研究は更なる段階に研究を進めることが出来る」


 壮年魔術師はあたかも、眷属が当然のように手に入ると言うような言いぐさで不敵に笑う。


「あんまり楽観視はしない方がいい。眷属は中々厄介だからな。無傷では手に入らんと思ってくれよ」


 青年はそう言ってかつて手を合わせた眷属の事を思い出していた。

 巨体からは想像できないほど早く動く地竜に、その上で巧みに弓と槍で攻撃を繰り出してくる。あの眷属を捕獲するのには、かなり手間取ったのだ。


「ほほ、そこは安心せい。そなたは予定通り行動すればよいだけだ」

「おうおう、それは頼もしい限りで……」


 青年は苦笑してから壮年魔術師を見ていた。


「それよりも、よく奴らの集落の場所が分かったな?」


 ふたりの前にもう一人、壮年魔術師が現れて聞いてくる。


「ああ、結構前から大体の位置は把握してた……」


 青年はキリケゴール族の集落の位置を探るために、この森に部下を潜入させていた。ことごとく部下たちはキリケゴール族に化かされたと言って帰ってきていた。ただ、青年はその化かされた位置を報告させて、東西南北のあらゆる方角から部下を進ませた。どの方角から行っても同じように進入は阻止される。


 部下からの報告を聞いた青年は、そこで一つの結論を出していた。

 化かされた地点を結んでいくと、東西南北を円を描くようにした範囲が地図上に出来上がったのだ。


 そこで青年は確信した。


 キリケゴール族の集落はこの中心にある。

 だが、態々集落に潜入せずとも、捕獲することは容易にできる。なぜなら、話しかけてくる範囲にそのキリケゴール族がいるのだ。


 そこで青年は自らもその守備範囲へと赴いて、念話を飛ばしてきた相手と魔術を駆使して遂に対峙したのだ。それが眷属で特別な存在と知るのは、彼女を捕獲した後の事だ。


(ま、一度戦ってるから、奴らの出方は大方判ってるが、やっぱり、直接はやりあいたくねーな)


 青年は小さく溜息を吐くと、二人の壮年魔術師へと顔を向けていた。


「流石は今後ルショスクの魔術界を引っ張っていく人材と言われただけはありますな」


 壮年魔術師が感嘆していると、青年は苦笑して見せる。


「ふん、煽てるのはよしてくれ。一応、標的には追跡用の魔術は掛けてるから、それで正確な位置は把握した。って言っても、俺の予想していた位置と大差なかったけどな」


「大したものだ。イヴァン殿も優秀な弟子を持って羨ましい限り」


 青年に感心した壮年魔術師は、笑顔で彼に話しかけていた。


「師匠には感謝してるさ。俺の潜在能力を見い出してくれたんだ」


 青年は師匠に拾われた日のことを思い出す。かつて、雪の降る中、事故で両親を失って途方に暮れていたあの幼年時代……。あのまま山中を彷徨っていれば、確実に妖魔の餌になっていた。それをあの老年の魔術師が拾い上げてくれたのだ。


「だから、俺は師匠の力になりたい……」


 青年は小声で呟くと、二人の壮年魔術師に背を向けて歩き出していた。


「手筈通りいく。二人共順調に進めて眷属を捕獲したら、予定通り転移魔法で根城に移送してくれよ」


 青年魔術師は背を向けたまま告げると、壮年魔術師は笑顔で答えていた。


「心配するでない。あのルショスクの四賢者をも凌ぐのが我らだ。失敗はせぬ」


 壮年魔術師の言葉を聞いて、青年は安堵する。そして、その場で短く詠唱を開始していた。


「風の精霊王セルフィードの名の下に召喚す、いでよ赤翼竜レッドワイバーン


 青年が地面に右手を付けると同時に、地面に赤い魔法陣が現れる。そして、すぐに周囲が煙で包まれる。周囲が霧に包まれたかのように真っ白な世界になり、その白い霧を切り裂いて、一体の翼竜が勢いよく飛び出していた。

その背中には青年が乗っており、魔術によって赤い翼竜を操っていた。


 その飛び立った青年を見送った二人の壮年魔術師は、顔を見合わせた後言葉を交わしていた。


「さて、我々も準備に取り掛かりますかな」

「そうですな」


 二人の壮年魔術師もまた、待機している整列した五十人の人々を後にして漆黒の闇へと消えていく。


 キリケゴール族の集落へと新たな魔の手を伸ばす準備を着々と進めていくのだった……。 



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