深淵に近づく時 6
アストールは屋敷の主人とは別の部屋にて、拘束した男達を前に、椅子に座って彼らを睨み付けていた。
男達を監禁している場所は、物置として使われていたからか窓はない。
アストールたちは急遽、男達の拘束場所を作るために、この部屋を侍従たちと共に空にしていた。結局八人の犠牲者を出した賊達は、自分達が監禁されているにも関わらず、反抗的な態度を取ってきていた。
「さて、質問に答えてもらおうか」
アストールは屋敷内で拘束した男達を前に、腕を組んでいた。
「あなたたちは何者なの?」
「あぁ、俺達か? あんたがサービスしてくれんなら、答えてやっても良いぜ」
男達のうちの一人、幹部と思われる男がアストールに絡みつくような視線を向けて言う。アストールは至って冷静に男を睨み付ける。
「へー。いい根性してるのね」
アストールは更に足を組んで、後ろに控えていたジュナルに顔を向けていた。
「ジュナル、アレだして」
彼女の言う事を聞いてジュナルは小さい声で詠唱を開始する。数瞬もしないうちに彼の杖からは氷の亀が現れていた。尤も、その大きさは掌サイズとかなり小さい。だが、精霊を具現化する事は、そんじょそこらの魔術師では中々できることではない。
ないより、この男はリーダーと共にジュナルの魔法を、モロに食らっていた。
男を脅すには十分すぎた。
「お、おい! 何するつもりだ!? ま、魔術師なんて卑怯だぞ!」
アストールは笑みを浮かべて、慌てふためく男達に改めて聞いていた。
「あ、そう。それは仲間に恵まれなかった自分たちを呪ってね。それよりも、私の質問、別に拒むような質問じゃないはずだけど、聞かれてまずい事とかあるの?」
アストールの美声が男達をそれとなく威嚇する。
「べ、別に隠すような事なんかねーよ。俺たちはただの探検者だっての!」
男の一人が慌ててアストールに答えていた。だが、彼女としては今一腑に落ちない部分があった。彼らが探検者だというなら、なぜ、ここに来ていたのか。こんな辺境の僻地、しかも上級妖魔のお膝下だ。態々危険を犯してまでここにくる意味が分からない。
「ねえ、隠し事は無しにしましょう。本当の目的は違うんでなくて?」
アストールの言葉に対して、黙り込んでいたリーダー格の男が静かに答えていた。
「そうだな……。捕まっちまったら、もう、言い逃れはできねえ。確かに俺たちはコイツの言うとおり探検者だった」
リーダーの男は静かにしゃべりだす。
「けどよ、ここに居る奴らは大抵事情持ちだ。地元に帰れなくなるような馬鹿やった奴ばかりだ。だからだよ……。俺たちが甘い蜜吸おうと盗賊稼業になったのはな」
リーダー格の男は潔く自分達が賊であることを白状していた。
アストールはその言葉を聞いて、少しだけ考えた。ルショスクで賊が後を絶たないのは、この様な輩が辺境と言う事もあって身を隠しに集まってくるからだ。それは黒魔術師からすれば、死んでも居なくなっても誰も心配もしない“実験材料”が豊富に手に入るという事。
この賊達ももしかすると黒魔術師に関わっているのかもしれない。
「そう。じゃあもう一つ質問よ。あなた達は黒魔術師と何か関係があったわけ?」
アストールが疑問を問うと、男は首をかしげていた。
「黒魔術師? 俺たちの味方にそんなのがいりゃあ、こんな事にはなってねーよ。それよりも、外にいる仲間はどうした?」
男が鋭い目付きでアストールを見据えると、彼女は小さく溜息をついていた。
「外のお仲間は全員死んだわ……。化け物に変わり果ててね」
アストールの言葉を聞いて、男は目を見開いて驚いたように聞き返す。
「はぁ!? おい 化け物ってどういうことだ?」
男は混乱したように慌ててアストールに聞き返す。今にも彼女に飛び掛かりそうな勢いではあったが、生憎手足を拘束されていてそれは敵わない。
「本当に化け物に変わった事と、黒魔術師の事を知らないの?」
