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深淵に近付く時 1

「訓練は上々と言った所か……」


 ルショスク城の中央の広場を見て、ヴァリシカとその息子は静かに頷いていた。

 市民を召集して臨時で作った軍隊。それでも、ここ数週間の訓練のおかげか、軍としての体裁だけは整いだしていた。だが、一線級の部隊に仕立て上げるには、まだまだ時間がかかる。


「妖魔に対応することは急務であるが、中央からの援軍も期待できぬ今、この様な方策しかとれぬ父を赦せ」


 ヴァリシカは悲しげに中央の広場で訓練している新兵たちを見据えていた。若き息子はその目を大志で滾らせて答えていた。


「父上! 逆境は神の与えたもうた試練です! それを乗り越えれば、必ず、我らにも光が差してきます!」


 ヴァリシカの息子、ゲオルギーはその胸の内で燃やす炎を滾らせ、領地の再起を誓っていた。

 かつて鉱山都市として発展したこのルショスクに、再び光を当てるために、栄光を再びこの手に掴むためにも彼はあることを成し遂げようとしていた。


「しかし、我が領地に残されたのは閉山した鉱山のみ……」


 ヴァリシカは暗い表情でうつむいていた。石造りの廊下の中、窓より入る太陽の光がその疲れた顔に明暗をハッキリとさせた影を作る。覇気のない父を見て、野望を秘めたゲオルギーは、それでも落胆することはなかった。


「父上! なぜ、妖魔がここルショスクで異常繁殖しておるか、知っておられるか?」


 ゲオルギーは真っ直ぐに父を見つめると、ヴァリシカは力なく顔を息子へと向けていた。


「わからぬな。討伐しても、すぐに増える。私には見当もつかぬ」


 ヴァリシカの答えにゲオルギーは、先の戦いで死んだ四賢者とよばれる魔術師から教えられたことを思い出していた。


「妖魔とは自然の放つ強い魔力の影響に晒されて、土着の生き物が変化してできた存在です」


「……ふむ」


「我がルショスクには天然の洞窟が無数にある。そして、妖魔たちの繁殖の殆どが、その天然の洞窟だと、かの四賢者が言っておられた」


 ゲオルギーはそこで言葉を区切ると、力強い瞳で父を見つめる。


「それだけ強力な魔力を放つ洞窟には、何があると思いますか?」


 ヴァリシカは沈黙して考え込んでいた。この世の中、鉱石は鉄を含んだ鉄鉱石や石炭だけではない。宝石よりも高価で価値のある魔力を豊富に含んだ魔水晶、魔力の結晶と呼ばれる魔晶石、そして、鉄と共に特殊な加工を施すと、強力な武器や防具に加工できる魔鉱石だ。


 それらを採掘するのには、当然強力な妖魔を倒さなければ手に入らない。その上、輸送路には妖魔が頻繁に出没する。これら魔力を含んだ鉱石は、かなりのリスクを背負って採取しなければならない。だからこそ、流通量は少なく希少価値が高い。 


 妖魔がいる洞窟、即ち、魔力を含んだ鉱石や水晶が大量に埋蔵されている所だ。


「魔の鉱石か……」


 ヴァリシカは呟いて、ゲオルギーを見据えていた。


「そうです。鉄鉱石で勝負できぬのなら、我が領地でしか産出できない物で勝負すれば勝機はあります! 再びルショスクにも活気が取り戻せましょう!」


 それを聞いてもヴァリシカの顔が明るくなることはなかった。


「父上、なぜ、その様に悲観的なのですか?」


 ゲオルギーが聞くとヴァリシカは、落胆の溜息をついていた。


「すまぬな。それを行うよりも前に、我らは滅ぼされるかもしれぬ。あの上級妖魔に……」


 ヴァリシカは城内の焼け焦げた跡を見据えて、拳を握りしめていた。なす術なく滅びを待っている状態であることを、ゲオルギーも理解している。だからこそ、中央に救援を要請するよう具申していた。


「父上、必ずや、中央は我が領地に兵を供出してくれます」


 ゲオルギーは力強く言うと、再び下を見て訓練をする新兵を見据える。


「辺境とはいえ、ここまで疲弊した土地でも、ルショスクはヴェルムンティア王国の一領です! 国王陛下の庇護をうけた一両地であり、国王は我々を庇護する義務をおっている。陛下もそこまで我々を無下に見殺すことはできません」


 ゲオルギーがそう言うのにも、ある程度の確証があっての発言だった。

 多くの兵士を派遣して行き詰った西方遠征は中止の命令が下されたと言う。既に一部の部隊が中央に帰還しつつあり、兵を供出できる状況にはあるというのだ。そして、何より、辺境とはいえルショスクも王国の領地、もしも見捨てる事があれば、東部の武人諸侯が団結して、一斉に武装蜂起して独立しかねない。


 東部地域もまたかつては連合王国制度を導入していた国家の集合体であったが、それが仇となってヴァルムンティア王国に併合された歴史があるのだ。


 今でこそヴェルムンティア王国の武人、軍人として自覚を持つ者が多いが、それでも独立の機運を狙う一派がいるのも確かだ。ルショスクを見捨てるという事は、そういう一派に独立の恰好の口実を与えるに等しい行為なのだ。


