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選ばぬ手段 2


アストール達一行は、朝起きて早々に身支度を済ませていた。


 昨晩は結局交代で見張りをして、周囲の警戒をしていなければならず、全員が十分な休息をとれたとは言い難かった。それでも前に進んでいかなくてはならない。


 進まない限りは目的地にはたどり着けはしない。


 疲弊した体に鞭を打って、アストール達は徒歩で森の中を歩きだしていた。


「にしても、昨日の奴ら、本当に不気味だった」


 アストールはそう言って、永遠に続く森のトンネルを見つめた。

 朝の陽ざしと森の中に広がる靄が、奇妙な光景を作り出す。森の木々の下半分ほどは朝もやがかかっているにも関わらず、それより上はすっきりとした晴れ模様。

 自然が作り出す奇妙なツートンを見つつ、メアリーがため息をついて答えていた。


「まったくよね。あ、そうだ。昨日言い忘れてたけど、助けてくれてありがと」


 笑みを浮かべたメアリーは、ふと昨日アストールに助けられたことを思い出していた。

あの化け物の瞬発力に、誰もが反応しきれなかった中、唯一人、アストールは素早く反応してメアリーを助けていた。彼女(かれ)に突き飛ばされていなければ、今頃は地面に這い蹲っていたのはメアリーだったであろう。


 素直にお礼を言ってきたメアリーに、アストールは素っ気なく答えていた。


「いいってこと。気にすることないって」


 アストールとしては大切な従者を守るために、体が勝手に反応したに過ぎない。

 一歩間違えれば、アストールとて危うかった。

 普段の訓練と培ってきた経験でメアリーを守ることはできた。しかし、一つタイミングを間違えていれば、彼女かれ自身が剣を受けきれずに地面に骸として倒れていたかもしれなかった。


 だが、結局は結果がすべてだ。


 全員が五体満足でいられる。その結果があればいい。


 コズバーンも休息に入ると同時に、傷をレニに癒してもらっていた。

 レニも伊達に神官戦士の名を冠してはいない。コズバーンの背中の傷を、完璧に治療して、今もコズバーンは大股で堂々と歩いている。


 それでも全員が不安を抱いて行動していた。


 昨日の化け物の件といい、このルショスクではただならぬ事が起きている。

 それを口には出さないが、全員が肌で感じていた。


 現状ではなにが何に関連しているのかさえ、状況は把握できない。頭の中は常に情報が錯綜している状態だ。


(ま、今は目の前にあることを片付けるのが一番か……)


 アストールは考える事をやめて、歩くスピードをあげていた。

 まともな中継地点の村までは、まだ、かなりの距離があるのだ。休憩を挟みながら歩いたとしたら、恐らく、夕方まではかかるだろう。


「みんな、まだ先は長いけど、次に村につけば、落ち着いて寝られるはずだ。頑張っていこう」


 アストールの掛け声に、それぞれが返事をしていた。


 その時だった。


 ガサガサと木々が揺れ、全員が動きを止めていた。

 アストールは反射的に剣に手をかける。

 もしかすると、昨日の賊の残党ではないのか。


 そんな不安を感じつつ、アストールは緊張した面持ちで森の中を見渡した。

 周囲を警戒していると、一本の木の上の方から少女の声が聞こえてくる。


「お姉さんたち、この前はありがとう!」


 アストールが見上げれば、二股に分かれた木の幹の上に、外套を被った少女が立っている。

 外套の切れ目より、赤と緑の色とりどりな刺繍のある服が見え、一見してその少女が一般人ではない事を直感した。アストールは怪訝な表情のまま、少女を見据える。


 こんな所に少女が一人でいること事自体がおかしい。何よりも、今までこの少女の気配すら感じなかった。そんな玄人顔負けの技術を持った少女が、木の上にいるのだ。これ以上に怪しい出来事はない。


 何より、アストールはその少女に見覚えがあった。


「あなた……。もしかして、あの時、街で追われてた?」


 ルショスクの集会所に向かう途中に、探検者達に追われていた外套姿の事情が有りそうな少女だ。

 アストールの問いかけに、少女は笑みを浮かべて答えていた。


「そうだよ」


 少女はそう言うと、木から飛び降りて地面に着地する。その軽やかな身のこなしは、あのエメリナよりも軽々しく感じられる。そこでふとアストールは疑問に思う。


「気配も感じさせず、その軽々しい身のこなし、あんな三下の探検者相手だったら、すぐに逃げられたんじゃないの?」


 アストールは構えを解くことなく、少女を警戒しながら聞いていた。


「この森の中なら逃げきれるけど……。あの街にはあんまり行ったことなくて道もあまり分からなかったから……」


 少女はうつむき加減で答えたあと、アストールに顔を向けて目を真っ直ぐ合わせていた。


「それよりも、貴方たち探検者なんでしょ?」


 少女の問いかけに対して、アストールはどもりながらも答えていた。


「え、ええ。そうだけど」


「だったら、私の依頼もついでに受けて欲しいなー」


 少女はそう言うと、懐から貨幣の沢山入った巾着袋を二つ取り出していた。パンパンに膨れ上がった貨幣袋は、相当数な数のお金が入っていることは容易に想像がついた。


 だが、生憎アストールは仮にも近衛騎士だ。金だけで動くほど軽い人種ではない。金に困った探検者なら即座に引き受けているだろう。だが、それ以前に、彼女から依頼の内容も聞いていない。