アストールが男に真顔で聞き返すと、彼はどのように反応をしていいのか分らずおどけていた。
「知るわけがないだろ。それよりも化け物に変わったってどういう事だ?」
男の様子からしてこの一団は、全く黒魔術師と関係していないと判断できる。
アストールは男に対して軽く説明する。
「ここら辺で変な事件が起きてるのは、あなた達も知ってるわよね?」
「あ、ああ……」
男は思い出したかのように、顔色を悪くしてアストールから目を逸らす。
「私達の目的はここらに出る新種の食人妖魔の討伐なの。その道中で人が妖魔みたいに変化した化け物とも戦った。あなた達の仲間も同じ化け物になったから、私としてもあなたに聞いておきたかったの。あなた達は黒魔術師と何か関係があるのかって」
アストールが説明をし終えると、男は少しの間沈黙していた。混乱していた故に考えをまとめているのだろう。静寂が部屋を包み込み、他の手下の男達も顔を俯ける。
「……全く分からねえ、分らねえよ。人が化け物になるってのは初耳だ……」
男の暗い口調からして嘘はついていないのだろう。だが、アストールは念には念をとアルネを呼び出していた。
「アルネ! ちょっと来て」
部屋の入口より小さな体の美少女が、ドアの横から恥ずかしそうにひょっこりとアルネが顔をだす。
「早く入ってきて」
アストールが呼び込むと彼女は慌てて、部屋の中へと入っていく。そのせいか、被っていた外套のフードが勢いではだけて、彼女の素顔が露となっていた。
尖り耳の美しい美少女の顔があらわになり、それを見た盗賊たちは一瞬にして顔色を変えていた。
「な、なあぁ……。なんで、お前らそんなおっかねえやつを連れてやがる!?」
リーダー格の男がアルネを注視して、口を震わせながらアストールに聞いていた。アストールは男達がなぜそんなに怯えているのか、意味が分からなかった。
「別におっかなくはないよ。人畜無害、この女の子があんた達をとって食べるようにでも見えるの?」
アストールの問いかけに男達一同は、体を震わせながらゆっくりと首を縦に振っていた。
それを見たアルネは心外と言わんばかりに、男達を睨み付けていた。そのせいか、男達は身をその場に縮こまらせるものさえいる始末。余計に腹立たしくなったアルネは、両手を上にあげて悪ふざけを交えて男達に言っていた。
「がぉ~。食べちゃうぞぉ~!!」
アルネがそう言って脅かすと、男達は錯乱したように悲鳴を上げて、不自由な手足を必死で動かして部屋の端まで逃げ出していた。
それを見たアルネは目を細めて頬を膨らまし、右手を腰に左手の人差指を男達に向けて言う。
「むぅ~。この人たち、失礼だよ!」
アストールは苦笑していたが、すぐに表情を引き締めて男達に向き直る。男達は彼女がキリケゴール族であることを知らない様子だ。それどころか、アルネを化け物扱いするかのごとく、怯えて部屋の隅で固まっている。ただ事ではない何かが、彼らを襲ったのは明らかだ。
「なんで、彼女をそんなに恐れてるの?」
アストールが問いかけると、男達はしばし沈黙していた。だが、数刻の沈黙の後、リーダー格の男がゆっくりと口を開いていた。
「ここから、もっとショスタコヴィナス側に下って行ったとこにある廃墟の町、俺たちはそこを拠点にしてた……。でもよお、そこのお嬢ちゃんそっくりな美女に、仲間を食われたんだ……。しかも一人や二人じゃねえ……」
「人をたべる美女?」
アストールが聞き返すと男はバツが悪そうに答える。
「ああ、裸で無茶苦茶に綺麗なんだが、動きが人間じゃねえ。俺はこの目で見たんだ。油断して近付いた仲間が食われてるのをよ!」
男の真剣な叫びを聞いて、アストールはまた考え込んでいた。
ここには人食い妖魔退治に来たはずである。それがいつの間にやら人食い女まで加わることになっていた。しかも、絶世の美女と言う話だ。話の変わり様についていけずにアストールは混乱していた。