「であれば、よいがな……」


 ヴァリシカはそう答えると、再び落胆の溜息をついていた。


「……父上! 中央は軍を必ず派遣してくれます! 信じて待ちましょう! そして、かの憎き妖魔を倒した暁に、私は必ずルショスクを建て直していきましょう!」


 ゲオルギーの頼もしい言葉を聞いて、ヴァリシカの目も幾らか輝きを取り戻していた。


「うぅ、我が息子よ。そなたが立派に育ってくれて、私はこの上ない嬉しさを感じている。そなたにはこのルショスクの地を任せても安泰である……。父が成しえなかったこと、必ずや成し遂げてくれ」


 ヴァリシカは涙を流しながら、ゲオルギーを抱き寄せた。

 父として懸命にこの地で抗ってきたが、それが限界まできていた。その背中を見て育った息子の背中は、それ以上に大きくなっている。ヴァリシカとしても、これ以上嬉しい事はなかった。


「は、必ずや」


 小さく呟くとゲオルギーもまた、父を抱きしめていた。

 そんな中、扉がノックされ、二人は抱擁を交わすのをやめていた。


「だれか?」


 ヴァリシカが聞くと、女性の声が響いていた。


「あ、はい。侍女のメリナといいます」


 そう言って一人の小柄の少女が、侍女服に身を包んで部屋に入ってきていた。


「新顔か……」


 ゲオルギーが目を細めて、彼女を見据える。侍女はそれに動じることなく、小さく礼をして見せていた。仕草や振る舞いからして、出身はけして悪くはないと見て取れる。


「メリナと言ったな。出身はどこか?」


「はい、この地ルショスクです」


 そう答えた小柄の侍女は、ゲオルギーを見据えていた。愛らしい顔つきに、茶色い髪の毛はポニーテールで結い上げられている。しかし、ここの出身と言うには、人種が違うように思えてゲオルギーは訝しむ。


 ここルショスクでは黒髪とプラチナブロンドはいても、茶髪の人は見かけない。また、肌も色白な人が多く、小柄な女性よりも、体格的にはがっちりとした大柄な女性が多い。


 大陸中部に位置しているとはいえ、このルショスクは高地という事もあって基本的に寒い。彼女の様に肌の色が少し濃ゆく、茶髪の女性と言うのは見かけないのも当然だった。


 容姿から判断すると、中央かその以北人種と見た方がいいだろう。


「そなた、ここらでは珍しい髪の毛と肌の色をしているな」


 ゲオルギーがゆさぶりをかけるも、侍女は一切動じることなく答えていた。


「はい、私の父と母は元々ガリアール人です。商売のためにここに移り住んでから私を生んだので、それは仕方がありません」


 いくらガリアールが北にあるからとはいえ、偏西風を受けた温暖な地域のガリアールは、冬でも海が凍ることはない。ましてや夏ともなると、その日照りで肌が小麦色に焼けてしまうほど暑い。


 ガリアール人はここらの地域の人々よりも肌の色が濃く、黒髪も色が少し抜けた茶髪が多い。だからこそ、ゲオルギーは彼女を訝しんだ。


 だが、彼女の説明が本当であるならそれも頷ける。


「そうか。なら、良いが……」


 ゲオルギーは彼女から感じられる妙なオーラを、敏感に感じ取っていた。

 どことなく普通の侍女ではない。そう彼の勘が知らせていた。


「あの、お茶をお入れしたので、ここに置いておきます。では、私はこれで」


 メリナはそう言って、部屋を出て行っていた。


(あれも何か匂うな……。また、探りを入れて見るか)


 ゲオルギーはそう思いつつ、机の上に置かれたお茶をカップに入れていた。

 そして、口に含みつつ今後のルショスクに付いて思いをはせるのだった。



(あの領主の息子、かなりのやり手だね……)


 エメリナは侍女服に身を包んで、ルショスク城の廊下を歩いていた。手にはお盆を持ち、小走りに給湯室へと足を向けていた。


(どうにか、ルショスク城への侵入はできたけど、さてさて、誰が尻尾を出してくれるかな)


 エメリナは笑みを浮かべて、廊下を歩いていた。すれ違う貴族や番兵は、そんな彼女の笑顔を見て、吊られて笑みを浮かべる。新しい侍女が城に入って、浮かれているのだと勘違いしているのだ。


 だが、それはエメリナにとって好都合だった。

 今回は正式な手続きの元、このルショスクの侍女として潜入している。


 彼女はルショスクの裏世界にて、金を払って偽造の身分証を作ったのだ。もちろん、それが正式な判印まで押されているのは、ルショスクの管理官に賄賂を渡して身分証を作ったからこそできたものだ。


