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キリケゴール族の集落 3

 集落の中心にある一際大きな大木の上、神殿が建てられた御神木。

 木を挟んだ神殿の反対に位置する部分に、酋長の家が建てられていた。

 その酋長の家の大広間、その一室には多くのキリケゴール族の面々が集まっていた。両端に長机が用意されていて、そこに重役の面々がずらりと座っていた。


 見た目が白髪白髭を生やした老人や、神官の正装に着替えた男達、眷属の代表や、戦士達の代表、そして、集落のまとめ役の長老、奥に行けば行くほど重要な役割を持った人物が座ることになっている。

 そして、最も奥に位置する玉座には、集落を取りまとめる酋長が鎮座している。

 

 アルネは重役面を両脇に控え、中央で膝を突いて頭をたれていた。


「酋長! こ奴は掟を破った者です! 厳正な処断を下すべきです!」


 勢いよく言うのは集落を実質まとめている長老だ。

 とはいえ、役職名が長老と言うだけで、年齢自体は見た目だけなら50歳程度の若目の男だ。その言葉に対して戦士の長も同調する。


「私も同意見です。眷属といえど例外は認めるべきではないかと」


 だが、アルネと同じ眷属の長フィルガーが彼女を擁護する。


「長老! 彼女は仲間を助けるために、禁を犯してでも外に出たのです。ましてや、行方不明者が姉ともなれば、そうなる気持ちも致し方ありますまい!」


 フィルガーの擁護に長老は彼を睨み付ける。


「何を! 我が集落は掟を守ってきたからこそ、ここまで何もなく平穏にやって来れた! それに例外など認められぬ!」


 長老の力強い声音に気圧されるフィルガー。さすがに年の功を重ねた年配者には、それなりの威厳がある。だが、その気迫を冷静な声音で窘める青年がいた。


「掟は絶対。それには変わりない。外界に出た者は、二度とこの集落には戻れない。否、戻ってはならない。なぜなら、長老の言うとおり平穏を乱す。だからこそ、極刑を執り行う必要がある」


 その冷徹な声音で言う青年神官フェルードは、涼しい顔をして誰とも目を合わせることなく前を向いたまま言っていた。それに長老と戦士長がにやりとしていた。


「そうだ! そのせいで、今や我が集落に人が入り込むことになっておる! これは忌々しき事態だ」


 戦士長があやかって声を上げるも、フェルードはそれを手で制していた。


「失礼ですが、まだ話は終わってはおりません」


 有無を言わせぬ冷徹な雰囲気に、流石の戦士長も押し黙る。


「……ですが、それが判らぬほど、私の愛弟子であるアルネは愚者ではない」


 じっと膝まづいて下を向いたまま、動かなかったアルネの耳がピクリと動く。


「私は眷属を育てる際、掟を徹底して叩き込みます。掟を破れば死罪ということも併せてです」


 フェルードは淡々と説明と弁明、そして、アルネを擁護する言葉を続けていた。


「ですが、この状況になった以上、アルネに対して甘かったと、今は自分を叱責している所です。ですが、彼女の話だけでも聞いてやっては貰えないでしょうか。彼女は死を覚悟してまでこの集落に戻ってきたのです。それほどまでに、我らに伝えたいことがあるのは確か。それでも聞き入れてもらえぬというのであれば……」


 会場がフェルードの次の言葉を待つために、一瞬の静寂が訪れる、

 間を置いたフェルードは静かに、それでも力強く宣言していた。


「私は神官長の職を辞して、アルネと共に刑を受けましょう」


 会場が一斉にざわめき出して、長老が慌ててフェルードに向かって叫んでいた。


「フェルードよ! 正気か! それは前代未聞だ!」


 フェルードに向けられた驚嘆の表情、だが、彼は何一つ臆することなく冷静に答えていた。


「アルネとキリエを拾ってきたのは私です。保護者としての情を捨てきれなかった私にも、今回の事件、責任があります。教育不行き届き、および、指導不足、それだけでも極刑には充分値すると思います」


