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姉妹の再会 2

 行軍を開始してから幾程の時間が経ったことか。


 太陽が真上に昇り切る手前に、アストール達は目的の廃墟の町にたどり着いていた。町の周囲には木々を切って開墾した畑跡の平原が広がり、その向こうに建造物が密集した一帯が見える。


 その周囲は森、森、森。


 生い茂る森はその廃墟の町へと、ポツリポツリと若い木を送って浸食を開始している。


 この町がショスタコヴィナスに近い位置にあるとは言え、まだ、その魔窟まではかなりの距離がある。


 アストール達は警戒しつつも町の入口へと到着てしいた。


「ようこそ、ヴェベリュシスへ。ねえ……」


 入口にある木製の看板に、文字が彫り込まれていた。その看板も長年放置されたことによって、虫食いなどによってかなり侵食されていた。


 ここもかつてはショスタコヴィナスより出た鉱石を運ぶための中継基地として、栄えていたのだろう。町のど真ん中を石で舗装された広い道が、まっすぐに続いていた。


 ただ、残念なことにその両脇にある建物は、ボロボロに崩れかけている。そこに人が住んでいたという事実のみを、アストール達に知らせていた。

 それからしても、ここが廃墟になってからかなり時間が経つのが伺えた。


「ここが例の町ね……」


 アストールは看板の横を通り過ぎると、周囲を見回していた。

 廃墟独特の哀愁ある雰囲気は、昼間と言うにも関わらずに何か不気味さを感じさせた。


「さて、早速だがここは一つ手分けをして探すとしよう」


 アストールの横にトルチノフが来ると、この地味に広い町の中の探索を提案していた。勿論、単独行動では危険を伴うので、グループに分けることは暗黙の了解だ。


「そうね。まあ、見つけてから、そこに集まって皆で倒したほうが、危険も少ないだろうしね」


 アストールもまたトルチノフの提案を快くうけていた。


 アストール達一行は早速、分散した際のグループを決めていた。


 七騎いる騎兵を三人ずつに分け、残りの一人を非力なアストール、レニ、メアリーのグループに割り振っていた。その一騎がトルチノフである。

 最も心配すべきアルネに関しては、ジュナルとコズバーンを着けているので、まず心配すべきことはないだろう。


 四つのグループに分かれ、アストールたちは町の東西南北へと探索を開始していた。妖魔を見つけた場合は呼び笛を吹いて集合することを、最終的には互いに義務付けた。


 そうして、町の中に一行は足を踏み入れていた。


 廃墟の町の中を歩きながら、アストールは周囲を見回していた。

 幸いと言っていいのか、気持ちが悪いという感覚こそあれど、妖魔の気配は全くない。メアリーも周囲を探ってはいるが、妖魔の気配を感じられずに怪訝な表情を浮かべていた。


「あ~、本当に気持ち悪いわね」


 アストールは周囲に妖魔がいないことが分かり、後頭部に両手を当てて歩き出す。とは言えこの町より感じられる不快感で、その表情を歪めている。


「アストール、油断してると寝首刈られるよ?」


 先頭を行くアストールの横を、弓を持って警戒するメアリーが声をかける。


「大丈夫、大丈夫! レニとメアリーがいるし、何かいたらすぐ分かるでしょ」


 アストールはそう言って廃屋の間へと目を向ける。彼女かれも完全に油断しているわけではない。最低限妖魔が飛び出てきそうな場所に目を向けて、警戒するのは怠ってはいない。


「エスティナ様、背中はお任せください! 僕が命がけで守ります!」


 二人の後ろからレニが頼もしく声をかけていた。

 あの屋敷での活躍を見れば、十分に彼に背中を任せられる。盗賊とは言え即座に六人を倒した功績を持っている。何より、彼の戦闘力は未知数だ。


「あ~、レニ君、頑張りすぎないようにね。気張りすぎると思わぬミスするからね」


 アストールが緊張感のない声で言葉をかける。そのやり取りをみて、トルチノフは彼らが相当場馴れしている様に感じられた。

 いくら妖魔の討伐が頻繁に出るからといって、ルショスクの騎士達はここまで妖魔に対して場慣れしてはいない。

 ここまで安気に事を構えることは、ルショスクの騎士達でも無理だろう。

 妖魔のその強靭な生命力を前にすれば、その誰もが恐れていくだろう。


 トルチノフはそんなアストールを見つつ思う。


(にしても、先ほどとはまるで別人……。確か、エスティナ嬢と言ったか……)