 エメリナがそうまでして、この城に侵入したのにはわけがあった。


 それはアストール達がショスタコヴィナスへと向かった後で起きた出来事だ。


 エメリナは情報を収集しに街へと出ていたが、常に誰かの尾行を受けていた。それに気づかないほど、エメリナも耄碌していない。彼女は敢えてそれを微妙な距離感を保って泳がせていた。だが、アストール達と別れてから、その尾行の行動が一挙に大胆になっていた。


 情報を収集するもこれと言った収穫はない。酒場や集会所でも探検者達の話に耳を傾けても、出てくるのは胸糞悪くなる話が多い。彼女はいつもの様にルショスクの酒場を出て、狭い路地を歩きだしていた。


 そこでエメリナは、四方を4名の男達に囲まれる。その内二人は自分を尾行してきていた男だ。だが、この程度で動揺するエメリナではない。


「さて、さてさて、どこの差し向けてきた人か知らないけどさ。私に手を出すなんて、あんた達も焼きが回ったよ?」


 エメリナはそう言って短刀を抜いていた。今回は以前のように手加減するつもりはない。これまで情報を得ようと東奔西走していたが、有力な情報は得られなかったのだ。裏でも得られる情報はかなり少なかった。


 ルショスクの裏でできる事には限界が来ていたのだ。そこで彼女は踏ん切りをつけて、情報を収集する場所を思い切って変えてみようと思っていたのだ。それが領主の足元、ルショスク城だ。


 ただ、この密偵達が襲ってこない限りは、そこまで本気では考えていなかった。なぜなら、領主側はあくまでも救援を求めた側だ。疑いの余地がなかったのだ。


 それを一変してくれたのが、今目の前で自分を包囲してくれている男達四人だった。


「ふん、中央の賊風情が! 騎士さまと離れれば、貴様はただの賊だ!」


 その言葉を聞いてエメリナは、相手が中央政府の刺客でないことを悟る。ここまで自分をつけ狙うとなると、考えられるのはルショスク城にいる何者かだ。

 彼女はこの時点でルショスク城に潜入する覚悟を決めていた。


「なるほど。ねえ、死ぬ前に一つ質問良いかな?」


 エメリナは男達に笑みを浮かべて聞いていた。


「私の顔を知ってるのって、貴方達だけ?」


「ふん、そんな事は関係ない! いくぞ!」


 四人の男は腰の剣を抜刀して、一斉にエメリナに切りかかる。だが、エメリナは短刀を両手に構えて、まず最初に正面の男に向かって走っていく。


 男は不意を突かれて、剣を振り下ろすのが遅れる。エメリナは隙を逃さずに男の懐に入り込んで腹部に短刀を刺す。そして、片方の短刀で男の喉を裂いていた。瞬時に一人の男が地面に横たわる。


 だが、男達はそれでも怯むことはなかった。完全に数でエメリナに勝っていたからだ。それを利用すれば確実に、彼女を仕留められると踏んでいたのだ。


 だが、その考えは甘かった。


 エメリナは即座に短刀を仕舞うと、後ろから迫る男三人に向き直る。そして、バックスッテプで男達から距離を取って太腿から暗器を取り出す。


 正面から向かってくる三人のうち、両端の男に狙いを定めて、両腕を振り下ろしていた。瞬時にして飛んでいく投げナイフは、正確に男二人の額を捕えていた。


 走っていた勢いのまま、前のめりに倒れる両脇の男二人、あっという間に数はイーブン、一対一サシでの勝負になっていた。


 この出来事に、残った一人の男は明らかに動揺していた。


「貴方達、私を追い詰めたつもりだったかもしれないけど、本当は自分達で墓穴ほったんだよ?」


 その場で足を止めた男に、エメリナは両手に武器を持たずに、ゆっくりと男に詰め寄っていく。


「ねえ、もう一度聞くけど、私を知ってるのは、貴方達で全員なの? 今なら助けあげても良いから、答えて?」


 エメリナの殺気に対して男は口を戦慄かせる。そして、つい口にしていたのだ。それが死の合図であることも知らずに……。


「あ、ああ。そ、そうだ。お前の顔を知ってるのは、俺達四人だけだ。こ、答えたんだ見逃してくれ!」


「ふふ、ありがと! じゃあ、楽に助けてあげるね」


 エメリナはそう言って一気に男との距離を詰める。そして、男が反応して動くよりも早く、心臓と首にナイフを突き立てていた。


「生きていくよりもここで死んでた方が、幸せかもね。ごめんね。殺したくなかったけど、そうしないと、潜入できそうにないから……」


 エメリナは男達が横たわるその場に、言葉を吐き捨ててその場を立ち去っていた。どうせ上の人間の事を聞いても喋らないのはわかっている。


 だったら、自分を知った人間を消し去って、ルショスク城に潜入して探りを入れた方がいい。襲撃されたときに、エメリナはそう判断していた。

 そのおかげか、ルショスク城に潜入しても顔で身元がばれる事もなかった。


(ま、まだ潜入したばかりだけど……。でも、怪しいのは……)


 あのやり手の息子ゲオルギーと、アストールをこき下ろしたルスランの二人だ。

 エメリナは早速ルショスク城内にて、活動を開始するのだった、



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