 再び訪れた一瞬の静寂の後に、代表者たちが会話を初めてざわめきだす。

 フェルードの後ろに控えていた神官たちも、初めて聞いたらしく困惑の表情を浮かべていた。


「皆の者! 静まれ!」


 酋長の一喝に場の空気は一瞬で凍りつく。


「長老のラナスが言う事も尤もだが、フェルードの言う事もまた然り。ここは一同、はぐれ眷属アルネ・フレンスカの言に耳を傾けようではないか」


 佇んでいたフェルードは、無言のまま酋長に会釈をして着席していた。

 表情一つ変えない酋長は、アルネに対して厳しい目を向けていた。


「アルネよ! 表をあげよ!」


 アルネは俯けていた顔を、正面に鎮座する酋長に向けていた。

 彼は白く長いヒゲを右手でさすりながら、相変わらずの厳しい目つきで彼女に問いかける。


「そなたは外で何を見聞きし、何を得た?」


 アルネは表情一つ変えずに、酋長とまっすぐに目を合わせて答えていた。


「ご発言の機会を頂き、ありがとうございます。私、アルネ・フレンスカは外界に出て、姉キリエを見つける事が出来ました。しかし、真に残念ながら、姉キリエを救う事はできませんでした」


 彼女の発言を聞いた周囲は、再びざわめきだしていた。

 まだ駆け出しの眷属が、一人で外界に出て姉を探し当てた。果たしてそのような事が可能なのだろうか。集まった面々一同が、一概に信用ができる話ではない。

 怪訝な表情を浮かべる面々を気にすることなく、アルネは引き続き口を開いていた。


「私の話が嘘であると思われるかもしれません。ですけど、私は信頼に値する証言者を連れてきました。これも掟を破ってのことは、重々承知の上です。それでも私は伝えたいのです」


 真剣な表情でアルネが言い放つと、酋長は鋭い眼光で彼女を見据える。


「何をだ?」


「この里に迫っている危険を……」


「危険だと!?」


 一斉にざわめきだした一同を、酋長は右手を上げるだけで制していた。


「危険……か。どの様な危険だ?」


 酋長が場を鎮めたあとに、間を置いてアルネは答えていた。


「はい、集落に人間の魔術師の脅威が迫っていることです」


「何?」

 

「人間の魔術師でも特に帝国時代の悪しき魔法を研究している黒魔術師、それが私達キリケゴール族を狙っているのです」


 一同は無言のままアルネを注視する。


「我が姉と眷属エルガは悪しき魔術によって、一つの生命へと変えられていました。そして、その実験は失敗し、姉は野に放たれていました。しかし、姉は体を元に戻す事に成功しました。これが我らを狙う要因と姉は言っていました……」


 語りかけてきた姉の記憶の断片、それを受け取ったアルネは会場の者達に淡々と語っていく。


「ほほう。我らを捕獲して実験材料に……。ふん。面白い、どの様な者が来ようと、我ら眷属が束になれば、敵う敵はいない」


 フィルガーが笑みを浮かべるも、長老が彼を睨み付けて叱咤する。


「その楽観主義、危ういぞ! 相手は眷属を捕獲した魔術師、驕りは禁物じゃ!」


 二人が熱くなって議論を開始しそうになるところを、酋長は二人に睨みを効かせて言う。


「まあ、待て、話は続いている。それで、その話は本当か?」


 そこでアルネはゆっくりと立ち上がっていた。


「はい。私の信頼する人たちを連れてきました。お入りになってください」


 アルネに促されて会場の入口地より、二人の女性が入ってくる。勿論、耳は尖ていない。二人の人間こと、アストールとメアリーが証人としてアルネの横に立つ。一斉にざわめき出す会場、彼らはアストールとメアリーを値踏みするように鋭い視線を浴びせていた。


