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辺境領の中の更なる辺境

 アストール達はキリエの墓を村の外れで掘り、ジュナルが土の聖霊を使役してによって石碑を作り上げていた。本来、キリケゴール族は森の中に遺体を置き、魂がを森と同化させるために体は森にささげる習慣だ。だが、今回の事件によって森にも帰れないため、アストールの提案によって人間方式に墓を建てていた。


 その後、騎士達と合流してからの村に戻るまでの道のり、誰一人として口をきく者はいなかった。


 村に戻ったのち、ルショスクの騎士達は若くして亡くなった仲間の騎士の遺体を馬に乗せ、半数が早急に領都に戻っていった。残ったのはトルチノフとブルーノと若い騎士が一人だけだった。

 トルチノフとブルーノは村長と面会して、人食い妖魔事件は解決したと、一言だけ告げて拘束していた盗賊達を領都へと連行することを約束していた。


「にしても、それは本当か?」


 アストールが用意された部屋の一室で、アルネを問い詰める。アルネは神妙な顔つきで答えていた。


「はい……。確かにお姉ちゃんの記憶の断片を受け取りましたし……。十中八九間違いありません」


 アルネの言葉に嘘はないと見ていいだろう。


「じゃあ、次なる目標は、あなた達?」


「そういう事になりますね」


 アルネは神妙な顔つきのまま答えていた。いまだ目には泣いたせいか充血している。表面では平静を装っているが、精神的疲労が隠せていない。


 衝撃の再会を果たしたと思えば、最悪の別れをしなければならなかった。アルネの心的負担は相当な物だろう。だが、彼女はそれでも無理をしてでも、果たさなければいけない使命がある。


「だから、私は一度、集落に戻ろうと思ってます」


 決死の覚悟を腹にすえているのか、その表情は固い。


「でも、あなた。掟を破ったなら死ぬかもしれないって」


 アストールの問いかけに大して、アルネはそれでも言葉を続けていた。


「私は眷属です。如何なる所にあっても、集落を守らなければならないという心を忘れてはいません。例え、私の死と引き換えになろうとも、集落を救う事こそが私の使命なんです!」


 アルネの決意を秘めた言葉に、アストールは暫し考え込んでいた。

 彼女の言葉は充分に信じるに値する。その上、それが事実なら彼女の集落で待っていれば、事件の首謀者が態々出向いてくれるのだ。


「ねえ、私も連れて行ってくれない?」


 アストールの急な申し出にアルネのみならず、周囲にいた一同が目を丸くする。


「アストールよ! 行けば帰って来れぬかもしれぬのだぞ?」


 ジュナルが慌てて彼女かれに問いかける。だが、アストールもまた頑固な性格だ。


「大丈夫よ! それに確認したいこともあるからね!」


「し、しかし……」


「あ、それと同行は誰もしなくていいから!」


 二言目の発言を聞いて、ジュナルが更に語気を強めていた。


「アストールよ! それではあまりにも危険が過ぎるぞ!」


「危険だからこそよ。それに帰りの道のりを、トルチノフ達だけで行かすのは危険すぎるわ!」


 アストールはそう言って従者一同には護衛をするように言う。


「だが、従者を連れずにとなると……。あまりにも危険すぎますぞ。せめて、拙僧だけでも」


「だ~め! ジュナルは護衛に行って。それに人数は少ない方が動きやすいから!」


 今一つ納得のいかないジュナルの表情を見て、アストールは小さく溜息を吐いていた。そして、静かに言い放つ。


「……皆に言うわ。これはお願いじゃない。命令よ」


 そう言われては一同何も言い返すことができなかった。反論を許すことなく、その日は終わりを告げて、次の日の朝が来ていた。


「本当によろしいのですね?」


「ああ、心配ないって」


 ジュナルが心配そうに村の入口前でアストールを見ると、彼女かれははにかんでいた。

 トルチノフ達騎士に加えて、その後ろにはここで捕えた賊達が縄で繋がれている。賊達を拘束する縄は、若い騎士の馬の鞍に繋がれており、逃げられなくなっている。

 とはいえ、道中には妖魔が多数出没する。いくら騎士と言えども、賊達を引き連れて行軍するとなると危険がすぎる。そこでアストールは優秀な従者たちを、彼らの護衛に回すことを約束していた。


 それがジュナル、レニ、コズバーン、メアリーだった。


 そして、当の本人であるアストールはと言うと……。


「っもう一度言うが、キリケゴール族の村を訪れるとなると、自分の身がどうなるかわからぬのだぞ?」


 ジュナルが主人を本気で心配して、最後に問いかける。その表情は暗い。


「だから、大丈夫だって。キリエの最期の使命を果たすのにアルネ一人だけじゃなく、証人もいた方がいいじゃない?」


「しかし、それは……」


 あまりにも危険だと言いかけて、ジュナルは言葉を呑んでいた。

 アルネはキリエの死の真相を知り、里に戻ると言っていた。それを聞いたアストールは自らも行くと、彼女に申し出ていた。キリケゴール族は閉鎖的種族。もしも人間が里に入れば、その命の保証はない。


