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キリケゴール族の集落 1



 木漏れ日の光が、目まぐるしいスピードで見え隠れする。

 森の中を自在に駆け回るヴァイムからの景色は、周囲の木々が見えないほどのスピードで通り過ぎていく。馬で疾駆するよりも早く、まるで木々の間をすり抜ける風の様に、軽やかに進んでいく。


 メアリーは予想外の速さに驚いてアストールに後ろから抱きつき、彼女かれ自身もまた振り落とされまいと鞍にしがみついていた。

 それでも不思議な事に、ヴァイムの上での挙動は予想以上に少ない。


「今日はお客さんが乗っているから、いつもよりゆっくりですよ」


 アルネがそう言ってアストールに声をかけると、 彼女かれは思わず叫んでいた。


「これでゆっくりって、どれだけ速いんだよ!?」


 アストールは流れる景色に肝を冷やしつつ、周囲の景色が微妙に変化してきていることに気づいた。

 さっきまでは木々の大きさ、高さ、共に決して大きいと呼べるものではなかった。木々の密度もかなりあったはずなのだが、今ではヴァイムの巨体が木々を掻き分けなくてもいいほど広くなっている。それに加えて頭上を覆う木々の緑が高くなっていた。奥に進むにつれて木々の密度は広くなり、また、緑の天井も高くなっていく。


 三人を乗せてどのくらい走ったのだろうか。朝に村を出てから、既に昼が過ぎている頃合い。周囲の木々の幹は小さな小屋ほどの太さを持ち、木々の間隔も広い。まるで自分たちが小人になったのではと、錯覚をしてしまいそうになる。


 天を覆う広大な木々の葉は、緑と茶色のコントラストを生み出した大空と言うにふさわしい。この頃になると、三人を乗せたヴァイムの挙動も最初に比べて、急制動などがなくなっていた。

 その代り、最初よりも疾駆する速さは、格段と上がっていた。


「まだ、着かないの?」


「もうすぐですよ!」


 アルネがそう言った矢先の出来事だった。

 ヴァイムが急に走るスピードを緩めていく。そして、最終的にはその場で立ち止まっていた。


「どうかしたの?」


 アストールがアルネに聞くと、彼女は小さな声で二人に言い聞かせていた。


「もう、眷属に目をつけられてる……。さすがに対応が早い」


 アルネは二人に静かにするように言い聞かすと、森中に響き渡るような凛とした声で叫んでいた。


「私の名前は眷属、アルネ・フレンスカ! 我が姉であり偉大なる眷属キリエ・フレンスカの最期の使命を果たしに来た! 見ているのは分っている! 姿を現せ!」


 普段からは想像もつかないしっかりとした口調と態度に、アストールはアルネを見直していた。

 言霊が森の中に消え、静寂が訪れる。


 だが、一向に変化はない。


「やっぱり、誰もいないんじゃ……」


「シ!」


 メアリーの言葉を遮って、アルネは一か所を見つめる。

 彼女とヴァイムの見る方向、一本の太い幹の向こうから、一体のコンラチリィヴァが出てくる。体はヴァイムよりも更に一回り大きく、その上には眷属と思われるキリケゴール族が立っていた。


 呆気にとられたアストールだが、メアリーが服を引っ張る。それにつられて彼女かれもまた、顔を後ろの方向へと向けた。メアリーの指さす先、大木が倒れ、苔がびっしりと生えた緑の丘の向こうから、ゆっくりとまた眷属が現れていた。


 また、違う方向からも眷属が現れ、あっという間に三人の周囲を囲むように、8組のコンラチィリヴァと眷属がゆっくりと一定の距離を保ったまま姿を露にしていた。


「……これって、やばい状況なのかしら?」


 アストールが半分この状況に怯えながらアルネに聞くと、彼女も表情を強張らせていた。


「うーん、ちょっと想定外だったかも」


 成獣となったコンラチリィヴァが三人を取り囲み、徐々にその距離を詰めてくる。アストールは身の危険を感じて、つい腰の剣の柄に手を添えていた。


「だ、だめ。敵意を見せたらダメ!」


 アルネの声にアストールは、どうにか剣柄より手を放す。


 それを見た真正面の眷属が突如、一気に三人の前へと駆け寄ってくる。攻撃されるのではないかと言う不安を抱いたが、それでもアストールは剣を抜かずにじっと近寄ってきた相手を見据えていた。