「……生憎、もう、結構大きな依頼を受けてるのよね……」


 アストールは彼女から依頼内容を聞くよりも前に、軽くあしらおうとする。これ以上の面倒事に巻き込まれれば、流石のアストールでも手が回せなくなる。そう判断して断りを入れようとする。


「結構な額を集めたんだけどなぁ……」


 少女はいかにも苦労したと言いたげに、アストールを見つめていた。


「あのねえ。お嬢ちゃん。私が暇そうに見える?」


 彼女かれの問いかけに少女は首を左右に振って見せていた。


「分かってるなら、なんで私に依頼だそうと思うわけ?」


 半分怒りを滲ませながら聞いてくるアストールに、少女は一切臆することなく答えていた。


「だって、貴方たち、あの化け物に変化した人間を倒したじゃない。腕っ節も良いし、私の探し求める条件の探検者にピッタリだもの」


 胆の据わった少女を前に、アストールは小さく息を吐いていた。


「まったく、呆れたわね。昨日から私たちを見てたってこと?」


 アストールの問いかけに対して、少女は平然と答えていた。


「もっと前。助けてもらった後から、ずっと後をつけてたよ」


 悪気が一切ないところが、また少女の厄介な所だろう。口調からは一切の罪悪感というものは感じられない。こういう輩は決まって、悪意を持たずしてトラブルを起こしてしまうタイプだ。


 アストールとしては避けておきたい人物であった。


「返す言葉もないわ。抜け目がないというか、何というか」


「仕方ないでしょ。そうでもしないと、私生きてけないから、それにこの二袋分の硬貨があれば、探検者なら食いつくと思ったんだけどなー」


 少女はそう言ってもう一つ硬貨の詰まった袋を、どこからともなく取り出していた。


「アストールよ。相手にしてはなりませぬ。拙僧が見るに、あの少女、人間ではありませぬ」


 ジュナルの鋭い問いかけに対して、少女は表情をゆがめていた。


「な、なんでわかったの? これ被ってると分からないと思うんだけど」


 少女は被ったままの外套を両手で掴んで、その場でくるくると片足を軸に回って見せる。その無邪気な仕草のまま少女がジュナルに問うと、彼は警戒を解くことなく答えていた。


「魔力の流れが通常の人よりも強く、そして、我々のような魔術師とも違った異質な魔力を持ち合わせている。そうなれば、導き出される答えは、人以外のなにかであろう」


 彼の鋭い視線が少女を貫き、彼女は観念したと言わんばかりに首を左右に振る。


「ばれたんなら仕方ない」 


 ジュナルの言葉に少女は敬服してか、初めてその外套のフードを頭からとっていた。その姿に全員が息をのむ。白い肌に整った顔だち、美しさならアストールにすら比肩するだろう。


 だが、彼らの目を奪ったのはそれだけではない。


 プラチナブロンドの髪の毛からそそり立つ長い耳だ。それを見てしまっては、少女が人間ではないと一目見てわかるだろう。その佇まいに年齢には不釣り合いな落ち着きを感じ、アストールには自分よりもはるかに年上の女性のようにさえ思えた。


「あなた……。本当にヒトじゃないのね」


 アストールは警戒感を強めつつ、彼女を見つめる。

 剣柄に添えていた手は、自然とグリップを握りしめていた。、 


「ええ。見ての通り」


 少女は笑みを浮かべると、答えていた。


「こんな容姿を見られるわけにもいかないから、フードは被ってたんだけどなぁ……」


 笑みを浮かべた少女は、手を後ろに回して再びフードを頭に被っていた。


「あなた、何者なの?」


 アストールは今にも剣を抜くか抜くまいかという逸る気持ちを押さえつつ、少女を問い詰める。


「姉を探すキリケゴール族の娘、とでも言えば満足かな?」


 少女の喋りが再び子供っぽく感じられるようになるが、アストールはより一層の警戒感を強めた。


 彼女はキリケゴール族と名乗り出た。だが、キリケゴール族の容姿をはっきりと見た者はいないという。まず、人前に姿を現すことはない。キリケゴール族は自らの生活圏である森のテリトリーに入る者を、言霊でかどわかして迷わせて、人間を自分達の生活圏に近付けないようにしているというのが伝承だ。


 その伝承のみが語り継がれ、容姿については一切が分かっていない。というのが現状だ。


 だが、少女の身なりを見る限り、異種族のキリケゴール族で間違いはないだろう。


「そう。一応聞いておくけど、私たちに用向きってのは?」


 アストールは不信感を募らせつつも、少女に聞いていた。


「私の依頼を受けてくれるの!?」


 少女は目を輝かせて、アストールを見つめる。まるで捨てられた子犬が、新しい飼い主を見つけたかの如く、純粋な瞳で彼女かれに視線を向けていた。アストールは思わず、彼女から目をそらしていた。


「別に依頼を受ける受けないの話じゃない。あなたの目的を知りたいだけよ」


 彼女かれはそれでも警戒を解くことなく、少女に向きなおていた。


「そう……。まあ、いいや。とりあえず、自己紹介から言っとくね。私はアルネ」


 名乗り上げた少女を前に、それでもアストールは警戒を解こうとはしなかった。


「それで、目的は?」


「さっきも言ったと思うけど、私はお姉ちゃんを探してるの」


 アルネはそう言うと、自分の姉に起きたことを話し始めていた。



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