 周囲はアルネと同じキリケゴール族だらけ、それだけではなく、何かしらの役職に就いている重役ばかりで、彼らは得体の知れないオーラを放っている。


 アストールはそんな中で、奇妙な冷や汗をかきつつも自己紹介をしていた。


「私はアルネの証人であるエスティナ・アストール。ヴェルムンティア王国の近衛騎士代行をしています。こちらは従者のメアリーです」


 アストールがメアリーを紹介すると、彼女もまた一度深々と礼をしてみせる。


「ふむ。騎士と言ったな……。それなりの役職に就いているようだが……。今回の我らの事件、それを立証できるのか?」


 アストールは厳しい目つきで酋長に見られて、凍りつくような感覚に襲われる。

 周囲の者たちも一部の者を除けば、侮蔑の視線を二人に浴びせていて、四面楚歌の状態だ。


「……ええ。証言はいたします。ですので、暫し、私たちにお時間をいただけないでしょうか?」


「うむ。よかろう。続けよ」


 アストールは酋長より許可をもらうと、次々と説明を開始していた。

 この地域で人々が行方不明になっていること、また、その事件がキリケゴール族の性にされていること。それらを聞いたキリケゴール族は、人の誘拐を即座に否定していた。


 ここまで閉鎖的な彼らが、敢えて人を誘拐するなどまず考えられない。それを踏まえた上で、アストールは自らの推論を、彼らに対して説明していた。


 このルショスクで人が化物に変化する不可思議な現象が起きていること、そして、キリエがその事件に巻き込まれたであろうということ。キリケゴール族が犯人でないのなら、この一連の事件が黒魔術師によって引き起こされているのは明らかなことだ。


 アストールは説明を終えると、酋長に目を向けていた。


「ふむ……」


 説明を聴き終えた酋長は、静かにアストールを見据えていた。彼女かれが嘘をついていないかを見極めるために、静かに問いかけてくる。


「……お前たちの言う事、信じてよいのか……」


「今日の私たちの扱いを見て、これは明らかに黒魔術師による仕業であると確信しました。それに、ここまでの危険を犯して、私たちがここに来たことが、何よりの証拠になるはずです!」


 アストールは酋長と目を合わせたまま、しっかりと答えていた。

 酋長は暫し目を合わせたままだったが、おもむろに視線をアルネへと向ける。


「……アルネよ。この者たちが真実を言っている証拠はあるか?」


「……状況証拠のみとなりますが……」


 アルネはそう言って、酋長より目をそらしていた。


「……アルネよ。確かに状況を鑑みれば、この者たち証言、そして、お前の言うこと、確かに信ずるに値する」


 酋長の言葉を聞いてアルネは、表情を明るくして酋長を見ていた。

 だが、彼は厳しい顔つきを一切変えずに言い放っていた。


「アルネとキリエは眷属として使命を果たした。それは我らもお前たちを評価しよう」


 酋長の言葉を聞いた瞬間に、アルネは笑みをこぼしそうになる。


「で、では、私たちは……」


 だが、アルネの言葉を遮って、酋長は冷徹に言い放つ。


「それと今回のことは別件である。掟は掟。破ることはならん」


 彼の言葉を聞いた瞬間に、アルネは絶望に打ちひしがれたように顔を曇らせた。


「そ、そんな! 恩赦も何もないのですか」


 無慈悲な酋長に対して、アルネは強く言い放つ。だが、彼は一切引き下がることなく答えていた。


「アルネよ。そもそもお前は掟を何重にも破っておるのだ。集落に危機を知らせたからとて、その罪が消えるわけではない」


 そう、元よりアルネはこの集落を掟を破って抜け出た身だ。恩赦を与える特例を作らぬためにも、罰は罰として下す。それが酋長としての役目であるのだ。例え、それが本人の意に沿わなくても、実行せねば集落は滅びの道をたどり出すだろう。


 アルネは絶望に打ちひしがれ、言葉を続けることができなかった。


「そ、そんな……」  


「その者達の処罰は、追手沙汰する。アルネよ。お前も厳罰があると思え」


 アルネは言葉を発することができず、その場にお尻からへたりこんでいた。


「……」


 フェルードは酋長の言葉を聞いて顔を俯け、小さく溜息を吐いていた。


「先にフェルードが言っていたことは、認めるわけにはいかない。引き続き、お前には司祭長の職務を遂行してもらう。よいな」


「は……」


 小さく返事をしたフェルードは、一礼してみせる。


「これにて合議は終了とする。眷属代表者と戦士長はここに残れ。あとは解散せよ」


 酋長の言葉に一斉に周囲のキリケゴール族達は立ち去っていく。

 入口からは戦士たちが現れて、アストールとメアリー、そしてアルネを引き連れて出て行く。



 アストール達は引き続き拘留されることとなり、アルネまでそれに加わることとなっていた。予想外の結末に対して、アストールとメアリーはなす術なく、再び牢獄へと戻ることになるのだった。




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