(なにかあるな……)
「あなた達のいう事は信じるとして、人食い妖魔はどうなってるの?」
「わからねえよ。俺達も実際にあった訳じゃない。だが、噂だと黒い竜の様な鱗で全身を覆われた巨大な爬虫類のメスの姿だって聞いてる……。最近そいつの目撃例はない……」
男が答えるとアストールは再び黙り込んで考えていた。
(ここで何が起こっているんだ? 新種の妖魔が出たり、人が妖魔の様に変化したり、美女が人を食ったり……)
彼女の中でいくら疑問を探っても、だれもその答えを知りはしない。ただ、男達の話からここら近辺の状況が大方把握できた。
賊と妖魔が入り乱れているのは間違いない。そして、その裏に隠れているのが黒魔術師だという線が濃厚になっている。だが、その予想を完成させるための確たる証拠はない。
「だから、俺達は奴の襲撃に備えて、この村で待ち構えてたんだよ!」
周到に用意されていた罠、その罠が自分達を嵌めるためでない事が分かり、アストールは溜息を吐いていた。もしも、自分達を嵌めるために仕掛けた罠ならば、黒魔術師と何か関係があったかもしれない。
その希望的推測も水泡とかしていた。
「まあ、良いわ。後日、あなた達は狼藉者としてルショスクにしょっ引くから。その覚悟はしておいてね」
アストールはそう言い放つと、男達を一瞥していた。自分達のやったことに後悔しているのか、男達の表情は曇っていた。彼女はアルネとジュナルを引き連れて、部屋を後にしていた。
部屋の前には武器を持った村の屈強な男性が二人立っている。農作業している男手の中でも体格のいい男手が、村長の命令によって見張りに割り当てられていた。
警戒に当たる二人を見た後、アストールは村長の部屋へと足を進める。
ドアが破壊されていて、完全に入り口は開け放たれたままだ。その中へと足を踏み入れると、壮年の男性が力なくソファーの上で項垂れていた。
「あの、失礼します」
アストールは破壊した入り口の前で一言断ると、つかつかと部屋の中へと歩みだしていた。
壮年の男性こと、ここの村長は無精ひげを生やした堀の深い顔をくぐもらせ、アストールへと向き直る。その表情にはやはり人質に取られていたことによる疲労が見て取れた。
「あ、ああ。君か。この度は危機を救っていただき、ありがとうございます」
それでもアストールが目の前まで来ると、彼は安堵の笑みを浮かべて礼を言っていた。
「いえ、当然の事をしたまでです」
アストールが平然と答えると村長は、目に涙を浮かべる。
「まだ、ルショスクにもあなたの様な探検者が残っておりましたか……」
実際の所は探検者ではないが、彼が勘違いしてくれるのならそれに越したことはない。
アストールは話を合わせて答える。
「ルショスクにも私の様なお人好しはまだ残っていますよ。他の探検者でも良い人はいるはずです」
アストールがそう言うと、村長はふと思い出したかのように告げていた。
「そうですね。ついこの間もあなた方の様な正義感のお強い三人の探検者が、キリケゴール族の住まう森に出て行かれましてな……。なんでも、誘拐された人を助けるとか言っておられました」
そこで村長はまた表情を曇らせる。
「しかし、もう、二週間ほど森に入ってから帰っては来ません……」
「誘拐されたと……?」
アストールが問うと、村長は首を横に振っていた。
「いえ、分かりません。人食い妖魔も出ますし、近くには上級妖魔も潜んでいます。キリケゴール族以外にも危険は沢山ありますし、一概には断定できません」
アストールは村長の話を聞いて、探検者が何者かに襲われたことは間違いないと判断していた。だが、それがキリケゴール族なのか、はたまた、そうでない何かははっきりとしない。
