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深淵に近付く時 3

(次の刺突がきたら、決めるか……)


 繰り出される小手突きを受け流しつつ、アストールは反撃の機会をうかがっていた。


 既に何度となく相手の攻撃を受け流し、攻撃そのものは大方見切ることが出来ている。だが、アストールも女の体で長期戦はしたくはない。


 急所を的確に狙ってきていた突きは、正確無比であり、アストールが攻撃の一手に出ようものなら、その動作に移る前に刃が彼女かれを貫くだろう。


 それでも男の表情は硬く、時間が経てば経つほどに奥歯を噛みしめるような表情へと変わっていく。


(コイツ……!? 焦っているのか……)


 次々と繰り出される素早く正確な小手突き、明らかに手元のみを狙った攻撃に一部の隙もない。はずだった……。


 右に左にと繰り出された小手、その一つが少しだけブレを見せていた。


 ふとアストールが男の顔を見れば、相手は小娘一人と舐めて掛かってきていたらしく、中々、彼女かれを倒せないことに苛立ちを見せていた。その苛立ちと焦りが相まってか、繰り出された剣の突きの振りが次第に大きくなっていく。


 アストールはその隙を見逃さなかった。


 最初の正確な突きを続けられていると、アストールも消耗戦に持ち込まれて勝機を見いだせなかっただろう。だが、男の焦燥感からくる小手突きは、最初と違って正確さを欠いていた。


 男の焦りを感じ取った彼女かれは、内心でほくそ笑む。


(これなら、いけるな……)


 アストールは次に繰り出された少し大ぶりの突きを、両手剣の刃の中心を使って思い切り弾く。

 態勢を少し崩した探検者の隙を見て、アストールは一気にステップで後退する。男もその行為になぜか安堵しつつ、剣を構えなおしていた。


 お互いが間合いを取っているためか、見つめあったまま動かない二人。相手の攻撃を双方が待ち受けているのか、会話はない。ただ、二人は真剣に互いを見据えて相手の出方を窺っていた。


 双方の間に短い沈黙が漂い出す。


(こいつ……。ただの小娘じゃねえ……。伊達に女がてら探検者してねーてことか……)


 息を整える男は、まっすぐにアストールを見据えて相手を分析する。


 見た目だけなら相当な上玉の女で、女衒にでも売れば相当な金になる。そんな見た目とは裏腹に、相当に卓越した剣術を習得している。全ての奥義を見たわけではないが、彼の勘が女との一戦は短期で終わらせろと告げていた。


 そんな息を上げた男とは相対的に、アストールは息を荒げる事もなく整然と隙のない型で構えて男を見据えている。


 アストールは攻撃を受ける際には相手の力を、綺麗に力を使うことなく受け流す動作を意識していた。


 そのおかげか、相手の手数が多かったにも関わらず、息を乱すことはなかった。呼吸と攻撃の受け方を変えるだけで、こうも体力を使わない事実に、アストールは特訓の成果を実感していた。


(とはいえ、この男の突き、続けられてたら危なかった。それに……。アイツ……。構えに隙がないな……。とはいえ、相手が焦っていることには違いない)


 アストールは暫し相手の出方を考えていた。少しだけ息を荒らげている男、焦りから型を崩した結果、スタミナを一気に削られた。


 彼女かれは、息を乱すことなく整然と佇んでいる。表面上は余裕さえあるように見える。全力を尽くした攻撃を全て受けられた男からすれば、自分よりも数段格上の相手にさえ思えるだろう。


(相手としては、俺を警戒して出方を待っている……か。相手がスタミナを回復して冷静になる前に仕掛けた方が、妥当か……)


