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キリケゴール族の姉妹 4


「ふーん、なるほどねぇ」


 腕を組んで話を聞いていたアストールは、アルネを見ながら答えていた。アルネは必死な表情で訴えかけてくる。


「だから、私、一人でもいいから、お姉ちゃんを探して連れ帰りたいんです!」


 異種族の少女アルネの懇願を前に、アストールは葛藤していた。

 見た目からすれば、13,4といった所。まだあどけなさを残したキリケゴール族の少女に、アストールはつい心を許してしまいそうになる。しかし、すぐに同情の気持ちを振り払って、アルネを見据えた。


「でも、あなた、キリケゴール族なんでしょ?」


 アルネはこくりと頷いて見せると、アストールはすぐに言葉を発する。


「なら、手厳しいかもしれないけど、あなたの依頼、到底受けられない」


 キリケゴール族は人々を誘拐しているという疑惑がかけられた種族だ。ましてや、誘拐という懸念のある少女を果たして、丸っきり信用してもいいものか。アストールは更に警戒感を強めていた。


「で、でも、こんなにお金を沢山用意したんです! 私だって努力してちゃんとニンゲンを雇おうとしたんですよ! だから、危険を冒してでも街にだって出てきた!」


 そこでアストールはふと思う。探検者を雇うために手にしていたのは王国のお金だ。外界との関わりを絶っている異種族には到底稼ぎようのない銅貨の枚数だ。


 どんなに頑張って働いたとしても、半年では集められようもない金額だ。


「その貨幣、どこで手に入れたの?」


 アストールが率直に疑問をアルネにぶつけると、彼女はぎくっと肩を震わせ、一瞬動きを止める。

 そのかわいらしい表情は、一変して困ったものに変わっていた。


「え、えと。それって言わないとだめ?」


 アストールは無言でうなずいて見せる。


「あ、んと、森に迷い込んだ人が落としたの。それを拾って……」


 目を逸らしながら話すアルネを前に、アストールは彼女が嘘をついているのをすぐに見抜く。


(全く、嘘が下手すぎだろ)


 半分呆れながらも、彼女に対して優しく言葉をかけていた。


「怒ったりしないから、正直に話してくれる?」


 アストールは微笑みながら、アルネを問いただす。ただし、その微笑みが必ずしも、優しさを醸し出しているわけではない。彼女かれの整った顔立ちで微笑み、ゆったりとした口調で喋ると、優しさよりも恐怖を演出する。アルネは怯えた表情を浮かべながらも慌てて答えていた。


「ご、ごめんなさい。嘘です。全部森の中で拉致った人のお金です。で、でも、ちゃんと目を瞑らせてる間にちょっとずつ抜いたりしてたから、絶対にばれてないです。何より、みんな無事に人里に還してます!」


 悪い事をしたという自覚はあるのだろうが、結局は開き直っている。それに呆れ顔を浮かべたアストールは、誘拐から解放された被害者の謎が解けた気がした。


 アルネは探検者を雇うために、村人や里の人間などを誘拐し、貨幣を少しずつ抜き取っていた。被害者は無事である喜びからお金が減っている事に気づかなかったため、皆無傷で被害もなく帰ってこれたと勘違いしたのだ。それが最近起きていた被害者が無事帰還してくる誘拐事件の真相だ。


 大きく溜息をついたアストールは、それを確証に変えるために聞いていた。


「そのお金を集めるのに、何人くらい拉致したの?」


「んと、えーと、森の中に誘い込んだ人は100人くらいかな……」


 悪びれた雰囲気もなく、アルネは素っ気ない素振りで言う。


「あらぁ……。そうなの。それっていつから?」


「えーと、半年くらい前かな……」


 ちょうどその様な行方不明者が出始めた時期と完全に一致したため、アストールはアルネが被害者を開放する方の誘拐犯だと確信した。


「なるほどねえ……」


「あの、私のお姉ちゃん探してくれますか?」


 彼女の話を聞いて、アストールは小さく溜息を吐いていた。今受けている依頼に加えて、彼女の姉を探すとなると、到底、本来の任務を熟すことは不可能だ。これ以上の依頼の引き受けは、完全に本来の任務を逸脱した行為になる。容易に二つ返事などできるわけがない。


 あくまでもアストール達は、事件の真相究明が任務であり、人探しはその副次的なものだ。


 とはいえ、犯人と呼ばれている種族のキリケゴール族の娘だ。行方不明者の行方を知っている可能性も捨てきれない。であれば、彼女に協力をするという形でキリケゴール族を調べる事もできるのではないか。そんな甘い考えが、アストールの頭の中を過ぎっていた。


 暫し、彼女かれは考え込んだ後、冷淡に答えていた。


「さっきも言ったとけど、やっぱり、無理な物は無理」


「ど、どうしてなんですか? こんなに大金を用意したんですよ?」


 キョトンとするアルネを前に、アストールは腰に手を当てて言っていた。


「あのねえ。お金の問題じゃないの」


 実際にアルネ達キリケゴール族が、人を拉致していないという確証はない。第一に理由はどうあれ、アルネが人を森に誘い込んでいたのは事実なのだ。


 今の段階では完全にキリケゴール族が、無実であることを証明できたわけではない。不安要素は取り除いておくのであれば、彼女の依頼を受けないで従来通りに進めるのがセオリーだ。


 アストールはすぐにアルネを見据えて言い放つ。


「あなたたちは人を攫って長期間監禁したりしてるんでしょ? そんな種族を信用なんてできないわ」


「え? あの人を攫って監禁って、何のことですか?」


 アルネはキョトンとして、アストールに聞き返す。それを見た瞬間に、アストールは更に疑問を深めていた。本当に人を攫っているのであれば、何かしら言動に不自然な点が見られるはずだ。