「そういえば、私達、本来はここらに出没する人食い妖魔を討伐するために来たんですよ。村長のあなたなら、人食い妖魔の事を何かご存じでしょう?」
「ああ……。やめておいた方がいい。あれは人間では倒せない。少し前ですが、私は盗賊達があの悍ましい妖魔に貪られるのをこの目で見たのです……」
村長の答えを聞いて、アストールは彼を見据える。
「え?」
「遠目でしかわかりませんが、とにかく大きかった……。十数人はいた盗賊が一瞬で惨殺され、アレは死体を貪り食べていた……」
ここで一つ疑問が残る。あの人食い妖魔を見て生きて無事に帰ってきているという点だ。アストールは即座にその答えを聞き出すために聞いていた。
「あなたは一体何をしに村を出ていたのですか?」
「私は盗賊たちにとられた人質を解放するために、要求された食糧を届けに行ってました。その帰りでしたよ。あれを見たのは……」
村長はその様子を思い出してか、顔色を青ざめさせていた。
遠目からでも聞こえてくる賊達の悲鳴、後ろで繰り広げられている戦闘を一目見た。あっという間に決着はついたらしく、悲鳴も怒号も聞こえなくなっていた。
そして、馬車を走らせながら振り返ってみたとき、あの化物は人をその大きな口に頬張ってムシャムシャと食べていた。
「やはり、あなた達は行くのですか?」
心配そうな表情を浮かべた村長は、アストールに対して聞いていた。
「ええ。それが仕事ですから」
「あの怪物は人間では勝つことはできません。今からでも遅くはありません引き返した方がいい」
村長はアストールの身を心配して、優しく声をかけていた。
ルショスクにおいて未来ある若者の命は、将来のルショスクを担う貴重な資源も同じだ。
女性ならば子を作り、男性ならルショスクを発展させるための労働力となる。
できるならば、ここで無駄に命を散らしてほしくはなかった。
「私には心強い仲間がいます。今の仲間がいれば、私はどんな困難でも乗り越えられます。今回の討伐もきっと、いえ、絶対に成功させます」
アストールは村長を真っ直ぐに、その輝く大志を漲らせた眼で見つめた。
これまで旅をしてきた中で、仲間を信頼して助け合いながら戦ってきた自信の表れでもあった。
以前のアストールもメアリーとジュナルの力を信頼して、苦も無く上級妖魔とも戦いを繰り広げてきた。だが、今のアストールはそれ以上に、自分の仲間の力を把握し、適材適所な役割を与えている。それは仲間との良い関係が築けているからこそ出来る事だ。
女性になって仲間の重要性が、身に染みて今まで以上に実感できている。
アストールの変わりない意志を見て、村長は小さく溜息を吐いていた。
「あなたがそこまで言うのならば、お止めはしません……」
村長は悲哀に満ちた表情で、アストールから顔を背けていた。
「御心配には及びません。それで少し相談なのですがよろしいでしょうか?」
アストールが困ったように眉根を吊り上げると、温和な態度で村長は聞き返す。
「ん? なんでしょうか?」
「討伐の間、ここを拠点にしたいと思うのです。そこで暫く宿の方を貸して頂けないですか?」
アストールの提案に村長はしばし考え込む。
人食い妖魔を倒してくれるのはありがたいが、もしも彼ら失敗して村に妖魔を呼び込んでしまっては本末転倒となる。だからと言って、命を助けてくれた彼らをこのまま放りだすのは、村長の良心の呵責が許さなかった。
「そう言う事であれば、我が家をお使いください。空き部屋もありますし、何よりあなた方は我が村を救ってくれた恩もあります」
村長はアストールの申し出を快諾した。
無下に断ることもできないが、何より彼女を見ていると失敗はまずしないだろう。不思議とそう思えたのだ。一縷の望みをこの若者に託しても良いと思った村長は、アストールに願いを託して笑みを浮かべていた。
「討伐は頼みますよ」
「お任せ下さい!」
アストールは胸を張ってはっきりとした声で答えていた。