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キリケゴール族の姉妹 1


 領都ルショスクより西に向かった所にある広大な森林地帯、カシュラの森。

 この森がいつからそこに広がっているのか、それは太古よりここに住むキリケゴール族さえ知らない。

 かつてはここで龍の姿をした神「ヴァルゼィーニ」が多くの生き物を庇護下において森を治めていたという。


 それから何千年と平穏な統治の下、神は元いた天界に帰らなければならなくなった。そこで神は自分の化身として生み出した竜をキリケゴール族に預け、森の統治を彼らに任せたという。


 何万年と変わらぬ生活を送り続けたキリケゴール族だったが、ある日外からの侵略者が森へと入ってきていた。おおよそ二千年前、古代魔法帝国の侵略である。侵略は退けたものの、この時初めて人の世にキリケゴール族の事が知れ渡ることとなった。


 だが、時が過ぎれば辺境の森の事など、辺境の事など忘れられるというのが世の常だ。いつしか誰もキリケゴール族の事は口にしなくなり、地元の人々だけが彼らの存在を、伝説として語り継ぐだけとなった。


 それから千年と七百年あまりが経った時期、このルショスク地域を治める勢力が現れる。かつて大陸北部で栄えていたルーシュ・キスロフ連邦王国である。彼らはルショスクの鉱物資源を求めて森の開墾を開始した。

 だが、彼らの活動も長くは続かなかった。

 王族の統治の乱れ、国家の分裂や隣国の脅威などに晒されて衰退していき、ルショスク地域一帯はヴェルムンティア王国に吸収されて今に至る。


 尤もこれだけ支配者が変わろうとも、この広大すぎる森の奥まで人の手が入ることはなかった。それが幸いしてか、未だキリケゴール族と人間の接点はないに等しかった。


 ここ最近はルショスク全域で妖魔の動きが活発となっていて、カシュラの森もその例外ではなかった。アルネの姉がいなくなるのは、その状況が悪化しつつある最中の半年以上前の事だった。


 カシュラの森の更に奥の奥地、秘境とも呼べるほど深い森は、高地にも関わらずあり得ぬほどの大きな木々が原生している。樹齢千年を越える木もけして珍しいものではない。それらの木々の幹は、一軒の家が丸ごとすっぽりと入ってしまうほど太く、大きく成長していた。


 そんな大きな木々が密集して、森を形成している。木々の高さは城の尖塔をゆうに超えるほど高く聳えたっていた。そのため、昼間でも太陽の光が地表には届きにくい。それでも湿度の保たれた森の地表には、苔などのシダ植物類が豊富に原生している。


 冬場こそ雪が積もって薄らと白くはなるが、それ以外の季節は森のドームが気温と湿度を保って過ごしやすい。だからこそ、ここに住むキリケゴール族は、木々の上に一つの集落を形成して永きにわたり生活、文化を営むことができた。


 一本の太い木は中間の高さから、何本もの太い枝が股に分かれている。キリケゴール族はその枝の付け根に家を建てていた。一つの木には大体2~3戸の縦長な家が建ち、その家の建った木々が隣立して一つの集落を形成してる。周囲を木々に囲まれ、家さえも巨大な樹木の上に建てられていた。


 集落の木々の間には吊り橋や、細い木製の路地などが巧みに掛けられていて、他の家への移動も楽にできるようになっていた。

 そんな集落の中心には 特に幹が太く高齢な木が生えており、その木にはキリケゴール族の酋長と神官が住む神殿が建てられている。


 彼らキリケゴール族は特に高齢で幹の太い木には、森の神が宿ると信じていて、自然神の崇拝をする事を生活の基盤にしていた。その集落の東西南北には、集落を守るための施設があり、そこには眷属と呼ばれるキリケゴール族の特別な戦士達が常駐している。


「お姉ちゃん、今日は私も行く」


 日が昇り、集落を警らする時間、木の枝と枝の間にある眷属の住まう場で、一人の少女が無邪気に笑っていた。少女の名は、アルネ・フレンスカ。姉を慕い、尊敬する少女だ。


 枝の間に建てられた家の前には、木を束ねてできた野外の踊場があり、幹より抜きんでるように設置されていた。その踊り場で、アルネと頭が一回り大きな女性が顔を見合わせる。


 姉の女性も無邪気に笑を浮かべていた。


「あなたはまだ正式な眷属じゃないでしょ。確かに潜在能力は高いけど、まだ一緒には行けないわ」


 身軽な格好が特徴的な姉。


 茶色を基調とした半袖の服に、胸当てを付けている。スカートは短く、その下には薄手の足首までを覆うパンツを履いている。彼女は母家の壁に立掛けていた短槍を手に取っていた。