 アストールは冷静に相手の状況を分析して、短い沈黙の中に勝機を見い出す。


「こないなら、こっちからいくぞ!」


 アストールは剣を構え直すと、敢えて正面からのぶつかり合いを挑んでいた。

 男はアストールの出方に、一瞬目を丸くする。


 自分よりも格上の相手が、明らかに体格的不利な戦い方を挑んできたのだ。男はもっと相手が奥の手を秘めていて、一気にその奥義で仕掛けてくると踏んでいたのだ。


 それを一蹴されたことに、男は吐き捨てるように叫んでいた。


「なめてんじゃねえぞ! このアマ!」


 男もアストールの軽率な態度と戦い方に完全に頭に血を昇らせて、真正面に剣を構えて相対する。そして、アストールが走りこんで距離を詰めていく。


 一歩踏み出した男の間合いに、アストールが入り込む。同時に男は上段からの袈裟懸け。セオリー通りにいけばアストールは攻撃を受けねばならず、男は鍔競り合いへと持って行けると確信していた。


 だが、男の意向は完全に挫かれることとなる。


(魂胆見え見えだっつーの!)


 内心毒づきながらアストールは柄を天井側に向けて、体の線に合わせて刃先を床側に斜めに向けて構える。次の瞬間には白刃が交わっていた。アストールは剣戟を受けて、相手刃の力が加わる方向を徐々にかえて流し、自分の体に当たらぬ方へと滑らせる。


 鍔競り合いを想定して動いていた男は、一瞬で自分が不味い状況にあることを悟る。だが、気付いた時にはすでに遅かった。


 いなされて逃げた剣は、彼女かれを捉える事無く空ぶる。既にアストールは手首を捻るだけで剣を上段へと構え直していた。次の瞬間には、剣を振り下ろさしていた。命のやり取りをしていたからこそ、男は覚悟を決めて目を瞑っていた。


 首に冷やりとした感触が伝わり……。


 それ以上に何も起こらないことに、男は目を開ける。

 首筋に当てられた美女の剣に、男は息をのんでいた。


「勝負はついた。武器を捨てろ!」


 真剣な眼差しに迷いは一切見られない。抵抗すれば一瞬で首を斬りつける覚悟を、この少女は若いながらにして持っている。


 男は潔く剣をその場に捨てる。


 ガランと無機質な音と、刃がバウンドする跳躍音が乾いた廊下に響いていた。


「なぜ、俺を殺さなかった?」


 男の質問にアストールは無表情のまま答えていた。


「あんたが何者か、知りもしないのに殺せない」


 アストールの言葉を聞いて、男は鼻で笑う。


「ふ、要は俺から情報を引き出すってことか?」


「それ以上喋るな、その喉掻っ切るぞ」


 アストールが冷酷に言い放つと、流石の男も黙り込む。


「ジュナル、こいつの自由を奪う魔法をお願い」


 彼女かれの言葉に呼応して、ジュナルは拘束魔法を唱えていた。


「万物の現象を司る力の根源の象徴よ。我が力をこの杖を通じて発現させよ。対象は目の前の男、その手足の権限を我にゆだねよ! レテルセント!」


 ジュナルの言葉と共に男の意志に反して、手足が動かなくなる。


「け、魔術師かよ。きたねえぜ、クソ!」


 男の身体の自由がきかないのを確認して、アストールは腰から拘束用の細いロープを取り出していた。そして、男の前まで行くと両腕を背中の後ろに回させて、ロープが解けぬように巻きつけていた。