 だが、彼女の反応は、明らかに今初めて知ったと言わんばかりの表情をしていた。


 第一にキリケゴール族は、外界との交流を一切断ち切った種族だ。そんな彼らが人を拉致しておく理由が、皆目見当つかないのも事実だ。


「あ、え、知らないの? 最近の拉致事件は貴方達が犯人だって言われてるのよ」


 アストールの問いかけに対して、アルネはさも当然と言うように頷いて見せる。


「そんな事、初耳です。探検者を雇う時にここで人が多くいなくなってるってのは聞いてましたけど……」


 アルネは首を傾げて見せると、すぐにアストールに向き直っていた。


「それにそんな大それたこと、私たちはしませんよ」


 アルネはそう言って真摯な瞳で、アストールを見据えて口を開いていた。


「外界との交わりは掟に背きますから、人が入ってきても必ず違う場所に誘導して追い払います。森の中で何か禁忌を犯せば、監禁して裁定を下してそのまま始末ってこともありえますけど、そんな事、ここ何百年と起きてないですよ」


 キリケゴール族の彼女が言うのだから、まず間違いはないと見ていい。今までの反応に、一切の嘘らしい仕草は見当たらなかった。アストールはそれでも、アルネを全て信用はできなかった。今、一つ無実を証明するような確証がないのだ。


「アストール。どうするの? 彼女が本当のこと言ってるなら、人攫いは違う誰かってことにならない?」


 メアリーが警戒を解いて、アストールの横に歩み出ていた。


「いや、それもまだ確定って言えないだろ」


 アルネが嘘をついている可能性も、まだ捨てきれないのも事実だ。


(聞いた感じだと、情よりも掟を優先する種族だろ……)


 アストールがどうしても捨てきれない疑問を考えていると、アルネが口を開いていた。


「確かに、私達キリケゴール族は閉鎖的で掟を破りません……。だから、私はもう集落に戻れないんです……」


 アルネが暗い表情を浮かべて、うつむいて見せていた。


「へー。そうなのか……。ん?」


(なんで、俺の思ったことがわかるんだ?)


 アストールはふと疑問に思う。心の中ではそう思ったが、けして口には出していない。なのになぜか、アルネは自分の疑問に答えていた。疑問に思うアストールを前に、アルネは笑みを浮かべて言う。


「あ、ごめんなさい。私、眷属としての素養が高かったから、人の心の中まで見ようと思えば見ることができるんです」


 彼女の言ったことに、アストールはぎょっとする。


(うげ、まじか! これじゃあ、迷ってる事も全部丸わかりじゃねえか)


 アストールはアルネに協力してあげたいという気持ちを捨てきれないでいる。そんな、葛藤さえもアルネには見透かされているのかと考えると、アストールは逆に依頼を拒否しようと思ってしまう。


「やっぱり、ダメなんですね……」


「え? あ、いや、てか、いつから人の心を覗いてんだよ!?」


 アストールの問いかけに対して、彼女は悪びれた風もなく答えていた。


「えーと、完全に断られたさっきから……」


 それを聞いたアストールは思う。


(純朴そうに見えて、意外にあざといな……。油断も隙もない)


「褒めてくれてありがとう」


 皮肉さえ言ってのけるアルネに、アストールは速攻で突っ込みを入れる。


「人の心内覗くのはやめなさい」


「ごめんなさい」


 この様な状態では依頼を受けるのは正直不安があり、アストールは依頼を断ることを決心していた。とはいえ、アルネもその事は既に承知の事だろう。気兼ねなく断りを入れることに、アストールは小さく安堵の溜息を吐いていた。


 こんなに幼く見える少女の希望を打ち砕くような断りなど、心苦しくてできたものではない。だが、それも彼女が知ってしまった以上は、気にする必要もないのだ。


「まあ、とにかくだ。君のお姉さんの捜索は……」


 アストールがきっぱりと断りを入れようとすると、メアリーの反対隣から意外な人物が横槍を出してきていた。


「彼女の依頼、受けてやってはどうか? アストールよ」


 杖を突きながらジュナルが歩み出て来ていた。一同が瞠目どうもくして彼を見ると、ジュナルはわざとらしく咳払いしていた。

 ジュナルは一番厄介ごとに首を突っ込むことを嫌っていたはずだ。それがこうも態度が変わると、アストールとしても首を横に傾げざる負えない


「え? いや、でもさ」


「ここまで親切にキリケゴール族の事を教えて頂けたのですからな。お礼にその依頼も引き受けてみてはどうかと思ったのですよ」


 ジュナルはそう言って、アルネを見ると柔和な笑みを浮かべていた。アストールが困惑した表情を浮かべつつ、ジュナルの行動の真意を考える。何か考えがあってのことだろうが、それでもアストールとしては今一納得できなかった。


「けどさ……」


 何かを言おうとするアストールの耳元で、ジュナルは小声で呟くように言う。


「事件の真相を解くのに、彼女は重要なカギであるかもしれませぬぞ」


 ジュナルの意味深な発言にアストールは小さくため息をついていた。

 正直な話、アルネの姉のことと今回の事件、無関係と言い切るには些か時期尚早でもある。

 全くの無関係とも言い切れないのも事実だ。

 アストールは渋々、アルネに対して告げる。


「わかったわ……。貴方のお姉さん探し……。手伝うわ」


 アストールの言葉を聞いたアルネは、表情を一気に明るくしていた。


「あ、ありがとうございます! これ、受け取ってください!」


 アルネはそう言うと麻袋二つを、アストールに差し出していた。彼女かれも受け取らない訳にはいかず、渋々アルネの依頼を引き受けるのだった。



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