 三人の目の前でその眷属は止まると、アルネを見てふっと鼻で笑っていた。


「今日は本当にお客が多い……」


 その眷属の年齢は見た目には20代半ばと言った所。特徴的な尖り耳に加えて、整った美形の顔立ち、そして、アルネとは違う男性の眷属の独特の美声。その全てが魅惑的に感じられた。


「……フィルガーさん」


 男性の眷属の名を呼ぶと、彼は優しくアルネに微笑みかけていた。


「お帰り。と声をかけてやりたいが、生憎、君は掟破りの無法者だ……。それに……」


 フィルガーはアストールとメアリーを、まるで俗物でも見るかのような侮蔑の視線を浴びせる。


「この外界の生き物二匹を連れてきたことは、極刑に値する……」


 フィルガーは二人をねめつけると、アルネには再び優しい目付きで見つめる。


「とはいえ、君もそれを判って敢えて来たのだ。何か意味があっての事ではないのか?」


 フィルガーの問いかけに対して、アルネは静かに頷いて見せていた。


「はい、眷属キリエの事件についてです」


 アルネが勢い余って次の言葉を口にしようとした時、フィルガーは手でそれを制していた。


「ここは妖魔も出るし危険だ、話は後だ。一度、集落に向かうぞ」


「は、はい」


 歩み出そうとするアルネを、フィルガーはコンラチリィヴァを前に持ってきて更に動きを制していた。


「え、あ、あの集落へ行くのでは?」


「ああ、行く。行くとも……。ただ、後ろの二人には、位置を知られては困る」


 フィルガーはアルネの後ろにいるアストールとメアリーを睨み付けていた。


「あ、あはははは。だ、大丈夫大丈夫! ここまで来る道のりなんて全く覚えてないし」


 アストールは空笑いを浮かべて、フィルガーに弁明する。だが、彼は全く妥協する様子はなかった。


「念には念を入れておかねばな。この者たちの目、くりぬいてもよいか?」


 フィルガーの言葉にアストールの背筋に、寒気が走っていた。

 彼のまっすぐな視線を見る限り、その言葉に嘘はない本気の態度だ。


「ちょ、ちょっと待った!」


「待って! フィルガーさん!」


 アルネとアストールの言葉が重なり、フィルガーの動きが止まる。


「この人たちは、私を助けてくれた命の恩人です! 掟を守るのも当然ですが、恩を仇で返すほど、私達キリケゴール属は浅ましい種族ではないはずです!」


 アルネが力強くフィルガーを睨み付けると、流石の彼も動きを止めていた。

 彼女の言うとおり、掟を絶対とはしているものの、外界の生物が侵入して連行する部分に関しては、なんら束縛はない。位置を知られてはならないのは確かだが、それだけなら目隠しをすれば事足りる。


 フィルガーは考え込んでいた。暫しの時間が過ぎたのち、アストールとメアリーを相変わらずの侮蔑の視線を浴びせながら言い放つ。


「アルネに感謝するんだな。その代わり、この目隠しはつけてもらうぞ」


 フィルガーはそう言って幅広の帯をアストールに投げつけていた。


「目隠しあるなら、最初からそれでいいじゃん……」


 そう呟くアストールの声をきいて、フィルガーは機嫌を損ねて彼女かれを睨み付けていた。


「あぁ、怖い怖い」


 アストールはワザとらしく身震いしてみせると、すぐに目隠しを付け始める。メアリーもそれに倣って同じように目隠しをつけていた。


「いきますね」


 アストールとメアリーが目隠ししたのを確認して、アルネはすぐにヴァイムと共に走り出していた。

 その周囲をフィルガー達眷属が取り巻くように展開している。それもこれも全ては人を警戒しての事だ。それ程までにアストール達は警戒されていた。


 人であると言うだけで、ここまで毛嫌いされる。身の危険すら感じる村の潜入に、メアリーを連れてきたのをアストールは後悔していた。ここまでの危険を犯すのは自分だけでいい。


 メアリーを連れてきた後悔の念が、より一層と強くなる。だが、彼女とて生半端な覚悟でここに来たわけではない。それをアストールも判っていた。


 三人を乗せたヴァイムは、多くの眷属に囲まれて集落へと向かうのだった。




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