 先ほど見せた流麗な女性らしさとは一変して、この状況下に怯えることなく堂々とした態度で歩いている。ずかずかと品性がない歩き方に、トルチノフは思わず面食らってしまっていた。


「エスティナ殿よ……」


 面体をあげたトルチノフに呼びかけられたアストールは、ふと男の自分が出ていることに気づいて慌てて言葉遣いを改めていた。


「あ、あははは、なんでしょうか? トルチノフ様?」


「そなた、相当に妖魔との戦に場馴れしている様にお見受けするが、どこか有名な戦場にでもお出になられたか?」


 トルチノフの質問にアストールはぎくりとする。


(うわ、やっべ! 一応俺は只の街娘から近衛騎士代行になっただけだ……。あんまり慣れてるのを見られると、まずいか……)


 アストールは男の時に相当に妖魔との戦いを経験している。例え相手が中級、上級妖魔であろうと、ジュナルとメアリーのサポートがあれば怖いものなどなかった。だが、今のアストールは経験浅い女性騎士代行という設定なのだ。


 アストールは少しの間、過去の戦いを思い出しつつ沈黙していたが、トルチノフに向き直ると愛想笑いを浮かべて答えていた。


「え、ええ……。騎士代行になってから妖魔と戦う事が多くありましたからね」


 アストールの言うことには、別段、嘘は混じってはいない。屋敷でのコルド戦に加えて、ガリアールでのコロシアムでの上級妖魔との戦いも経験している。

 普通の女の子であれば、確実に命はない戦いを幾度となく経験しているのだ。


 アストールは過去の戦いに思いを馳せつつ、哀愁漂わせていた。

 それにトルチノフも深くは詮索せずに受け答えていた。


「そうですか。私も妖魔の討伐はかなりの数を熟してきた。しかし、あ奴らの生命力を思い返すと、そうも余裕は持っていられない」


 剣で斬りつけても尚襲い掛かってくる生命力、物怖じしない闘争本能。トルチノフはそれを思い返すと、部下の身も心配になってくる。だというのに、アストールは恐れさえ抱いている様には見えない。


 トルチノフはそれを見て彼女かれが、妖魔との戦いに相当手馴れている様に感じたのだ。


「不安がないわけじゃありませんよ。ただ、今のメンバーは私が誇る王国屈指の戦士達ですから、そこらの妖魔が出てきた所でやられはしませんよ。あ、別に驕りがあるわけじゃないですよ」


 ゆったりとした語り口に、トルチノフはアストールが心底従者一同を信頼している事を感じ取る。そして、彼女かれの言う通り、それがけして驕りでない事が近く証明されることとなる。


「貴女は仲間を深く信頼しているのですな。羨ましい限りです」


 ふっと苦笑するトルチノフは、アストールに優しい笑みを浮かべていた。


「ルショスクの騎士は違うのですか?」


 アストールが聞き返すとトルチノフは、小さく溜息を吐いていた。


「貴女も見ていたでしょう。ルスランの様に平民出の騎士は少々粗暴だ。確かに優秀ではあるが、如何せん品性に欠ける……。騎士たる者最低限の礼節は重んじるべきであろう」


 ルショスクは辺境で衰退する中で、少しでも良い人材を適所な役職につかせるようにしている。その一環がルスランの様に一般人を、領内の地方騎士に任官することだった。そうすることで、少しでも衰退を食い止めようとしていた。


 だが、その行為そのものが、トルチノフの様な由緒ある騎士や貴族達との軋轢を生むことになっていた。

 実力さえあれば上に立つということは、平民でも貴族の上に立って指揮することができるということだ。事実、ルスランはそれをやってのけている。少々態度が悪くても、結果が全てなのだ。


 ルスランの態度が気に入らないトルチノフは、苦笑して見せる。


「アレは、お恥ずかしい所をお見せしてしまった。さあ、仕事に戻りましょう」


 トルチノフが言葉をかける。

 アストールは話を逸らすことに成功して、ほっと安堵のため息を吐いていた。とその時だった。

 廃墟の町に響き渡る甲高い笛の音。異常を知らせる第一声に、一同が表情を変えていた。方角はアストール達が進む後ろ側、道を挟んだ反対側の方角だ。


「ついに見つけたか! 行こう!」


 アストールは気を改めて引き締めると、その場から音のする方へと駆け出していくのだった。


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