「大丈夫です。いざとなれば、私がエスティナさんを連れ出します!」


 アルネはそう言ってジュナルをまっすぐに見据えていた。その眼に嘘の曇りは見られない。


「アルネよ……。我が主を託すのだ。もしも、何かあった時には、それ相応の覚悟をしてもらうぞ」


 ジュナルはそれでも厳しくアルネを見つめて、凄みを効かせて言い放つ。


「もとより私の命、集落を出た時にないのと同じです。必ずエスティナさんは私の命に代えても無事に返します」


「本当であろうな?」


 ジュナルの厳めしい圧力に屈することなく、アルネは毅然とした態度で返す。


「眷属の名誉と命に懸けて、約束は守ります」


 彼女の決意もまた生半端な物ではないとみて、ジュナルは小さく溜息をついていた。


「アルネよ。もしも、そなたの居場所がなくなったとしても、必ず、生きて帰ってきなさい」


 ジュナルは今までの態度を急に軟化させて、アルネを優しく包み込むよう言っていた。


「え?」


「何かあっても、拙僧らがそなたを受け入れよう。そうであろう? アストールよ」


 ジュナルが意味深にアストールを見ると、彼女かれは苦笑して見せる。


「流石はジュナルね。なんでもお見通しってことか」


 アストールは観念したと言わんばかりに、首を振って見せていた。アストールはアルネの帰郷の申し出があった時点で、彼女かれはもしもの時があればアルネを仲間に引き入れる事を考えていた。


 アルネの力はアストールにとっても、かなり有益なものだ。そして、もしも、再びアルネが集落を追い出された時に、彼女が頼れるのもまたアストール達以外に居ない。


 何よりも彼女かれは姉を失って、半自暴自棄になっているアルネを見捨てられなかった。


「あ、ありがと……」


 アルネは急に泣きそうになり、それをぐっとこらえる。


「中途半端で終わりってのも、何か嫌だからね」


 アストールはそう言ってアルネの頭を撫でていた。


「あのさ、やっぱり、私も同行しちゃ、だめ……かな?」


 メアリーが二人の前に歩み出る。


「え? な、なんで?」


「証人が一人っていうのもあれだしさ。ね? いいでしょ?」


 アストールが意外そうな顔で見つめていると、メアリーはお願いと言わんばかりに手を合わせる。

 何か考えがあっての事か、ジュナルも特別反対することもなかった。


「……でも、危険なんだぞ?」


「大丈夫よ。アルネとエスティナがいるんだから!」


 メアリーが急に申し出たことに、ジュナルは大方察しはついていた。慕っている人との最後の別れになる可能性だってある。それならば、一緒についていきたい。メアリーはそういう女性だ。


 だが、何より、ジュナルが反対しなかったのは、もう一つ理由があった。

 もしも、アルネに何かあった時、森の中での対処はアストールよりもメアリーの方が上だ。

 万が一に備えてもメアリーを同行させる事は、けしてデメリットにはならない。


「アルネ、いいかな?」


「……わかりました」


 アルネも暫しの沈黙の後、メアリーが同行することを許可していた。


「くれぐれもお気をつけて」


 ジュナルがそう言うと、レニもまた横に来て二人を心配そうに言う。


「絶対にお帰りになってください」


 コズバーンは腕を組んだまま、一言だけ告げる。


「……死ぬなよ」


「ああ、それじゃあ行ってくる」


 アストールは三人の顔を見たのちに、アルネに視線を向けていた。彼女は頷いて見せると、目を瞑って念じて見せる。数瞬もしない間にヴァイムが森より飛び出てきていた。


 背中には専用の鞍が備え付けられていたが、予め用意していた馬用の鞍をその後ろに備え付ける。アルネが前に跨って、後ろにアストールとメアリーが馬用の鞍の上へと載っていた。


 そうかと思うと、すぐに三人を乗せたヴァイムは、その場を駆けだしていた。瞬時にしてその場から消えた三人に盗賊達が驚きの表情を隔せずにいた。


「よし、見送りは終わった。すまぬがルショスクまでの道中、御助力願おう」


 トルチノフはジュナル達に声をかけると、一行もまた頷いて見せていた。

 騎士の一団は静かにルショスクへと歩みだす。


「アストール、メアリーよ。無事に帰って来られよ……」


 ジュナルは呟くと三人が消えて行った方向へと目を向けて一人呟く。そして、断腸の想いで領都へと歩みだすのだった。




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