「それで、あんた達は何者なの?」


 アストールは拘束した男の後ろに回って聞いていた。


「……へ、俺たちはただの探検者さ」


「ふ~ん。そう、他に仲間はいるのかしら?」


「自分で探すがいいさ」


「あっそ。じゃあ、手荒な真似するけどいいかしら」


 アストールは後ろ手で縛った手の平に何かを当てていた。冷やりとした鉄の感触が、手を通して感じられる。それに男は完全に頬をひきつらせていた。


「……な、何をしようってんだ? 御嬢さんよ?」


「別に何も。あ、そうそう、私の剣ってさ切れ味がいいの。妖魔を切っても刃こぼれ一つしないのよね」


 アストールはそう言うと男の手の平にあるモノを押し付ける。冷やりとした鉄の感触が伝わり、男の頭の中で今手に押し当てられているモノが何かを連想させた。


「私が手を引くだけで、ボロボロと肉が削げ落ち行くのよね。あなたの指なんて、ちょっと手を引くだけで全部落ちちゃうかもね」


 アストールは耳元で呟くと、少しだけ男の手に当てた金属を押す。

 それに男の表情が強張っていくのが、手に取るようにわかった。


「ま、ままま、待ってくれ! 言う! 言うから!」


 アストールは手に押し当てた金属をそのままに、男に聞いていた。


「あんたらの仲間は何人で、どこにいるの?」


「あ、ああ! 下に六人とこっちに俺含めて三人、外に六人いる! お願いだ勘弁してくれ!」


 アストールはそれだけでは満足できず、更に男の手に金属を押し込もうとする。


「で、あと二人はどこにいるの!?」


「ひぃ! あ、こ、この先の両開きのドアの村長の部屋だ! 指は切り落とさないでくれ!」


 男のおどける様子を見て、アストールは金属を男の手から離していた。

 そして、男の正面に回ると、満面の笑みで押し当てていた金属を顔の横に持っていく。


「ありがと! 助かったわ!」


 アストールが持っていたのは、旅路で使っているスプーンだった。柄の部分を男の手に押し当てて、あたかも剣が当たっているかのように思わせたのだ。


「な、あ、ち、きたねえぞおおお!!」


 叫ぶ男を前にアストールは満面の笑みを浮かべていた。


「指切り落とされなかっただけ、得したと思いなさい。ジュナル!」


 アストールがジュナルに顔を向けると、彼は一度頷いて見せて、魔法から男を解放する。

 男はジュナルの魔法から解放され、虚脱感に襲われてその場にへたり込む。それを確認したアストールはジュナルに向き直っていた。


「聞いての通りよ。じゃあ、精霊でドアぶち破っていきましょっか」


 ジュナルは無言で頷くと、廊下進みだしたアストールの後ろに続いていた。

 彼女かれは大きな両開きの扉の前まで来ると、ジュナルに目配せする。主の意を汲み取って、ジュナルは杖を少しだけ振り、扉の前に宙を浮く氷の亀を移動させていた。


「氷の聖霊プリズマーよ。我が言に従い、極寒の礫を扉にぶつけよ! シュヴァイゲフレーリン!」


 詠唱と同時に聖霊はその可愛らしい口を開ける。口から白い冷気が流れだし、精霊の前に集まっていく。次第に丸く形作った冷気は、次の瞬間巨大な氷の礫に代わっていた。そして、その大きな氷の礫は目にも止まらぬ速さで扉に向かって飛んでいた。


 衝撃と共に木端微塵に吹き飛ぶ扉と氷の礫、冷気が周囲に広がって入り口周辺は白い靄に覆われる。


 アストールはこの機を逃さずに、剣を持ったまま村長の部屋へと突入した。

 白い靄を抜ければ村長を人質に取っていたであろう男二人組が、爆風をもろに受けたのか仰向けに倒れていた。ベッドの物陰には縮こまる初老の男と、その娘と思しき女性が身を寄せ合っている。


 うめく男二人を前に、アストールは正面に立って剣先を首に突き付けた。


「さ、動かないで、大人しくして。そうすれば命までは奪わないから」


 男二人は完全に戦意を喪失していた。

 魔術師をつれた珍しい探検者を前に、力では到底敵わないと直感的に理解したのだ。


 アストールは念のため、ジュナルに拘束魔法をかけさせて賊の男を拘束した。その後、一応二階に誰もいない事を確認するために、次から次へと部屋を虱潰しに回っていく。幸いどの部屋も空であり、道具入れの物置部屋も同じ状況だった。


「さて、上は終わったし……。下に行こうかな」


 一段落ついたところで、一階からけたたましい音が聞こえて来ていた。

 扉や壁がバキバキと大きな音が立つたびに、アストールは下のメアリーとレニの事を気に掛ける。

 心配そうな表情を浮かべたアストールを見て、ジュナルは柔和に微笑んでいた。


「大丈夫であろう。レニはあれでも正式な神官戦士。戦闘においてはエスティナ殿が考えている以上の実力を持っております。心配することはありますまい」


「それでも応援は必要だ。行くぞ」


 ジュナルの言葉を信じつつも、アストールはジュナルと共に急いで一階へと向かうのだった。



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