 背中には矢筒と弓を背負っていて、一見すると探検者にさえ見える。

 色白の肌の頬には独特の赤く蛇の湯にうねった紋様が、毎朝、化粧替わりに描かれている。それが彼ら眷属の独特の民族性を顕にしていた。だが、人との外見的容姿の差はそれだけではない。


 長く伸びた髪の毛は、三つ編みにして一本だけ背中に垂れ下げていて、耳は尖耳。鋭い一重の眼は透き通るような空の紺碧色。人間離れした美しさに、見た人は必ず息を呑むだろう。


 前髪には蝶の髪飾りをしていた。

 二人はいつもの様に、顔を見合わせていた。


「キリエお姉ちゃん、私だって試練は受けてきたし、乗り越えてきたんだよ!」


 アルネは不服そうに訴えると、姉のキリエは口元を優しく吊り上げていた。


「それはそうかもね。でもね……」


 キリエは言葉を区切ると、その場で指で輪っかを作って口にくわえる。そして、大きく息を吹いて、よく透き通る高い音を出していた。


 木々の間を指笛の音は、縫うように走っていく。しばらくすれば、鬱蒼と茂る深い森の奥から、地上を揺らす大型の生き物が現れる。


 外皮は黒くて固さを感じさせるような艶やかさがあり、四肢は地面についている。ほっそりとした体に長い尻尾と首、頭は攻撃的なまでに尖がっているが、その眼は円らで真っ蒼だ。


 翼のないドラゴンと言った所だろう。

 その地を這う竜は、姉妹の家のある家の下まで来ると、その場で尻をつけて上を見上げていた。


「アルネ。あなたはまだ、眷属の証のコンラチリィヴァを見つけてないのよ。それを見つけたら、あなたと一緒に行ってあげる」


 キリエはそう言って、地上でお座りをして主人を待つコンラチリィヴァを見た。


「……だって、神殿に私と本心から心を酌み交わしてくれる子がいないんだもん」


「そうねぇ、心を読めすぎるから、逆に警戒してるのかもね……。今日も諦めずに頑張ってきな」


 キリエはそう言ってアルネの背中をポンポンと優しく叩いていた。


「うん」


 アルネは無邪気な笑みを浮かべて、胸に暖かな気持ちを持ってキリエを見つめる。


「それじゃあ、行ってくるから、今度こそ試練を乗り越えるのよ」


「うん。頑張る! お姉ちゃんも絶対に生きて戻ってきてね」


「もう! 大袈裟よ。いつも生きて帰ってきてるじゃない」


 キリエはそう言うと、巨大な木々から生えた枝を伝って樹木を降りていく。

 その軽やかな動きは、とても人間にはまねはできない。


「エルガ! 今行くわ!」


 そう言うなり、彼女は真っ黒い地を這う竜コンラチリィヴァの名を呼んでいた。あっという間に彼女は、エルガの上に降り立っていた。


 背中に主人が乗るのを確認したエルガは、即座に立ち上がって先ほどとは打って変わって軽やかな身のこなしで大木の間を潜り抜けていく。


 姉の後姿を見送り、アルネの眷属見習いとしての生活が始まっていた。

 キリケゴール族には森の眷属と呼ばれる選ばれし防人がいる。

 眷属は妖魔のみならず、人の心の中も読み解き、時には言葉なしで会話をしてのける。


 生物の考えていることを感じる事ができ、尚かつ、その生き物との対話をすることができる素養を持つキリケゴール族が森の眷属と呼ばれている。コンラチリィヴァのような強力な妖魔を従えて、共に戦い、里を侵すものを全力で排除する。


 それが森の眷属の役目だ。


 アルネ達姉妹は、その森の眷属として能力を見出されていた。この集落の眷属の中でも、一番の実力を有しているのが姉のキリエだった。


 この日もまた、アルネは姉の無事を、森の神に対して祈りをささげていた。

 家の前の玄関口に立ち、両手を胸の前で握り合わせて目を瞑って顎を引く。


 そして、その場で両膝をついていた。


「森の神ヴァルゼィーニよ。どうか、姉キリエにあなたの加護をお与えください」


 そうした祈りを彼女は、日に三度行うのが今の日課となっていた。

 姉の無事を純粋に祈る。その健気な姿は集落の中でも一際目立っていた。

 いつも無事に帰ってこられるのも、毎日欠かさないこの祈りがあるからだ。


 アルネはそう信じてやまなかった。

 この日もまた、キリエは無事に帰ってくる。

 アルネは祈りを済ませると、身支度を始めていた。



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